南極観測船

カテゴリー:②番線:航空、船舶、バス方面 2012年11月10日 21:22

今年も南極に向けて観測船「しらせ」が晴海埠頭を出航する。
今回が第54次の観測隊は、空路でオーストラリアへ移動。そこから「しらせ」に合流し乗り込むそうだ。

車掌長はちょうど1年前、TBS開局60周年記念番組として放映されたTVドラマ「南極大陸」を見ていた。
敗戦国日本が、国際地球観測年に向けた世界的な南極観測において、戦勝国を驚かせる観測結果を持ち帰った功績と、観測の大切なパートナーだった樺太犬たちとの絆をテーマにした話だった。

1956年11月、第1次観測隊が「宗谷」に乗り込み、南極大陸に一歩を踏みしめてから50余年…
観測砕氷艦も「宗谷」、「ふじ」、「しらせ」と受け継がれ、しらせは現在2代目だ。

ところで南極観測船と言えば、バンダイの大人の超合金シリーズ5作目が「宗谷」であることを知った。
来年1月の発売予定だが、これも新幹線0系に続いてかなり良い出来のようだ。

さすがに今回は買えないが、日本の一大プロジェクトを担い、世界を圧倒させた感動を部屋にディスプレイできることはとてもロマンがある。
(車掌長はもしも、このシリーズで青函連絡船が出たら迷わず買ってしまうだろう。天賞堂からも出ているが残念ながらバンダイのクオリティには遠く及ばない)

余談だが、わが日本丸は今日の「難局大陸」をどう砕氷し進んでゆくのだろうか?
隊長はコロコロ変わり、結氷した海面で身動き取れない状況にも見て取れる。

比喩としてはふさわしくないかもしれないが、経済も人情も冷え込んだ極寒社会の中、国民を樺太犬のように置き去りにし、犠牲にするようなことだけはやめてもらいたい。

話は戻るが、今回の南極観測は厚い海氷で昭和基地への接岸が困難な状況で、無事に物資を届けられるかが懸案となっているそうだ。

明日からの「しらせ」の航海の無事を、心から祈っている。
 

コメント(2件)

希望者挙手さんからのコメント(2012年11月11日 16:51投稿)

大変ご無沙汰しております。

バンダイと言えば、エクスプローリング・ラボという理工系プラモデルのシリーズから、11月23日に地球深部探査船「ちきゅう」のプラモデルが発売されますが、私はこのシリーズにも興味津々でおります。

最近のバンダイは、どうも私たち世代の心を上手く掴んでくれますね(笑

私は、大人の超合金シリーズの「宗谷」の次回作は「YS-11」ではないかと、勝手に予想したりもしています(笑

私も「南極大陸」観てました。
南極犬と言えば、車掌長の母校のご近所にある東京タワーの真下に、なぜか「南極ではたらいたカラフト犬」の像がありましたね。
調べてみますと、東京タワー開業直後にあのタロー、ジローとの再会があり、この悲劇の教訓から動物愛護のシンボルとして、動物愛護協会が開業直後で注目を集めていた東京タワーの下に作ったそうですね。

車掌長さんからのコメント(2012年11月12日 05:52投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます。

希望者挙手さんの予想「YS-11」がビンゴであってほしいです!
車掌長も戦後日本が初めて旅客機を製造したこの名機が大好きですヨ。

双発ターボプロップエンジンの独特なサウンドが、今も思い出すと胸が高鳴ります。

また、高度4000~5000mからの眺めは地図の上を飛んでいるようで、「ジェット機」では味わえない「プロペラ機」の真骨頂でした。
単なる移動手段ではなく、乗る喜びがありました。
(しかしながら、16列ある座席のうち半分が翼にかかるため、予約の際は必ず前方窓側のリクエストをしていました。)

引退間近の頃、丘珠(札幌)から函館へのフライトをお別れの目的で乗り納めしました。
当時、全日空が全国一律1区間10,000円(離島及び道内は7,000円)の「超割」というバーゲン運賃があり、羽田→那覇→千歳/丘珠→函館→羽田という旅程を楽しみました。
今はなき、かつての国内最長距離便「沖縄~札幌線」では、12月でしたが那覇は25℃、札幌は氷点下2℃で、海外旅行をしたような感覚でした。
この路線もぜひ復活してほしいものです。

ところで、エクスプローリング・ラボは初めて知りました。
希望者挙手さん、ホント色々ご存知ですネ。
またぜひこういう類のものがあれば教えて下さい。

早速、拝見しましたがまさに我々世代を狙い撃ちしたような意匠や意図が心憎いところです。

(追伸)
午後の昼下がり、たまたま別件で調べ物をしていたら、札幌~那覇線が復活していたことを発見しました。
5年ぶりの運航再開で、嬉しかったです。

つい先日の10/28からのようです。
運航はANAで1日1便。
面白いことに、那覇から札幌へ向かう便にはプレミアムクラスの設定がありますが、逆向きにはありませんでした。

それにしてもこの便であれば、ユーミンの「サーフ天国 スキー天国」も、1回の国内旅行で叶えられそうですネ。

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スナバ

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2012年11月 4日 06:33

今朝の某新聞のコラムで面白い件(くだり)があった。

来春、島根県松江市にコーヒーチェーン大手の「スタバ」が出店するそうだが、これにより日本でスタバがない県は鳥取県だけになるという。

そこで、某テレビ局から感想を求められた平井知事の切り返しが名言であった。
「うちには大きなスナバ(砂場)がありますから」と。
これは単なるオヤジギャグでなく、車掌長は拍手喝采の絶賛をしたい。

いまや日本の商業形態は、家電・外食・衣料・ショッピングセンター・ファーストフード等あらゆる分野で大手企業の看板だけが目立つ状況だ。
その戦略として、日本中ある程度の人口があれば絨毯爆撃のように大手が出店し、その空白商圏を無くし全国的シェアを高めることにあるようだ。

これは数によるシェアを高め、本社的に有利な仕入れや物流コストの効率&合理化というメリットがあるようだが、車掌長はこうした傾向が、日本中どこへ行っても綺麗だが無表情な街を製造してしまったようで嘆かわしく思う。

また、何より罪深いのは地域経済を破壊し、採算が取れなければあっさりと撤退する無責任さにある。
大手企業の出店により、ほんのひと時の雇用の増加はあっても、元来その土地にあった個人の営みが生み出す商店街の賑わいは、一度破壊されれば再生は非常に困難だ。
特にその街の文化の窓であったはずの本屋さんが、すごい勢いで失われているのは危機的状況だ。

もともと地元の商店街というのは、歩きや自転車で用が足りる商圏であった。
そこで暮らす人々が、日常生活で必要とする物のほとんどを調達できたはずだ。

しかしながら、いまや畑や田んぼの中、或いは以前あった工場跡地に忽然と現れる不夜城のようなハコモノに、人々は呼び寄せられる。
遠くから車を走らせ、巨大な駐車場に向かって渋滞をつくり、日本中で同じ味や服を消費し、家族や友人と訪れても互いに携帯やスマホと向き合っている光景は異様だと感じる。

日本人の娯楽や文化とは、こうして与えられた仕組みの中で謳歌するのが現実の姿なのか…と言えば言い過ぎだろうか?

もちろん、誤解を恐れずに言えば、例えば車掌長のような趣味や嗜好が全て良いとか理想だと言っているのではない。
また、携帯やスマホが便利な道具であり、仕事に欠かせない方々や趣味や交流の新たな楽しみを広げたと喜びを感じる人の方が多いのも事実だ。
そして、話を戻せば鳥取県の人々も、スタバが来てほしいと願う人が沢山いるのは間違いないだろう。

ただ、物事の考え方や心の在り方として、便利さや快適さ、新しさを求め過ぎではないかと…
それにより人々は、己の快適な環境だけを欲するがゆえ、欲求をコントロールする大切さを忘れてしまった。
更に、欲求を邪魔する他者は排除し、寛容ではなくなってしまった。

携帯やスマホの情報速度は日々速くなり続けても、常に動作が遅いとイライラする人々…
便利なはずの道具が、人々の気持ちを荒げている。
一体、世の中の多くの人はいつ気持ちが休まっているのだろうか。

鳥取県にはスタバはなくとも、日本一の砂丘がある。
また、若桜鉄道ではSL運転復活に向けた動きもある。
全国どこにでもあるものが無いことを嘆くより、鳥取県だけに有るものを誇りに感じた方が心の豊かさは大きい。

そして、日本中でわが県、わが町、わが村にしかない物や歴史、文化、人情を大切にしたり、誇りに思えることの延長に郷土愛や愛国心があるのだと思う。
 

1985年秋と同じ場所で...

カテゴリー:③番線:時間旅行、時刻表方面 2012年11月 2日 21:09

昨日、小型船舶免許の更新手続きを行った。
場所は麹町の海事センタービル。

免許取得は20年前、広島県の尾道海技学院での合宿コース(4日間)で取得した。
実技試験の際、憧れの尾道水道を自身の操舵で航行できたのは最高の気分であった。

以後、5年に1度この麹町で更新を行っている。
昨日も約1時間の講習や身体検査を受け帰ろうと四谷駅に向かった。
すると、駅前に「迎賓館赤坂離宮前庭公開」の案内看板が目に留まった。
これは行くしかない!と急遽、帰路を寄り道に舵を転じた。

迎賓館は1974年に開館。
旧赤坂離宮を改修したもので、戦後国際社会に復帰した日本が国際関係の緊密化に際し、国の迎賓施設の必要性から造られた。
日本における唯一のネオ・バロック様式の美しい建物だ。
この光景の中だけに居れば、一瞬日本ではないような錯覚に陥るが、前庭の立派な松を見てここは日本だと目覚めさせてくれる。
先日完全復原された東京駅丸の内駅舎とともに、日本の顔と言える施設の1つだ。

普段は入れない国宝の正門から、迎賓館本館への石畳を歩く感触は大変清々しい気持ちだった。
世界各国の国賓や公賓が訪れた際は、この両側に関係国の国旗が幾本も掲揚されるのをイメージしてゆっくり歩いてみた。

今回の特別公開は建物内には入れないが、車寄せまで入ることができた。
「国民総幸福量」を重んじる国、ブータンの国王夫妻も昨年ここに立ったと想うと感慨深かった。

四谷駅へ向かう帰り道、再び正門と迎賓館を振り返った。
ここは、正則高校の卒業アルバムで我3年G組の集合写真を撮った場所だ。
広い道の横幅いっぱいを占拠し、3年間共に過ごした34名が一列になって撮った貴重な一枚。
車掌長が卒業アルバム委員だったので、クラス写真はここで撮りたいと常々目論んでいた場所だ。

撮影は相当離れた距離から、愛用の中判カメラでブローニーフィルムを使用した。
大きなアルバムの見開きで1枚の集合写真としたが、ネガが60mm×45mmと大きいため、引き延ばしても充分な画質を保ち、9クラスある集合写真の中でも評判の1枚となった。
それにしても通学圏が1都3県に及ぶにも関わらず、みんなよく集まってくれたと思う。

家に帰って、久々にアルバムを眺めてみたら、今では迎賓館の後方に見える六本木ヒルズや東京ミッドタウンがないことに新鮮さを覚えた。
また、正門へ延びる道がアスファルトから石畳になっていることにも気が付いた。

1985年秋と同じ場所に立った今日。
歳月は流れ、中年になった己と高校3年生だった己の予期せぬ再会。
当時と変わらぬ同じ場所で、懐かしい旧友たちの顔が浮かぶ…

やんちゃな正則生だった皆も、今はオジサン街道真っ只中で何をしているのだろうか。
日が傾き、伸びる己の影にあの日の旧友の影も探した秋の黄昏…
 

古典の日

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2012年11月 1日 05:55

月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也…

これは松尾芭蕉が著した「おくのほそ道」の冒頭。
車掌長はこの序章が大好きだ。
それは、芭蕉が旅に出る想いや衝動、何者かによる旅への誘いに共感を覚えるからだ。

今日は「古典の日」

車掌長は中学2年の教科書で松尾芭蕉と出会い、古典が好きになった。
徒然草の兼好法師のように、庵に暮らして世の中の風刺や人々の所業を冷静に綴る姿も、いまの車掌長の思考に大きな影響を与えてくれた。

また、枕草子の清少納言が見たり感じた日本の自然や季節の美しさを体験したいという想いは、旅に出たい動機として今でもリンクしている。
また、虫や植物、赤ちゃんといった小さな存在のものへの視点、愛情も素晴らしいと思う。

正則高校時代、古典を心底愛する国語教師に出逢えたことも良かった。
その恩師は小松崎文夫先生で、「コマっちゃん」と生徒から親しまれていた。
車掌長もコマっちゃんが大好きで、3年生の時は1週間の中で古文4コマ、古文法4コマ、鑑賞古典2コマ、計10コマの授業を受けていた。

特に印象に残っているのは、10月に大山(神奈川県)で行われる薪能鑑賞に連れて行ってもらったこと。
ひんやりした秋の夜、篝火(かがりび)だけの明るさの中、囃子(はやし)の音色とともに興じられる「能」の幽玄さに魅了された。

更に、古事記の原文にチャレンジしようと勧められ、丁寧に解説や登場人物のエピソードを織り交ぜながら授業をしてくださり、古典への親しみが一層増した。
また、その時に古事記に温泉の記述があることも知った。道後温泉や有馬温泉だ。

今の世の中は新しいものばかりを追い求め、与え続けられ、非常にせわしない。
もちろん、時は未来へ向かって日々進んでいるが、過去の時間を振り返ることも大切なことだ。
それは意図せず、新たな発見をもたらし今の生活を豊かにしたり、注意を喚起する契機にもなる。

車にバックミラーやサイドミラーがあるのは、前ばかり見ていては危険だからだ。
日頃の生活も、ふとバックミラーを見る心の余裕と注意力がほしいもの…と感じた古典の日。
 

昭和幻風景 ジオラマ展

カテゴリー:③番線:時間旅行、時刻表方面 2012年10月23日 22:00

先日、所用の合間に捻出した時間で「昭和幻風景 ジオラマ展」に足を運んだ。
場所は日本橋。高島屋の8階で10月30日まで行われている。

このイベントは、ジオラマ作家として有名な山本高樹氏の作品を展示。
まだこのお名前を知らなくても、NHK連続テレビ小説「梅ちゃん先生」のオープニングタイトルのジオラマ、と言えばおわかりになる方も多いことだろう。

今回、山本高樹氏がこの10年間に制作した作品およそ30点を展示。
その1つ1つのどれもが、昭和の古き佳き時間の流れを漂わせているのが素晴らしい。
もちろん、梅ちゃん先生のジオラマも大人気だった。

車掌長が初めて山本高樹氏のジオラマを拝見したのは、ふと立ち寄った青梅市にある「昭和幻燈館」。
元々は「赤塚不二夫会館」や「昭和レトロ商品博物館」の見学が目的だった。
この2館の入場料で3館全てを見られる共通券があり、正直に言うとおまけ感覚で立ち寄った。

しかしながら、蓋を開けてみればこの「昭和幻燈館」が最も印象に残り、心が温かくなる余韻を感じた。

薄暗い館内では、1つ1つのジオラマが生活感のある暖かな灯りに照らされ、あたかも本物の街角にいる錯覚に陥ってしまった。
そして、車掌長がまだ生まれてもいない頃の、「昭和」の人々の心のゆとりや好奇心の塊を疑似体験できた。

山本氏も実際にはその頃の昭和を体験していないご年齢とのことだが、「妄想」の豊かさがこのジオラマに命を与えたのだろう。
「妄想」は男のロマンであるとともに、美学だと思う。

車掌長は山本氏の作品の中で、「隠れ里の温泉」が大好きだ。
人里離れた渓流の一軒宿に、至福の表情を浮かべながら川辺の露天風呂に入るオジサンと、その少し上流に架かるかずら橋の上に浴衣姿で佇む女性のジオラマ。

その後の物語は見た人の「妄想」にお任せしたいが、この作品の山本氏のコメントがまた素晴らしかった。
「温泉は人間を堕落させます」…

車掌長も共感…

付け加えれば、そんな「ひとときの堕落」のために日常の仕事に勤(いそ)しんでいるのかもしれない。

末筆ながら、1つ1つの街に表情や人々の明るさと活気があった昭和への時間旅行をさせて下さったこのイベントに感謝したい。

いまの現実の街はどこも綺麗だが、整備され過ぎてどこも同じように目に映る。
不思議にもそこを行き交う人々の誰もが綺麗だが、魅力的というよりは「マネキン」のように見える。

それは、きっと街並みも人波も、見栄えばかりを気にし過ぎ、肝心な「心のゆとり」を置き去りにしてしまったからかもしれない。
また、人もモノも使い捨てという世相が、他者への共感や慈しみ、モノや街並みを大切に使い愛着を持つという「心の尊さ」を希薄にしたのかもしれない。

いつの日か、山本氏のジオラマの引き立て役として所有する時刻表を展示し、昭和への時間旅行に華を添えることができれば嬉しく想う…そんなイベントであった。
 

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