就活とは

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2015年4月16日 05:02

昨日は久しぶりに晴れ間が広がった。

この時期、都内や近県の学校を訪れる機会が多い車掌長。
今週は小学校が多く、青空に映える黄色の帽子の眩しさに目を細めた。

4月に入って、梅雨入りしたかと錯覚するほど、雨の多い日が続いた。
新入社員達の真新しいスーツ姿も、コート無しでは寒々しく映りかわいそうであった。

一方、同じスーツ姿でも、就職活動をする学生にとっては、今が大切な時期。
生まれた時から溢れるモノに囲まれ、個性的に育った「はず」の世代なのに、黒一色の没個性的な行動は、車掌長にはとても奇異に映る。

そもそも、これだけの集団が一斉に就職活動をすること自体が日本的だ。
やはり、この方が採用側にしては「効率的」であったり「合理的」なのだろう。

まさに工業生産的な発想であり、その型にはめられた土俵の中で内定を目指すのは、学生にとっては不利益であったり、不都合この上ないと思う。

しかしながら、当の学生自身も「バスに乗り遅れるな」とばかり不安に煽られ、自分のやりたいことや身の丈を見極めきれずに、大手志向や他人の動きに右往左往し、内定を取れず心身ともに疲弊する…

大切な学生時代の約1年もの時間を、こうした活動に充てざるを得ない状況に対し、心からお悔やみしたい。

参考にならないと思うが、車掌長が就職活動を始めたのは、4年生の11月。
もちろん、世の中や周りの友人のほとんどは、卒業後の行先を決めていた。

車掌長は、学生時代にやっておきたいことを最優先し、その1つだった初の海外旅行を実現するため夜勤のバイトをして旅費を捻出し、憧れのスイスへ3週間渡航した。

当時はまだ珍しかった「海外個人自由旅行」という形態で、自分で格安航空券を探し手配し、ホテルは現地で値段を交渉して泊まることをした。

旅行を終え、卒業論文の章立ても見通しがつき、自分が本当にやりたいことを自問自答。
在学した分野とは、全く異なる結果であったが、年も押し迫った12月中旬に内定を頂いた。

その会社は、新卒からの応募が初めてだったようで、とても珍しがられ、「本当にウチのような会社でいいんですか?」…のような質問をされたのを覚えている。

4月となり、いざ入社初日に会社へ出向くと、新卒が車掌長を含めて4名いた。
あれから3名を採用したようで、その会社で初めて「入社研修」というのを実施したそうだ。

初の新卒採用に、ベテランの方々が1週間近く、入れ替わりで懇切丁寧に教えてくれた。
今のように、いきなり即戦力を求められる時代でもなかったし、楽しい日々であった。

話が脱線したが、就活とは、皆と同じ服装やスマホ等の道具で臨む行動に陥ってはモッタイナイ。
むしろ、圧倒的多数の人が目に触れない情報や、自分の目や足で見つけたり、出逢えた会社にこそ「縁」というものがあるのでは…と感じる。

慰めにもならないが、採用試験に落ちることは、自分を「否定された」ことではない。
「縁がなかった」と思った方が、健康的だ。

同じことを繰り返すが、皆が応募するような道は、GWやお盆に高速道路を走るようなもの。
大渋滞に見舞われ、余計な時間を費やしたり、思わぬ事故にも遭遇する確率が格段に高い。

目的地への「行き方」や、人生の「生き方」は、幾通りもあるはずだから、人と同じ道や人が選択した道と比較せずに、歩めば良いと思う。

もちろん、多少のリスクは、いずれの道を選んでも必ずある。
そのリスクを恐れるあまり、安全な道ばかりを模索していると、本当の自分にはなかなか巡り逢えないだろう。

今日も幸いお天気は良さそうだ。
それだけで、清々しい。
 

 

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