榛色の季節

カテゴリー:⑤番線:feel the season方面 2019年11月 1日 05:18

今朝の新聞、或る記事で見慣れない色の表現があった。

榛色と書いて、「はしばみいろ」と読むのだそうだ。
一瞬で、その音に魅かれる想いがした…

「はしばみいろ」とは、どんな色彩なのか…気になり調べてみた。
ヘーゼルナッツの実のような色、柔らかい黄土色、黄色がかかった薄茶色etc

当該記事には、逆光に輝くススキの草地が添えられ、イメージが膨らんだ。
このような色合いを「はしばみ色」とも解釈できるのか…

齢(よわい)、幾つになっても、新たなことを知る喜びは新鮮だ。

車掌長はススキがすきだ。
自身の姓に似ているのも、更に親しみを覚える。

ススキ野原で思い浮かぶ風景は、箱根の「仙石原」や山口県の「秋吉台」。
観光地でなくとも、美しいススキの風景が身近に存在する御方も、日本中に多くいらっしゃることであろう。

日当たりの良い場所に群生する光景は、今の季節、とくに日が傾き始めた頃の黄金色は、ひときわ美しい。

標高の高いところから、紅葉が見頃を迎えているようだ。
その色彩も疑う余地が無いほどに綺麗であり、自然の芸術作だと思う。

ふと、彫刻家ロダンの言葉が頭を過る…
「自然の一切は最も美しい釣り合いをもって建てられている」と。

若い頃、この言葉に出逢い感銘を受けたのを記憶している。

しかしながら、今秋は素直にその言葉が胸に響かず、むしろ「自然の脅威」に胸が痛む思いがしてしまう…

つい、「自然の脅威」としたが、それをもたらしたのは、近年の地球温暖化による気候変動であることは、多くの方が気付いている。

冒頭の「はしばみ」、花言葉を調べてみた。
「仲直り」「和解」「調和」などが並んでいた…

人間も自然との「仲直り」が問われていたり、必要なのだと思う11月幕開けの朝であった。

 

原風景

カテゴリー:③番線:時間旅行、時刻表方面 2019年9月22日 06:10

昨日午後、車掌見習7歳の誕生日に某遊園地へ行った。

先日、車掌長の妹が今月末で有効期間が切れる「のりもの一日券」を、当車掌区人数分譲ってくれ、行ける時に行こうと思っていた。

当車掌区から車で15分ほどの遊園地は、車掌長が子供の頃によく行った想い出の地だ。
親戚に連れられ夏のプールに行ったが、世界初の「流れるプール」が殊の外楽しかったことや、水の冷たさが想い出深い。

また、中学時代は「冬の一日券」という、1,000円で入園及びフリーパスとなるオトクな企画券もあり、友人とよく行ったものだった。

この遊園地には、「カルーセル・エルドラド」という名称の回転木馬がある。
これは、日本機械学会「機械遺産」にも認定された、歴史に残る機会技術関連遺産として有名だ。

1907年にドイツでつくられたそうで、彫刻は全て木製。
数奇な運命を辿ったようだが、1971年から当遊園地で多くの人々の夢をのせ、想い出を育んできたのであろう…

かく言う車掌長にも、幾幕かの思い出がある。
そして、その記憶を鮮明に蘇らせてくれるのが、この遊園地全体の様子がほとんど、40年前と変わっていないことだ。

当時あった主要な乗り物やその場所が、ほとんど変わっていないことで、あたかもタイプスリップしたような錯覚を起こし、40年前の自分の姿を見つけられたような気がした。

そんな気分に浸りつつ、「サイクロン」というジェットコースターや、コークスクリューに乗った。
あの頃、最新の絶叫マシンであったり、話題の乗り物を導入し、いつも長い行列を待ったものだが、いまや待ち時間ゼロで乗れるのは、隔世の感が否めない…

もともと車掌長は、絶叫マシンの類が大好き。

いま改めて、このジェットコースターやコークスクリューに乗ってみたところ、まるでモノレールのように感じ、子供のころに抱いた恐怖感は微塵も無かった。

しかしながら、最高地点に向けてゆっくり上がる際に眺めた景色は、高層マンションが増え、当時の何も無く見晴らしの良かった記憶の残像は、この日を以って上書きを余儀なくされた…

いま、7つになった車掌見習の手をひき、身長制限の緩い乗り物に乗ったが、やがて車掌見習が友人同士や恋人と来たり、大人になってからも来た際、もし車掌長や専務車掌がいない時代であっても、この雰囲気や背の高い木立が、変わらない風景として存在し、車掌見習にとっても何かの「原風景」になれば…と願う。

余談だが、今年の夏休みは車掌長が温泉好きとなった小学2年生の「原風景」を訪ね、当車掌区慰安旅行として兵庫県の城崎温泉を訪れた。

ここも、44年前と変わらない風景が、ほぼそのままに健在であった…

時代や日常生活はいつも、置いていかれそうな猛スピードで過ぎてゆくが、ふと、自分自身の「心の時間調整」を行える時間旅行を試みることは、とても有意義に思える。

誰にでも、きっとそんな「原風景」があることだろう…
年齢しかり、気持ちもしかり、そんな何かの節目に、情景に出会う時間旅行に出るのも素敵なことだと思う。

きっと、今の生活や今後の人生に向けて、新たな発見や気づきがあるだろう…


 

 

浜屋のバーベキュー弁当

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2019年9月 7日 16:34

先日、仕事で木更津に行った。

その前日、職場の同僚に木更津出身の者がおり、木更津でオススメのランチを尋ねると、即答で「浜屋のバーベキュー弁当」とのこと。

当日、現地での仕事を終えて昼食をとって帰る際、聞いた道を通りその店舗に皆で立ち寄った。
ちょうど、お昼どきでテーブルの上に積まれた「バーベキュー弁当」を手にし、5名それぞれのお腹に見合うボリュームのものを購入していた。

ちなみに車掌長は、肉もご飯も増量の「大盛」で920円也。

高速を走ること15分、某SAに入り待望の弁当を口にすると、なんとも美味であった。
国産豚のロースを一枚一枚、秘伝のタレを染みこませ直火で焼き上げた肉と、同じタレがかかったご飯との相性が絶妙で、どんどん口の中に入ってしまった。

包み紙の裏には、この弁当の説明が記されており、箸を動かしながら読んでみると、この「バーベキュー弁当」は、もともと木更津駅の駅弁として誕生したことがわかった。

それを知り、車掌長は尚更、この弁当が気に入ってしまった。

早速、家に帰り、説明にあった駅弁誕生の頃(昭和37年)の時刻表を調べたら、しっかりと木更津駅の特殊弁当としてその名称が載っており、感動してしまった。
ちなみに当時の値段は150円。

当時は内房線ではなく、房総西線という路線名で、特急・急行列車は存在しないが、準急「内房」5本と同「さざなみ」1本が毎日走っていた。

列車番号のマークを見ると、「D」とあるので電化前であったこともわかる。

準急で3~5分、普通列車で5~10分程度の停車時間があったから、駅弁を買う時間は充分にあったし、駅の賑わいも思い浮かぶ…

今では駅弁としての販売は終了しているが、街中の店舗で元駅弁が地元の皆さんに親しまれ販売されているのは、とても喜ばしく思った。

またぜひ、木更津再訪の折は、この弁当を購入したいと思う。

紹介してくださった同僚のT殿、どうもありがとう。


 

朝の新橋で憩いのひととき

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2019年8月24日 03:56

「3卓、アイス、ガム無し」と、ウエイトレスがカウンターに告げる。

昨日、仕事で汐留に行った際、同僚との待ち合わせよりも1時間ほど早く新橋駅に着いた。
時間を潰すには、あの店がいい…

車掌長の足は、新橋駅前ビル1号館の「パーラー・キムラヤ」に向かっていた。
入店しどこへ座るかは客の自由、お気に入りの水槽横の席は埋まっていたので、カウンター前の4人掛けに座った。

朝食は済ませていたので、アイスコーヒーのみを注文。
ここは常連であれば、アイスコーヒーはガムシロップの有無を注文時に告げる。

アイスコーヒーが席に届くまで、店内の雰囲気を味わう…
店内は喫煙もOK。いまどき紫煙くゆる店など、絶滅危惧種の類に属するであろう。

車掌長は喫煙しないが、子どもの頃から父が家で吸うタバコの煙の中で育ったようなもので、受動喫煙など一切気にしない。

また壁に目を向けると、この模様がなんともモダンでたまらない。
帝国ホテルのオリジナルコーヒーカップの「フランク・ロイド・ライト」のデザインを連想してしまう。

やがて、アイスコーヒーが届き、店用の新聞を読みながらストローで啜った。
至福のひととき…

カウンターを見れば、「ライブキッチン」なんて洒落た言い回しは無用の「丸見え」の状態で、狭いスペースをムダの無い動きで黙々と注文に応じる姿が心地よい。

待ち合わせの時間も近づき、卓上の趣きある伝票を手に取り済ませた会計は370円也。
店の入口にあるショーケースを眺め、今度は「プリンローヤル」を食べようなどと目を細めた。

歩いて数分の汐留エリアに入ると、インテリジェンスなタワーオフィスビルに次々と足早に吸い込まれる人の波に、さきほどのゆったりした憩いの時間が泡沫(うたかた)の出来事のように思われた…

 

復刻鳥めし

カテゴリー:①番線:鉄道(JR・私鉄)方面 2019年8月13日 05:46

昨日、お盆休み中ではあるが、仕事のため八王子へ向かった。

同僚と7:30に駅付近で待ち合わせしていたが、7時前には八王子駅に着いていた。
ちょうど、お腹が減ったので、駅弁屋のショーケースを覘いたら「復刻鳥めし」が置いてあった。

昔、車掌長が子どもの頃の「鳥めし」は、新宿駅で調整元の田中屋が販売していた。
値段は400円だったが、他の弁当が700~800円だったのに比べ安く美味であった。

今回目にしたのは、懐かしい包装紙を現代風に取り入れコンパクトな装丁であった。
価格は680円(税込)、やはり他の駅弁が1,000円程度するのに比べとても良心的だ。

せっかくなので、ホームのベンチで列車を眺めながら食そうと、中央線下り4番線に戻った。
夏休みに行楽・帰省客、登山客が目立つホームには、次々と臨時の特急列車が滑り込み、賑わっていた。

自分の荷物を背負ったリュック姿の子どもが燥(はしゃ)ぎ、それを叱る親の光景も、日常で叱るよりも大らかで、日本の夏を思わせ微笑ましい…

やはり、「どこかへ行く」という旅立ちのひとコマは、子どもはもちろん、大人である親にとっても非日常な楽しみであることが見受けられる。

とくに、鉄道の旅は、居住空間の延長のようなマイカーでの移動よりも、「非日常的」でありエキサイティングな出来事だと思う。

また、他の人と移動空間を共にするという、マナーや社会性も教えることができる。

そんなことを思いながら、懐かしい「復刻鳥めし」を頬張りながら見ていた。

たしかに懐かしい駅弁だが、味が濃く感じたのは歳のせいか…
などと思いつつも、脇に添えられた缶詰のみかんに、昔の駅弁のスタイルを思い出した。

そう、なぜか昔の駅弁は、缶詰の「みかん」や「さくらんぼ」が添えられていた。

15分ほどの時間であったが、仕事前におもいがけず、心和む朝食を体験できた。
この日の代休は、公休日と繋げて小旅行に出かけたくなった…
 

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