土佐文旦

カテゴリー:⑤番線:feel the season方面 2015年2月18日 05:06

今頃の時期になると、母が文旦(ぶんたん)をくれる。

毎年、付き合いのある団体を通して、産地である高知県から一定量を買っているようだが、そのお裾分けだ。
1箱に8個ほど入っているが、箱を開けた時の香りが良い。

文旦は「ザボン」や「ボンタン」とも呼ばれる。
「ボンタンアメ」という、昔からある鹿児島の飴菓子を思い浮かべる方もいらっしゃるだろう。

車掌長も子どもの頃、この飴を個包しているオブラートを外そうとしたら、大人がそのまま食べられることを教えてくれた。

このオブラートも、昔はゴワゴワ感があったが、子どもなりにそのまま食べられる感触が楽しく、他のキャラメルの包みもそのまま食べ、溶けずに口から出した覚えもある。
今では、オブラートも改良され、全く違和感がなくなったと思う。

ところで、この文旦はとっても美味しくて大好きなのだが、大きさの割りに皮が厚く、食べられる実は半分ほどではないか…と思われるほど。

そして、そのまま手では剥(む)けないので、ナイフで切り口を入れ、掌(てのひら)全体で皮を剥(は)がし、実の固まりと対面できたら、今度はそれをほぐし実の1つ1つの薄皮や種を取り除いて、やっと口にできる。

普段、車掌長はあまり果物を食べないが、文旦だけは、この手間が楽しくてよく食べてしまう。

また、この時期ならではのささやかなサプライズも、車掌長の楽しみだ。

それは、朝一通りやることを済ませ、時間が余った時に、専務車掌用に文旦を剥いてあげること。
これは、数年前に、たまたまやってあげたら大喜びされ、すっかり「マイ・プレジャー」になってしまった。

そして、剥き終わった実の1つ1つを、気の利いたお皿に並べラップをかけ冷蔵庫にしまっておく…
車掌長が出勤した後、専務車掌が冷蔵庫を開くと、正面の目の高さにある文旦に気付く算段だ。

やがて、通勤途中の車掌長のガラケーにお礼のビックリメールが入り、毎年のことながら新鮮に驚き、喜んでくれるので、ついつい年中行事になってしまった。

こんなことをやっていると、春も近くなったな…と、毎年ながら感じる。
夜明けの時間も、日ごとに早くなってきた。

来週で2月も終わり、次の次の日曜日はもう3月だ。

 

 

コメント(2件)

たくちゃんさんからのコメント(2015年2月21日 16:16投稿)

このところ、おかげさまで忙しくさせていただいておりまして
出す請求書の金額を見て、「こりゃぁ意外といけるんじゃね?」なんて思い、
バイトに行くのが億劫になってきているものの
やはり収入のことを鑑みると、しゃぁねぇなぁ~、と感じ
毎日7時に愛車のエンジンに火を入れる

たくちゃんでございます。
どうも、ご無沙汰しております。
仕事の合間にお邪魔いたしますよ。

文旦ですか。よろしいですな。
ところで…皮は捨てておられないでしょうね?

あれを材料にして、
すばらしく爽やかな
マーマレードができることを
ご存知ですか?

もし、残っておられるようでしたら、お試しあれ。
ヨーグルトによし、パンに塗ってよし。
今は絶滅してしまった「夏蜜柑」にも負けないぐらいの
クオリティですよ。

車掌長さんからのコメント(2015年2月22日 04:31投稿)

たくちゃんさん 様

おかえりなさい!
ここは、たくちゃんさんも所属する同じ「哲×鉄」です。

お邪魔しますなどと、ご謙遜なさらず、どうぞ「ただいま」的感覚で気楽に、お時間がある時にご乗車くださいネ。(笑)

仕事の方もお忙しいとのこと、嬉しく拝見いたしました。
またぜひ、まつわる色々な話を聴かせてください。

さて、文旦のコメントありがとうございました。

実は、皮はそのまま捨ててしまった車掌長です…

ところが、たくちゃんさんが教えてくださったように、専務車掌からもマーマレードにすると美味しいと、言われました。

子どもの頃から、ジャムやマーマレードをほとんど口にしなかったので、関心がありませんでしたが、文旦マーマレードはぜひ食べてみようと思います。

余談ですが、「夏蜜柑」という文字を拝見し、山口県のガードレールを思い出しました。

車で山口県を訪れた際、県道へ分け入ると、ガードレールの色が「白」から「夏ミカン色」になって、不思議に思ったことがありました。

山口在住の友人に話すと、子どもの頃からガードレールは黄色と聞いた記憶があります。

それにしても、たくちゃんさんは色々な料理方法や素材の活用法をご存知ですネ。

随分と前に教わった、料理が苦手な車掌長にもカンタンにできる「男の手料理」の一品は、今もたまに披露(?!)できる数少ないレパートリーの1つになり、大変重宝しています。

このような話を綴っていると、たくちゃんさんの美味しい炒飯が食べたくなりました。
またぜひ、そちらへ伺った際はご馳走してください。

別件ですが、保線関係で少し直してほしい箇所のご相談があります!
後日連絡しますが、全く急ぎではありませんので、時間があるときにご対応願います。

それでは、少しずつ暖かくなりつつも、まだまだ寒い日もありますので、お体ご自愛を!

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25時間32分の遅れと1分の遅れと...

カテゴリー:③番線:時間旅行、時刻表方面 2015年2月16日 05:30

先日、寝台特急トワイライトエクスプレスが、25時間32分遅れで大阪駅に着いた。

理由は東北地方の大雪。
この列車は、バレンタイン・イブとなる先週13日(金)午後に札幌駅を出発。

途中、青森駅で立ち往生し、およそ22時間後に再出発した。
長旅の末、終着の大阪駅には15日(日)午後14時25分に到着したという。
通常であれば、14日(土)の13時前に着く予定であった。

最近のトワイライトエクスプレスは、大雪で運行が困難になっても、その運行を支え続けるJR各社の社員や付帯業務に携わるスタッフの尽力で、極力目的地まで走り通している。

やむなく、途中駅での運転打ち切りや、運転そのもを取り止める日もあるが、廃止を目前に控えた今は、以前ほどたやすく休止にしていないように思われる。

安全には最大限の措置と配慮を講じ、別れを惜しむ乗客の想いとともに、走らせている姿は素晴らしく思う。

実際、この列車を最後まで乗り通した人は約90人と多い。
そして、その乗客たちのコメントは誰もが上機嫌で、「もっと乗っていたかった」という人も…

車掌長も、もしこの列車に乗っていたら、最後まで乗り通し同じようなコメントをしただろう。
その後の予定もあった人が多いと思うが、「何に」対して重きを置くかで、それに勝るものはない予定なら変更すれば良いだけのこと。

長い人生の中で、しかも世界有数の鉄道時間が正確なこの国で、25時間余りも遅延する旅を体験できたことは、きっと一生の想い出になるだろう。

こんな列車遅延の話を知った後、ふと思うことがあった。

それは、シチュエーションこそ「旅」ではないが、日常生活での「通勤」の列車遅延のこと。
たかが1、2分遅れただけで、車内でお詫びの放送が入る。

すると、「チッ」という舌打ちのような微音や、眉間にシワを寄せる人を目にすることがある。
車掌長は、こんな放送を耳にするたびに、この国の「余裕の無さ」や「心の貧しさ」を痛感する…

これだけ多くの人が居住し、働き、移動をしている東京で、1分の遅延もなく列車が動く、動かせるほうが「奇跡的」であるのに、それが「当たり前」としている感覚が恐ろしくなる。

それは「経済的な豊かさ」や「利己的な価値」を求め続ける果ての姿が、こうした「心の貧しさ」や「寛容性の無さ」を生み出しているようにも映る。

また、その延長線上に、お年寄りや妊婦、子連れ、障害を持った方々といった、交通弱者への配慮に欠ける意識や言動が存在するのだと感じてしまう。

誰もが旅に出られる事情でないことは、重々承知しているが、「旅」という非日常な時間や空間が、普段の自分の心を映す鏡になると思う…

そして、その旅という非日常性は、自分の言動を「省みる」ことや、世の中や時代を「顧みる」、そんな時間旅行にもなるはずだ。

「時間旅行」の醍醐味は、今の時代を生きる人々にとって、圧倒的に欠乏している「栄養素」のように感じる。

まもなく、暖かな春が訪れる。
旅心の芽を育めれば、きっと心の中で咲く花もあるだろう…
 

 

キリ番

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2015年2月13日 04:36

昨日、毎日新聞が創刊50000号を迎えた。

創刊は1872(明治5)年2月21日とのこと。(2/21は旧暦)
日本の新聞社で5万号を迎えたのは「初」と書いてあった。

調べたら読売が1874年、朝日が1879年の創刊であった。
明治5年といえば、車掌長はすぐ「鉄道開通年」を思い浮かべるが、今日まで143年もの間、毎朝新聞を発行してきた歴史には敬服する。

また、宅配制度によって各戸(かっこ)に配達されるのも、日本の新聞社の美点だと思う。
この場を借りて、日々新聞を配ってくださる皆様に、心から感謝とお礼を申し上げたい。

もちろん、世界にも配達の仕組みはあるようだが、ある程度の人口を擁する都市や町に限って運用されているようだ。

ところが、日本は離島やへき地でも、各戸へ毎日届けてくれる。
それこそ、1軒のお宅へ届けるのにバイクや車で数十分を要するような場合でも…

それは、今日の経済重視社会において、「非効率」や「不合理」と言われるだろう。
また、ネット社会においては、スマホ等で電子購読できると言う御方もいるだろう。

どちらも時代に即した意見であり、考えだ。
わざわざ「人」がその「労力」と「時間」と「お金」をかけて届けることに釣り合うか…と、経済的見地から疑問を抱くのも理解はできる。

しかしながら、新聞に限らず郵便や鉄道という非常に公共性の高い社会サービスは、「儲かる」「儲からない」という「白or黒」で判断すべきではない、と車掌長は考える。

そして、そこにはどんな事情の人が住んでいるのか…という想像力を膨らませてほしいと願う…
皆がみんな、PCやスマホを所有し、車を運転し、自力で歩ける人ばかりではない。
また、生まれ育った土地に愛着があり、住み続けたい人も沢山いる。

効率が悪くても、人が少なくても、そこに住んでいる人へ全国同一料金で読めたり、届けてもらったり、乗れたりすることが、「日本に住んでいて良かった」と、言える、思える、誇れるような、そんな国であり続けてほしいものだ。

次に毎日新聞が10万部を迎える頃、いったいどんな社会になっているのだろう…と妄想する。
今後、よほど生命科学が発達して寿命が延びない限り、現在生きている者が、その時代を確かめることは不可能だが…

車掌長が所有しているJTB時刻表も、古代エジプト文明のパピルス巻物とは言わないが、当時はこんな「紙」で、鉄道の時間を調べてました…のような「史料」になっているかもしれない。

なにはともあれ、日本で最初に5万号を達成した毎日新聞に、今後もエールを送りたい。
 

コメント(2件)

希望者挙手さんからのコメント(2015年2月15日 02:06投稿)

こんばんは

来年の私の大台の誕生祝企画、ありがとうございます。
今から楽しみに待たせていただきます!

ところで、50,000号、143年という数字から、私は四万六千日(しまんろくせんにち)を思い浮かべてしまいました。(キリ番とはちょっと違いますが・・・笑)

浅草寺で「ほおずき市」が開かれる7月9日と10日は、四万六千日の縁日とも言われ、この日に参拝すると46,000日(126年)分のご利益があると言われています。

ちなみに、一升分の米粒が46,000粒あることから、一升と一生をかけて四万六千日といわれるようになったそうです。つまり、一生分のご利益があるということですね。

そして、この二日間限定で授与される「雷除札」というお札があり、私、一昨年にこのお札を授かったのですが、その頃から人生の流れが良い方向に戻り始めたのかなと、今になって感じています。

126年分のご利益があるのなら、もっと早くお参りしておけばよかったと思ったりもしますが(笑

実は、50,000号と聞いて思い浮かべたものが、もう一つ・・・
ハナ肇とクレイジーキャッツの「五万節」です(笑
「サバ言うな、このヤロー!」のフレーズが耳に残る曲ですが、たくさんあったことを五万回など、五万という数字で見栄を張るという面白い曲です。
今度、機会がありましたら、カラオケで唄いましょうか?(笑

やはり、毎日新聞の50,000号は偉大な数字ですね。

車掌長さんからのコメント(2015年2月15日 06:53投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます

しまんろくせんにち…
今回も大変素晴らしいコメントを、ありがとうございました。

数字にちなんだ日本文化の奥深さや、人々が自分では操作できない災いを避ける願いは、どんな時代になっても変わらない人間の営みを尊くを感じます。

希望者挙手さんも、そのご利益があったようで、大変喜ばしく読ませていただきました。

ところで、一升の米粒の話からの連想ですが、宝くじの当選確率を米粒に例えますと、このようなイメージになるようです。

仮に、一升がお米46,000粒としますと、一升はお米約1.5㎏だそうですが、ジャンボ宝くじの1等当選確率は、10,000,000分の1と言われています。

そうすると、217升余、つまりお米325㎏余中の僅か1粒が1等賞となります。
普段、スーパーで見かける5㎏の米袋にしてざっと65個分。
この中に1等賞であるお米1粒があるということになります…

う~ん…
やはり宝くじとは、買ってから当選番号が発表されるまでの「夢を見る時間」を買ったのだなぁ…と痛感。

末筆ながら、久々にカラオケも良いですネ!
その「五万節」も、ぜひ聴きたいと思います!

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一足早い春

カテゴリー:⑤番線:feel the season方面 2015年2月10日 04:56

先週末、沖縄を訪れた。

晴れ間が出ると、気温は20℃まで上がり汗ばむほどの陽気となり、一足早い春を感じた。
見てはいないが、日本一早咲きの本部の八重桜は、既に散って久しいとのことであった。

訪沖の目的は、学生時代の友人が一昨年、那覇でお店を開いたので一度行ってみたかったこと。
ちょうど、3月末で失効する航空会社のマイルが残っており、それを有効活用して実現に至った。
宿泊も閑散期なので、夏なら高額なリゾートホテルもビジネスホテル並みの料金で泊まれた。

せっかくの沖縄なので、専務車掌と車掌見習にも「お楽しみ」を組み込んだ。

イチゴが大好物な車掌見習には、宜野座での「イチゴ狩り」。
普段、車掌区では一度に一粒ずつしかあげないので、どんな表情や行動をするのか、専務車掌も車掌長もその反応をとっても楽しみにしていた。

しかしながら、いざ現地に着きハウスに入ると、そんな目論見は拍子抜け…
大人の腰の位置で、たわわに実るイチゴが整然と並ぶ光景を目にしても、素通り!?
手に持たせると、喜ぶものの持って歩き回るだけで、パクパク食べるという絵にはならなかった。

いま一つ、ツボのわかりづらい車掌見習であった。

一方、専務車掌は大好きな某プロ野球チームのキャンプ地を訪れ、ご満悦の様子であった。
1軍と2軍で場所は違うが、2日に分けて両方訪れ、球団マスコットや通りすがる選手からサインをもらっていた。

中でも最もファンである、プロ野球選手で最年長者の投手からサインをもらったときは、大興奮状態であった。
これは、ユニフォームを着せていた車掌見習の御利益だったかもしれない。

肝心な友人のお店は、那覇でも新都心と呼ばれるエリアにあった。
米軍から解放された地域で開発されたこの街は、区画整理され東京とかわらない様相で、沖縄独特の雑然とした賑わいとは無縁だが、オシャレなお店であった。

なんでも、沖縄初の「角打ち」(かくうち)を掲げているそうで、店内で買った酒類をその場で飲むスタイル。
つまり、ほぼ小売価格でお酒を販売し、飲む場所と調理を必要としないフードを提供するお店であった。

お酒の種類は大変豊富で、整然と並んだ棚を見るだけでもワクワクするが、お目当てのものをリーズナブルに楽しめるのは、新しい飲み方として支持されると思った。

食事は店舗上階のご自宅で、友人のご家族皆さんと一緒に焼肉をご馳走になった。
育ち盛りの男子3人の食べっぷりにも圧倒されつつ、とても楽しいひとときであった。

ここで面白い光景を目にした。
それは、デザートに出されたイチゴを、美味しそうに何個も口に運びパクパクしている車掌見習。

そのツボの分かりにくさに、大笑いさせられた。

末筆ながら、お店も忙しい中、もてなしてをしてくださった友人に心からお礼いたします。
どうもありがとうございました。

今度は、ぜひ当車掌区にもお越しください。

コメント(2件)

希望者挙手さんからのコメント(2015年2月12日 00:13投稿)

こんばんは

ご家族やご友人と沖縄で素敵な時間を過ごされたようですね。

ところで、プロ野球最年長投手は私と同じ歳なんですよね。この年齢でもなお現役で投げ続ける姿には本当に励まされます。

しかし、先日はカンボジア、その前に北海道、今回は沖縄と、アクティブに行動される車掌長にも脱帽です。

私もまだまだ頑張らねば!


車掌長さんからのコメント(2015年2月12日 05:30投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます

たしかに、プロ野球現役選手最年長投手と、希望者挙手さんは同じ歳ですネ!
つい先日のお誕生日、おめでとうございます。

希望者挙手さんが仰る通り、その歳でなお現役で投げ続ける姿に、車掌長も励まされます。

周囲からは登板し投げるたびに、様々な「最年長○○」というタイトルが付くと言われるのでしょうが、意外に本人はそれは日々の積み重ねの「結果」や通過点であり、むしろ己との戦いに重きを置いているように察します。

ところで、この最年長投手は多趣味なことでもよく知られています。
特にラジコンやカブトムシ、クワガタがお好きなようです。

生業とするプロ野球の傍(かたわ)らで、そうした趣味に興じることは、とてもリラックスできるのだろうな…と共感します。

車掌長も趣味は「旅行」と「時刻表」です。
生業は色々変わり過ぎて、統一性はありませんが、この2つの趣味に関しては一貫していて、ついに「40年」の大台に乗りました。

そして、日々の生業への意欲を継続し再生産しているのが「趣味」だと言えます。

あとは、現実的な問題として「お金」と「時間」と「専務車掌」との相談です。
確かに旅行への出費は突出していますが、その分、他の人が楽しんだり消費している費目を、トコトン削る工夫は怠らないでいます。

この収支バランスが崩れると、大変なことになってしまいますので…

今冬はたまたま、この機を逸することのできないイベントが多かったと言えますが、楽しんだ分を今後のエネルギーに転換し頑張らねば!と、意気込んでおります。

末筆ながら、希望者挙手さんの来年の「大台」は、盛大に祝いましょう!
今から企んでおきますので、楽しみにしていてくださいネ。(笑)

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悠久なる世界遺産と地雷の国を訪ねて

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2015年1月29日 04:15

昨日、カンボジアから帰国した。

一般的に"カンボジア"と聞いて連想できるのは、「アンコール・ワット」や「アンコール・トム」といった世界遺産にも登録されている遺跡群だと思う。

そこだけがあまりに突出しすぎて、その国でどんな人々がどのような生活を営み、どんな通貨が使われ、どのようなモノを食べたり、衣服を着用していたりするのか…それは車掌長も行ってみて初めて気が付いた。

先週末から5日間の旅程で訪れたカンボジアは、車掌長がお世話になっている会社の社員旅行。
各社員が毎月2000円を2年間積み立て、あとの費用は会社が負担して下さり隔年で実施している。

行先は経営者の希望だが、「あとはヨロシク!」と企画から手配、添乗までを車掌長と旅行会社勤務経験のある同僚O氏に一任される。

老若男女の参加者9名分のビザ取得手続きや航空券及びホテルの手配と、現地観光を考えながら行程を組み立ててゆく事前の作業は大変楽しかった。

手配を進める中で参加者の希望を叶えるべく、ハプニングや紆余曲折は色々あったが、最終的には、往復バンコク経由のJAL便&LCC(格安航空会社)と、現地では超高級ランクのホテルに宿泊し、全行程をプライベートチャーター車両で日本語ガイドを付けても、旅行会社で販売されているツアーよりも安く収めることができた。

観光においては、カンボジアの「陽」の面である世界遺産の遺跡を巡った。
前述の代表的な2遺跡に加え、「タ・プローム」や「ベンメリア」という、遺跡が長い時間をかけて大木に浸食される姿を目の当たりにしたり、「バンテアイ・スレイ」では繊細かつ優美なレリーフを施した遺跡に魅了された。

一方、「陰」の面においては、カンボジアを訪れるなら知っておかなければならない「地雷」についてもコースに盛り込んだ。

カンボジアはつい30~50年ほど前まで、国内の政情悪化や近隣諸国との紛争に巻き込まれ、激しい戦禍と内戦の末、気の遠くなる数の地雷が、カンボジアの大地の至る所に地表浅く埋められた。

戦争が終わっても、田畑で作業する人や無邪気に遊ぶ子どもたちが大勢、無残に脚や手を失ったり命を落とした悲しい歴史がある。

そんな祖国の姿を見て、自らも戦闘下において一兵士として地雷を埋めたというカンボジア人が、地雷を探しては安全に爆破処理し、地雷で親を失った孤児や手・脚を失った子どもを引き取り育てている男性がいることを知った。

彼の名は「アキ・ラー」。
そして、彼が処理した地雷の一部を展示し、被害に遭った子どもたちのことを知ってもらうために、プライベートで小さな博物館を建て、その入館料や寄付で子どもたちを育てている「地雷博物館」を訪れた。

彼に会うことは留守でできなかったが、見せてもらったVTRの中で、地雷を見つけ爆破処理し、子どもや人々を地雷の恐怖から救うことが、僕の責任であり償いであると語っていた。

これまでに彼がひとりで処理した地雷は3万個とも言われるが、そもそもカンボジアに仕掛けられた地雷は400~600万個以上と推定され、埋設密度が世界一となるそうだ。

そして、これらを安全に処理するのは、ほとんどが手作業となる…

もちろん、カンボジア政府もアキ・ラー氏の奮闘とは別に、世界中から非営利組織等の支援も受けているが、カンボジア全体で毎年処理できる数は年間で4~5万個とのこと。
このペースだと、カンボジアから地雷を撲滅させるには、まだ100年近くはかかるそうだ…

「世界遺産」と「負の遺産」。
世界遺産で世界中から多くの観光客が訪れ、国が経済的にも発展してゆく「陽」の未来。
一方、地雷を安全に処理するために、莫大な時間と費用を要する「陰」の過去。

その両眼で「カンボジア」という国を見つめると、単に物見遊山で訪れて「良かった」では終わらない何かが見えてくる…

滞在最終日、参加者全員で1台ずつ四輪バギーを借り、自ら運転して広大な田畑の広がる凸凹な道を走り、世界遺産で賑わう恩恵が見当たらない農村や集落を訪れた。

砂ぼこりを巻き上げながら通過するバギーの1台1台に、無邪気に手を振る子どもたちの姿をたくさん見かけた。
そして、こんな話をガイドから教わったことを思い出した。

カンボジアにも一応義務教育があるが、農村部ではあまり機能していない…と。

小学校の就学率こそ90%ほどあるが、卒業できるのは半分くらいだという。
理由は、家庭が貧しかったり、子ども自身が働かなければならなかったり、学校まで遠すぎて通えないetc…

また、70年代のポルポト政権下において教育制度は廃止され、学校は破壊、教師は虐殺されるなど、暗黒な時代が今も影響し、学校自体や教師も圧倒的に不足しているそうだ。
だから、1つの学校(校舎)を午前は小学校として、午後は中学校として使っている場合が多いと言う。

この手を振る子どもたちが、学校に通えて字を覚えられるようにならなければ、いくら地雷が埋まっていることを警告する表示や看板があっても、理解できないだろうな…と思ってしまった。

旅行自体は無事に終わった今、皆さんにも喜んでいただけ、まずは任務完了の安堵感はある。
また、車掌長自身にとっては、今後の「生き方」を考える上でも、何か小さなヒントというか、心の機微を見つけられたような…

真夏のような国から真冬の日本に戻った時、不思議と清々しい心持ちを得たように感じた。
今回は、そんな佳き旅だったと思う。

(追伸)
今日がバースデーイヴの方は、世界中に沢山いますが、中でも「哲×鉄」ご愛読の方に心からお祝い申し上げます。
どうぞ佳き一年となりますように…
 

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