催涙雨

カテゴリー:⑤番線:feel the season方面 2019年7月 7日 05:43

「催涙雨」(さいるいう)…

七夕の日に降る雨を言うが、なんとも切ない文字の組み合わせに思う。
一年に一度、織姫と彦星が出逢うことを許される舞台の天の川…

その舞台の天候が雨の場合、再会は翌年へ順延される。
そんな切ない妄想を地上から見上げた先人たちは、この言葉を作ったのであろうか。

当の御本人はたちは、雨のない宇宙空間で逢瀬を喜びあったかもしれないが…

それは、さておき、七夕というか、7月7日という日に思い出すことがある。
1995年7月7日というとピンとこないが、和暦に直すと「平成7年7月7日」になる日。

そう、車掌長も大好きな、同じ数字が並んだ日であった。
今からもう24年も前になる頃、世の中、殊に就職活動をする学生にとっては、「就職氷河期」という時代の荒波に揉まれた頃であった。

バブルが弾け、一斉に採用を中止または縮小した企業が、多くの学生を露頭に迷わせた。

その当時の雨が、まさに「催涙雨」と言った方が相応(ふさわ)しいように思う…

その頃、車掌長は某専門学校のトラベル学科で教師をしており、その年は就職活動に勤しむ2年生の担任であり、旅行業における国家資格取得の授業をする傍(かたわ)ら、専門学校の生命線でもある「就職指導」もしなければならなかった。

書店では「面接の達人」(メンタツ)なるハウツー本、マニュアル本と呼ばれるものが売れ、その手引きに沿った行動を実現できれば、就職できるかのような妄想を抱かせた時代の幕開けでもあったように回想する…

車掌長も当時は、職務上、そのような媒体を貪(むさぼ)るように読み耽(ふ)け、学生のために模擬面接なども本番さながらに幾度も試みた。

しかしながら、やはり、就職活動をする学生の全員が全員、マニュアル本と同じようなことを真似すれば、採用する側にしてみれば「誰も一緒」と目に映ることに、車掌長も早々に気が付いた。

また、現在もそうだが、紺や黒のリクルートスーツに身を包んだ集団は、まさに烏合の衆だと思った。

そこで、独自のアドバイスを学生にし始めたところ、書類選考や面接をクリアし、「採用」を手にする学生が出始めた。

そして、そのうちの一人が上述の「7」が3つ並んだ日に、内定を勝ち取った。
さらに、その日は彼の誕生日でもあったから、尚更、記憶に刻まれる日となった。

あれから二十数年が経ち、彼もどうしているか定かではない。
そして、世の中は空前の売り手市場とのこと…

就職氷河期を学生とともに闘い、乗り越えた車掌長にとっては、別世界のような状況だ。

しかしながら、その時代に翻弄された人々が40歳代となり、現在も就労や実生活の面で苦労している姿や話を散見すると、学生自身では為す術(なすすべ)も無く、企業も政治も世間も「自己責任」だと突き放した非情さが、車掌長も悔しく思われる。

「就労の自由」という考え方はあるが、「就労の機会」を閉ざされた多くの人々がいたこと、いや、今もいることを忘れてはならない。

そんな記憶を蘇らせた、七夕朝の「催涙雨」であった…

 

立夏

カテゴリー:⑤番線:feel the season方面 2019年5月 6日 05:49

暦の上では「立夏」となる今日…

1年を24等分した「二十四節気」の中でも、立春、立夏、立秋、立冬を「四立」(しりゅう)と呼ぶそうだが、車掌長はこの4つが殊のほか、好きだ。

最近は、地球温暖化による気候変動の影響が、四季の移ろいを感じる場面や、それらをふと愛でる瞬間をも薄めつつあるが、それでもこの時季ならではのひとときを楽しめると嬉しくなる。

そんな立夏を迎える先日、天気予報を見ながら、思いつきで小田急ロマンスカーに乗った。

ロマンスカーと言えば、時折、仕事の車中で耳にする、午前10時にFM東京の時報CMで流れるひとときが大好きだ。

正確な文言は覚えていないが、「まもなく10時、小田急ロマンスカー発車のお時間です。新宿から箱根までどうぞごゆっくり」とアナウンスされ、ロマンスカー発車のミュージックフォンが鳴り、「今日、ロマンスカーで」のフレーズで有名な”ロマンスをもう一度”の曲がかかる…

♪あなたはいま この空をみているの

この時報CMを聴くと、ロマンスカーに乗りたくなるから、すっかりやられてしまっている…
そして、遠い日の思い出を手繰(たぐ)るような…そんな感傷に浸ってしまう。

出発時刻は8:20であったが、専務車掌と車掌見習と3人で秦野まで乗車した。

この駅で下車したのは、出雲大社相模分祠を参拝するため。
2月に島根県を訪れた際、美保神社と出雲大社のいわゆる「両参り」をした。

その流れで、次の御朱印も「出雲大社」で繋げたく、今回の分祠(ぶんし)参拝と成った。

今でこそ、大ブームの御朱印だが、車掌長が中学三年の修学旅行を機に始めた頃は、知る人ぞ知るもので、当時の小遣いでは御朱印帳を買えず、B5ノートに大きく認(したた)めて頂いていたが、今では貴重な1冊だ。

無事にお参りした後は、気の早い薫風(くんぷう)に誘われ、小田原城へ行くことにした。

10連休の晴天とあって、結構な人出ではあったが、城址一角にあるこども遊園地のバッテリカーなどに乗って遊んだ。

帰路のロマンスカーまで時間があり、3人で合議した結果、小田原駅の新幹線ホームに行き、「のぞみ」の通過シーンを見ることになった。

同駅ホームは、のぞみが豪快に通過してゆくシーンを堪能するには、ベストと思えるスポットであり、熱海方はトンネル、東京方へは弧を描きながら車体を傾け、待避線に挟まれた本線を疾走する光景を目の当たりにできる。

ホームドアもなく、大人もその走行シーンに見入ってしまう…

30分ほど居ただろうか…
ロマンスカーの発車時刻が迫り、新宿へと向かった。

帰路の車内では、短い旅のひとコマひとコマを、コンパクトカメラの小さなモニターで確認。
その中に、出雲大社境内の竹林で撮った数枚が面白かった。

「竹の子」と言うには、あまりに伸びすぎた黒々した竹が、車掌見習や専務車掌の背丈ほどもあり、やがては周りの大人の青竹のようになるのであろうが、車掌見習の成長に重ねて微笑ましく思えた。

 

ホワイト・デー

カテゴリー:⑤番線:feel the season方面 2019年3月14日 05:14

 今日は、ホワイト・デー。

今朝の新聞、その由来を説明する記事に目が留まった。
1970年代後半、バレンタインのお返しをする風潮が若者世代に生まれたのが事の起こり。

そこへ某菓子店がマシュマロを返礼品として呼び掛け販売。
1980年、菓子業界全体でキャンディーを贈る日として宣伝し、全国的に広まったという。

「ホワイト」は、あめの原料である砂糖の純白に由来するようだが、諸説有りとのこと。

そんな記事を読んで、車掌長の記憶の引き出しから出てきたものは、アニメの「キャンディ・キャンディ」だった。

同アニメは、車掌長と同世代女性の御方なら、ご存知の1970年代の人気TV番組。
車掌長は3歳年下の妹がおり、当時、自身にチャンネル権が無かったは定かではないが、よく一緒に視聴していたので、ストーリーは熟知しており、好きな番組でもあった。

余談だが、一人旅で倉敷に行った際は、原作者開設の「いがらしゆみこ美術館」にも訪れた。

その主人公である少女の名前が、「キャンディス・ホワイト」。
毎年、ホワイト・デーの季節になると、記憶がその名を日常という水面に浮上させる。

子どもながらに好きだったシーンは、キャンディが「丘の上の王子さま」と思い込み憧れる、少年アンソニーが、キャンディにバラの花を渡す場面。

それは、或る日アンソニーに誕生日を聞かれたキャンディが、孤児だった自身の出自からわからずに答えられなかったとき、アンソニーが「次に自分と会った日が、君の誕生日だ」と微笑んだ。

そして、後日再会の折、アンソニーは自分が品種改良して作った新種のバラをプレゼントした。

それは、「スィート・キャンディ」という純白のバラであり、その輝きがいまも印象に残る…

ホワイト・デー誕生の世相から、約40年のいま…
返礼の趣旨も、時代にそぐわなくなりつつあり、商戦は低調とも記事にあった。

日本の消費社会は、あまりに商魂たくまし過ぎて、車掌長は好みではない。

そもそも「ホワイト・デー」と称し、バレンタインの1ヶ月後、全国一斉に予定調和のようにお膳立てされた期待される日に、然るべき出来事が起こるものよりも、アンソニーが「次に会った日が…」と言ったように、個々にとって意味のある「日」に贈られるものが、自分自身の「ホワイト・デー」であってほしい…と、思ってしまう。

車掌長も50歳を過ぎて、まさか自身がアンソニーとは言わないが、「スィート・キャンディ」のようなプレゼントを、専務車掌にできたなら本望だ。

ふと気付けば、専務車掌の誕生日も近い…

 

ビクトリーはくと

カテゴリー:⑤番線:feel the season方面 2018年12月30日 20:22

この時季、時刻表上に一年に一度だけ走る列車が現れる。

毎年2月25日の「上り」のみ運転される、全車指定席の「ビクトリーはくと」号が、それだ。
鳥取大学駅発、大阪行…

その日付と始発駅から、勘の良い方はお気づきだろう。
そう、この列車は国公立大学の2次試験日に、受験生の便宜を図る列車だ。

今年もこの列車が運行されることを時刻表で確認し、一年を締めくくることを実感する…
殊に、今年は「平成」最後の年の瀬…

ざっくりではあるが、昭和を20年、平成を30年生きたのが、車掌長の人生。
長さで言えば、平成の方が長いのに、昭和の方が印象深いのは、ひとえに「鉄道の醍醐味」を味わった最後の世代だからかもしれない。

「最後の世代」と言い切るのは、いささか主観が過ぎるかもしれない…

しかしながら、その根拠は、夜行列車や寝台列車、急行や長距離鈍行(特に旧型客車)に乗車した経験と、それらの列車へ寄せる郷愁、愛着の有無にあると思う。

「ビクトリーはくと」の話から脱線してしまったが、今年もあと大晦日を残すのみとなったいま、この一年「乗務日誌」をお読みいただいた方、またご乗車(コメントをくださった方)いただいた方々に、心からお礼申し上げたい。

車掌長の乗務日誌における物言いは、独善的であると常々認識している。
そして、閲覧回数や「いいね!」の数は、全く関心が無いので気楽に綴っているし、それを表示する機能も価値を見い出せないゆえ、付していない。

いや、正確に言えば、これは単なる、車掌長個人の人生の備忘録に過ぎない。
一定の時を経て、自身が振り返ったときに、あの頃はまだまだ青かったなぁ…と、振り返るためのタイムカプセルを、たまたまどなたもリアルタイムで閲覧できる状態になっているだけのことなのかもしれない。

しかしながら、もし、全く見知らぬ方がご覧になって、「こんな考え方、生き方もあるのだなぁ…」と思っていただけたなら、それは望外の喜びである。

【以下、車内放送】

末筆ながら、いまこれをお読みくださっている方々におかれましては、迎える年もどうぞ佳き年となりますよう、心より祈念いたします。

また、更に近しいところにおられる皆様におかれましては、今年も大変お世話になり、誠にありがとうございました。

仕事でお忙しい方も多いと存じますが、どうか心身とも大切になさって、今後とも末永くお付き合いのほど、宜しくお願い申し上げます。

ちなみに、「心身ともに大切に…」とは、お恥ずかしながら、心身どちらも壊したことのある車掌長が、切に願うことであります。

冒頭の列車名を引合いに出せば、他者へ勝つことが「ビクトリー」なのではない…と、思います。

むしろ、自身の弱さを知り、そんな自身と上手く付き合うなかで、好きな言葉である「My pleasure」のように、誰かの役に立ったり、喜ばれたりすることを糧にできる生き方の方が、結果としては「ビクトリー」なのではないか…と考えるようになりました。

今日は本年最後の乗務でしたが、珍しい時間に乗務したせいか、脈絡のないまま、ここで失礼いたします。
 

 

Spur

カテゴリー:⑤番線:feel the season方面 2018年12月 8日 05:19

今朝、冬らしい冷たい空気を吸った。

ここ数日、季節外れの暖かさに慣れ過ぎたのか、忘れかけていた冬の朝の空気感であった。
そうそう、本来の師走はこんな冷たさだったなぁ…と。

いつも冬の訪れを感じると、ふと頭をよぎる言葉がある。
それはSpur…

「シュプール」という言葉を初めて知ったのは、中学3年の冬。

トシちゃんこと、田原俊彦が歌った「ラブ・シュプール」の流行った時だった。
彼のファンではなかったが、トシちゃんの曲では「ハッとしてgood」と「ラブ・シュプール」が、特別に好きだったことを思い出す。

♪青い空 光る そのほほえみは
真冬に咲いた花さ
白く咲き乱れ この僕待つよ
ふたりは 永遠の星さ

今でも時折、口ずさむこのサビは、車掌長が冬を好きになった原点があるように思う。

ところで、シュプールと言えば、もうひとつ忘れられないものがある。
それは、30年ほど前のスキーブーム。

国鉄末期に誕生し、新生JRに移行後、最盛期を迎えた「シュプール号」だ。
この列車が運行される頃の時刻表は、とても賑やかで、まさに冬の華であった。

まだまだ高速道路網も、現在ほど充実していない時代、冬の大都市のターミナル駅は、スキー板を抱えた若者が多く見られ、その光景は冬の風物詩でもあった。

今では、そんな時代もあったことを忘れさせるほど、駅を発着する列車に季節を感じさせたり、その目的地に想いを馳せらせるような、魅力ある鉄道の旅が消え失せてしまった。

それも時代の流れ…と、頭の中で分かっていても、心は感傷的になってしまう歳になった。

Spur…
車掌長の好きな言葉は、若かった頃に抱いた、「白銀」や「純白」という無垢なものへの憧れや妄想という前展望席の車窓から、いまや現実の生活の中、車掌長自身の足跡を振り返る後方展望のような意味合いにシフトしつつある。

それは、Spur本来の言葉の意味に近づいたのだと思う。
 

 

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