しらせ出港

カテゴリー:⑤番線:feel the season方面 2018年11月11日 05:38

あぁ、今日だったか!…

都心環状線からレインボーブリッジを上り、ふと左手車窓を見たときのことだった。
晴海埠頭に「しらせ」が停泊していた。

「しらせ」は南極観測隊を運ぶ、世界最大級の砕氷艦。
南極の分厚い氷を砕きながら、様々な観測を行う隊員及び物資を運び、越冬隊員の交代を無事に行うことが使命の艦船。

仕事に向かう際の首都高で、いつもは箱崎経由で湾岸線に出ることが多いが、今日は気分的にレインボーブリッジを渡りたくなった気まぐれが、ラッキーであった。

これから、この晴海埠頭を出て遥かな南極へ向けての長い長い航海に臨むのだと思うと、その勇姿を一目見ることができたことに、感動してしまった。
ちなみに東京から南極昭和基地までの距離は、直線で約14,000㎞とのこと。

車掌区に戻り調べたら、今年は日本の南極観測隊第60次の節目にあたることを知った。

オーストラリア経由で南極昭和基地到達予定は、12月中~下旬。
再びこの晴海埠頭へ戻ってくるのは、来年4月9日予定だそうだ。

暦の上では、先日「立冬」を迎えたが、車掌長はこの「しらせ」出港の知らせが、毎年冬の訪れを感じさせてくれる。

航海の無事を祈り、首都高11号線から湾岸線へと流入した。
 

 

彼岸に咲く花

カテゴリー:⑤番線:feel the season方面 2018年9月24日 04:50

昨日は彼岸のお中日、先祖代々の墓参りをした。

春秋、彼岸の墓参は、車掌長が物心付く頃からの行事。
ゆえに、これまでの45年以上の歳月で数回だが、何らかの予定が入り行けないことがあると、何か心が落ち着かないこともあった。

春と違い秋彼岸の墓参は、墓のあちこちの地中から、ニョキッと立ち咲く「彼岸花」が見られる。
子どもの頃から、感覚的に色鮮やかな赤色で綺麗だが、対照的に何か気味悪い印象も持っていた。

それは、必ず墓で見る花であり、無邪気な幼い頃は、持ち帰ってはいけない花だと教わったこととも、潜在的な意識として、培われたかもしれない。

なぜ、持ち帰ってはいけないか…
それは、その赤い花が「炎」を連想させ、昔の人は家が火事に遭うことを恐れたから。

なぜ、昔からある墓に必ずあるか…
それは、まだ死者を土葬する因習があった頃、腐食肉を喰い荒らす動物から墓を守るため。

実際、彼岸花には毒があり、動物が直感的に感知し近寄らない効果がある。
ゆえに、田んぼや畑の周りにも、大事な作物をモグラやネズミなどから守るために、植えられているそうだ。

そんな彼岸花が咲く花の場所について、科学的な理由を知ったのは、だいぶ歳が経ってからのことだった。

しかしながら、幼い頃に抱いた印象というのは、なかなか払拭できないもの…
そして、車掌長はオジサンの域になっても、あまり近寄りがたい印象を引きづったままだった。
それが、どうしてなのかは釈然としないまま…

だが、10年ほど前、その釈然としない「解」が自分なりに判った。

それは、青森県の霊場「恐山」に行ったときだった。
硫黄臭に包まれ、荒涼とした岩場の積み石と、風に吹かれカラカラと回る無数の色鮮やかな風車を目にした時だった。

その風車の1本1本が、一瞬にして「彼岸花」だと、脳が反応した。

恐山の風車は、我が子を亡くした親が幼子の霊を慰めるものであると、観光ガイド等で知っていたが、車掌長にとっては、直感的に彼岸花と同じに目に映った。

気になり、帰京後、彼岸花の花言葉を調べてみた。

すると、沢山の意味があったが、「再会」や「転生」、「また逢う日を楽しみに」などの言葉を見つけ、車掌長自身の釈然としない気持ちの霧は晴れた想いがした。

そう、秋のお墓の彼岸花は、現世と彼の世との出逢いを感じる花だったと…

今秋も、日頃の家族や自身の無病息災を祈り、気持ちも新たに手を合わせた。
 

思い出のアルバム

カテゴリー:⑤番線:feel the season方面 2018年3月26日 04:24

 昨日、穏やかな天候に恵まれ、東京の桜も見頃を迎えた。

車掌長が子どもの頃、桜と言えばちょうど入学式や新学期に咲いていた記憶がある。
いまや温暖化の影響で、卒業式の頃に開花の便りを聞くようにもなった。

そういえば先週、たまたま観たテレビ番組が「卒業ソング」を特集していた。
日本では、3月は別れの時…

車掌長世代だと、定番の「蛍の光」「仰げば尊し」が式典では歌われたことだろう。
マイ卒業ソングと言うことであれば、海援隊「贈る言葉」やイルカ「なごり雪」、H2O「想い出がいっぱい」、柏原芳恵「春なのに」、そして、尾崎豊や斎藤由貴、菊池桃子、松田聖子それぞれの「卒業」…

このあたりが、順当に思い浮かんだり、メロディを聴けば、自ずと時代の懐かしき群像や世相、我が青き春が蘇る。

いまや、式典でも「蛍の光」や「仰げば尊し」は少数派で、生徒たち自身が自分たちの卒業式で歌う曲を選べる学校も多いとの話で、車掌長に馴染みの薄い最近の卒業ソングも聞いたが、確かに、歌詞も曲も良いものが多いなぁ…と感じた。

ところで、車掌長の卒業ソングの原点と言えば、それは「思い出のアルバム」だ。

それは、保育園の卒園時に歌い、このような歌詞だった。
♪いつのことだか 思い出してごらん
 あんなこと こんなこと あったでしょう
 うれしかったこと おもしろかったこと
 いつになっても わすれない

その後、春のことです、思い出してごらん…夏のことです、思い出してごらん…と、四季の思い出が回想され、締めは一年中を思い出してごらん…と曲は流れる。

その平易ながらも優しさに満ちた歌詞と、幼児それぞれが体感できる、過ぎた時間への切なさや想い出を振り返られる、そんな旋律の美しさにも溢れた名曲だと、車掌長は今でも思っている。

車掌見習も、この春は年長クラスへと進級する。
幼稚園時代の3年間を締めくくる、最後の1年の始まりだ。

日々を健やかに育ちながら、車掌見習自身の「思い出のアルバム」を綴ってほしい…

また、専務車掌も車掌長にとっても、二度と戻ることのない、今の日々の輝きを目に焼き付けておきたいと思う。
握れば掌(てのひら)にすっぽり収まる、その小さな手の感触も、覚えておきたい…

とは言え、毎日の忙しさの中で、そのような心持ちでいられるのも、なかなか現実の日常生活では理想通りにゆくものでもない。

しかしながら、成長の遅い車掌見習が、他のお子さんがあっという間に成し遂げる他愛無い動作や言葉のやり取りを、時間をかけつつもできるようになる喜びに勝るものはない。

とくに、ここ数か月は、初めて○○ができるようになった「○○記念日」のラッシュだった。

当車掌区のカレンダーに記される、そんな○○記念日の書き足しは、実はこれ自体が、時を経て振り返った折に、かけがえのない「思い出のアルバム」になるのかもしれない…

 

夏至に向けて~日ごと陽が長くなる~

カテゴリー:⑤番線:feel the season方面 2018年3月22日 05:23

昨日は春分の日

例年だと、春の陽気に包まれ穏やかな印象の日だが、今年の関東地方は降雪に見舞われ、真冬の寒さとなった。

本来であれば、彼岸の中日である昨日は恒例の墓参りをする日だったが、先週の天気予報で天気が崩れることを参考に、彼岸入りの穏やかに晴れた日曜日に済ませておいた。

春・秋の彼岸と、正月は墓参りをしている。
これは、車掌長の物心がついた幼少の頃から、祖父母や親に連れられ行なっているので、逆にこの時期に行けないと気持ちがすっきりしない。

それはさておき、春分の日を過ぎたということは、これから夏至に向けて昼の方が長くなる。
車掌長は日ごと陽が長くなるこの時季が好きだ。

とくに、朝起きる4時頃に明るいと、トクをした気分になる。
陽の明るさで新聞を読んでいると、清々しい気分にもなる。

2018年の仕事もいよいよ繁忙期に入る…

4~6月の最繁忙期は夏至に向けた陽の勢いも借りて、気力も高めて乗り越えてゆこうと思う…

末筆ながら、昨夏行った合同50歳を祝う会参加者で、今日50歳をお迎えになったアンカーの御方へお祝い申し上げたい。

またぜひ、なにか面白いコトを目論見ましょう!

 

シロツメクサ

カテゴリー:⑤番線:feel the season方面 2017年6月14日 20:28

♪シロツメクサの花が咲いたら さあ行こうラスカル
 6月の風が渡る道を ロックリバーへ遠乗りしよう

子どもの頃、「世界名作劇場」という番組があった。
ムーミン、アルプスの少女ハイジ、フランダースの犬…

車掌長が小学生だった頃、日曜夜7時半からは決まってこの番組を観ていた。

冒頭の曲の出だしは「あらいぐまラスカル」だ。
この作品の前がフランダースの犬や、母をたずねて三千里だったので、明るい作風に子どもながらに戸惑いがあったものの、これはこれで爽やかな物語であった。

子どもの頃から動物が苦手な車掌長だが、アニメで見ている限りは、こんなあらいぐまなら可愛いな…などど思っていた。

と、こんな話をしたかったのではなく、今日は久々に夕方早い時間に家に帰れたので、専務車掌と車掌見習とともに夕食を楽しんだ。

そのとき、今日公園で専務車掌と車掌見習がシロツメクサを摘んで、ブレスレットを作ったと聞き、それを見せてもらったのだった。

今月は出張でほとんど東京におらず、あっという間に半月が過ぎた感慨だが、留守中も日々こうして穏やかにノビノビと過ごしていることを知り、ふと癒される想いであった。

今更ながら、専務車掌には日頃の車掌見習とのかかわりに感謝したい。

車掌長もいまが年間を通して最も忙しい時期だが、それを裏方で支えてくれているのは専務車掌だからだ。

とくに、今年の6月はお祓(はら)いをしてもらった方がよいのでは…と思うほど、仕事上のトラブルに複数見舞われ、閉口の日々であった。

ゆえに、そんなこととは無関係に、日々を精一杯遊んでノビノビ育つ車掌見習の話を聞くと、一服の清涼剤というか、癒しというか…ほのぼのとした気分に浸れる。

専務車掌のこうした関わりは、決して金銭的な対価としての報酬がどこからかあるわけではない。

しかしながら、体力的にも、精神的にも、日々子どもと向き合う時間というものは、労働のようにキツイものだと理解している。

そうした労力は、時給や月給というカタチにはならないが、いつの日かきっと、そうしたものとは換算できないほどの喜びや報いがあるのだと思う…

なかなか照れくさくて、日々の会話の中で口に出しては言わないが、改めてお礼を言いたい。

いつもどうもありがとう

シロツメクサは、クローバー。
きっと、いつの日か、こうした同じような日々の中に、ふと四つ葉に出逢えるときがあるのだろう…


 

12345678