アンパンマン列車初乗車(哲×鉄車掌区慰安旅行)

カテゴリー:①番線:鉄道(JR・私鉄)方面 2015年8月 4日 05:11

今夏の哲×鉄車掌区慰安旅行の行先は四国・高知。

慰安旅行の手配開始は、例年3月頃。
概ね半年前に立案するが、当初は山口県萩市で行われる花火大会を軸に考えていた。

それは、車掌見習に「初花火」を見せてあげたかったからだ。
実際、花火を真正面で見られる宿も早々に予約していた。

しかしながら、GW前後に急遽、行先を高知に変更した。
それは、車掌見習のマイブームが、「アンパンマン」であったからだ。

花火は翌年以降でもどこかで見るチャンスはあるが、アンパンマン大好きの「旬」は来夏も続いているとは限らない…○○レンジャーとかに興味が変わっているかもしれない…

専務車掌と相談の上、旅のテーマは「アンパンマン」に変更&決定した。

せっかく取った花火特等席の宿をキャンセルするのも惜しかったので、母が毎年行っている旧友との旅行を企画し、譲ることにした。

行先を高知にした理由は2つ。
1つ目は、アンパンマン列車の「アンパンマンシート」乗車。
2つ目は、アンパンマンミュージアムと隣接ホテルの「アンパンマンルーム」宿泊。

そして、これら旅の「目玉」は旅程初日にセットして、車掌見習の「旅心醸造」を画策した。
何事も、初めが肝心…

初日でいきなり飽きられたり、つまづくと、2日目以降に影響を及ぼしたり、ひいては来夏の旅行にも影を落とすことになりかねない…と判断した。

7月30日(木)、羽田空港から岡山空港まで飛行機で移動。
飛行機も大好きな車掌見習は、空港で沢山の飛行機を目の当たりにしてハイテンション。

いよいよ"哲×鉄車掌区慰安旅行2015"が始まった。

ANA651便は、最後尾の2人掛を事前指定。
車掌見習と飛行機に乗る際は、ここが定席となった。

岡山空港には定刻の8:40着、ここからは9時発のリムジンバスで岡山駅へと向かった。
今朝は起床が早かったので、車中で専務車掌と車掌見習はZZZ…

岡山駅には9:30に着いた。
アンパンマン列車乗車までは時間があったので、コインロッカーに荷物を預ける。
さて、どこに行こうか…?と思案し、駅前から出ている市電に乗って市内散策でも…と考えた。

だが、駅前広場に出てその考えは崩壊した。
とにかく暑くて暑くて…犬猿を連れた銅像の桃太郎さんもシンドそうに目に映った。

代わりに目に飛び込んだのは、アーケード街。
ここを通ることにし、アテもなく歩き始めた。

アーケードが終わり、小川を渡ると、左手に「岡ビル百貨店」という、昭和の雰囲気をヒシヒシと感じさせる建物を発見。迷わず、そちらへ進路を変更した。

まだ時間が早かったせいか、あまり店が開いておらず、外観を眺めてレトロさを味わった。
すると、近くに野田屋町公園があり、気の利いた木陰もあったので、そこで車掌見習をしばし遊ばせた。

駅に戻り、アンパンマン列車の待つ6番線へ向かった。
お目当ての特急南風7号は、既に入線していた。

車掌見習は列車を見つけるや、車体側面の大きなアンパンマンと目が合い、なんだか照れくさそうな表情をしつつも、次第にジャンプしたり喜びの舞い!?をし始めた。

前方1号車で記念撮影をしていたら、隣のホームにはアンパンマントロッコが入線!
車掌見習はすぐさまそちらへ駆け寄り、車体に描かれたアンパンマンやドキンちゃんにハイタッチをした。

こんなに喜んでもらえるなら、この瞬間だけで行先を高知にした目的が報われた想いであった。

乗車前にだいぶホームで楽しんでしまったが、これからがアンパンマン列車の醍醐味「アンパンマンシート」だ。
車内に入ると、1つ1つのシートにアンパンマンが描かれお出迎え!

車掌見習は頬ずりして座ったり、立ったりを繰り返し、自分の席以外でも同じようなことをしていた。

このアンパンマンシートは限られた席数で、1号車半分のスペースに16席しかない。
この16席の指定席は人気も高く、今回は懇意にしている旅行会社さんに取っていただき大感謝だ。

11:05にアンパンマン列車は出発。
瀬戸大橋も軽快に走り抜け、ほどなく四国入りをした。

JR四国の特急には、一部の特急の部分区間ながらワゴンでの車内販売が健在だ。
コンビニの駅構内台頭で、乗車前に弁当や飲み物を買い済ませる人が増え、車内販売が続々姿を消しているが、旅に出てまで日常と同じ看板のコンビニで、代わり映えのしない商品を手にし口にするのは、旅情も随分と貧しくなったと感じてしまう…

乗車した特急南風7号の場合、車内販売のワゴンが積み込まれるのは、11:47発の丸亀駅。
そして、12:05着の琴平駅でワゴンは降りてしまう。わずか22分間の営業だ。
車内販売が行われているのは嬉しいが、これでは全車両に回ることは困難であろう。

色々調べたら、ワゴンは1号車前半分のグリーン車から販売開始することがわかった。
アンパンマンシートは1号車後半分であるから、まずワゴンが来ないことはない。

あとは、今回お目当ての「アンパンマン弁当」と「げんき100倍アンパンマン弁当」が、買えるかどうか…
万一に備え、高松の販売業者に確認したら予約可能とのことで、1週間前に申し込んでおいた。

実際、ワゴンがアンパンマンシートに入ってくると、瞬く間に両弁当が眼の前で売れていき、自席は最後列の4列目だったので予約していなかったら、ヒヤヒヤであった。

両弁当を見て車掌見習は、パチパチと拍手をした。

食後、車掌見習は午睡…
寝息を立てる車掌見習を腕に抱えつつ、食べ残した弁当や他に買った駅弁を専務車掌と頬張った。

列車は山間部に入り、大歩危・小歩危の景勝地を走っていた。
切り立った急峻な渓谷をなぞるように走るので、ついつい車窓に目が釘づけになってしまう。

やがて、平野部に入り家屋の隙間が少なくなった。高架線になると高知駅も近い。
13:40、無事高知駅に到着した。
 

コメント(2件)

希望者挙手さんからのコメント(2015年8月 4日 22:46投稿)

ご無沙汰しております。

我家の娘たちが幼かった頃、キティちゃんホテルに宿泊したことを思い出しました。
ホテルの近くでクワガタムシを捕まえて喜んでいた娘は、今では虫が大嫌いですから(笑
子供心はどんどん変わっていきますね。

また、大分にあるサンリオの遊園地ハーモニーランドに飛行機で行った際は、ポケモンジェットを予約したにもかかわらず、急きょノーマル仕様に機材変更となり、がっかりした苦い思い出もありますね(笑

車掌見習くんが興奮している姿が目に浮かぶようです。
ぜひ、楽しい慰安旅行を!

車掌長さんからのコメント(2015年8月 7日 06:01投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます

8/4から関西方面へ出張があり、昨夜戻ってまいりました。
お返事が遅くなり申し訳ございませんでした。

キティちゃん、良いですね!
キティちゃんも40歳を超え(というと夢がありませんが…笑)、子どもから大人まで、世界中で愛されるキャラクターになりました。

たしかに、子どもの興味や関心の移ろいは早いですよネ。
その時期、その時期、好きであったり夢中になっていたものが、他のものに変わってしまうのは、ごく普通なのだと思います。

しかしながら、何歳になっても、つまり子どもであろうと、大人であろうとも、何か「好きなもの」を持っていることは大切だと感じます。

子どもであれば勉強、大人であれば仕事というものは、あまり面白いものではありませんが、それらの息抜きとして「好きなもの」が支えになったり、励みになることは多くの方々にそんな経験があろうかと思います。

大人は嫌でも仕事をしなければ、食べてゆけませんから切実ですが、子どもは嫌いな勉強から逃避したり放置しても、とりあえず家にいれば食べてはゆけるので、親の心配は関知せず…という困った事態が起こります。

願わくば、子どもが「好きなもの」やその発展、延長にある大人の「趣味」という居心地の良い世界が、現実の厳しい日本社会や日常生活を、さほど苦にせず生きてゆけるような「力」に転化してもらいたいものです。

但し、その居心地の良い世界だけに留まるのは、本末転倒です。

あくまで、車の両輪と同じで、バランスよく両立しなくてはなりません。

たとえ話としてふさわしいかわかりませんが、子どもが「好きなもの」や「遊び」という栄養を、どのように与えると、どのように消化され、排泄されるのかを観察することが、涵養なのではないだろうか…と最近思うのです。

やみくもに色々な栄養(含む玩具)を与えても、子どもがそれを消化する具合や速度、栄養としての取り込みが、結果として親の許容したり望む「成長」になっているのかどうか…

そして、その排泄物は、他人や社会へ迷惑をかけるようなものでなく、自然に帰化できたり、何か再利用できるような好循環をもたらすものかどうか…

最近はそんな風に、子育てを楽しんだり悩んだり、心配しつつも、客観的に観察している自分に気づきます。

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黄昏 第2話

カテゴリー:⑬番線:臨時寝台特急北斗星 2015年7月26日 14:30

今日のドライブは、3日前の電話がきっかけだった。
彼はハンドルを握りながら、この日に至るまでの楽しい時間を遡っていた。

彼が住む学生用アパートには、共用のピンク電話が設置されていた。
その建屋は2階構造で、住人は両階とも4人で計8人。
電話は1階屋外廊下の2号室と3号室の前辺りに置かれていた。

電話が鳴れば、誰かが出て取り次ぐのが、管理人である大家さんから言われたルール。
しかしながら、誰もが真っ先には出ないのが、住人たちの暗黙の了解でもあった。

なぜなら、自分宛の電話に当たる確率は8分の1…
つまり、単純な確率では、ほとんどが自分以外の電話となる。

実態としては、30回ほどベルが鳴り続ければ、1階の誰かが渋々出ることが多かった。
そして、その日もベルが30回以上鳴り、1号室住人の彼が面倒くさそうに無言で電話に出た。

「もしもし?…夜分にすみません。手白沢さんお願いしたいんですが…」
彼には聞き覚えのある声だった。

「あっ、俺だけど…誰?」
彼は9割9分、彼女とわかっていながら聞き返した。

「あっ、良かった!霧積です!」
「なんか、初めてかけてみたんだけど、だいぶ鳴らしたのに誰も出ないから、間違えちゃったかと思って…あと1回鳴らしたら切ろうと思ってたの」

言葉に曇りのない彼女の話し声は、夏の夜風に吹かれながら聞く心地良さがあった。

「わるいね、広い家だから電話まで遠いんだヨ」
「それより、どうしたの?電話をくれるなんて初めてじゃない?」

彼は突然の電話に不安と期待の入り混じった心持ちで訊ねてみた。

「うん、今度の日曜にね、そっちの方に行くから、会えたらいいな…と思って」
彼女の顔はもちろん見えないが、はにかむ様子が声からわかった。

「今度の日曜?! 午後まで仕事だけど、その後でも大丈夫なら…」
彼は内心嬉しくも、平静を装いながらそう返答し、こう付け加えた。

「じゃ、今度の日曜16時に、"南ならば駅"で待ってるヨ」と。

「良かった!じゃ、例のアレも持ってきてネ!」
彼女は無邪気に言いながら、屈託なく電話を切った。

二人を乗せた車は、例のアレから流れる想い出の曲を1つ1つ聴きながら走り続けた。
やがて、車は国道沿いの小さな灯台の前にある店の駐車場に停まった。

夕闇の中で白亜の灯台が、彼の目にひときわ白く映った。

♪逢わないでいられるよな恋なら 半分も気楽に暮らせるね

彼は心の中でトワイライトアヴェニューの歌詞を、そう口ずさんだ。


つづく

 

或る痛車

カテゴリー:①番線:鉄道(JR・私鉄)方面 2015年7月18日 05:26

「痛いな…」

その列車を見た感想だ。
100年以上前に造られ、ほとんど営業運転されず「幻の豪華客車」を蘇らすと聞いた当初は、ロマンがあって良いなと思った。

しかしながら、いざ公開された写真やコンセプト、乗車料金を見ると、それは落胆に変わった。
「なんだ、また金持ち相手の列車か…」と。

乗るのに何十万も必要とする豪華寝台列車や、金ピカの車内で軽食(おやつ)を摂るのに2万円以上するとは、鉄道も随分と敷居が高くなったものだ。

「世界に誇る」とは「世界はカネ」だ…とも聞こえてしまう。

これだけ物質的に豊かになった時代に、更に貪欲に「豪華さ」を求めたいという、心の貧困さが通底しているようにも見受けられる。

内装は特注品で制作に何億円かけたとか、拝金主義の臭いが拭えない。

また、この外観の車両が沿線を走る情景に馴染むかも疑問だ。
この手の列車なら山手線を何周も走った方が、注目度も高く乗る者の優越感をくすぐってくれるように思う。

と、冒頭から酷評したが、運行する鉄道会社や手掛けたデザイナーに嫌悪しているわけではない。

こうしたものを「有難がる」風潮が、残念なだけだ。

話は飛躍して申し訳ない。
白紙に戻った新国立競技場建設しかりだが、かけた金額や見栄えの豪華さが、その施設の良さではないのだと思う。

国の威信を発揮・高揚させるためのシンボルよりも、そこを実際に使うアスリートや観客である国民に愛される施設としての普遍性を大切にしてほしい。

願うならば、今後新造される鉄道車両というのも、将来を担う子どもが実際に身近に乗れて夢を与えるような…そんなコンセプトを大切にしてほしい。

短絡的に「いまカネを持っている」年齢層や富裕層を相手に、短期的な売上や収益、話題をビジネスライクに目論むよりも、子どもという柔らかな心を持つ大地に、ひと粒ずつ種を蒔いたり、1本1本の苗木を地道に植え、やがて見事な花が咲いたり、林や森になって多くの人の心を潤すような…そんな時間や手間のかかるビジョンや理念で事業を進め、やがて世界的に評価されるような「尺度」や「価値感」があってもいいと考える。

話を元に戻そう。
車内で食事を摂りながら、車窓や移動を楽しめる「ダイニングトレイン」であれば、昨年乗車したJR東日本の「TOHOKU EMOTION」は素晴らしかった。

決して華美ではないが、気品のあるインテリアや沿線の海に溶け込むような、白亜の灯台を思わせる車両外観も乗っていて清々しい気分に浸ることができた。

料金的にもリーズナブルで、このような列車に乗る乗客や沿線の皆さんとの交流が、その地域を明るく元気にしてくれるのだと感じた。

このたびの「或る痛車」の運行が、その地域の人々や乗客とどのような交流が生まれ、双方にどのような「心の恩恵」をもたらすのか、期待したい。
 

四万六千日

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2015年7月10日 06:05

しまんろくせんにち

本年2/13付の乗務日誌「キリ番」で、希望者挙手さんに教えていただいたこの響きが、ずっと心に残っていた。
浅草寺で開かれる「ほおづき市」は、四万六千日のご縁日。

このご縁日、7月9日と10日のみ浅草寺から授かれる雷除けのお守りがある。
希望者挙手さんも、これを授かり御利益があったそうだ。

その御利益とは46,000日分、実に126年分に相当するという。
これは、ものすごいパワーだ。

今日7月10日は「大安」!
朝から久々の青空も垣間見え、足を運びたくなってしまった。

しかしながら、今日はどう考えても浅草には立ち寄れない予定が既にわかっている…
せめて、この乗務日誌をお読みで、行けそうな方がいれば…と、ふと思い綴ってみた。

お時間や都合のつく方は、ぜひ足を運び、江戸情緒に浸りながら、向こう百余年にわたる御利益が授かれますように…
 

世界名作劇場40年

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2015年7月 6日 05:25

新聞で世界名作劇場が誕生して40年になることを知った。

車掌長と同世代以上であれば、日曜の夜7時半から放映された同名のアニメ番組をご存知だろう。
どのシリーズも1作あたり1年間というスパンで放映されていた。

最近のテレビ番組は、大河ドラマを除いて1年という期間を持続できるものは稀有だ。
むしろ、3ヵ月ごと10話程度でコロコロ変わってゆくドラマが多いのは、移り気な持続性のない世相のよう…

記念すべき世界名作劇場の第一作は、1975年の「フランダースの犬」とのこと。
車掌長が7歳の頃になるが、これは毎週観ていた。

なお、その前作は「アルプスの少女ハイジ」で、この成功を受け、スポンサーの意向を受けて方向性が定まり、日本アニメーションという、制作会社がシリーズを手掛け続けたという。

紙面には世界名作劇場の歩みとした作品の一覧が載っていたので、車掌長も毎週観たものを中心に、懐かしみながら下記に列挙してみたい。(※印は毎週観たものではない)

1975 フランダースの犬
1976 母をたずねて三千里
1977 あらいぐまラスカル
1978 ペリーヌ物語※
1979 赤毛のアン※
1980 トム・ソーヤの冒険※
1981 ふしぎな島のフローネ
1985 小公女セーラ

小・中学生の当時、まだビデオなどなかったので、観たいテレビ番組の時間を軸に生活が回っていたように思う。

1985年は高校3年生で、そんな歳になって世界名作アニメというのも…を思われるかもしれないが、その頃はNHK朝の連続テレビドラマで「おしん」が爆発的に流行った直後で、苦労したり、虐げられたりしながらも、健気(けなげ)に生きる主人公に共感したものだった。

また、当時旅先で出逢った方と文通をしている折、この番組を共に観ていたことも、視聴に熱心になった理由かもしれない。

話が脱線してしまったが、そんな想い出深い世界名作劇場も、視聴率低下とともに、知らない間に地上波から姿を消してしまった。

昨今の殺伐とした映像や音響のアニメが多い中、世界名作劇場のような良識ある教育的な着地点がある番組は心からホッとできる。

また、手書きのアニメーションの温かみは、今のコンピュータグラフィックの綺麗すぎるというか、鋭すぎて気が休まらない映像よりも、穏やかな心持ちになれる。

主人公の青春期における成長過程で体験する心情の機微や、他人との関わりや摩擦で生じるお互いの痛みやいたわり、問題解決のステップなど…

そんなことを1年かけて、自分自身の成長とも重ねて視聴できた子ども時代は幸せだったと思う。

もちろん、その良さを知っている世代だから、今の子ども世代にも見せてあげたいが、地上波ではスポンサーがつかないだろうから、結局はそのような意識を持つ親が、DVDをレンタルするなどしてという方法になろうか…

いつでも好きな時に視聴できるツールが増えたことは、確かに便利だと思うし否定もしないが、決まった曜日や時間までに食事などの用を済まし、テレビの前で始まる時間をワクワクして待ったような体験も、金銭に置き換えられない心の成長には必要な気もしてしまう。

何はともあれ、世界名作劇場誕生40年を心から祝福するとともに、それを記念して新作される映画「シンドバッド」は、ぜひ劇場に足を運んで観てみたいと思った。
 

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