前改元を過ごした土地を再訪

カテゴリー:③番線:時間旅行、時刻表方面 2019年1月 8日 04:48

今年は改元の年…

前改元、つまり昭和から平成へと移行する際、車掌長は愛知県の或る地域で学生時代を過ごしていたが、今般、新たな元号に移るにあたり、この土地を急遽再訪してみたくなった。

久能山東照宮参拝を終え、東名高速清水ICから愛知県を目指した。
新東名高速の開通以来、だいぶ交通量は分散され走りやすくなったが、車掌長は新たなルートよりも、元祖とも言うべき、この東名高速道路が好きだ。

ちなみに、今年5月26日は、東名高速道路全線開通50年の節目にあたる。

まだ日本に「ハイウェイ」と呼ばれる高速道路が僅かだった時代、時速100㎞で走れる道路に、人々はどんな感覚でハンドルを握り、車を走らせていたのだろう…と、想いを馳せる。

「クロソイド曲線」と呼ばれ、弧を描くように高速で走る車の進行方向を、緩やかに変えてゆくカーブの設計概念も、当時、外国人技師によって日本にもたらされた。

適度なカーブを繰り返しながら、目的地へ車を走らせる行為の連続は、好きな音楽を聴きながら走るには気持ち良いが、ここを時間を気にしながら仕事で走る運送・輸送業等の皆さんには、高速道路走行は過酷な職場であることに一変させてしまうのだろう。

立場が変われば、モノの見方や捉え方も変わってしまうもの…と思った。

某ICで降り、一般道を小一時間走らせた。
ぼんやりとした懐かしさは感じ取れるものの、立派な道路が造られ、区画整備も進んだ街並みは、どこか他の町に来たようにも思えたが、一部当時のままの場所も見受けられた。

しかしながら、車掌長がお世話になったバイト先の喫茶店は、大体この辺りにあったなぁ…と推測する程度にしかわからないほど、全く別の会社や店の建物に変わっていたのは残念であった。

また、一番最初の下宿先のボロアパートも、見違えるほど瀟洒なワンルームマンションになっており、一見、学生には敷居が高い物件に思えたが、オートロックの玄関脇に「○○大学指定下宿」と書かれた看板を見つけ、全く無関係ではないことに不思議な安堵感を覚えた。

それでも、その近所にあったY寿司は健在であったし、当時よくランチを食べに行った「Iさん」という屋号の居酒屋も、昔の佇まいのまま営業しているのを確認でき、30年ほど前の自分を見た気がした。

最後に、某JR線の駅を訪れた。
ここは、車掌長がこの土地で学生時代を送る最初の第一歩を踏み出した場所だった。

東京駅からの夜行列車から乗り継ぎ、早朝に降り立った風景は、昔のままであった。
また、今では想像もできないが、入学して間もない頃、この駅から大学が用意した国鉄の長い編成の貸切列車で、教授や仲間との交流を図るセミナー合宿へ出発した賑わいを思い出した。

駅前の5,6段ある石段で撮った集合写真は、いまもアルバムに貼ってあり、旧友たちの屈託のない笑顔が蘇る…

そして、国鉄からJRへ移行する最後の日の夜を、この駅で惜別した。

平成から移行する新たな元号は知る由もないが、30年前にこの土地で迎えた前元号の面影探しの再訪を遂げることができ、気持ちの整理や切り替えもできたように感じた…
 

 

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