今は朏(みかづき)なれど

カテゴリー:③番線:時間旅行、時刻表方面 2016年11月28日 04:07

昨日、雨の予報だった横浜は薄日が射す天候だった。

この日、新たな門出を祝うひとときを、天気も微笑む形となった。
場所は横浜みなとみらいにおいて、専門学校教員時代の教え子K君が挙式した。

乗務日誌ご常連の希望者挙手さんも、同じクラスを教えた由縁で、ともに参列となった。
また、他にも教え子3名が集まり、披露宴はプチ同窓会にもなった。

教え子とはいえ、彼らはもう40歳を越えた頃合いの立派な大人たちだ。
しかしながら、彼らを前にすると、学生当時に旅行の資格取得に向けた受験指導や就職活動の援助など、ともに過ごした時間が鮮やかに蘇った…

なかには、卒業後も同じ仕事を続け、今では誰もが知っている大企業の中堅幹部になっている者もおり、転職を繰り返す車掌長にとっては、頭の下がる想いだ。

ときに、今般祝賀の主役K君は、旅行の資格も取得し、念願の旅行会社にも入ったが、30歳を機に一念発起して看護学校に入り直して看護師になった。

そして、そこで縁があった御方と結ばれた。

車掌長の知っているK君は、友人達から「いじられ役」ながら、いつも人の輪の中に居て、勉強も真面目に取り組んだり、周囲への気遣いもマメな学生だったが、看護師として働く同僚や先輩・上司からお祝いのコメントを耳にしても、その「変わらぬキャラ」に目を細めたものだった…

そのマメさが素敵な女性との縁をもたらし、遅咲きではあったものの、この日を迎えたことは本当に良かったとつくづく思った。

そんな幸せなお二人を見ていて、「朏」という一文字が頭に浮かんだ。
月が出ると書いて、"みかづき"と読む。

本当に日本語は素敵だ…

新月を「朔」(さく)と呼ぶが、まだ陰暦を用いていた頃、暦で月の始まる1日(ついたち)を「朔日」とした。
"ついたち"とは、月の始まりとする月立ち(つきたち)が転じたものらしい。

新月の1日目や2日目は、ほとんど見ることはできず、人が目で確認できるのは3日目の三日月だと言われている。

さすれば、お二人が出逢った頃の「朔」は、当人達以外には見えるはずもなかったが、多くの人の目に映った祝福されるお二人こそ、「朏」だったのだろう…

今後、二人が紡ぐ時の永い連なりが、福与(ふくよ)かな形に膨らみ、やがて満月(フルムーン)となるのであろう…

そんな時間旅行の始まりに立ち会え、幸せのお裾分けをいただいた一日であった。

末筆ながら、K君ご夫妻の御多幸を心からお祈りしたい。
 

 

コメント(2件)

希望者挙手さんからのコメント(2016年12月 8日 01:50投稿)

こんばんは。毎度の寝台列車乗車です。

私も車掌長と共に招待頂き、私がK君夫妻を見て頭に思い浮かべた言葉は「タケミカヅチ」でした。ちょっと似てますね(笑

タケミカヅチとは、私の故郷にある鹿島神宮の主祭神です。
鹿島神宮には物事を始めたり、旅の安全に御利益があると言われています。

門出や旅立ちを意味する「鹿島立ち」という言葉がありますが、その昔、防人や武士が旅に出る前に道中の安全を祈願して鹿島神宮に参拝する慣習があったことに由来しています。

また、天照大神の使者が鹿の神霊であったことから、奈良の春日大社に鹿島神宮の鹿を無事に送り届けたことも、その由縁と言われています。(春日大社の4柱の祭神にタケミカヅチが祀られています)

車掌長はレイラインという言葉を聞いたことがありますでしょうか。
鹿島神宮を東の端として、皇居~明治神宮~富士山~伊勢神宮~吉野山~高野山~剣山~高千穂がほぼ一直線上に並びます。
このように神聖な地が一直線に並ぶラインをレイラインと言います。
このレイラインにおいても、日が出る東の入口が鹿島神宮であることからも「始まりの地」としての御利益があるとされています。

希望溢れる新たな門出に立ったK君夫妻を見て、生まれたときからお参りしてきた故郷の神に思いを馳せ、私も時間旅行を楽しませてもらいました。

車掌長さんからのコメント(2016年12月 8日 04:07投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます
車掌長は今朝3時に起きました。乗車いただいた時間は、ついさきほどだったのですネ。

さすが、希望者挙手さん。
ご自身の故郷に所縁(ゆかり)の神様を思い浮かべられたとのこと、イマジネーションが深いなぁ…と思います。

鹿島神宮は車掌長も二度お参りしたことがあります。
荘厳な楼門をくぐり、緑豊かな巨木の参道を歩くと、心が洗われる思いがしました。

希望者挙手さんが仰る通り、旅立つ際に道中の安全を祈願する「鹿島立ち」は、車掌長の琴線に触れる参拝の動機になりました。

余談ですが、京都の「首途(かどで)八幡宮」も、旅行の神様として知られています。

ところで、「レイライン」という言葉は存じませんでした。

しかしながら、複数の神聖な地が一直線に並ぶという説明から、意図したものか、偶然かは定かではありませんが、「神ってる」と思いました。

車掌長も神社・仏閣は好きで、中学時代から参拝記念に御朱印を集めています。

いま若い女性達の間でもブームのようですが、流行るのも理解できます。一筆一筆を目の前で認めてくださるのは、大変ありがたいことです。

車掌長は、この認める(したためる)という言葉が好きです。
単に「書く」よりも、「丹精さ」や「奥ゆかしさ」があるように感じます。

年の瀬となり、何かと慌しい時期ではありますが、事の大小に関わらず「認める」心持ちで物事に向き合うことが、車掌長自身には必要だなぁ…と自省する今日このごろです。

末筆ながら、昨日の毎日新聞掲載の記事に関しましてもメールをいただき、ありがとうございました。

「ハマりました」というコーナーで紹介されましたこと、私にとっても佳き想い出となりました。

2件のコメントがあります → まだまだコメントお待ちしてます!

コメントはこちらからお願いします

名前

電子メール

コメント