黄昏 第2話

カテゴリー:⑬番線:臨時寝台特急北斗星 2015年7月26日 14:30

今日のドライブは、3日前の電話がきっかけだった。
彼はハンドルを握りながら、この日に至るまでの楽しい時間を遡っていた。

彼が住む学生用アパートには、共用のピンク電話が設置されていた。
その建屋は2階構造で、住人は両階とも4人で計8人。
電話は1階屋外廊下の2号室と3号室の前辺りに置かれていた。

電話が鳴れば、誰かが出て取り次ぐのが、管理人である大家さんから言われたルール。
しかしながら、誰もが真っ先には出ないのが、住人たちの暗黙の了解でもあった。

なぜなら、自分宛の電話に当たる確率は8分の1…
つまり、単純な確率では、ほとんどが自分以外の電話となる。

実態としては、30回ほどベルが鳴り続ければ、1階の誰かが渋々出ることが多かった。
そして、その日もベルが30回以上鳴り、1号室住人の彼が面倒くさそうに無言で電話に出た。

「もしもし?…夜分にすみません。手白沢さんお願いしたいんですが…」
彼には聞き覚えのある声だった。

「あっ、俺だけど…誰?」
彼は9割9分、彼女とわかっていながら聞き返した。

「あっ、良かった!霧積です!」
「なんか、初めてかけてみたんだけど、だいぶ鳴らしたのに誰も出ないから、間違えちゃったかと思って…あと1回鳴らしたら切ろうと思ってたの」

言葉に曇りのない彼女の話し声は、夏の夜風に吹かれながら聞く心地良さがあった。

「わるいね、広い家だから電話まで遠いんだヨ」
「それより、どうしたの?電話をくれるなんて初めてじゃない?」

彼は突然の電話に不安と期待の入り混じった心持ちで訊ねてみた。

「うん、今度の日曜にね、そっちの方に行くから、会えたらいいな…と思って」
彼女の顔はもちろん見えないが、はにかむ様子が声からわかった。

「今度の日曜?! 午後まで仕事だけど、その後でも大丈夫なら…」
彼は内心嬉しくも、平静を装いながらそう返答し、こう付け加えた。

「じゃ、今度の日曜16時に、"南ならば駅"で待ってるヨ」と。

「良かった!じゃ、例のアレも持ってきてネ!」
彼女は無邪気に言いながら、屈託なく電話を切った。

二人を乗せた車は、例のアレから流れる想い出の曲を1つ1つ聴きながら走り続けた。
やがて、車は国道沿いの小さな灯台の前にある店の駐車場に停まった。

夕闇の中で白亜の灯台が、彼の目にひときわ白く映った。

♪逢わないでいられるよな恋なら 半分も気楽に暮らせるね

彼は心の中でトワイライトアヴェニューの歌詞を、そう口ずさんだ。


つづく

 

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