トイレにあった詩
カテゴリー:③番線:時間旅行、時刻表方面 2013年10月18日 05:35
先日、やなせたかしさんがお亡くなりになった。
アンパンマン生みの親であり、心温まる歌や詩を沢山、この世に残してくださった。
そのことは、TVや新聞、雑誌で多くの方々が追悼の念を込め語っている。
車掌長も想い出がある。
それは、子どもころから家の便所にあった1つの詩だ。
「便所」としたのは、当時は和式だったので、その方が情感が湧く。
その詩は、正方形のタイルに挿絵とともに書かれていた。
全てひらがなだったので、小学校低学年でも読めたが、意味を理解できたのはもっと後のことだ。
便器にしゃがむと、ちょうど視線が向く位置に飾られていた。
母親が好きだった詩のようだ。
ほほえむことを
わすれちゃいけない
なみだはいまも
ながれているが
すぎてしまえば
いまはむかし
おもいだしちゃいけない
かなしいことを
おそらくこれで間違いなかったと思う
物心ついた時から、用を足すたびに見ていたので、今でも覚えているし、たまに思い出すこともある。
記憶に刷りこまれた言葉というものは、無意識ながらも、日々の思考へと変化してゆく…
やなせさんは、アンパンマンを通じて「絶対の正義などない」ことを教えてくれた。
そして、本当の強さとは「優しさ」であることも…
おそらく、その優しさを伝えたいために、どれほどのかなしいことや想いをしたのだろう…と想像する。
15年ほど前、まだ出来て間もないアンパンマンミュージアムを訪れたく、高知に行ったことがある。
やなせさんの故郷に創られた夢城は、多くの人の心のふるさとでもあると感じた。
やなせたかしさんのご冥福を、心からお祈りするとともに、その遺志を大切にしたい。
コメント(6件)
希望者挙手さんからのコメント(2013年10月19日 00:19投稿)
こんばんは
やなせたかしさんの詩はとてもやさしい響きで、それでいて凛とした気持ちになれる言葉ですね。
早速、子供たちに教えてあげようと思います。
やなせさんの詩といえば「手のひらに太陽を」が有名ですね。
私は子供たちが幼い頃、毎年、小学館の「えほんコンサート」に連れて行ってました。その時、やなせたかしさんが出演し、とても80歳を過ぎたおじいちゃんとは思えないほど元気に歌って踊り、子供たちに「勇気」と「やさしさ」を説いていたことを思い出しました。
もう一つ、私にとってやなせさんには特別な思い入れがあります。
それは三越の包装紙です。
やなせさんが三越の宣伝部の社員だったことは有名ですね。
あの「華ひらく」と名付けられた包装紙のデザインは、猪熊弦一郎三さんという画家が、私の出身高校の近くにある犬吠埼で海の波を見てひらめいたと言われています。
そこにMitsukoshiと筆記体で書き込んだのが、やなせさんだったんですね。
犬吠埼の波といえば、東映のオープニングの映像も犬吠埼で撮影されたと言われていますね。
あの「トラック野郎」も東映です(笑
あらためて、やなせたかしさんが残してくれたものを振り返ってみたくなりました。
希望者挙手さんからのコメント(2013年10月19日 00:21投稿)
「手のひらを太陽に」ですね。
大変失礼しました。
バイ、バイキ~ン!
希望者挙手さんからのコメント(2013年10月19日 00:25投稿)
「猪熊弦一郎さん」ですね。三が余計でした。
誤植だらけで申し訳ございません。
アンパァーンチ!
車掌長さんからのコメント(2013年10月19日 06:08投稿)
希望者挙手 様
毎度ご乗車ありがとうございます
最近のご乗車頻度、航空会社のマイレージサービスでしたら上級会員ですネ!
何かスペシャルなおもてなしを考えていますので、楽しみにしていてください。
車掌長も希望者挙手さんの知識の広さ、見識の豊かさには刺激を受けっ放しです。
三越の包装紙にそのようなエピソードがあったこと、お恥ずかしながら車掌長は知りませんでした。
百貨店の包装紙や紙袋というのは、ある意味、時代に流されずに変わらぬ「伝統の継承」が感じられ好きです。
希望者挙手さんご出身の近くにある犬吠埼も、そのようなエピソードを知って訪れると、目にする風景も違って見えそうです。
犬吠と言って思い出すのが、「急行犬吠」。
車掌長の子ども時代、房総への玄関を担っていた両国駅が懐かしいです。総武緩行線の黄色い電車から、行き止まり式ホームを房総各方面へ発着する急行列車を見ては、海への旅心が湧いたことを思い出します。
余談ですが、車掌長はあの辺りですと、銚子電鉄と屏風ヶ浦が大好きです。
ところで、「手のひらを太陽に」は今更ながら感銘を受けています。
子どもの頃から、何気なく歌ったり聞いたりしていましたが、歌詞の意味や奥深さには、世代を超越して誰もが生きるパワーをもらえる気がします。
特に、ミミズやオケラ、アメンボ、トンボ、カエルetc…
昆虫など小さな生き物に向けられた優しい眼差しには、ひときわ感動します。
人間にしてみればちっぽけな存在、いや存在すら認識されない者にも、温かな手を差し伸べる人柄には、自分の汚れを感じてしまうほどです。
希望者挙手さんからのコメント(2013年10月19日 21:31投稿)
こんばんは
マイレージ特典のおもてなし、ありがとうございます。楽しみにしています(笑
私の知識なんて、たまたま地元に縁(ゆかり)があったから知っていただけの事ですから、特別なものではありませんよ。
屏風ヶ浦は高校から歩いて行けたので、ロングホームルームで屏風ヶ浦に行って班ごとの鍋大会をやったことがありました。
「手のひらを太陽に」は、今でいうダイバーシティですね。
ダイバーシティという言葉が日本に根付いていない昔から、童謡を通して子供たち(私たち世代も含め)に多様性を受け入れることや生きることの喜びなどを教えてくれていたのですね。
オケラやアメンボを知らない子供たちが多い今の世の中に不安を感じることもありますが・・・私たちが人としてどう生きるべきか、自然とどう向き合うべきか、考えなければなりませんね。
車掌長さんからのコメント(2013年10月20日 06:24投稿)
希望者挙手 様
毎度ご乗車ありがとうございます
冒頭から余談で恐縮ですが、今朝の新聞広告で「サクラダファミリア」の完成時期が2026年を予定しているとありました。
1882年の着工以来、今日も建設が続いてますが、完成には300年はかかると言われていました。
しかしながら、建築技術の進化や、世界遺産登録後の入場者増加に伴う財源安定化によって、完成が大幅に前倒しされるそうです。
目下のところ、設計者ガウディ没後100年となる2026年の完成を目指しているとありました。
完成の暁には、ぜひ専務車掌と車掌見習に見せてあげたいと思います。
車掌長は昔からこの作品が気になっていました。
時間に殺伐とした現代、こんなに悠長に建設が続けられるその国の度量の深さや、文化・芸術に対する国民の理解や誇りに共感するのです。
日本であれば、すぐに結果が出るモノを作って算盤を弾き、新しいものができればすぐに飽きる…
そんな所業の繰り返しで、歴史の重みや時の連なりが紡ぐ文化的精神が育まれづらい国柄を憂うのです。
希望者挙手さんの仰る通り、ダイバーシティは大切にしたいと思いますが、お台場にある商業施設と間違う恐れもあります(笑)
それは冗談として、みんながみんな同じモノを所有し操られ、似たような価値観や方向性を志向する社会の流れは心配します。
そして、その本流から外れると、一挙に社会から疎外されたような扱いを受ける多様性の無さを残念に思うのです。
具体的にいま、車掌長が懸念していることは、学校におけるスマホ等の通信手段の持ち込みです。
本来、学校内では「不要」な道具ですが、持たない者が仲間外れにされたり、イジメに遭うのは理不尽なことです。
最も「多様性」を育む環境が担保されるべき学校で、そのような事態が日本各地で横行していたとしたら、悲劇です…
車掌長は誤解を恐れずに言えば、スマホ等はまだ人間が成熟していない未熟な者(子ども)が所有するべきモノではありません。
通学時や緊急性の高い事態の連絡手段としての有用性は認めますが、それ以外でその通信道具を使う場面は思い浮かびません。
そうであるならば、学校の教室内や敷地内は意図的に「圏外」にできないものでしょうか。
子どもが自主的に、或いは教師がその都度授業を中断してまで、スマホ等から関心を逸(そ)らすのは、困難であり合理的ではありません。
設備工事等でのコストは要しますが、国として考えても良いのではないかと思うのです。
そして、四六時中スマホ等に拘束されている何の生産性もない無意味な時間から、せめて学校で過ごす間は解放してほしいのです。
静寂さが必須の劇場では導入している施設も多いと聞きます。
その気になれば、できないことではないと思いますし、先見性のある私学なら既に行っていて、共感する親や子どもを確実に獲得するかもしれません。
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新聞配達
カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2013年10月16日 04:50
今朝4時過ぎ、郵便受けに新聞が入っていた。
普段の日なら通常のことだが、今朝は台風26号が接近中で暴風雨の最中である。
こんな悪天候でも、ビニールに封入されきれいな状態で新聞を読めることに感動した。
毎年10月15日から1週間を「新聞週間」というそうだ。
新聞大会が行われたり、読者向けのキャンペーンもあるようだ。
車掌長が新聞を読むきっかけとなったのは、中学3年の課題だった。
2学期初日から1か月間、新聞のコラム欄を切り取ってノートに貼り、自分自身の意見や感想を書くというものだった。
文中に分からない語句があれば、辞書で調べそれも書き残した。
初めは要領を得ず、とても時間がかかったが、毎日提出して担任がたまに返してくれるコメントが嬉しく、次第にハマってしまったことを記憶している。
結局、10月1日にこの課題を提出できたのは、学年で車掌長1人のみであった。
今振り返れば、のどかな時代だった…
当時の先生も忙しかったに違いないが、子どもと向き合う時間は今よりも確保されていたと思う。
また、いまや新聞も「紙媒体」から「電子化」され始め、魅力のない無機質さを感じる。
毎朝、新聞を取りに行く時のワクワク感や、これを毎朝配達してくれる人への感謝。
日々、そんなことを感じて読んでいるが、今朝は殊更に感謝の念が深まった。
世の中は、「おたがいさま」で動いている。
新聞配達で頑張っている人がいるように、車掌長自身も人知れず誰かの役に立ったり、喜ばれるような仕事や物事を心掛けてゆきたいと感じた台風の朝であった。
コメント(2件)
希望者挙手さんからのコメント(2013年10月16日 23:37投稿)
こんばんは
今朝は朝7時前に家を出て、会社に着いたのが12時でした!
新聞といえば、今年亡くなった父親が新聞の集荷や配達の仕事をしていたこともあり、私には色々な思い入れがあります。
私の子供たちには、小学生新聞、中学生新聞と読ませてきました。
それも、ただ読ませるだけでなく、読者特派員に登録してました。
長女は中学2年生の時に、母校を紹介した記事が掲載されました。
二女は小学5年生の時に生協の取材をした記事が掲載され、中学3年生となった今年の8月には、三浦雄一郎さんにインタビューした記事が掲載されました。この取材には私も同行させていただき、憧れの三浦雄一郎さんにお会いしました。(私は若い頃、三浦さんに憧れてK2のスキー板を愛用してました・・・笑)
この年末には来年の干支にちなんだ特集を企画しているとのことで、乗馬をする次女に取材依頼がありました。
新聞を通して、子供たちが情報を受け取るだけでなく、発信することも学んでくれればと思います。
そして、何よりも新聞紙に掲載される喜びを通して、デジタルとは違った紙媒体の有機的な伝達力を感じ取ってくれることを願っています。
車掌長さんからのコメント(2013年10月17日 05:10投稿)
希望者挙手 様
毎度ご乗車ありがとうございます。
昨日、台風でも新聞が配達されることに感動した話を記しましたが、同じ未明に伊豆大島では最悪な土砂災害が起き、その被害の甚大さに胸が痛む想いです…
まだ行方不明な方が多数いますので、その方々の生存と救出を願うばかりです。
きっと真夜中の惨事で、寝たまま逃げることもできなかった人が多かったと察します。
惜しくもお亡くなりになった方々へは、この場を借りてご冥福をお祈り申し上げます。
昨日の交通麻痺は本当に大変でした。
車掌長も通常1時間で行けるところが2時間を要し、何か悪いことをした訳でもないのにまさに「倍返し」されてしまいました。
ただ、いつもと違うルートを経験から選択し、実証する楽しさは味わうことができました。
そんな中、多くの人がスマホ片手に右往左往する姿を拝見しました。きっと、大災害の時はもっと混乱するのだろうなと感じました。
スマホを代表とする今日のベンリなものは、通常時は確かに便利ですが、異常時は意外に「?」だと感じます。
特に、電池が切れたなら何の役にも立ちません。
日頃から車掌長は、もし、ここで交通がストップしたらどうするか…と遊び半分でシミュレーションしていますが、そんなことが役に立つものだなと思いました。
ところで、とても素敵なエピソードをありがとうございました。
お亡くなりになったお父様や娘さんたちの新聞にまつわるお話、共感しました。
車掌長も昔、新聞の集荷所で刷られて間もない新聞を触ったことがあります。
季節が冬だったこともありますが、その温もりに感動しました。
また、娘さんたちの読者特派員の経験も素晴らしいことです。
記事を起こすということは、あらゆる感覚を駆使します。
そして、文章を書くということは、自分の考えを整理することです。
希望者挙手さんの仰るとおり、単に情報を受け取るだけでなく、発信すること、つまり自分の考えを表明できる力を養う機会があったことは、一生の財産になると思います。
娘さんご自身の記事が掲載された「新聞紙」はまさに宝物ですネ。
単にデジタル信号が文字に化けて液晶画面に映る虚像ではなく、手にすること、広げることができる「かたちあるもの」ならではの感触が、紙の魅力だと感じます。
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10月10日は「体育の日」
カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2013年10月10日 05:42
今年の体育の日は10月14日。
全くピンと来ない…
車掌長にとって、10月14日は「鉄道の日」だからだ。(これも元々の名称は「鉄道記念日」)
そもそも、体育の日がなぜ10月10日なのかという「大切な意味」を忘れてはならない。
この日は言うまでもなく、1964年に東京オリンピックの開会式があった日だ。
当時の映像を見たり、記録を読むと、その日はパーフェクトな快晴だったことがわかる。
映画「三丁目の夕日'64」でも追体験した、ブルーインパルスが競技場上空で描いた五輪マークも、さぞかし青空に映えたに違いない。
また、この日に向けて世界中からの観客を招き、誇示するために建設を進めた、首都高速や東京モノレール、東海道新幹線の開通や開業が、一大国家イベントに花を添えた。
記念日とは、「その日」だからこそ意味があるのだとつくづく思う。
3連休にするために第二月曜日と定め、日付が毎年変わるのは残念でならない。
また、医療機関や学校等、年間に何日も月曜日が休みになり、その代替調整で迷惑を被る当事者や利用者も多いと察する。
わざわざ祝日の由来を希薄にしてまで、3連休を増産し、それも経済効果のためかと思うと、何でも「カネ勘定」の社会につくづく寂しさを実感する。
本日10月10日は「体育の日」であったことと、その由来を大切にしたいと感じた朝であった。
コメント(2件)
希望者挙手さんからのコメント(2013年10月11日 00:16投稿)
こんばんは
私も第2月曜日や第3月曜日の祝日は、国民の休日でいいんじゃないかと思っていました。
市町村合併で首を傾げたくなるような名前の市がたくさんできた時にも似たような感覚を持ちました。
それは、もう名前の由来など歴史的背景はおかまいなしの、経済優先、妥協の産物といったところでしょうか。
歴史が作り上げた美しい名称や慣習を軽々に投げ出し、近頃の日本は歴史を軽視してるんじゃないかと思えることが散見されますね。
鉄道の日といえば、娘が小さかった頃、阪急電車のイベントに毎年出かけていたことを思い出します。
その時にもらった「梅田」行きの側面方向幕の切り取りは今も大事に持ってます(笑
車掌長さんからのコメント(2013年10月13日 05:14投稿)
希望者挙手 様
毎度ご乗車ありがとうございます
今朝は昨日までの季節外れの暑さから一転、だいぶ肌寒く感じます。不意に風邪などひかぬよう、お互いに気を付けたいものです。
希望者挙手さんの仰る通り、平成の市町村合併も後世への「負の遺産」だったと思います。
地名の歴史的な由来が損なわれたり、距離感や位置感が全くわからなくなったり、難読クイズのような市の名称が、バラエティ番組のように誕生しました。
目先の財政支援をもらうために、合併のデメリットをよく精査せず、性急に事を運んだ自治体も多かったように感じます。
きっと、その合併された中心部に人口が集中したり、行政サービスが偏ったりして、スケールこそ違いますが「プチ東京化」を招く懸念があります。
交通の便が良くなり過ぎるのも、人口流出に拍車をかけると言えます。
高速道路ができれば、医療を受けられる時間が短縮されるというメリットをよく見聞しますが、そもそも、そこまで行かないとそのような医療サービスが受けられないことが問題のように思うのです。
それもやはり「効率性」が見え隠れします。
おそらく昔は各市町村に、一通りの病気は診ることのできる町医者が存在したのに、いまは車で数十キロも走らないと、風邪さえ診てもらえないような状況なのだと察します。
今後、人口がますます減る中で、更に東京一極集中に見られるような人口流出が続けば、新たに合併した市町村もその存在が危ぶまれます。
そうなると、更に広範囲な合併を唱える人が出てくると思いますが、それはもはやイタチごっこの様相です。
効率性ばかりを追求すればするほど、人の心は刹那的に大きなものや便利なもの、安易な物事へ気持ちが移りたがるものです。
話を元に戻せば、地名や市町村名の由来を大切にせず、双方に利害の及ばない命名の産物が、人心の離れるきっかけになるのを心配します。
話が長くなって恐縮ですが、学校の統廃合で母校の名前が変わってしまうのも空しさを感じる今日この頃です。
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サイクリング
カテゴリー:③番線:時間旅行、時刻表方面 2013年10月 6日 06:16
今朝の新聞で、世界4大サイクリングコースに「しまなみ海道」が挙げられていることを知った。
アメリカのサンフランシスコ、ベルギーのブリュッセルと共に挙げられ、世界各国からサイクリストが訪れているという。
また、そうした動きも一因だろうが、誰でも迷わず走れる自転車道の整備が進んでいるそうだ。
しまなみ海道は、広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ全長約70㎞の本州四国連絡架橋群。
多島美の風景の中を、様々なデザイン(構造)の橋で結び、渡ること自体にワクワクする道だ。
車掌長も15年ほど前に、独りでこの島々を結ぶ海道を自転車で走り渡った想い出がある。
当時は旅程に余裕がなく、三原からフェリーで生口島の瀬戸田に渡った。
ここでは、大好きな映画「転校生」のロケで使われた旅館"住之江”を見ておきたかった。
ここから眺める瀬戸田の港は、しばし時間旅行をしている錯覚に誘われた。
港に出入りする渡船をぼんやり眺めては、映画にも使われていた「トロイメライ」が幾度も脳裏を過(よぎ)った。
そして、まさに「子供の情景」を実感する、不思議な時間を過ごすことができた。
瀬戸田で名物「タコ飯」を食した後、自転車を借りて一路愛媛県を目指した。
電動自転車もあったが「自力」で渡りたかったので、迷わず「ノーマル」に跨った。
しかしながら、各橋を渡るために、その都度かなりの高低差を昇るのは結構キツく誤算であったが…
夕刻、最後の来島海峡大橋を渡って四国の大地が近づいてきた時は感無量であった…
その時は冬で、サイクリングコースも今ほどブームでもなく、観光客もサイクリストも少なかったが、きっと今では1年を通して人が多いのだろう。
それでも、世界的にも有名になったことを知り、多くの人に訪れてもらえれば嬉しく思う。
自動車で通るだけでも楽しく美しい道路だが、1日かけて走る自転車の旅は、何かが心を満たす充足感を味わえるだろう。
ただ、翌日の筋肉痛は多少覚悟しておいたが、そんなどころではなかったことも思い出深い。
コメント(2件)
希望者挙手さんからのコメント(2013年10月 6日 13:16投稿)
こんにちは 週末の昼下がりの乗車となりました。
サイクリングと聞いて、私が旅に魅せられることになったきっかけが「いつかは自転車で日本一周をしてみたい」と考えていたことを思い出しました。
私は小学生から中学生の頃にかけて「サイクル野郎」という、高校入学を断念した自転車屋の息子が自転車で日本一周武者修行の旅に出るといった内容のマンガに夢中になっていました。
私の日本の観光知識の源は「サイクル野郎」にあると言っても過言ではありません。
私はバイクで旅をするようになってしまいましたが、若い頃にユースホステルを利用していたのも、このマンガの影響です。
このマンガで「バイコロジー」(バイシクルとエコロジーを掛け合わせた言葉)という言葉も知りましたが、これは今でも通用する言葉だと思います。
中学が自転車通学で、5段変速のセミドロップハンドルの自転車を通学用に買ってもらい、中一の時に友達3人と自宅から当時開港したばかりの成田空港まで、往復150㎞以上の距離を日帰りでサイクリングしました。
高一の時にはバイトで稼いだお金で21段変速のツーリング用自転車を買いました。これは後日弟に貸した際、盗難に遭ってしまいました・・・ショックでしたね
小学生になって自分の自転車を買ってもらってから行動範囲が広がり、子供心にまるで翼でも得たかのようにあちこちに出かけましたね。それが今でも続いてしまってますが(笑
懐かしい思い出です。
車掌長さんからのコメント(2013年10月 6日 22:09投稿)
希望者挙手 様
毎度ご乗車ありがとうございます。
サイクリングにまつわる、素敵なエピソードをありがとうございました。
日帰りで150㎞走破や、お金を貯めて買った21段変速の話も、冒険心や、欲しかったものを手にできた喜びにとても共感します。
「サイクル野郎」は、お恥ずかしながら知りませんでしたが、希望者挙手さんの説明を拝見し、とても興味が湧いてきました。
ぜひ、"まんだらけ"で探してみようと思います。
それにしても、○○野郎というネーミングに懐かしさを覚えます。
「トラック野郎」という映画もありましたネ。
また、希望者挙手さんもユースホステル(以下YHとする)を使っていたことを知り、嬉しく思いました。
車掌長は中学時代に初めて利用しましたが、それまでは旅先で夜を明かすのは、夜行列車の直角の座席か駅の待合室でしたから、「宿泊する」という行為は、なんだか大人に近づいた感じがしたものです。
また、宿泊する際の予約等のやり取りは、基本的には往復葉書でした。或るお寺のYHを申し込んだ際、宛名には「御中」と付すのが礼儀です云々と、オーナーである和尚さんに忠告していただいたり、とても社会勉強になった思い出があります。
当時のYHは利用方法に様々なルールがありました。
原則、シーツや枕カバーは持参、夕食後は宿泊者同士のミーティング参加etc…、不便であったり、個人の自由は二の次であったり。
しかしながら、今でも高校時代にYHで知り合った方と交流が続いていることを思うと、今の世の中には、ほぼ絶滅した人と人とを有機的に結びつける仕組みであったと感じます。
世の中が豊かになって、人々は「快適さ」ばかりを求め過ぎた結果、自分の心地よい場所や環境ばかりが、関心の中心になってしまったと思います。
それは一見良いことのように思われますが、言い換えると、その快適さを邪魔する人や物事を嫌悪するようになったと言えます。
つまり、排除したり逃避する思考が浸透してしまい、「我慢」する心や多様性を「許容」する寛大さが失われてしまいました。
また、もう少し違った言い方をすれば、自分の心を開くことが苦手になったとも言える気がします。
ところで、話が長くなって申し訳ありませんが、ドロップハンドルと言えば、少年時代の憧れでしたネ!
特にブリジストンの「ロードマン」は、大人気でした。
一方、自転車の本来の機能とはかけ離れて突然変異したような、自転車も見受けられた時代でした。
巨大なリヤフラッシャーや、スポーツカーのような格納式ヘッドライトなどなど…
当時の子供たちが、ワクワクするような仕掛け満載のジュニアスポーツ車が懐かしいです。
余談ですが、昨今は自転車のスポーク部分にカラーボールを挟み込む少年が、すっかりいなくなってしまいました…
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車窓なきリニアに失望
カテゴリー:①番線:鉄道(JR・私鉄)方面 2013年9月24日 05:10
先週、JR東海はリニア中央新幹線の駅及びルートの詳細を公表した。
リニア中央新幹線(以下リニアとする)は、2027年に品川~名古屋間の開業を目指すという。
その賛否は、経済効果の算盤をはじく旧来の人々や、環境破壊を懸念する先駆的な人々、新技術に夢を描く人々など様々だ。
車掌長は、どちらかと聞かれれば、「反対」であり「不要」と考える。
その理由は、車窓のない旅になんの魅力も感じないという、子供じみた考えからだ。
上述の発表によれば、路線距離286㎞のうちトンネル部分が246㎞となり、実に86%が地中となる。
また、貴重な地上区間のほとんども、安全性の確保から"土管"のような構造物の中を走行するという。
そのため、その土管に小窓を多数設けて、高速通過する際の眼の錯覚を利用して連続した車窓が得られるか検証する案もあるらしい。
リニアの最大の命題は「時間短縮」。
そのため、品川~名古屋間をほぼ直線的なルートを描き、最速40分で結ぶ予定だ。
そして、そのルート上には、南アルプスを標高1000m級の地点で、長さ25㎞のトンネルを掘るという。
単に、来年開通50年を迎え老朽化する在来新幹線の代替、東海地震に備えたバイパス機能が目的であれば、多少時間は要しても北側の伊那谷ルートを通せば良かったと思うが、そんな余計な遠回りする僅かな時間すら惜しかったのであろう。
そんなルートの産物が、車窓なき旅。
いや、もはや「旅」という概念に当てはめる対象にならないであろう。
単なる2地点間の移動手段だ。
今後人口も減り、日進月歩の通信手段の技術進化で、想定通りの旅客需要が確保できるのであろうか。
もはや、ビジネスとして、わざわざ人が物理的に移動して事を成す意義も、時代遅れというか、希薄な時代になっているかもしれない。
それでも、人が移動して得られるものは何かと言えば、移動時間は「インターバル」なのだと車掌長は考える。
インターバルとは、「間隔」や「合い間」の意味。
スポーツであれば競技中の休憩であったり、劇場であれば幕間(まくあい)と言える。
車掌長が考える旅の移動時間とは、日常から離れる「時間」に意義深さや価値があるということ。
その自由な時間さえ短縮化され、日常と何ら変わらない「暇潰し」的な時間の消費や、仕事の延長のような雑事に縛られては窒息しそうだ。
一方、その対極となるような、クルーズトレインの話題は朗報と言える。
時間をかけてゆっくりと移動する旅。
いまは富裕層相手の高額なものしかないが、その概念の広がりには共感する。
車窓とは、自分を未知な世界へ誘ってくれる入口、まさに「窓」だ。
それを失ったリニアに乗る人々に与えられるものは、「生き急げ」という指図なのかもしれない。
東京から名古屋への出張に、在来新幹線「のぞみ」を使ったら、「何をサボっているんだ」とお叱りを受ける世の中になっているかもしれない。
コメント(2件)
希望者挙手さんからのコメント(2013年9月28日 01:43投稿)
またスキンブルシャンクスに会いに来ました(笑
同感です。
リニアの移動には旅情のかけらも感じられません。
経済的理論が最優先のビジネスツールと割り切ってます。
リニアの停車駅に指定された地域では、観光収入の増加を見込んでいるらしいが、私は若者が都市部へ流出してしまうことを心配してしまう。
私自身が、田舎から都会に出てきた人間ですから。
鉄道唱歌のオルゴールが懐かしい、特急「しおさい」がなかったら、私は一生田舎暮らしだったかも知れない(笑
一時的に訪れる人に気を取られ、気付けば、一生地元で暮らしていたかも知れない若者がいなくなっていた、なんてことにならなければいいが。
徐々に日常から離れ、段々日常に戻ってくる。
そんなアナログな移動が旅なんじゃないかと思います。
(ちなみに、「徐々に」は加速度的に、「段々」は着実にというニュアンスで使い分けました。出かける時と帰る時の気分ってそんな感じがします)
100系が姿を消してからのJR東海は、残念ながら旅よりビジネスに目が向いているように感じられてしまう。
私が都市対抗野球で応援しているJR九州のように、少しでも旅に目を向けてくれるといいのだが。
車掌長さんからのコメント(2013年9月28日 04:57投稿)
希望者挙手 様
毎度ご乗車ありがとうございます
希望者挙手さんの仰ること、共感します。
アナログ的な移動こそが「旅情」なのだと…
車掌長は、リニアには通勤電車と同じ「ロングシート」や「吊り革」がよく似合うと思います。
たかだか40分の移動、まして隣の駅までは10分くらいの時間、落ち着いて「座る」よりも、より沢山の人を乗せて稼ぎまくったら良いと考えます。
また、せっかく在来新幹線で着実に築き上げてきた省電力志向のエコな車両哲学も、リニアは膨大な電力を必要とし、原発稼働が大前提のような化け物になってしまいました。
運転席の窓もない顔つきは、温かみの欠片もないように見えます。
ところで、隣の駅と書きましたが、JR東海は途中駅には全く興味がないと実感します。
駅の造りを知って、その簡素さに夢のかけらもないことを知りました。きっと、駅の設置はリニアがその県を通る「通行税」ぐらいの認識でしょう。
日常からの脱却は"徐々に"、
日常への回帰は"段々に"…
とても素晴らしい表現ですネ
旅に出る際の、あのなんとも言えない心のときめき。
その高揚ぶりは、抑えようのない、正に加速度的な心情の移ろいがあります。
一方、旅を終えてからの充足感は、出立前の自分とは何かが違う満足感そのものです。
単に、疲れて帰ってきたのであったなら、それは日常と同じことを旅先でもしてきたのだと思うのです。
日常と同じものを求めたり、気を揉んだり、時間に縛られたりetc…
旅とは自分を「解放」することとも言えます。
また、そうであるならば「日常の自分」とは、しばしの間お別れしなくてはなりません。
旅行に出てまで、行列待ちにイライラしたり、サービスの不備に憤ってみたり…
そんな日常と同じ価値観を持って旅に出るのは、モッタイナイです。
そもそも「サービス」とは、主従関係のある概念です。
金を払ったから、当然受けるべき行為として無意識に要求しがちではないでしょうか。
一方、最近話題になっている「おもてなし」は、語源とも言われる「表なし」のように、表も裏もない関係なのだと思います。
だからこそ、人々は「おもてなし」に金銭に換金できない喜びや感謝を胸に刻み、デジタル信号に変換できない「人間の営み」に価値を見い出すのではないでしょうか。
間もなく運行を開始する豪華列車も、そんなお客の品位が求められます。
また、運行会社も大金を払った乗客にへりくだって自分を卑屈にして対応するのでは、「一流」なもてなしとは言えません。
双方に主従関係のない、心の通ったやりとりのある時間こそが、プライスレスな時間を味わえるのだと感じます。
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