スバル軽自動車・ラインオフ

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2012年2月29日 20:52

今日は鉄道から離れて車の話。
富士重工業(スバル)が軽自動車を生産するラインを止めた。

同社は1958年、名車「スバル360」を世に送り出し、軽自動車の規格で本格乗用車の製造ができることを証明した。
車掌長も子どもの頃のかすかな記憶だが、父はスバル360の後継車「R-2」で、東京から母の実家の宝塚までを何度か家族4人で行き来したのを覚えている。

軽自動車は、日本でガラパゴス的に発達した国際的にもユニークな存在だ。
いまはTPPのやり玉にあがっているらしいが、世界に誇る規格としてもっともっと国内や世界で売ってほしいと思っていたところに、この撤退は非常に残念なニュースだった。

たしかに、どのメーカーも幅広い車種を総花的に作って売る時代ではないし、軽自動車は利益率の低さや付加価値がつけずらい中途半端なポジションなのかもしれない。

だが、スバルには運送の赤帽で大活躍している「サンバー」が実証しているように、RR(リアエンジン・リアドライブ)で走りと耐久性に優れた技術を持っているだけに残念でならない。
丈夫な車を長く使うことほど、ECOなことはないはずなのだが…

車掌長も学生時代にホンダ「アクティ・ストリート」の中古を手にし、あちこちへ旅に出たが、MR(ミッドシップエンジン・リアドライブ)の走りは楽しかったし、車内泊の楽しみも自由自在だった。

また、以前からどうしても乗ってみたい軽自動車があり、そのレンタカーが岡山県にあると知り、わざわざ乗りに行ったことがある。
ダイハツの「コペン」である。
予想以上に狭い車内だったが、想像を上回る運転の楽しさを満喫できた。

小さな規格内で、魅力ある空間や装備、走りを追及できるのは日本の得意とする分野であるし、日本の国土にはぴったりのサイズだと思う。

鉄道にとってはライバルだが、そんな車づくりのできるメーカーが1つ消えたのは、日本社会の損失である。
 

コメント(8件)

希望者挙手さんからのコメント(2012年2月29日 22:25投稿)

ダイハツのサンバーと言えば、やっぱり赤帽ですよね。初めて就職した金属加工会社時代には緊急配送でよくお世話になったものです。通常のエンジンではなく、耐久性能が高い赤帽専用の特別エンジンが搭載されていて、まさに軽自動車のスーパーカーでしたね。

スバル360と言えば、トリプルファイターという特撮ヒーローの悪役である「デーモン星人」が乗っていたデーモンカーが黒いスバル360でしたね。
それから私は5歳の時にひき逃げに遭い、犯人が捕まらなかった苦い思い出があるのですが、その自動車がスバル360だったことだけは覚えています。「てんとう虫」は5歳の子供でも覚えられる個性ある自動車だったんですね。
悪いイメージばかりのようで、すみません。私にとっては、スズキのフロンテ、マツダのキャロルと並ぶ名車なんですよ。

コペンもいい車ですね。ホンダのビート、スズキのカプチーノ、マツダのAZ-1なんていうのもあり、20世紀末はスポーツ軽自動車がとても面白い時代でしたね。

しかし何と言っても、車掌長のシティ・ターボも名車でしたね。
乗り物って、男のロマンですね(笑)

車掌長さんからのコメント(2012年3月 1日 05:53投稿)

希望者挙手様

毎度ご乗車ありがとうございます。
希望者挙手さんの時間旅行もとてもユニークですネ!

普段は全く意識にもないような記憶が、ふとしたきっかけでよみがえり、その時のことを想い出すことは楽しいことですし、今の自分と比較し、今後を軌道修正する参考になります。

もちろん、思い出したくないような記憶や時期もありますが、それも含めた全てが己の人生なのだと受け止めています。

スバル360でひき逃げに遭ったのは災難でしたが、大事に至らなければ不幸中の幸いで良かったです。
それにしても、特撮ヒーローのことまでカバーするとは、またもや敬服!

特撮といえば車掌長は「ウルトラQ」が好きでしたヨ。
特に「カネゴン」!
硬貨やお札が主食の怪獣で、確か毎日3000円くらい食べないと
死んでしまいますが、なかなかシュールな話だったと記憶しています。

ところで、シティターボⅠのことを覚えていていただきとても嬉しいです。
希望者挙手さんと紅葉の湯小屋温泉、奥日光をドライブしたのが懐かしいです。
先述の切明温泉もシティターボでしたネ。

シティターボⅠは19年間愛用し、20万キロ目前でお別れをしました。
大切に乗った甲斐あって大きなトラブルもなく、誕生当時最高クラスの過給圧で生まれる加速感とサイズが大好きでした。

希望者挙手さんのおっしゃる「男のロマン」よい響きです…
お金が無くても夢を持ち、背伸びをすれば手が届くことに、様々な工夫やそれを手にするまでの時間の楽しみが生まれます。

大げさですが「男の美学」「旅の美学」もその延長にあります。

たくちゃんさんからのコメント(2012年3月 1日 06:34投稿)

私も昨日の新聞を、残念な思いで読んだ一人です。

車掌長はご存知の通り、私の愛車は15年モノ。
走行距離は現在18万キロ。
毎年のように十数万単位で修理代がかかるという
「シボレー・カマロ」でございます。

この車との出会いは、私が学生の頃まで遡ります。
当時は比較的景気がよく、YANASEのCMだと思うのですが
カマロの映像が流れていたんです。
アメ車のCMは、当時でも大変珍しく
興味を持って見るとともに、
そのフォルムに完全に魅了されてしまい、
いつか乗ってみたいという気持ちになりました。
それから数年。
まさか、本当にオーナーになる日が来るとは。

後に、この車のデザイナーが、日本人であることを知り、
更なる愛着がわき、
今もなお、乗り続けています。

エコカー全盛の時代、
エネルギーを極力消費しない車が求められているようです。
軽自動車も、その一つなのでしょう。

一つだけ、気になったことを。
エコカーは確かにエネルギー消費を抑える車です。
ただ、それは「走る時」。
巨大なバッテリーや、車体を生産する際に
消費されるエネルギーと、資源について論じられることが
少ないような気がします。

車は買い替えるもの。
それを積極的に奨励するような、減税政策。
そんな国柄にしてしまったのは
どこのどなたなのでしょうね。

いずれにせよ、日本で固有とも言える軽自動車の枠から
先駆者であるはずのスバルが撤退するというのは
悲しいものです。

車掌長さんからのコメント(2012年3月 1日 21:35投稿)

たくちゃん様

毎度ご乗車ありがとうございます。

以前「シボレー・カマロ」に乗せていただき、独特なエンジンサウンドをよく覚えています。
北海道1周もカマロで行ったと聞き、一生の想い出に残る「宝の時間」だなと思いました。

車掌長はアメ車というと、学生時代によく聞いた浜田省吾のレコードジャケットが思い浮かびます。

憧れの車や欲しかったものを手にする悦びも共感します。
そして、だからこそ大切に扱い、少なからぬ時間を共にできる相棒になりますよネ。

たくちゃんさんのおっしゃるとおり、車掌長も積極的に車を買い替えるような減税措置等には疑問を抱きます。
限りある資源で作られる車を、大切に長く愛着を持って乗るような国民性になってもらいたいものです。

以前オーストラリアに住んでいて驚きましたが、現地では20万キロ以上走った中古車の状態を「エクセレント」として高値で売られていました。
まだまだ車として立派に活躍できることを証明しています。

テレビ等の電化製品もしかり。
国策の地デジ化で、多くの家のテレビが大型化し、きれいな画質で見られるようになりましたが、そのメリットを享受したり楽しめる番組が増えたかと言えば疑問です。

あの国家的買い替え騒動で、テレビの需要を先取りし過ぎ、いまや大手メーカーがテレビ事業から撤退する有様です。

質が良く付加価値の高い技術も、すぐに汎用化され、安く叩かれ、陳腐化することを繰り返す消費社会に、虚(むな)しさが込み上げます。

車掌長はデザインには、人々の心に与える潤いや満足があると思っています。
そして、その対価は個人の価値観で買われますから、まずディスカウントはありません。

同じように、旅行も想い出を残す素晴らしい商品です。
パッケージツアーも便利ですが、可能であれば自分で計画してオリジナルな旅行を楽しめるようになると「真の悦び」が実感できます。

それは自分で「迷い」「選び」「決める」醍醐味です。

そして、そんな旅行は生涯忘れないものです。

長くなりましたが、今こそただ単に新しさや便利なモノから、心が満たされるものが商品的価値を持つ時代に転換すべきと考えます。

希望者挙手さんからのコメント(2012年3月 1日 23:16投稿)

「カネゴン」→「たくちゃん」さん→「○○ゴン」と連想してしまいました(笑)皆さんお元気でしょうか?

今ではシボレーカマロと言えば、トランスフォーマーのバンブルビーですが(モーターショーで見てきましたが、なかなかでしたよ。)、私も結婚した1995年に、妻が乗っていたゴルフを買い替えようとシボレーカマロを見て、本気で欲しいと思ったことを思い出しました。たくちゃんさんが羨ましいです。
子供が生まれるので諦めて、結局、三菱エテルナという、プラモにもミニカーにもしてもらえないほどマイナーな車になりました。しかし価格の割に充実した装備で、一昨年に買い替えるまで14年10ケ月乗りました。

ちなみに今乗っているバイク(CB400SF)は11年目です。
まだまだイケますよ!

ちなみに私はアメ車と言いますと、鈴木英人の絵を思い出します。大阪に住んでいた15年前に百貨店で原画の展示即売会があり、なけなしの貯金をはたいて学生時代に愛読していたFM STATIONの表紙絵の原画を購入してしまいました。(それを許してくれた妻にビックリですが)
私たち世代の中学校の英語の教科書(New Horizonですね)の表紙絵とすごく迷いましたが、私が使用していた教科書がNew Princeだったせいか、FM STATIONの表紙絵を最終的に選びました。
将来的な価値を考えれば、英語の教科書の表紙絵の方が良かったのでしょうが、やはり私にとってのEIZINはFM STATIONだったのですね。

車掌長さんからのコメント(2012年3月 2日 05:41投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます。
希望者挙手さんの連想、面白くて好きです。
急にとんでもない方向にリンクするのは思考が柔らかいのだと納得します。

鈴木英人の絵、一度見せていただいたことがありますネ。
確かとても高価だったと記憶していますが、金額以上の価値が、希望者挙手さんの胸の内にあると察します。

スケールが違い大変恐縮ですが、車掌長もほしい年代モノの時刻表に出逢ったりすると、欲求心と財布が大乱闘します。
でも最終的には必ず買います。
それが「縁」だからです。

今度ぜひ、良かったらまたその絵を拝見させてくださいネ。
それにしても、永谷園のカードから鈴木英人まで、スゴイです!

余談ですが、鈴木英人の絵を見るとなぜか「ハートカクテル」を思い出します。

登場人物の会話はなく、ナレーターが物語を進行させる手法が楽しかったです。
情感豊かなアニメの静止画がこまめに切り替わり、BGMもお気に入りのものが沢山ありました。

温泉おやじさんからのコメント(2012年3月 2日 10:29投稿)

やはり男にとって車や単車という道具は思い入れがある物ですね。
16才で二輪免許取得後、往年の名車カワサキFX400やスズキで400cc初の空冷4発GSX400IMPULSE、ナナハンキラーと呼ばれたヤマハRZなど乗り継ぎました。四輪免許取得後は、マツダ、ダイハツ、ニッサン、トヨタ、スズキなど国産メーカーの車を乗り継いできましたが、最近は子供達の進学費捻出の為、軽自動車に甘んじております…。
しかし、いざ軽自動車に乗り換えてみると多少長距離移動など辛い場面もありますが、乗り換え前に乗っていた3リッターサイズの4ドアセダンよりも、当たり前ですが小さな温泉地の共同湯巡りなどで小回りや駐車スペースの確保、燃費などメリットも多く、私の今の湯巡りスタイルには最適かと思っています。

今回のスバルの軽四生産からの撤退は残念至極ですが、丈夫でよく走ると言われているサンバーを次の湯巡りの足とすべく、程度の良い物を探そうかと思っています。多少見た目が悪いのが難点ですが…(笑)

いよいよ明日ですね。思っていたより濃密なスケージュールでちょっとビックリしていますが、普段味わえない鉄と温泉の旅を満喫したいと思っています。初参加なので右も左も判らず、みなさんについて行くのが精一杯だとは思いますが、2日間どうぞ宜しくお願い致します。

車掌長さんからのコメント(2012年3月 2日 21:01投稿)

温泉おやじ様

毎度ご乗車ありがとうございます。

おっしゃるとおり「男」とは面白い生きものですネ!
こだわるコトやほしいモノなど、いつまでも子どものような気がします。

この間、寅さんゆかりの柴又の駄菓子屋で、懐かしいTVゲーム「インベーダー」を見つけ、つい飛びついてしまいました。

夢中になってテーブルに埋め込まれたテレビ画面を見て、インベーダーやUFOをやっつけていたら、背後で或る親子連れの声がしました。
「おい、このオジサンすっごく上手いぞ!!!」
車掌長よりも若いお父さんが、小学校低学年と思われる子どもを呼び、しきりに感心していました。

その時、普段は意識にもありませんでしたが「オジさん」と呼ばれる歳なのだと苦笑いしてしまいました。

温泉おやじさんのバイク歴、車歴も興味深いです。
この年代は、免許が取れる年齢になるのがとっても待ち遠しかったですよね!
車掌長もオートバイが好きで乗った時期がありました。

友人がヤマハTZR250に乗っていて、2サイクルの爆発的な加速も魅力的でしたが、実際にこの手にしたのはCB250でした。
自転車屋の片隅で8万円で売っており、これなら手が届くと思い買いました。

セルがなく、右折待ちの交差点の真ん中でよくエンジンが止まりましたが、可愛くて愛着がありました。

いよいよ明日ですネ!
今回の温泉達人会の「鉄&温泉」企画は面白いですヨ。
T委員長渾身の鉄道湯巡りプランです。
豪雪の飯山線沿線の秘湯も目玉です。

それでは明朝お会いできること、心から楽しみにしています。
旨酒しましょう!

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着物デビュー

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2012年2月26日 08:02

昨晩、着物で池袋の寄席へ行った。
温泉仲間の某師匠の高座がお目当てだ。

きっかけは、やはり温泉仲間に誘われて来たのだが、何度か訪れるようになると、いつも着物で現れるHさんという方がいて、素敵だなと思っていた。

昨年の寄席の後、恒例の打ち上げで着物に興味を持ったことを話すと、着なくなったもので良ければ差し上げますとおっしゃった。
車掌長は嬉しくなり、早速Hさんに後日お会いした。
(ちなみにこのHさんは、温泉通の間ではカリスマ的な存在の御方だ。)

お父上が着用されたという着物は、深緑より深めの落ち着いた風合いで、見た瞬間に気に入ってしまった。
着付けを教えてもらい、袖を通したり、腰紐や帯を締めるごとに、気が引き締まる心地よさを実感した。

それ以降、なかなか着る機会がなかったが、浅草で雪駄や小物を揃え、今回の寄席にと楽しみにしていた。
幸い午後には雨も止み、楽しい外出となった。

師匠の落語も毎回ながら楽しかった。
恒例の打ち上げも、温泉仲間や異業種の方とも話が弾み、時間が瞬(またた)く間に過ぎ去った。
この場を借りて、着物を下さったHさんと、いつも笑わせてくださる師匠、温泉や鉄道の豊富なネタを共有及び交換できる温泉仲間に感謝したい。

皆様、あらためて昨晩はありがとうございました。
Hさん、着物という新しい楽しみと出逢え嬉しく思います。
今後も着物で出かける機会をみつけ、愛用させていただきます。
 

コメント(2件)

はーふ・せぶんさんからのコメント(2012年3月 1日 18:44投稿)

御礼が遅くなりました。
先日は御来場、誠にありがとうございました。
お楽しみいただけましたでしょうか?

御着物姿、よく似合ってらっしゃいましたよ!
私なんか、足元にも及ばないくらいに・・・。

御連れ様にもくれぐれもよろしくお伝え下さい。

車掌長さんからのコメント(2012年3月 2日 05:14投稿)

はーふ・せぶん様

毎度ご乗車ありがとうございます。
師匠から御礼をいただくなど、身に余る想いです。
こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました。

落語を寄席で聴いたのは師匠が初めてです。
飛行機に乗った際、音楽プログラムではよく楽しみましたが、生の噺は素晴らしかったです。
特に、声のハリやパッと羽織を脱ぐ仕草まで楽しめるのは寄席ならではです。
また、こんなご時世ですから、笑いの暇(いとま)は大切だと感じます。

余談ですが小学5年生の時、学期末のお楽しみ会で友人と「寿限無」をやったことを思い出しました。
あのオメデタイ長名を覚え、今でも暗唱できるのは自分でも驚きです。

いまや昨日の食事も何を食べたかなかなか思い出せませんが、子どもの頃に覚えたものや記憶は忘れないのが不思議です。

また次回を楽しみにしております。

(今回の温泉自炊部の企画は残念ながら行けませんが、師匠のお誘い文を拝読して、無性に行きたくなりました!)

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富士山の日

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2012年2月23日 05:39

2月23日、今日は「富士山の日」だ。

静岡県がこの日を制定したのは2009年12月。
世界遺産登録に向けた機運を高めたい、というねらいもあったことだろう。
車掌長は子供の頃から語呂合わせや並び数字が好きで、勝手にこの日を「富士山記念日」としていた。

富士山ほど、日本の象徴としてまた心のよりどころとして位置づけられる山はないだろう。
日本人のDNAと呼べるほど、手を手向けたくなる神々しさに、心が鎮まるような清々しさがある。

だからこそ、古(いにしえ)から絵画や和歌、文学、写真等の文化・芸術の対象とされ、多様に表現された魅力が人々の心に染み渡っている。

車掌長はそんな作品の中で、葛飾北斎の「富嶽三十六景」に描かれる富士が大好きだ。
特に「神奈川沖裏」「凱風快晴」「甲州三坂水面」はお気に入りmy三部作だ。

また、永谷園のお茶漬けを買うとオマケとして1枚付いてきた、安藤広重の「東海道五十三次」カードに魅了され、子どもながらお菓子ではなくお茶漬けの素ばかり買って親に不思議がられたのも懐かしい想い出だ。

富士の想い出と言えばもうひとつ。
小学4年の冬、一人で箱根の旧東海道を歩いた帰り、バスで三島へ下った。
三島大社でお参りして、東京へ帰る三島駅の新幹線ホームで見た富士山は圧巻であった。
真っ青な空と雪を纏(まと)った美しさに、乗ろうと思ったこだま号を2本遅らせて見入ってしまった。

思えばこれが車掌長の「INNOCENT SKY」だったように思う。

 

コメント(4件)

希望者挙手さんからのコメント(2012年2月23日 23:08投稿)

富士山といえば、昨年の7月に生まれて初めて山頂まで登山しました。それまではバイクや自動車で五合目までは何度か行ったことがある程度でしたが、職場の上司と同僚から誘われ、四十路半ばにして一念発起しての挑戦でした。

遠くから見るコニーデ型のなだらかな美しい外観とは違い、登山道はとても厳しいものでした。寒さ、眠気、薄い空気、様々な厳しい条件を乗り越えた先に見えた御来光は、人生観を少し変えてくれたような気がします。

通勤電車である千代田線で江戸川を越える時に、スカイツリーと並んで富士山が見えます。特に冬のこの時期はきれいですね。
私はいつも富士山が見える側に乗っています。

ちなみに私は永谷園のカードを東海道五十三次から日本の祭りシリーズまでの全10種類をコンプリートしています!
永谷園といえば、サブちゃんを思い出します。
北からの戻り鰹、そろそろですかね。

車掌長さんからのコメント(2012年2月24日 05:54投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます。
永谷園のおまけカード全10種類コンプリートとのこと、スゴイ!
しかも、そんなに沢山バリエーションがあったことも知りませんでした。
こんなすごい御方が身近にいたとは嬉しい限りです。
断片的な記憶では、西洋絵画シリーズがあったと思いますが、希望者挙手さんはそちらのジャンルも明るいですよネ。

次回時刻表展示会を開催する時は、ぜひコラボで永谷園カード全10種も一緒に展示しましょう!
(車掌長が一番見たいのがバレバレですが)
それにしても、希望者挙手さんの守備範囲はワイドで驚愕です。

ところで、富士山に登られたとのこと。
やはり人生観に変化がありましたか…
登った方の多くが同じように言いますので、実際この目で見なければと感じます。

確かにいつも遠くから見ていますが、あの頂に立ったという想いと、そこから眺めたご来光や俯瞰(ふかん)した下界は、他に替え難い経験になることでしょう。
車掌長も歳と体重が増えて困難になる前に計画したいと思います。その際は、色々ご教示願います。
また、哲×鉄ご愛読の皆さんの中にも富士山に登った方がいらっしゃれば、体験談等のアドバイスをいただけると嬉しいです。

余談ですが、サブちゃんさんと言えば切明温泉を思い出しました。今はどうしているのか不明です。
河原を掘って3人で入った自前露天風呂!
ビールを傍らに紅葉を愛でながら長々と入った優雅な時間が懐かしいです。
アプローチに通った雑魚川林道も素敵でした。
もう20年近く前になるんですね…

希望者挙手さんからのコメント(2012年2月26日 00:36投稿)

車掌長さんも永谷園カードのファンでしたか。
印象派や竹久夢二の絵画シリーズの他にも日本の祭りというのもありますよ。当時は、商品に封入されていたカードの角下のところが応募券になっていて、それを15枚(だったかな?)集めて送ると毎月抽選で希望のシリーズのセットが貰えるという企画でした。比較的当選しやすかった記憶がありますが、もちろんハズレもあったわけで、ということは200枚くらい送ったかも知れませんね(笑
時刻表とのコラボ面白そうですね。ぜひ機会があれば、よろしくお願いします。

私はバスツアーで富士登山に参加しました(マイカー規制がありますので)。帰りは大きな入浴施設での休憩もあり、それもよかったですよ。
ただ、山頂での渋滞は噂では聞いてましたが凄かったです。御来光は頂上まであと数百メートルの地点でした。山小屋の人が言うには、震災の影響もあってか、それでも例年より3割は少ないとのことでした。それとゴミですね。世界遺産登録が難航しているのも頷けます。
今度は一緒に行きましょうか?

富士山といえば、昨年「富士山駅」が誕生しましたが、正直これには「業平橋駅」が「とうきょうスカイツリー駅」に改名するのと同様に複雑な思いがありますね。

切明温泉なつかしいですね。優雅に3時間も温泉を掘っていたせいか、あの時に初めて湯あたりを経験しましたね。
驚愕といえば、岡ピーを思い出しました(笑

車掌長さんからのコメント(2012年2月26日 07:36投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます。
車掌長も東海道五十三次カード欲しさに、お茶漬け永谷園にはかなり貢献したと思いますが、希望者挙手さんはそれ以上ですネ。
時刻表展示会とのコラボはぜひ実現させましょう!

しかしながら、あの手のオマケという仕組みも感服します。
上手に大人にも子どもにも共通の弱いところを突いてきます。
また、「ガチャガチャ」というのも子ども心に火をつける魔性の販売機でした。

お目当てのモノが入っているカプセルが見えるのが、なんとも言えぬはがゆさがあり、「スーパーカー消しゴム」には相当入れ込みました。
(うまくカプセルに入っていないとスーパーカーが太鼓橋のように反って伸ばすのが大変でしたが)

話がかなり脱線しましたが、富士登山ぜひご同行をお願いします!また時期等についてはご相談願います。

おっしゃるとおり、「富士山駅」や「とうきょうスカイツリー駅」は興醒(きょうざ)めです。
短絡的ですし、富士急や東武の商魂もわかりますが、歴史的に意味のある地名を大切にしてほしいものです。

ちなみに富士山駅から二つ隣りの下吉田駅には、「ブルートレインテラス」という施設があります。
寝台特急「北陸」のラストランを務めた最後尾車両に、「富士」のテールマークが入っており、車内を見学できます。

方向幕も「西鹿児島」という懐かしい駅名が復元されており、子どもの頃、東京から24時間26分かけて走っていた頃を思い出します。

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小田急HiSE引退

カテゴリー:①番線:鉄道(JR・私鉄)方面 2012年2月18日 07:52

春は別れの季節という。
今春は鉄道の世界にも、名列車や名車両の引退が目白押しで、名残惜しさが募る。

JRの列車では「日本海」「きたぐに」、車両では初代のぞみ「300系」やJR東海あさぎり号の「371系」など。
私鉄では小田急の動きが顕著で、特急用のHiSE(10000形)やRSE(20000形)、通勤用5000形と3種も運用から絶滅する。

中でも、HiSE(10000形)は小田急ロマンスカーシリーズの完成形だと車掌長は思っている。
外観のデザインで好きなのは、「ロマンスカーと言えば展望席!」という絶大なる人気を博した3100形だが、どの席に座っても楽しい車窓を提供してくれたのは10000形だ。

高床のハイデッカー車両は視点を高くして眺めを良好にしたが、乗降口のステップが車椅子を利用する方には支障があった。
今後は長野電鉄に譲渡された「ゆけむり号」で再会できる。

余談だが、ロマンスカーの自動回転座席は子どもの頃の楽しみだった。
JR新宿駅の中央線緩行(総武線)下りホームでは、小田急の屋内の行き止まりホームに到着したロマンスカーを、グリーン車のマークのような窓から見ることができる。
そして、折り返しのため座席が一列おきに自動で整然と回転する光景が大好きだった。
そんな時、目の前に総武線の黄色い電車が入線すると、とてもショックを受けた想い出がある。

最近の車両は小田急に限らず「乗る楽しみ」や「一味違う」と思わせるものが少なくなった気がする。
省エネや加速の良さに貢献する軽量化は時代の流れだが、どれも均一の質感でほどほどに快適だが、心が満たされるようなワクワク感は乏しい。

何でも実用性、効率性だけの画一的な価値観は、鉄道にとどまらず、世の中もモノトーンな気分にさせる。
春は別れの季節と書いたが、そんな世の中とも気持ちとしては別れ、新たな希望を感じられる世の中になってほしいと願う。

多様性のある、カラフルな花が咲き誇るような、一人一人が輝ける世の中を望みたい。

 

子どもたちは私たちの未来

カテゴリー:③番線:時間旅行、時刻表方面 2012年2月12日 19:32


♪I believe that children are our future
Teach them well and let them lead the way♪

「子どもたちは私たちの未来 正しく教えて彼らに導いてもらいましょう」

これは学生時代、教師を目指していた頃に好んで聞いた曲だ。
そう、ホイットニー・ヒューストンの「Greatest Love of all」だ。
英語は得意ではなかったが、彼女の美声と優しいメロディは英語の歌詞がダイレクトに心に響いた。

今日、彼女の突然の訃報を心から残念に思い、同時に感謝の念を捧げたい。

世の中には多様な教育論や価値観があり、これが正しいという結論はない。
しかしながら、車掌長が目指した教育の理想に近いものが彼女の歌にはあった。

「彼らの内に秘めた美しさを残さず惹きだして 誇りを持って生きるために導いてあげましょう」
「子どもたちの微笑みに 私たちの昔を想い出しましょう」

車掌長は教職課程を履修し、母校「正則高校」で教壇に立つのが夢だった。
当時の状況でそれは叶わず、旅行会社へ就職し、幸いにも専門学校の教師になることができた。

そして、一教師として出逢った学生たちに心掛けてきたことがある。
「認めること」「褒めること」「許すこと」の3つだ。

これは実は怒ることよりも難しいものだ。
逆に言うと、怒ることは一番簡単な教育であり、言われたことしかやらない人間を生産するのには好手段だ。
それは、怒られないための「思考」や「行動」が子どもたちの美徳なり、その逆の子を排除しようとしてしまう。
だが、その逆の子の方に、実は筋の通った言い分やユニークな発想があったりするものだ。

もちろん、専門学校である以上、社会で役に立たない者を卒業させては就職先に申し訳ないし、何より本人にとって不幸だから、約束と期限を守らなかった時と遅刻や無断欠席にはかなり厳しく対処した。

車掌長は何歳になっても、人として生きてゆく上で大切にしてほしいのは、先述の3点に尽きると思う。
そんな想いが送り出した学生一人一人の心の片隅に、かけらでも残っていれば嬉しい。
更に、次の世代にそれぞれの実践で継承してもらえたなら、この上ない本望だ。

今は教育に携わる仕事はしていないが、偉大なる歌手の訃報に昔の車掌長を思い出す時間旅行ができた。

彼女のご冥福を心から祈りたい。
 

コメント(5件)

たくちゃんさんからのコメント(2012年2月13日 05:42投稿)

Whitney Houstonを初めて聞いたのは、中学生のときだったでしょうか。
「ものすごいSingerが出てきたもんだ」と
驚いたのを覚えています。

彼女も、一時代を作り上げた人の一人でした。
時代は変わり、移っていく、というのが
自然の摂理であることは、誰しも避けられないことですが、
それでもやはり、「惜しい人」はいるものです。

正直言うと、当時の彼女の声は、私にはあまり馴染まないものでした。
そのため、深く聞き込むことをしてきませんでした。
今、忙しさにかまけて、音楽からも遠ざかってしまっていた自分でしたが、
もう一度、彼女の曲を「真剣に」聞き返してみたいと思っています。

今は、彼女の眠りが安らかならんことを、祈りましょう。
お疲れ様でした、と言ってあげたいです。

車掌長さんからのコメント(2012年2月13日 20:56投稿)

たくちゃん様

毎度ご乗車ありがとうございます。
最近はこの「乗務日誌」も回送列車状態でしたので、久しぶりの常連のお客様に車掌長も張り切り、朝の乗務に加え、急遽夜も乗務させてもらいます。

あれほどの世界的Singerともなると、誰もがどこかで印象に残っている想い出があるものですネ。
たくちゃんさんは中学時代ですか…

以前、この乗務日誌にコメントを下さった希望者挙手さんとたくちゃんさんが、音楽のことで盛り上がったのを思い出しました。ジャンルを問わず興味が共通した時の話題は何歳になっても楽しいものですね!

確かに「時代は変わり、移ってゆく」という、誰にも変えることのできない自然の摂理に、刹那(せつな)や、現(うつつ)に生きる輝きがあり、ため息もあるのかと思います。

偉大なるホイットニー・ヒューストンにも、手にした栄光とその光の当たらない、一ファンには知る由もないプライベートな苦悩があったのかもしれません。

「月は形を変え、時は人を変えてゆく」
どなたかこのフレーズに懐かしさを感じる方はいらっしゃいませんか?

今宵は支離滅裂なご返答で大変失礼いたしました。
やはり慣れぬ時間帯の乗務は控えたいと思います…

たくちゃんさんからのコメント(2012年2月14日 06:48投稿)

ややっ!「希望者挙手」さんは、あの御方でしたか!
地味に正体が判明してしまうコメント返しをありがとうございました(笑)。

ならば、掲示板的に(笑)

>希望者挙手さん

その節は失礼しました。
またご一緒させてくださいね。

希望者挙手さんからのコメント(2012年2月21日 01:42投稿)

車掌長さん、たくちゃんさん
ご無沙汰しております。

車掌長さんの教育理念には、頭の下がる思いです。
自分の子育てを顧みると反省しなければなりません。

私はホイットニーとは同世代ですからショックでしたね。
「セービング・オール・マイ・ラヴ・フォー・ユー」で彼女を知ったのは20歳の頃だったかな・・・チャカ・カーンのバックコーラスをしていたと聞いて、さすがと思いましたね。

私は車掌長さんのコメントを見て、吉川晃司の「キャンドルの瞳」の一節を思い出しました。「月は形変えてゆく、時は心を変えてゆく♪」私の大好きなフレーズです。
洋楽(特にヘビメタ)かぶれのように見えて、意外に守備範囲が広かったりします(笑)

また楽しいひと時を過ごしましょう!

車掌長さんからのコメント(2012年2月21日 21:54投稿)

希望者挙手様

毎度ご乗車ありがとうございます。
お忙しい時期と察しますが、車掌長にとっては未知な時間帯の乗車に驚きです!

それにしても、希望者挙手さんの守備範囲も広いですネ。
ヘビメタについては、先述のたくちゃんさんとの盛り上がりで奥の深さを感じましたが、吉川晃司なら車掌長もついてゆけそうです。

吉川晃司であれば車掌長は「INNOCENT SKY」が大好きです。
ちょっと気だるさを漂わせた長い前奏から、吉川自身が伝えようとするメッセージを歌詞から感じるものがあります。

♪INNOCENT SKY INNOCENT SKY
忘れない いつか見た空を
INNOCENT SKY INNOCENT SKY
心に閉じ込めたくはないさ

哲×鉄ご愛読の皆さんには、どんな「INNOCENT SKY」があるのでしょうか…

「哲×鉄」は、JTB時刻表と鉄道や温泉を入口とし、それらの魅力を伝えることを念頭に置いています。
一方、それらを出発駅として色々な方面への時間旅行にご案内することも、楽しみ方の1つにしています。

たくちゃんさん曰く「掲示板的」にご愛用いただくのも良いと思います。
皆さんや車掌長の綴った話や想い出に、関連したことでも無関係なことでも、お気軽にご乗車いただければと思います。

希望者挙手さん、もうすぐ北から戻り鰹が帰京するようです。
その時は彼と一緒に祝杯をあげて労いましょう!

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