祝・ANA国際線就航30周年

カテゴリー:②番線:航空、船舶、バス方面 2016年3月 3日 05:50

1986年3月3日、ANAが初の国際線を東京~グアムに就航させた。

ANAは、車掌長が最も好きな航空会社。
子どもの頃、最初に買ってもらったモデルプレーンが全日空だった。

機種はボーイング737だったと思うが、ちょっとずんぐりした機体の垂直尾翼に、ダビンチのヘリコプターが描かれていたのが好きだった。

また、初めて飛行機に乗ったのは高校2年生の修学旅行で、その搭乗機が全日空。
以降、北海道や沖縄へ初めて飛行機で行った時も、偶然だが全日空だった。

そんな初めて尽くしの想い出が重なったのも、好きになった理由かもしれない…

現在2代目の塗装となる「トリトンブルー」は、車掌長が数ある色彩で最も好きな綺麗な青。
このロゴカラーの濃い青色は、大空を羽ばたく機体で世界一美しいと思う。

昔よりも飛行機が日常的な移動手段になったとはいえ、子どもにとっては、いつの時代も「特別な乗り物」であることに変わりなない。

とくに、のりものに興味を持ち始めたり大好きな幼少期の子どもにとって、「ひこうき」は神がかった魔法的な存在だ。

今後も、子どもをはじめ多くの人々の自由な空を、夢も乗せて羽ばたく翼であってもらいたい。

清澄な日本の空へ

国境や隔たりのない世界の空へ

宇宙へもつながる未来の空へ…

 

コメント(2件)

希望者挙手さんからのコメント(2016年3月 4日 01:51投稿)

寝台列車にお邪魔します(笑

私もANA派でして、仕事で使用しているPCの待ち受け画面は、ANAの壁紙カレンダーを利用しています。

飛行機、日本の風景、世界の風景から毎月お気に入りのカレンダーに切り替えるのを楽しみの一つにしています。

既にご存知かも知れませんが、URLをお知らせしますね。

http://www.ana.co.jp/share/wallpaper/calendar.html

3年前だったか、仕事で出張の帰りに羽田空港で降機場からターミナルビルへバスで移動した際に、モヒカンルックのすぐ横を通過したことがあります。

モヒカン好きの私としては、近距離で見ることができた喜びとは裏腹に、近過ぎてモヒカンらしさを堪能することはできませんでした(笑

運行開始40周年を記念して2009年に復刻したそうですが、そんなモヒカンも、ちょうど2年前に通常塗装に戻されてしまい残念です。


車掌長さんからのコメント(2016年3月 4日 04:57投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます。

寝台列車へのご乗車、大歓迎です。
しかしながら、もうすぐ日本の世の中からは、一般人が駅の窓口で切符を買って乗れる「寝台列車」が、ほぼ無くなるのは寂しいことです。

モヒカンという言葉自体が、普段の生活でその頭髪姿を街で見かけることも少なくなりました。既に死語になりつつある感も否めませんが、仰る通りANAの「モヒカンルック」が復活された時は嬉しかったです。

確かに、ある程度距離を置いたり、やや上方からそのルックスを眺めないと、モヒカンらしさが実感できないですよネ。

話は変わりますが、今でこそスペシャルカラーの「塗装機」は珍しくありませんが、その魁であった「マリンジャンボ」も大好きでした。

機体にユーモアたっぷりと、クジラをマーキングしたジェンボジェット機が大空を泳ぐ姿を見て、小学1年の国語の教科書で習った「くじらぐも」の話を思い出したものです。

その「くじらぐも」は、中川李枝子さんが作者の話です。
中川李枝子さんと言えば、「ぐりとぐら」という絵本が今でも読み継がれ、ご存知の方も多いと思います。

専務車掌もこの御方が好きですが、昨年、中川さんの講演に行った際、専務車掌が現役時代の仕事で使い大切にしていた「ぐりとぐら」に、直筆サインを頂いて喜んでおりました。

偶然ですが、この春車掌見習が入園する幼稚園の園歌も、中川李枝子さんが作詞したそうで、どのような歌なのか、今から聴くのを楽しみにしているところです。

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繰り返されたスキーバス事故

カテゴリー:②番線:航空、船舶、バス方面 2016年1月17日 05:46

悲痛なバス事故が再発した…

亡くなった方々の若き尊き命の御冥福を、心からお祈りする…
そして、そんな方々を瞬時に失った御遺族の沈痛な心情を察すると、やりきれない想いが込み上げる。

車掌長も以前から、夜行高速バスで友人を失ったことを、この乗務日誌に度々記してきた。
また、直接の知人ではないが、車掌長の母の元同僚が、31年前に起きた某大学のスキーバス転落事故で、最愛の娘さんを亡くした話を、今も生々しく記憶している。

その後、その母の同僚である親御さんが、娘さんご本人がこの世で輝いていた証として1冊の本を出版された。
それを車掌長は、高校3年生の時に読んだ。

大学の講義を受けた科目の所感や友人のこと、高校・中学・小学時代の出来事を書きためてあった想い出、初恋を綴った詩、自分の短所を絵本にした作品などが、丁寧に収められていた。

その時、車掌長は既に大学進学を決めていたが、進学先は偶然にもその娘さんと同じ大学だった。

入学後、真っ先に、キャンパス内にあるスキーバス事故で亡くなった教職員と学生達の慰霊碑に手を合わせた。

今回の軽井沢で起こった凄惨なスキーバス事故でも、多くの学生が命を絶たれてしまった。
目標や夢、この春から決まっていた就職などが、一瞬にして奪い去られてしまった。

その御本人と御遺族の無念さは、言葉では言い表せない…

事故原因は究明中だが、既に報道されている断片的な事実には、怒りが込み上げる。
それは、法令違反の運行管理、常識外の価格設定、ドライバーが曝(さら)されていた過酷な労働環境など、ずさんな会社の実態や「裏のバス業界」の事情や内実が明るみになった。

それらの根源は、人の命を軽視した価格競争であり、あってはならない最悪の結末を招いた…

どんな業界でも、常識外の値段や格安な商品には、必ず大きなリスクが潜んでいる。
それが、人命に影響しないような衣服や雑貨程度なら「訳アリ」などで許されるかもしれない。

しかしながら、人の命を預かる運送業で「訳アリ」など、絶対に許されるものではない。

今回の事故で車掌長は、JRがスキー客を運ぶ「シュプール号」を復活させてほしいと、つくづく思った。
80年代は、上野や新宿、名古屋、大阪駅から、各スキー場の玄関となる駅まで、夜行列車が数多く運行されていた。

まだ、今ほど高速道路網が発達しておらず、夜行高速バスも少なかった時代に、リーズナブルな移動手段として人気があった。

やがて、高速道路の延伸や、駅で乗り換える手間なくゲレンデへ直行してくれ、かつ鉄道よりも安いスキーバスに人気は集まった。

スキー人口の衰退も相まって、シュプール号は姿を消してしまったが、鉄道とバス(マイカー)の大きな違いは、シートベルトの有無なのだと、車掌長は思う。

チンプンカンプンなことを言っているかもしれない。
だが、バス(マイカー)で移動するということは、同乗者はドライバーに「自分の命を預けている」状態なのだということ…

鉄道にシートベルトは無い。
300㎞/hで走行する新幹線にも、無論存在しない。

それは、鉄道が運転士の人為的なミスや過失を未然に防ぐ、何重のシステムや多くの人が関わり見守る中で、列車が運行されているからに他ならない。

それに比べれば、今回のスキーバスの事故もそうだが、ハンドルを握る一運転手の責任や精神的、肉体的なストレスは想像を超えてしまう…

「安さ」を求める消費者の意識も理解できるが、命に関わる業種では、選択の眼を磨かなければならないだろう。

そして、そこに多様な選択肢の存在が不可避であるために、夜行列車の復活や存続を心から願う。

同じようなスキーバス事故が再発してしまったので、「二度と」という常套句は使えない。

もはや、「根絶」してほしい事故であることを、胸に刻んでおきたい。

改めて、お亡くなりなった方々の御冥福をお祈りいたします。


 

 

翼の王国(郵便飛行)

カテゴリー:②番線:航空、船舶、バス方面 2015年12月 2日 05:05

昨日、家に帰ると膨らみの厚い郵便物が届いていた。

開封すると、冊子と更に包みに覆われた箱のようなものが入っていた。
ANAのロゴが入ったレターヘッドには、機内誌「翼の王国」への投稿のお礼と、その掲載紙及び記念品を送付した旨が記されていた。

そして、季節を二季ほど遡った頃、同誌の投稿欄「郵便飛行」へ手紙を出したことを思い出した。

内容は、学生時代の友人の結婚を祝う会に出向く際にANA便を利用し、その機内で車掌見習の成長への想いや願い、感じたことを綴ったものだった。

あいにくここで全文を紹介することはできず、書店でも取扱いはないので、ぜひ今月ANA便(国内線・国際線)を利用する方がいれば、前席ポケットに入っている機内誌をご覧いただきたい。

「翼の王国」は、全日空(ANA)が1960年(昭和35年)に創刊した機内誌で、今月で通巻558号となる。
全日空は、車掌長が最も好きな航空会社で、その機内誌に投稿が掲載されたのは大変嬉しかった。

また、「郵便飛行」への投稿は、郵便に限られている。
そんな受付方法も、車掌長には投稿動機のきっかけになった。

なんでもメールで済ませることができる今日おいて、手間のかかる方法を堅持することは、かえって労力や時間、人の手を要するものだが、車掌長はそのような姿勢に心から共感や温かみを覚えてしまう…

時を経て、車掌見習が字も読めるようになった頃、この掲載紙を包み直して贈ろうと思う。

この機内誌は、そんな日が来るまでの車掌長の宝物としたい。

その日までの歩みは、車掌長にしては珍しい未来に向けた時間旅行だ。

 

スカイバス日和

カテゴリー:②番線:航空、船舶、バス方面 2015年9月23日 05:22

秋の連休、「哲×鉄」保線区のメンバー様が上京。

車掌区一同で東京駅八重洲口で出迎え、まずは地下街のリカーズハセガワ本店へご案内。
ここは、シングルモルトを中心に取り揃え、他では見られないような酒類が所狭しと棚に並ぶお気に入りの店。

更に特徴的なのは、10ccの試飲が楽しめること。
販売価格の10cc分を払い、その場で味わえるのは、何とも至福な時間を過ごせる。

メンバー様には、ほろ酔いの心地良さのまま、今度は反対側の丸の内へ移動していただいた。
ここからは、スカイバス東京観光をご案内。

スカイバスは、2階建てバスの屋根を取り払った「オープントップバス」。
この爽快感に魅了され、2004年の登場以来、幾度と乗車している。

特に、車掌長にとっては、以前勤務していた某専門学校で、改造前にあたるスカイライナー「コンコルド」と呼ばれたこの車両を10台近く貸切で連ね、300名以上の職員旅行を毎年実施していたのが壮観で、スカイバスに乗るたびに感慨深い郷愁を味わった。

今回乗車したのは、「東京タワー・レインボーブリッジコース」。
60分という手頃な時間で、ダイナミックな景観とちょっとスリリングな首都高走行を堪能できる。

空気がカラッとした好天に恵まれ、次第に暮れなずむ東京の街並みも、斜めからの太陽光に照らされ、いつもと違った印象に目に映った。

すっかり日も暮れた時間に車掌長宅へ。
四方山話は尽きず、メンバー様が別送してくださった美味しいワインも杯が進んだ。

先日サントリーが販売を始めた、グレーンウイスキー「知多」も開栓。
「同郷のよしみ」に限りなく近い間柄に乾杯した。

翌日、メンバー様のご希望で「谷根千」散策。
根津神社を起点に、谷中、根津、千駄木の街並みを歩いた。

車掌見習もベビーカーに乗ったり、甘えて抱っこを要求しながらも、よく付き合ってくれた。
谷中銀座は想像以上の人混みだったが、ちょっと路地に入れば、金太郎飴のような画一的な区画整理の及ばない、独特な風情ある家並みに癒される想いがした。

昔ながらの家並みを、若い人たちが新しい息吹を吹き込ませているような、そんな躍動感と落ち着きのバランスが印象に残った。

あっと言う間の24時間であったが、昨日お迎えした時間の頃に、東京駅でお見送り…
忙しい中、こちらへ来ていただき、楽しい時間を過ごせたことに感謝。

次回は、スカイバスの「お台場夜景コース」へ行きましょう!

 

GALAXY FLIGHT

カテゴリー:②番線:航空、船舶、バス方面 2014年6月 3日 21:19

GALAXY EXPRESS 999 は、車掌長がこよなく愛する夢の列車だ。

決して乗ることはできないが、TVや映画で観たり、その余韻の延長にある永遠の旅路のロマンに憑(と)りつかれてしまう…

列車ではないが、今夏、日本の夜空に「GALAXY FLIGHT」が運航される。

航空会社:全日空
行先:沖縄(那覇)
便名:ANA999
出発時間:零時

夏の繁忙期に、通常は深夜貨物便として飛ばしている機材を旅客扱いし、運賃を安くするというカラクリだが、その名称や便名は、車掌長の琴線に触れてしまった。

もう既に、満席の日も多いようだが、かつて1960年代~70年代に飛んでいた、飛行機の深夜便を体験できるのは貴重だ。
その当時の便名には「ムーンライト」や「オーロラ」、「ポールスター」という、魅力的なネーミングが付けられていた。

ちなみにこのGALAXY FLIGHT、復路はANA1000便として東京へ向かう。
1000便よりはダントツに、999便の方が痺(しび)れてしまう…
 

 

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