青20号...わたしの色...

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2021年12月31日 22:25

青20号…

これだけを聞いて、いや読んで、その色を思い浮かべられる方は、そう多くないだろう…
もしくは、ブルートレインの車体色とすれば、もう少しイメージできる方は増えるだろうか…

これが、わたしの好きな色…

乗務日誌を綴り始め、早いもので10年が経った中で、「わたし」という一人称を使ったのは、
今回で465回目となる乗務の中で、おそらく、これが最初だろう…

自分と真に向き合ったとき…
自然と「わたし」になっただけのことだが、この色は「わたし」の原点を想起させるもの。

この色と正対すると…遠く…遠い別世界へ誘われる錯覚に陥る。
夜のホームに煌々と光る灯りに照らされる青20号と、一直線に纏い輝く金色の帯…

明朝という憧れに未来を重ね、こころ躍らせた…
絶望の夜に、現実の厳しさや自分の甘さに、嘆いた…

しかしながら、この色にはこころが洗われるような、満ち足りた気持ちを抱くこともできる…

好きな色も、好きなことも、「好き」と口に出して言うのは、勇気がいるように感じる。
また、口に出した途端、それが独り歩きし、自分のものではなくなる怖さもある…

でも、その一言なしに、心も物事も動くことはない。

青20号の世界…
この色を、ぜひ、見てもらいたい…

それは、わたしのこころの内を覗くこととも、符号するかもしれない。

子どもの時から、自分のことを表現したり、話したり、書くことが苦手だった。
否、嫌いだった…

それは、おそらく、自分に自信もなく、人から見た自分を意識しすぎていたのかもしれない。

自分が何者か、好きな色が何色かもわからなかったのだろう。

青20号…
これが、わたしの好きな色…

2022年を迎えるにあたり、この色を今後の糧としてゆきたい。
そして、何か迷った際は、この色をみつめ返そう…
 

コメント(2件)

希望者挙手さんからのコメント(2022年3月13日 00:36投稿)

ご無沙汰してます。久しぶりの乗車となります。
ブルートレインの青色には不思議と、他の電車の色とは異なる懐かしいワクワク感といった気持ちを感じますね。
私は、色ではありませんが、音楽(曲)によって車掌長と同じような気持ちを抱くことがありますね。
たた、私の場合、好きな音楽が、その時々に応じて変わってしまうのですが(笑)
しかし、どの音楽も、その時の自分に良くも悪くも、色々な影響を与えてくれましたね。
音楽(曲)って、自分の気持ちを代弁してくるというか‥それでヘビメタに行き着いてしまった訳ですが(笑)
色であれ、音楽であれ、誰にもわからない(自分でさえも気付かない)であろう自分という人間を導き、支えてくれ、人生の糧になってくれる力があるように思えますね。
昔を思い出す時、その頃によく聴いていた音楽を思い出すのも、そんな理由からなのかも知れないですね。

車掌長さんからのコメント(2022年3月13日 05:06投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます
ここ2年ほど、私も時刻表ミュージアム開設の方に注力しており、なかなか乗務できていない次第でした(笑)

希望者挙手さんの仰る音楽(曲)について、大変共感いたしました。。

好きな色も、好きな音楽も、それぞれに共通項があるように感じました。
それは、どちらも生きるエネルギーの源泉でもあると…

ぜひ、時刻表ミュージアムにもいらしてください。

そして、お気に入りの青20号の壁をご覧いただき、その色や希望者挙手さんがお好きな音楽のお話し等ができれば、大変嬉しく存じます。

たった一度限りの「自分の人生」…

良いことも、そうでないことも、悔いなく楽しみたいと思います。

やったことの悔いよりも、やらなかったことの悔いの方が、時間が経ったときに惜しむ、後悔すると思うのです…

今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

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1991年版帝国書院地図帳

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2021年12月18日 05:24

今日の某朝刊、土曜版別刷りの連載記事に目が留まった。

帝国書院創業者、守屋荒美雄(もりやすさびお)の話であった。
同社は日本の学校で学んだ人であれば、その多くが手にしたであろう「地図帳」の会社である。

しかしながら、この偉人を知っている人は少ないであろうし、車掌長もこの記事で知った次第…

岡山県の出身で、猛烈に勉強して教員になり、40歳で職を辞し、執筆活動に専念したという。
そして1917(大正6)年、上述の帝国書院を創業、自社初の地図帳「帝国地図」を出版とのこと。

ふと、思い出し、車掌長が某専門学校教員時代に、教材として使っていた帝国書院「最新基本地図-世界・日本-」を見たくなり、本棚を探してみた。

1991年版とあり、その専門学校で教壇に立った年のものであった。
ちょうど30年という歳月が過ぎたことに、感慨も一入(ひとしお)…

当時、23歳であったが、それまで自分が乗った鉄道路線や車で運転した道路、乗船した航路などを赤のサインペンでなぞっていた。

その後も、赤サインペンで足跡をトレースする楽しみは続き、いま改めて広げてみると、日本中が毛細血管のようになっていた。

しかし、まだまだその血管が及ばない場所も、少なからずあることに気が付いた…

子どもの頃から、時刻表や地図帳が大好きで、今もその楽しみを引きづっている。
それは…未知な土地への想像を膨らませてきたことでもある。

これからは、自分自身で描く「未来予想図」を完成させたい…
それは…人に見せられるようなものではなく、自身の胸の内や頭の中にあるもの…

長年、時刻表や地図帳を見てきたが、それら本来の目的である「行き方」を調べることから、今では自身の人生という地図を広げ、「生き方」を探す醍醐味へと転化してきた。

今朝の思わぬ記事との出会いから、久々に懐かしい地図帳と再会し、今後に想いを馳せた清々しい朝となった。
 

車掌見習のお師匠さま

カテゴリー:③番線:時間旅行、時刻表方面 2021年12月12日 05:09

昨日、小春日和となった昼下がり、車掌見習のお師匠さまと母上が当車掌区へいらした。

車掌見習が「お師匠さま」と崇める由縁…
ひとつ年上であり、同好の鉄道趣味に長(た)け、撮り鉄の腕も素敵で、憧れの存在のようだ。

車掌見習は師匠の影響を受け、東京メトロにも触手を伸ばして乗りつぶしを始め、最新の車両形式などは、もはや車掌長よりもよく知っている、苦笑。

このたび、そんなお師匠さまと母上をお招きしたのは、見ていただきたいモノがあったから…
それは、ここ一年余りをかけて、ようやくカタチを整えた「時刻表プライベートミュージアム」。

そこは、車掌長が現時点で所有する、日本交通公社(現JTB)時刻表770冊余りを、展示および閲覧できる趣味の空間…

また、時刻表に限らず、懐かしい鉄道グッズや書籍、レコードも展示し、閲覧や視聴も可能であり、旧型客車をイメージしたボックスシートと、Nゲージのジオラマ(運転可)も配置し、鉄道の古き佳き頃の郷愁にも浸りながら、”時間旅行”も楽しめる造りとなっている。

あえて、時計を置いていない空間。
浸り過ぎると、2時間、3時間が瞬く間に過ぎてしまうので、乗り過ごしには要注意。

このたび、当ミュージアム、初のご招待者様となった、お師匠さまと母上にも、お気に召していただければ…幸甚である。

師匠は、カシオペアのフル編成(DD51重連牽引)をご持参され、その計14両におよぶ長大編成の運転を楽しまれていた。

また、車掌見習も同編成(EF510 500番台牽引)計13両を持っており、実際には1編成しかないのでありえない、カシオペアの並走シーンをふたりで楽しんでいたのが微笑ましかった。

ミュージアム見学後は、当車掌区にて子ども・大人に分かれ、母上・専務車掌・車掌長はカクテルタイム…
母上が上戸であることも判明(!?)し、とても楽しいひとときを過ごさせていただいた。

不思議なご縁で再会した師匠と車掌見習だが、お互いに同好の友達として、学校の友達とは違う交流を今後も深めてゆければ…と思った次第である。

この場をお借りして、今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。


※【注】時刻表プライベートミュージアムの一般公開はしておりません。
 

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