TOKYO SKY WALK

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2012年5月29日 20:05

 お天気に恵まれた先週末、学生時代の友人夫婦と地上450mのプロムナードを体験した。
東京スカイツリーの「天望回廊」だ。

その名の通り、これまでの展望台にはなかった素晴らしい眺望が楽しめる。
それも445mから450mまでの最後の5m分を、「自分の足で昇る」という心憎い演出に感服。
設計した方の発想と、それを施工した方々に拍手を送りたい。

地上450mからの眺めは、さながらヘリコプターの遊覧飛行。
360度遮(さえぎ)るものがなく、地平線をも確認できる視界は全くの未知なる感覚であった。
(室蘭にある「地球岬」というネーミングを、こちらにも使わせてもらいたいほどだ。)

一方、第一展望台の「天望デッキ」からの眺めは、やや現実の下界が俯瞰(ふかん)できる。
車や電車はジオラマの世界のような動きであり、目を凝らせば人の歩く姿も見える。

車掌長は高い所と夜景が大好きだ。
だから、今回の「登頂」も黄昏時から街の灯りが輝く時間帯を狙った。
さすがに「夜景」となる時間は人が多く、ゆっくり鑑賞という訳にはいかなかった。
しかしながら、天望デッキと天望回廊には2時間ほど滞在し充分堪能することができた。

参考までに、スカイツリーの高さと日本三大夜景の高さを比較してみる。

☆函館山:334m、陸繋島(りくけいとう)ならではのくびれた地形によって、海の暗闇が街の灯りを浮かび上がらせる絶妙なコントラスト。

☆掬星台(きくせいだい):700m、神戸の夜景をワイドな視界で楽しめる。「星を掬(すく)う」という名前も素敵。

☆稲佐山(いなさやま):333m、坂の街「長崎」の立体的な夜景を楽しめ、山の上部まで輝く家々の灯りが良い。

このように比較してみると、スカイツリーの「天望デッキ」350mは、夜景が最も美しく眺められる高さだと実感。
今度はぜひ、冬の澄んだ視界での夜景を楽しみにしたい。

ちなみに、今回車掌長が利用したチケットは「日付指定」。
これは日付のみ指定され、好きな時間に優先的に天望デッキまで昇れる。
偶然、「日時指定」の入場者と重ならなかったのか、エレベータ乗車は待ち時間ゼロであった。
入手するなら「日付指定」をお勧めしたい。

なお、昇った際の率直なコメントも一言…

・見学客に長居をさせないためか、座る場所が少ないので要注意。
(麓のスカイツリータウンやソラマチなどを歩き回った後に昇ると、結構足へのダメージが大。)
・身長によっては、天望回廊の横の窓枠がちょうど目線にくる場合がある。
・展望台名物の「設置望遠鏡」はない。必要な方は要持参。

あと、車掌長は利用しなかったが、長時間待ち必須のカフェは、窓側の席でない場合もあるのでガッカリしない心構えも大切。

何はともあれ、明るいニュースに乏しかった日本に、このスカイツリー誕生が少しでも、多くの人々に夢や希望を与えるシンボルになればと願う。

 

コメント(2件)

希望者挙手さんからのコメント(2012年6月 1日 00:08投稿)

これだけ夜行乗車していると、いつかスキンブル・シャンクスに出会えそうですね。

まずは、思い出の墨田区にそびえるスカイツリー。ぜひ行ってみたいですね。私も冬の凛とした澄んだ空気の中の眺望が好きなので、冬には行ってみたいと思います。

夜景と言えば、私の一番のおススメは、大阪と奈良の府県堺にある生駒山から見る夜景です。その標高は642mと、スカイツリーとほぼ同じ高さになります。
山頂には生駒山上遊園地があり、夏にはナイター営業してくれ、夜景まで関西的に楽しめてしまいます。

そこに行くまでの阪奈道路、信貴生駒スカイラインは、走り屋さんたちにはたまらないワインディング・ロードですが、この道すがらにも夜景を楽しむことができます。(ワキ見運転に要注意です)

いろいろな意味で節目の時代に生まれたスカイツリーに期待ですね。

車掌長さんからのコメント(2012年6月 1日 05:02投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます。

生駒山の夜景、まだ見たことがありません。
昼に信貴生駒スカイラインは通ったことがありますが、きっと素晴らしい夜景だろうなと思います。

大阪平野の東側、南北に連なる山並みは「壁」の印象です。
東京から飛行機で伊丹へ向かうと、夜はこの生駒を越えた途端に広がる大阪平野の夜景が大好きです。

ところで、この生駒山には近鉄のケーブルカーがあります。
日本初のケーブルカーとして知られていますが、話題を呼んだのは
車両が「ブル」と「ミケ」という、動物を模したユニークさ。

ケーブルカーとはいえ沿線の宅地化が進み、立派な通勤・通学路線でもあります。

このような車両で通勤するのは一見すると不便かもしれませんが、逆に貴重な「和み」を与えてくれそうな気がします。

最近、鉄道では駅構内や車内での客同士のトラブルが増加し、社会問題になっています。

あまりに管理、整備されすぎた世の中は、その枠内で活動することを求められ、強いられ、時にそれが美徳とされます。

しかしながら、それは人間本来の生理的なリズムや生活サイクルに相当な負荷がかかっています。

最近のサラリーマン社会も子供たちの社会も、1人1人の持ち味を発揮できるような上司や教師の「マネジメント」が極めて弱いと感じます。

むしろ機械のように操業するように「コントロール」することが彼らの仕事のようです。

そんな環境で働く社員や学ぶ子供たちが、いつかキレて「暴走列車」になることを危惧してしまいます…

2件のコメントがあります → まだまだコメントお待ちしてます!

ドロロンえん魔くんに願いを

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2012年5月21日 21:01

今朝は日本中の多くの人々が空を見上げたことだろう。
これだけ広範囲で観賞できるのは、932年ぶり、実に平安時代以来とのこと…

車掌長は朝早くから仕事があり、見られる予定ではなかったが、ふと空いた時間に偶然観賞できた。
日食グラス等の小道具は用意していなかったが、上手い具合に薄雲がかかり、太陽が月に「食される」有様を肉眼で難なく見ることができた。

オフィス街で見上げた空は狭かったが、金環となった瞬間は、まさに世紀の瞬間!
近くの小学校からは子どもたちのカウントダウンと歓声も聞こえ、気分が盛り上がった。

ところで、車掌長はこの金環日食で逆光となった「黒い月」を見て、ふと思い出したものがあった。
ドロロンえん魔くんに出てくる、人間界と魔界(地獄)とのゲートとなる「黒い満月」だ。
子どもの頃の好きなアニメの1つで、よく夕方の再放送で楽しんだものだ。

主人公「えん魔くん」は、妖怪パトロール隊の隊長。
日本で非行を働く妖怪を、日々地獄に送り返す任務遂行に励む物語だ。
そして、退治した妖怪を魔界に送還する際に、黒い満月が扉のように開いたと記憶している。

今日観た金環日食の月は、まさにそんな月だった。
現代の妖怪とも言える「原発」を地獄に送り返すよう、えん魔くんにお願いしなければ!と感じた。

だが、次回この規模の金環日食と黒い満月が見られるのは2312年。
300年先とのこと…

当然ながら我々はもう見ることができない。
しかし、今度今日のような金環日食を観る人々の時代に、今の我々が残す核のゴミはまだまだ衰えずに存在しているのだ…

世の中が金環日食に沸いた一日。
単なるお祭り騒ぎで終わらせず、次に観る人々や時代の為に、美しい地球や環境を残さなければ…と感じた。

末筆ながら…
今日生まれた命。
今日結ばれた愛。
もともと今日が誕生日や記念日の方々。

偶然にも世紀の天体ショーと重なり、思い出深い一日となったことに、心からお祝い申し上げます。
 

コメント(2件)

希望者挙手さんからのコメント(2012年5月23日 01:24投稿)

写真の掲載、ありがとうございます。
世紀の天文ショーを自宅マンション前で次女と楽しみました。

天が、厚い雲という天然の日食グラスを用意してくれたおかげで、日食グラスを用意しそびれた人でも楽しめるという、心憎い演出をしてくれたようでした。

次女は「これなら写真が撮れるよ」と、クリスマスにサンタからもらったコンパクト・デジカメでバシバシ撮ってました。
そして、その写真は学校の理科室でも展示されることとなったようです。

車掌長の記事を読んで、電車とは関係ないけどと思いながらも送ってみましたところ、トップページで採用していただき、娘は二重の喜びに浸っております。

車掌長さんからのコメント(2012年5月23日 05:30投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます。

お嬢さんの写真、とても良かったです。
通常、金環日食と言えば漆黒の闇に浮かぶ「金環」をイメージしますが、それは特殊なフィルターや機材を使って撮った(観た)ものです。

確かにその「金環」は幻想的ですが、車掌長はこの目で観られたことに喜びを感じました。
(もちろん、目の保護のため、雲がない状態での直視はしてはいけませんし、そもそも眩しすぎて目も開けられません。)

今回、希望者挙手さんのおっしゃるように、たまたま天の恵みで「天然の日食グラス」を授かり、肉眼で観られた「銀環」も、とても素敵でしたネ。

雲のグラデーションにくっきり映える「プラチナリング」です!

「哲×鉄」では、そんな貴重な思い出を残しておきたく、掲載させていただきました。

こちらこそありがとうございました。
お嬢さんにもよろしくお伝え願います。

2件のコメントがあります → まだまだコメントお待ちしてます!

心はやさしく 言葉は美しく

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2012年5月18日 21:09

今日は「ことばの日」。
5(こ)、10(と)、8(は)という単なる日付の語呂合わせだが、「言葉」の大切さを考える良い機会だ。

車掌長は30代初めに、誰の言葉なのか知らないまま好きになり、信条としている或るフレーズに出逢った。
「心はやさしく 言葉は美しく」だ。
後に、これはサトウハチロー氏の言葉であることを知った。

サトウハチロー氏は、明治から昭和を生きた詩人であり、童謡作詞家として知られている。
各地の小学校の校歌を作詞したことでも知られ、これを読んでいる方の母校も該当しているかもしれない。

ところで、いま日本で最も美しい言葉が書かれている本は、子どもの「絵本」だという。
言葉は時代とともに変化し、個人生活や社会活動を支える意思や情報伝達の手段として生きている。

しかしながら、今日使われている言葉は乱れすぎ、或いは省略されすぎではないだろうか?
本来の意味を見出せないほど短くなった言葉や、相手に配慮や思いやりのない言葉が横行してはいないか…
そんな中、幼い子が初めて出会う日本語が最も美しいのであれば、この国のせめてもの救いだ。

車掌長は「絵本」というと、ちょっと寂しくなる思い出がある。
幼い頃、母は車掌長と妹を寝かせようと絵本を読んでくれたことがある。
だが、それは看護師だった母が夜勤に行く前に、子どもを寝かせるための「絵本」だった。

それを知っていた車掌長と妹は、母が安心して出かけられるよう、よく寝たふりをした。
やがて母は家の鍵を外からかけて仕事に向かうが、その「ガチャ」という鍵の音がすると妹は泣き始めた。
小学校にあがる前の妹には辛い瞬間だったと思う。

話がそれたが、絵本も童謡もやさしい日本語で綴られ歌われ、読む者や聴く者に安らかな心持ちを与えてくれる。
「心はやさしく 言葉は美しく…」
この歳になって今一度、絵本や童謡の素晴らしさに触れてみたいな…と思う今日この頃である。
 

コメント(2件)

希望者挙手さんからのコメント(2012年5月20日 00:30投稿)

回数券並みの夜行乗車です(笑

私の心に残っている言葉の一つに「天に星、地に花、人に愛」があります。これは、中学校卒業時に担任だった音楽の先生からいただいた言葉です。
その意味は、この世に不可欠なもの、この世で最も美しいもの。

後に、これが武者小路実篤、高山樗牛が残した言葉であり、もっと古くはゲーテの言葉だったことを知りました。

ゲーテと言えば「システィーナ礼拝堂を見ずして、およそ一人の人間がどれほど偉大なことをなし得るか、知ることはできない」といった言葉も残しています。
これは、システィーナ礼拝堂に「最後の審判」をはじめとする大壁画を描いたミケランジェロを称えた言葉です。

私もルネサンス芸術に魅せられた一人で、車掌長のダ・ヴィンチ展鑑賞記も楽しく読ませていただき、ぜひ行きたいと思いました。

ちなみに車掌長の「時刻表愛読30周年記念展示会」でお手伝いさせていただいた際、私が着ていたのがシスティーナ礼拝堂で購入した「デルフォイの巫女」の壁画のTシャツだったことを付け加えさせていただきます(笑

最後に「ガチャ」と言えば、近頃の子供たちは別の「ガチャ」に泣かされているようですね。
子供たちにはネットのゲームではなく、もっと美しいものに触れさせてあげたいものです。

車掌長さんからのコメント(2012年5月20日 07:23投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます。
回数券並みのご乗車、心からお礼申し上げます。
そのうち、ご乗車の多い方用のラウンジをご用意したいほどです。

「天に星 地に花 人に愛」…

とても素晴らしい言葉です。
また、卒業時にいただいた言葉を今も大切にしている希望者挙手さんが素敵ですね!
きっとその先生も嬉しいと思いますし、その言葉以外にも多くのことを教わったのだろうと察します。

そして、何か励みや支えとなる言葉を持つことは、心の財産であるとつくづく感じました。

システィーナ礼拝堂、希望者挙手さんが卒業旅行の引率で楽しみにしていた所でしたね。
車掌長もその時のお土産話を聞いて行ってみたくなり、翌々年にじっくり観てきました。

確かにあの絵を描いたことの偉大さを実感させられます。

大塚国際美術館をご存知でしょうか。
徳島県鳴門市にあり、世界中の名画を陶器の板に原寸で焼き付けたものを観賞できる施設です。

美術館としては日本最大級の規模で、「最後の審判」もシスティーナ礼拝堂そのままに再現展示されています。

この美術館が素晴らしいのは、オリジナルを収集するのではなく、陶板技術を駆使して複製し一堂に展示していることです。

確かにこれだけの名画のオリジナルを全て見ようと思ったら、莫大な費用と時間を要します。
いつかはお気に入りを「オリジナルで観る日」を楽しみにし、中学・高校等の美術教育に活用してほしい施設だと思います。

希望者挙手さんがおっしゃるように、「ガチャ」とか言う何の生産性もない消費社会のトラップにはまる子どもたちが悲劇です。
「ゲーム」という敷居が低い入口から、多額なお金を吸収する仕組みを考えた会社や業界のモラルの低さに落胆します。

大人にはそんなゲームにのめり込んだ際「自己責任」という概念が通じますが、子どもは無防備です。

ところで、「ルネサンス芸術」と言うと、人間の自由な表現能力の爆発的躍動を感じます。
日本は同じ頃、幕府の考え方によって色々な学問や芸術の縛りがあり、鎖国という国策により入口の段階で「見ざる聞かざる言わざる」の状況でした。

ルネサンスとは「復興」や「再生」と言われます。
大震災後に「復興」という言葉がよく使われていますが、とても違和感があります。
政府は幕府と同じような縛りを強いているような印象です。
決定権、財政力、情報力etcどれも被災地で決めたり使えないこと、不明なものが多いようですし、何よりもスピード感が欠如しています。

もっと人間が本来持っている「再生能力」や「気力」を、最大限に引き出せるような施策を望みたいものです。

2件のコメントがあります → まだまだコメントお待ちしてます!

鉄研甲子園

カテゴリー:①番線:鉄道(JR・私鉄)方面 2012年5月14日 05:53

5月13日、日本初の本格的な鉄道検定「第1回鉄道テーマ検定」が実施された。
東京・名古屋・大阪の3会場で6~81歳の計約2500名が受験し、うち約2割が女性だったという。
車掌長の世代からすると、この「鉄子」の割合は隔世の感がある。

今回のテーマは「新幹線」。
2級と3級があり、2級に合格すれば1級の受験資格ができる。
そして、各テーマの1級を5つ獲得すると「マスター」に認定されるらしい。
今後もテーマを変えながら、年に1~2回実施される予定とのこと。

過去に、JTBの外郭団体が「旅行地理検定」と並列で、「鉄道旅行検定」や「温泉旅行検定」を実施していたが、今は行われていない。
(車掌長も、記念すべき「第1回温泉旅行検定」を受検し、約800名中8位だったことを思い出した。)

今回の「鉄道テーマ検定」で興味深かったのは、団体戦があることだ。
鉄道研究部(略して「鉄研」)の部員が4名1チームとなってエントリーし、合計得点を競う。
その名も「全国高校鉄道研究会対抗選手権」といい、「鉄研甲子園」と称される。

車掌長も高校時代、鉄道研究部に所属していた。
運動部系の部活には試合や大会があり、文科系でもコンクール等の目標があったが、鉄研にはなかった。
ゆえに、他校との交流もほぼ無縁だ。

その観点からすると、この検定は活動の一目標になり得るし、他校生徒との連携や親交など新たなコミュニケーションを生み出す可能性がある。

ささやかながら、全国の「鉄研」の交流や活性化を応援したい。
また、できれば我が母校での「鉄研」復活も期待したい。

 

コメント(2件)

希望者挙手さんからのコメント(2012年5月15日 00:46投稿)

毎度の夜行乗車にて失礼します。

「鉄研甲子園」素晴らしい企画ですね。私たちも若かったら出場してみたかったですね。

甲子園といえば、車掌長と出張を共にした「簿記の甲子園」を思い出しました。運動系であれ文科系であれ、高校生の情熱とパワーには感服しますね。

普通ならあまり面白くない仕事での出張も、車掌長との出張となると、オフの充実度が格段に高かったですね。

車掌長の旅に対する情熱も高校生に負けずアツいモノがあり、私は旅を楽しむこと、そして何より旅を楽しませるということ、つまりはサービス精神を車掌長から学び、それが今でも生きていることを感じます。
温泉旅行検定800名中の8位も納得です。流石!

車掌長さんからのコメント(2012年5月15日 05:19投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます。

「簿記の甲子園」、とても懐かしいですネ!
専門学校勤務の1年目、希望者挙手さんと担当したのは北陸地区で、金沢会場でした。

まだ「ほくほく線」開通前で、上越新幹線「あさひ」で長岡まで行き、在来線特急「かがやき」で金沢へ至るのが、当時の最速でした。(3時間56分)

思い出深いのは、普通車指定席の通常料金で購入するよりも、往復グリーン車利用の方が安いトクトク切符で手配した際、同行の経理課長が困惑したことですネ。
(出張規程で一般社員から課長までは、グリーン車利用不可でしたので…)

それにしても、「簿記の甲子園」に出場する高校生のパワーは、希望者挙手さんがおっしゃるように感動的でした。

主に商業高校の簿記部の生徒が多かったですが、日々電卓に向かって日商簿記1級レベルの問題と向き合っている努力は素晴らしいと思いますし、電卓を打つスピードと音に圧倒されました。
今はどんな大会になっているんでしょうか…

(そういえばこの学校は、本当の「甲子園」を借りて、同じグループ内の5学校が対戦する「硬式野球大会」を開催していたのもユニークでした。)

翌年以降も、希望者挙手さんと色々な地区へ行きましたネ。
毎回、前日設営終了後の「ご当地観光」が楽しかったです。

車掌長は簿記が苦手でしたが、経理系専門学校のトラベル学科ということで、学生に簿記を教えなければなりませんでした。
その際、大変お世話になったのが、希望者挙手さんです。

希望者挙手さんは、複数の税理士科目合格者であり、学生や初心者にもわかりやすい教え方で定評がありました。
そして、車掌長もその教え方をマネさせていただきました。
この場を借りてお礼申し上げます。

またぜひ一緒に旅をしましょう。

2件のコメントがあります → まだまだコメントお待ちしてます!

レオナルド・ダ・ビンチと解体新書

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2012年5月13日 15:33

五月晴れの今日、渋谷のBunkamuraへ専務車掌と行った。
ザ・ミュージアムで開催中の「レオナルド・ダ・ヴィンチ~美の理想~」観賞が目的だ。

開館10分ほど前に着いたが、さほど行列は長くなく、前売券を購入済みだったので、スムーズに館内へ。
まずはお目当ての作品を人垣ができる前に見たく、それらの前へ向かった。

「ほつれ髪の女」、「岩窟の聖母」、「衣紋の習作」他、様々な「モナ・リザ」があることも興味深かった。
以前、ルーヴル美術館で見たダ・ヴィンチの「モナ・リザ」とは違うそれぞれの描写に、巨匠の影響を強く受けた弟子や後世の画家たちの息遣いが聴こえてきそう…
専務車掌は「岩窟の聖母」がお気に入りのようだった。

レオナルド・ダ・ヴィンチは「万能人」と称される。
絵画、彫刻、建築、土木、人体etc…幅広い知識と技術、感性を持ち合わせたスーパーマンだ。
特に、人体への好奇心や探究心があり、人体解剖も自ら施したという。
単なる「芸術家」という括りには納まらない稀有(けう)な人物だ。

展示の終わり付近に「ウィトルウィウス的人体図」があった。
車掌長はこの絵を見て、ふと「解体新書」を思いだした。
中学の歴史教科書に出てきた時から、常に好奇心の奥底にあった書物の1つだ。

話は飛ぶが、「解体新書」は杉田玄白がオランダ語で書かれた「ターヘル・アナトミア」を翻訳したもの。
そして、その扉絵や数々の臓器や骨格、部位などの挿絵を描いたのは、あまり知られていないが小田野直武(おだのなおたけ)という人物だ。

彼のことを初めて知ったのは、角館の武家屋敷を散策していた際に、たまたま入った「青柳家」だった。
そこで「ターヘル・アナトミア」原本と、「解体新書」初版本があったことに大きな衝撃を受けた。
なぜこんなところに…?それが実直な感慨だった。

もともと絵の上手かった直武は、平賀源内との運命的出会いによって解体新書に関わった。
そして、源内が直武に伝授した画法こそが、西洋の「遠近法」や「陰影法」による立体的な描写であった。

車掌長は今日、レオナルド・ダ・ヴィンチが「空気遠近法」や「ぼかし」という技法を完成させたことを知った。
そして、それが「解体新書」にも約1世紀の時間を経て伝承されたことに、何か感慨深いものを受け止めた。

ダ・ヴィンチと小田野直武。
両者がこんなタイミングで繋がったことに、ほのぼのとした嬉しさが込み上げた。