鉄の女

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2013年4月10日 04:58

タイトルを見て、車掌長なら女子で鉄道好きな「鉄子」を連想するが、そうではない。

先日、英国元首相のマーガレット・サッチャー氏が亡くなった。
彼女はその立ち居振る舞いから「鉄の女」と呼ばれた。

車掌長が小学6年の初夏、東京で初のサミットが開催された。
ちょうど社会科見学で国会議事堂を訪れた際、バスガイドさんがサミットの話をしてくれ、サッチャー氏も近々訪日することも教わった。

今朝、某新聞のコラムにこんな話があった。
彼女の父親の話だ。

サッチャー氏が子どもの頃、何かをしたいと言うと、父はいつもこんな風に返したという。
「他の人がやるからという理由だけで何かをやってはだめだ」

この場で彼女の元首としてこの世に残した功罪には触れないが、車掌長はこの父の考えには共感した。
なぜなら、車掌長自身も子どもの頃からその意識が強かったからだ。

車掌長の場合、もう少し補足すれば、人が持っているものや既にやっていることには興味が湧かないと言える。
また、マスコミやメディアで流される情報も、それが全ての考え方であったり正しいとは思っていない。
むしろ、違う考えもあるのでは…と疑問を抱くことが多い。

つまり、何となく大勢の人が言うからやっているから、「自分もそうだと思うし、やっている」という思考ではない。
ただ、どちらであっても、自分の行いには必ず次のことが伴うもの。

「自由には責任が、権利には義務」がセットされているということだ。
ここを取り違えると、世の中おかしな方向に進んでしまうと懸念する…

尻切れトンボになってしまうが、コラムの一節からそんな想いを抱いた。
 

コメント(2件)

きんちゃんの嫁・花子さんからのコメント(2013年4月17日 14:24投稿)

車掌長様、ご無沙汰してます。
夫が大学・サークル他色々とお世話になっている、嫁の花子です。
コメントは残してませんが、毎回楽しみに乗車させてもらってます。

「他の人がやるからという理由だけで何かをやってはだめだ」というのは、今現在子育てをしながら改めて痛感してます。

車掌長の言う通り、何となく大勢の人が言うからやっているから・・というので、私の子育て開始当初は、インターネットであらゆる育児情報を探したり、育児雑誌を何冊も読んだりと、その他大勢の他人の意見・行動に振り回されていました。

今となっては笑い話ですが、当時は初めての育児に翻弄され、自分自身を完全に見失っていたように思います。
車掌長のブログを読んで、甘酸っぱい記憶が蘇ってきました。笑

何だかとりとめもないコメントですみません!
またいつか車掌長様ご一家に会えるのを楽しみにしてます♪
奥様にもよろしくお伝えください。

p.s)トップページのパタパタ。凄い面白いデザインですネ。

花子

車掌長さんからのコメント(2013年4月18日 22:58投稿)

きんちゃんの嫁・花子様

この度は「哲×鉄 ブログ本線」ご乗車ありがとうございました。

こちらこそ、いつもきんちゃん&花子さんご夫婦の姫の成長ぶりを拝見しては、子育ての参考にしたり、励みにさせていただき、車掌見習の育成に勤(いそ)しんでいるんですヨ。

この場を借りてお礼申し上げます。

花子さんのコメントを拝見し思うのは、生き方に「正解はない」ということです。

言い換えれば、その時々の状況下で、色々迷いながらも、真剣に向き合って選択したり決断したことならば、どれもが「正解」だと思うのです。

それは、職業しかり、子育てしかり、人生しかり…

もちろん、それがネット検索で得た情報であれ、何冊もの雑誌で読んだことであれ、誰かに聞いたことであれ…どれもが貴重な判断材料であり、存分に活用すべきです。

しかしながら、一番してはいけないと思うことは、仮にその選択が失敗だったと思ったり、感じた時に、「人のせい、何かのせいにする」こと。

ネットに書いてあった通りやったとか、あの人に聞いたとおりしたのに…と、言ったり、思った瞬間に、自己の選択が貶(おとし)められ「不正解」にすり替わるのが最も嘆かわしいことです。

こんなことを綴っていたら、2か月ほど前に面白い新聞の記事があったことを思い出しました。

「優越の錯覚」です。

これは多くの人が「自分は平均よりも優れている」と思う心理学的錯覚を指すそうです。

例えば、知能や技能、望ましい性格etc…これらを平均的な人と比べてもらうと、上述の通り多くの人が自分は平均よりも上だと錯覚するそうです。

これは言い換えると、いかに人間は「己を知らない」とか、「自分を正確に知ることは難しい」ことだと言えます。

また、優越の錯覚は「過信」を招きやすく、過剰な場合は無謀な行動に走ることも知られています。

逆に、自分を現実以上に悲観したり、自信を失うと「抑うつ」となってしまいます。
今の世の中、こちらに属する人々が多いように感じるのが心配です。

ややこしい話になってきましたが、何を言いたいかと言えば、適度な「優越の錯覚」状態である自分をキープできたなら、人生はhappyだなと思ったのです。

それをキープするための手段や材料は、人それぞれですが、それが何であるかを自分で知っておくことが、幾通りもある生き方を楽しめる人であり、他人の言動や評価をイチイチ気にしない人なのかな…とイメージします。

そう考えると、「偏差値」というのもおかしなモノサシですネ。
平均を「50」とし、高い方へ或いは低い方へ、どれほどの位置にあるかによって、一面的な学力や一時点での偏った指標で、志望校や進路がFIXされてしまうとは…

車掌長は高校も大学も、偏差値を気にせず、担任の進路勧奨も参考程度に留め、自分のやりたいことを基準(モノサシ)に進路を決め、人のせいにしなくて済み、良かったと思っています。

末筆ながら、またのご乗車を心からお待ちしております!
今度はぜひ当車掌区へもご家族で遊びに来てください。
3名程度なら宿直も可能です(笑)


(追伸)
トップページの「パタパタ」、褒めていただき大変うれしいです。
これも哲×鉄保線区"たくちゃん"さんの職人気質の賜物です。

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