セグウェイ(哲×鉄車掌区慰安旅行)
カテゴリー:⑤番線:feel the season方面 2013年8月23日 21:15
哲×鉄車掌区慰安旅行の後半は、のんびりとトマムで連泊滞在。
この滞在には、日頃の車掌見習育成に奮闘している専務車掌への感謝と、リフレッシュしてもらいたい想いから、特別な部屋を手配しておいた。
それは、星野リゾート・トマム・リゾナーレに2室しかない、"ママらくスィートルーム"だ。
この部屋はとても人気があるので、3月下旬には予約を入れておいた。
ここは、まだ星野リゾートになる以前の或る冬、専務車掌とスノーモービルを楽しんだことがある。
その時は富良野に泊まっていて、単にアクティビティの目的で訪れたが、いつかここへ泊りに来ようと言っていた。
そして、時は流れて現在、当車掌区のメンバー水入らずで来られるようになったことは感慨深い…
ここでの滞在中に、楽しみにしていたものが2つある。
そのうちの1つが"セグウェイ"体験。
セグウェイは「未来のモビリティ」として世界的にも有名な、電動立ち乗り二輪車。
今から10年余り前にアメリカで発明され、ずっと乗ってみたいなぁと思っていた。
そして、今回いよいよその望みが叶う時が訪れた。
場所は「十勝千年の森」で、トマムからは車で40分ほど。
広大な敷地に深い森や、幾つもの丘があり、その草原をオフロード仕様のセグウェイで走ることができる。
参加した初級プログラムは6名定員で、30分の講習と90分の体験走行ができる2時間の充実したコースであった。(これも夏休みは大人気の為、5月中に予約を済ませておいた)
初めは独特な取り回し方に、全員ギコチナイ恰好で笑えた。
しかしながら、30分の講習を受け終わる頃には、みんなそれなりに操縦できるようになれた。
インストラクターの説明によれば、原付と同程度のパワーがあり、20㎞/hは出せるとのこと。
立った状態で走る感触は、その数字以上にスピード感があり、加速具合も前傾姿勢になればなるほど高まった。
途中に急斜面もある千年の丘まで登ったり、その麓に広がる緩やかな草原の起伏を自由に走り回ったことは、言葉で表せないほど楽しい無邪気なひとときであった。
セグウェイは、現在では全国のわりとあちらこちらで体験できるが、車掌長はここのプログラムが一番だと思って体験の楽しみを温存しておいたが、それで正解であったと思った。
何よりも、十勝の広大なロケーションが心底素晴らしかった…
専務車掌も満足していたようで、来た甲斐があった。
ちなみにこの時、車掌見習はトマムの託児ルームで過ごしていた。
これも当車掌区では初めての出来事で、初対面のベビーシッターと数時間とはいえ、無事過ごせるか不安はあったが、"なんでも体験主義"の車掌区運営方針によって断行した。
結果は…前半は良かったらしいが、お迎えの1時間前からは、もう一人いた別の1歳児が泣いたのをきっかけに、もらい泣きが始まった模様であった。
そして、いざお迎えに行って対面すると、しばらくは興奮して大泣き状態であった。
きっと、大人にとっては楽しく短い時間であったが、車掌見習にとっては長い長い不安な時間だったであろう。
いずれ時が経ち、今度は3人でセグウェイを体験できる日を新たな楽しみにしたいと夢を膨らませた。
ナロネ22 153(哲×鉄車掌区慰安旅行)
カテゴリー:①番線:鉄道(JR・私鉄)方面 2013年8月18日 19:53
北広島クラッセホテルでの目覚め、部屋のカーテンを開けると鮮やかなグリーンのゴルフコースが眼下一面に広がっていた。時計を見ればまだ6時頃だったが、もうコースに出ている人もいた。
今日も天気は良さそうだ。
のんびりと9時半にチェックアウトし、一路帯広を目指した。
目的は世界唯一の"ばんえい競馬"だ。
通常の第1レースは11:30出走とのこと。
12時に到着し、第2レースから楽しもうと思っていたが、なんか場内が静かでレースを行っている様子が伺えない。すると、この日はグランプリがあり14:30からが第1レースとのアナウンスがあった。
せっかく来たのに、あと2時間余りをここで過ごすわけにもいかず残念に思っていたら、別のアナウンスが流れた。
今日は特別に12:20から模擬レースを行うとの内容。
馬券を買うことはできないが、ばんえい競馬を観賞することはできる!
何はともあれスタンドへと向かい、2つある障害のうち、大きな2つ目の山の中央部前に陣取った。
間もなく、5頭のばん馬がゲートインし、いざ出走!
土埃を巻き上げながら、第1障害を乗り越え、眼の前にやってきた。
人馬一体の駆け引きが、1分半のレースに凝縮されているのを実感できた。
お昼は隣町の芽室で「コーン炒飯」を賞味。
手持ちの資料によると、十勝芽室はスイートコーンの生産が日本一とのこと。
そのスイートコーンをたっぷり使ったバター味の炒飯は、確かに美味しかった。
午後は次の目的地を目指し、国道38号線を富良野方面へ走る。
途中、狩勝峠の3合目で左に折れ、旧狩勝線の新内駅に到着。
ここは、昭和41年まで根室本線の難所"狩勝越え"の拠点になった駅。
今ではNPO法人の「旧狩勝線を楽しむ会」の皆様が、献身的な活動を通してユニークな取り組みや、貴重な車両の保存を行っている。
まずユニークなのは、トロッコ鉄道を敷設して体験乗車ができること。
具体的には、保線用軌道自転車でペダルを漕ぎながら、レールの上を走る趣向になっている。
車掌見習は専務車掌に抱っこ紐で抱っこされている状態で乗車。車掌長と専務車掌は並んでペダルを漕ぐ形だが、そこは車掌長が一人で頑張って漕ぎ続けた。
短いコースではあるが、トンネルや踏切、信号もあって本格的。
木立の中を風切りながら進む爽快感を味わった。
トロッコの後、日本で唯一現存する貴重な車両「ナロネ22」を含む寝台車3両とSLを保存しているホームへ向かった。
ここは以前SLホテルとして営業していたが、廃業後荒れ果てていた車両を前述のNPOの皆様が保存活動に立ち上がり、今もこうして昔の名車両に出会えるスポットになっている。
車掌長はこの20系車両が大好きだ。
1958年にデビュー。特急あさかぜ用に開発された固定編成の美しいフォルムと、全車冷房化等の豪華な車両設備は「走るホテル」と形容された。
中でも、ここにある"ナロネ22"は現役時代に8両しか製造されず、1人用個室は当時の総理大臣も乗車するほどの贅沢さであった。
車掌長はこの車両をぜひ一目見たいと、ずっと思っていた。
そして、その時がやっと訪れた。
同じ車両の半分が「開放型」と言われる上下2段のA寝台、もう半分が1人用個室という造りだ。
車両の中央に通路があり、その両側に開放型の寝台と個室が並んでいた。
1人用個室は、現在の北斗星のロイヤルなどに比べれば遥かに狭い。
しかも、座席状態からベッドにすると、そのベッドの上しか居場所がない状態となる。
それでも、お湯と水が別々に出るステンレス製の洗面台や、給仕係を呼ぶボタン、冷房を思うままに調整できるダイヤルを見ると、これらがいかに贅沢な装備であったかが偲ばれる…
手書きの説明が付してあったが、この個室で東京~博多間を乗車するには、サラリーマン1ヶ月分の給料に匹敵する運賃料金が必要だったそうだ。
外観の"青15号"と呼ばれる塗装は剥げた部分も痛々しいが、徐々に修復もされている様子がわかる。
今は北の大地で静かに余生を送っている名車両だが、いつまでも大切に保存されることを願う。
車掌長も何かできることを探して協力したいと思いつつ、今日から3日間滞在する"星野リゾート トマム リゾナーレ"へと車を走らせた。
北広島温泉(哲×鉄車掌区慰安旅行)
カテゴリー:⑥番線:温泉方面 2013年8月18日 05:34
慰安旅行初日、急遽カシオペア泊から千歳泊となったが、翌日は心地よい目覚めで朝を迎えた。
それは、旅行会社で代替手配していただいた部屋が、そのホテルで一番良い和洋室(特別室?)にグレードアップされていたことが大きな理由。
本来であれば、スタンダードツインのはずが、洋室と和室が独立したレイアウトで、扇形の広々したバルコニーまである最上階の部屋であった。
加えて、東京では熱帯夜で苦労したが、当地ではエアコン無しで眠ることができ、日頃は暑さで涼を求めて寝相が悪い車掌見習も熟睡できたようだ。
バルコニーに出てみると、空気がヒンヤリ。
通行人の姿も長袖シャツやジャケットを着ている人までいた。
あとでテレビの天気予報を見て納得。
千歳市内はその頃18℃であった。
チェックアウト後、徒歩数分の千歳駅からJRで一路札幌へ。
ちょうど、快速エアポートが来たので良かったが、ホームは人が多く、とても座れる状況ではないと思い、希少な指定席の停車位置へ向かった。
案の定、ホームに滑り込んできた列車は、始発の新千歳空港からの乗客で既に満席であったが、別途300円を必要とする指定席は空席ばかりであった。
乗車後、車掌から車内補充券を切ってもらい、札幌までのおよそ30分を快適に過ごした。
車掌長一人なら、普通車で立ったままでも十分だが、専務車掌と車掌見習と大きな荷物があれば話は別だ。
10時過ぎ、札幌に着いてレンタカーへ乗り換え。
この時点で、カシオペアで来た場合の本来の予定に軌道修正は完了。
まずは、"白い恋人パーク"を訪れた。
ここでのお目当ては、車掌見習の初来道を記念した「白い恋人オリジナル缶」を作ること。
お馴染みの白い恋人が36枚入る缶の蓋中央に、その場で撮った写真をプリントしてもらえる趣向だ。
しかも、その背景は車掌長が大好きな利尻山!
撮影後、敷地内の花々が咲き誇る園内や、館内での工場見学等を楽しんでいる間に完成。
日付も入り、想い出の品となった。
次は、これから北海道での4日間を過ごすための物資調達タイム。
乳幼児の必需品がなんでも揃う、"アカチャンホンポ"へ向かった。
調達後、すぐ近くの苗穂駅前にある「カラマツトレイン」を訪れ、鉄道グッズを物色…
触手の動くものはあったが、本命がなかったので、衝動買いは抑えて店を出た。
そろそろ、ホテルへチェックインできる頃合いとなり北広島へと向かう。
車を走らせ始めて間もなく、ちょっとした異変に気が付いた。
うっかりナビ通り走行していたら、なんか違う方角に向かっていることに気が付いた。
南に向かって走らないといけないのに、陽光が右の顔に当たるのだ。
つまり東に向かっている…
ナビは明らかに違う方向へ誘導し続け、交差点でもないのに「ココを左です!」とか言い始めた。
こんな故障もあるんだなぁ…と呆れながら、機械も万能でないことを実感。
不正確なアナウンスが鬱陶しいので、ナビは解除し、わかる範囲の地名を標識で追いながら、無事に目的地へ着けた。
今宵の宿は北広島温泉。
もとはプリンスホテルだったが、合理化で手放した今は別資本が経営。
リニューアルの際、温泉も誕生させた。
チェックイン時、昨夜の快適さが尾を引き、ダメ元で和洋室の空きを打診。
たまたま1室の空きがあるというので、手配していたツインからの差額を確認したところ、3,150円とのこと。
これは広さと快適さから判断して、価値があると即断し変更を依頼した。
ところで、この北広島温泉。実はあまり期待していなかったが、いざ入ってみると黄褐色のツルツル系で良い湯心地であった。
露天風呂の造りも、敷地の森に面しており、早朝は大変清々しかった。
カシオペア運休(哲×鉄車掌区慰安旅行)
カテゴリー:①番線:鉄道(JR・私鉄)方面 2013年8月14日 21:57
過日、哲×鉄車掌区で慰安旅行を行った。
メンバーは車掌長他、専務車掌、車掌見習の3名。
北海道4泊5日の珍道中であった。
先ずは旅立ちからハプニング!
乗車を楽しみにしていた寝台特急「カシオペア」が、上野出発時刻の2時間半前に急遽運休の事態。
原因は、北東北に”今までに経験のない大雨"をもたらしたその日、道南でも記録的な雨量を観測し、函館本線の某区間で線路の道床が流されてしまい不通となったこと。
実際、その前夜に出発した「トワイライトエクスプレス」や「北斗星」が、翌朝の途中駅で運転を打ち切りとなったことを予め知っていたので、もしかしたら…の予感が的中した。
旅行での天候や自然災害による交通機関の影響は、どんなに嘆いたり悔やんでも事態は変わらないので、早々に気持ちを切り替えた方がポジティブだ。
案の定、8/9(金)13:50頃、JR東日本が「カシオペア」・「北斗星」・「あけぼの」の運休を公表。
今回の旅行は、昔から懇意にしている旅行会社の手配だったので、直ちに連絡し、代替策として考えていた飛行機の予約と宿も手配していただいた。
いつもながら、迅速に手配を遂行していただき心から感謝している。
この日はお盆休みに入る週末とあって、どのフライトも満席ばかりであったが、辛うじて18:15発の札幌行JAL便に数席の残席があったのは幸いであった。
それにしても、このJR東日本の運休公表のタイミングは遅すぎたと言えないだろうか?
何故なら、同じ路線を走るトワイライトエクスプレスは、午前10時頃には既に運休を公表していたのだから、いくら会社が異なるとはいえ、情報提供の統制が取れていないのはお粗末だ。
きっと、上野駅や上野へ向かう途中の駅で、運休の知らせを目にしたり、聞かされた方々が多かったと想像する。
しかしながら、その時点では、他に手を打てる選択肢や可能性がほぼ喪失され、折角の旅行を取りやめにした方もおられたと思うと、誠に不憫でならない。
夏休みだけに、お子さん連れの家族もきっと多かったであろう…
そんなことを思いながら、カシオペア用にセットしてあった荷物を、専務車掌と一緒に飛行機用に作り直した。
今回の旅の主役は、生後10か月の車掌見習だから、とにかく荷物が多い。
また、車掌見習にとっては、初の飛行機…
専務車掌も車掌長も、帰路の飛行機への心の準備は整えていた。
つまり、授乳や睡眠のタイミングをイメージし、如何に狭い機内で泣かずに過ごさせるかを念頭に、利用便の時間帯も考えていた。
だが、降って湧いたような突然の"初フライト"には、正直なところ「体当たり」的な突入状態となった。
空港でチェックインすると、たまたま隣同士で用意できる席が1列だけあり、まずは一安心。
次に、ラウンジで車掌見習の食事を済ませ、いざ搭乗!
まずは、同じ列の左右の先客に「子連れでご迷惑をおかけします」と挨拶。
その後、滑走路へ向かう時間がとっても長く感じられたのは気のせいだろうか…(実際、羽田はいつも離陸の順番待ちで20分ほどかかる)
やがてエンジン音が高鳴り、滑走路を加速し始めた時、ふと車掌見習を見ればZzz…Zzz…
ホッとして力が抜けた瞬間であった。
着陸時は、高度を下げる際に若干耳が痛かったのか、寝ながら数回大きな声を出し、いよいよ泣くかと身構えたが、専務車掌がお尻をポンポン叩いて沈静した。
かくして、無事に車掌見習の"初フライト"は終わった。
幸い、機内で泣かれる事態は免れたが、大切なことを知ることができた。
それは、搭乗後すぐの周囲への一言。
これを「しておいた」か、「しなかった」かの違いは大きいであろう。
千歳空港に着いた際に、左右それぞれの隣にいたビジネスマンや女性の旅行客からは、「いい子でしたね」と。
こちらも「ご迷惑をおかけしてごめんなさい」と。
二言三言の会話も自然に生まれ、安堵感が増して人情も感じられとても嬉しかった。
荷物を受け取り、千歳市内のホテルへ向かうタクシーに乗るためターミナルを出る自動ドアが開いた瞬間、東京と10℃ほども違う空気に迎えられた。
これはこれで、想い出深い旅の始まりであった。
早出残業に思うこと
カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2013年8月 4日 05:47
先日、新聞で興味深い記事を見つけた。
某大手商社が蔓延化している残業を、夜型から朝型へシフトする試みをスタートさせるという。
狙いは残業代削減の一環で、10月1日から翌年3月31日迄を試行期間とし、効果等を検証して本格的に導入するか否かを決めるとのこと。
具体的には、本来の就業時間である9:00~17:15の間に仕事をできるだけ終わらせ、やむを得ない場合は「翌朝に残業」をするという。
そして、翌朝5:00~9:00の早朝時間帯は割増賃金を現行の25%から50%に拡大させるそうだ。
これは、残業を夜型から朝型へシフトさせる動機付けになると思う。
ただ、商社である以上、取引先が時差の関係で深夜になる部署もあり、例外もあるそうだ。
しかしながら、ほとんどの部署で20時以降の勤務を禁止、やむを得ない場合は上司の許可を必要とし、22時以降は消灯するという。
車掌長はこのような取り組みが、徐々に広がれば良いと思う。
多くの方が経験されていると思うが、人間が集中して物事に取り組める時間というのは、実はかなり"短時間"だ。
すなわち、夜遅くまで仕事をしても会社には長時間居るが、実は能率的には質の低い労働になっている可能性が高いと言える。
そうであれば、いっそその日は早く切り上げて、翌朝にできなかった部分を補えば、脳の働きは全く違うし、アフター5のプライベートも確保できると考える。
そして、理想論ではあるが、そもそも残業をしないで済む働き方の変化や思考の転換が必要であり、なおかつ残業代がなければ生活が成り立たないような、賃金制度の改善があって然るべきなのだと思う。
車掌長は中学時代から、朝5時には起きている典型的な「朝型」人間だ。
そして、その早朝の時間帯が掛け値なしに「黄金の時間」であることを知っており、日々その恩恵を享受している。
人は誰しも平等に24時間を与えられているが、その中身の感じ方は人それぞれ違う。
常に時間に追われているように感じるのか、或いは時間を「愉しむ」や「味わう」ように感じるのか…
それは、その人の「心持ち」しだい…
働くことは、生活をしてゆく上で必要不可欠だが、過度に経済的に豊かになりたいとか、人を蹴落として出世したいという価値観もあることは承知している。
しかしながら、本当に生きてゆく上で大切なことは、どれだけ人に優しくできたり、役に立つことができるか…であると車掌長は考える。
そして、同じくらい大切なことは、どれだけ自分を愛せるかということ…
どんなに嫌な自分でも、一生付き合う相手は"自分"が一番長いのだから。
そこがしっかりしていれば、日々駅の文字情報で目にする鉄道での人身事故は減るように思う。


