スキンブルシャンクス

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2012年7月 8日 05:27

昨日の七夕はあいにくの空模様…
だが、車掌長は横浜で素敵な月夜の下、猫たちの年に一度の舞踏会を堪能した。
"CATS"だ。

「哲×鉄」によくご乗車いただく希望者挙手さんが、乗務日誌「湊線を訪ねて」(5/10付)のコメントでお勧めして下さったのがきっかけだ。

鉄道猫「スキンブルシャンクス」の場面は、感動の一言であった。
夜行列車をこよなく愛するスキンブルシャンクスが、他の猫たちをまとめ上げ旅へと誘う。

そして、猫たちが都会のゴミを掻き集め、あっという間に機関車に仕立て上げる…
リズミカルな歌声とその機関車の躍動感がシンクロし、いまにも夜空へ旅立つ一体感が素晴らしかった。

車掌長はこのシーンを見ただけで、"CATS"を観に来た甲斐が十分にあったと納得。

もちろん、全体を通しての印象も素敵であった。
ほとんど予備知識のないままの鑑賞だったが、猫社会を通じ人間社会も同じであることを感じた。

猫社会の中にも様々なキャラクターやポジションがあり、友好や不仲、信愛と軽蔑、勤勉と奔放、拒絶と受容…といった「猫模様」が存在している。
だが、CATSに登場する猫は全て「ジェリクルキャッツ」と呼ばれる誇り高き猫たち。
人間に飼われた猫でなく、自分の生きたいように生き抜こうとする猫たちの姿に学ぶものは多い。

ところで、人間は会社や組織に飼いならされた環境で生きていないだろうか?
もちろん、今の日本で仕事をせず好き勝手に、無秩序に生きる術(すべ)は無い。
だが、仕事のためだけの人生ではないはずだ。

自分の人生を豊かにする「時間」を持ち、それを意識しないと疲労ばかりが積み上がってしまう。
そんな時は「ジェリクルキャッツ」を見習おう。
そして、スキンブルシャンクスの夜行列車で自由な旅に出よう!

きっと、明日を明るく、気持ち豊かに過ごすヒントが見つかることだろう。

末筆ながら、このミュージカルを教えてくださった希望者挙手さんに心からお礼を申し上げます。
美しき名曲「メモリー」の歌詞に感謝の意を添えて…

♪Memory 仰ぎ見て月を
想い出をたどり 歩いてゆけば
出逢えるわ 幸せの姿に 新しい命に…
 

コメント(2件)

希望者挙手さんからのコメント(2012年7月 8日 17:26投稿)

七夕の夜にCATSとは、車掌長の心憎いエンターテインメントが感じられますね。
スキンブルシャンクスの感動を共有していただけたようで、私も嬉しいです。

横浜での公演も11月11日で千秋楽。12月からは広島公演となり、しばらく首都圏での公演が予定されていないので、楽しんでいただけて良かったです。

ジェリクルキャッツを通して、人間としての生き方を考えさせてくれるこのミュージカルが、ロングランで支持され続けるのも頷けますね。

ところでCATSのゴミはご当地仕様になっているとのこと。横浜の場合、横浜WALKERや崎陽軒の弁当箱、マリノスのキャラクターぬいぐるみなどがあり、スキンブルシャンクスの機関車では、煙突がガス燈、車輪の一つが船の救命浮き輪で作られていましたね。

私からも車掌長へのエールとして、「スキンブルシャンクス」の歌詞より

♪思い出を道連れにして ゴトゴト揺られて
夢見るうちに聞こえてくるよ 明日の訪れ
目覚めたその時両手をひろげ 僕を迎えてくれるよ
ひかりに満ちた素晴らしい朝

ちなみに私は、「ミルクティはうすめ?」「こいめ!」のところが気に入ってます(笑

おっと、これから「笑点」の時間です。
本日は夜行列車の乗車ではありませんでしたね(笑

車掌長さんからのコメント(2012年7月 9日 04:49投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます。

おかげさまでCATSの魅力を知ることができ感謝しております。
ご当地のゴミ、車掌長も気付きましたヨ。
Yokohama Walkerとか、ページをめくってみました。
どのゴミも、猫の目線に合わせたサイズになっているんですネ。

会場は24匹の猫たちと観客との一体感を随時楽しめました。
センター寄りの通路側の席でしたが、色々な猫がそこを往来したり、すぐとなりの席から猫が飛び出してきたりして、専務車掌も驚いていました。

11月までにもう一度横浜でとはいきませんが、1匹1匹の猫たちの個性を事前に調べて再度鑑賞してみたいと思いました。

スキンブルシャンクスの歌も素敵ですネ!
ミルクティで思い出しましたが、列車と紅茶の組み合わせと言えば、"小田急ロマンスカー"です。

「走る喫茶室」として日東紅茶や森永が行っていたシートサービスで、スチュワーデスやコンパニオンと呼ばれる女性係員が、注文すると温かい紅茶を座席まで届けてくれました。

車掌長は生意気にも、小学生の時の一人旅で紅茶の味も知らない頃、大人のマネをして利用したことを覚えています。
その時、紅茶ではなくジュースを勧められたのが懐かしいです。

そんな古き佳きサービスも1990年代半ばで終了しましたが、VSE車両導入時に約10年ぶりに復活したのは嬉しい出来事でした。

列車に乗った時は、割高であっても、そうした人手を介したサービスを利用したいと思っています。

日常生活と変わらない缶飲料やペットボトルではなく、そのような仕掛けが旅情を演出する1コマになると感じます。

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旧万世橋駅

カテゴリー:①番線:鉄道(JR・私鉄)方面 2012年7月 4日 05:42

東京駅から JR中央線に乗ると、神田~御茶ノ水間に或る遺構を確認できる。
以前、中央本線の終着駅でもあった「万世橋駅」だ。

1912年に開業し、東京駅まで延伸されるまでは、大いに賑わったそうだ。
特に初代駅舎は東京駅のような豪華な佇(たたず)まいであったという。

開業から100年目にあたる今年、JR東日本が粋な発表を昨日行った。
赤レンガ高架橋の「旧万世橋駅遺構」を整備し、鉄道遺産として来夏に一般公開するという。

1943年に営業を中止して以来、よくぞ今まで残されていたと思う。
駅舎跡やホーム等が復活され、整備後は旧ホームまで周回できるコースも設定されるそうだ。
車掌長も今から楽しみでならない。

こうした取り組みや試みは、どんどん全国に広がってほしいものだ。

余談だが、車掌長は山手線の原宿~代々木間にある皇室専用の「宮廷ホーム」も一般公開されたら…と願う。
そして、あのプラットホームから一般の人々が旅立てるよう整備されたら、どんなに素晴らしいことかと胸がときめく。
車掌長は子供の頃から、あのホームの優雅さに憧れていた。

今では皇室の移動手段も新幹線が多くなり、ほとんど活用されていないようだ。
昨年、那須御用邸用地として管理されていた豊かな森を、天皇陛下のお考えで、国民が自然と触れ合える場として活用され「那須平成の森」として開園された。

もし、宮廷ホームが一般公開・利用という「夢」が実現したら、「カシオペア」や「北斗星」、「サンライズ瀬戸・出雲」などの既存寝台特急の始発駅にしてほしい。
(ホームに編成が収まるかどうかは怪しいところだが、長距離列車には入線から発車時刻まで、ある程度プロローグを楽しめる時間がほしい。)

また、新たに子供専用の特急や寝台列車なども素敵だ。
決して、富裕層相手の豪華な列車は要らない。
 

文月

カテゴリー:⑤番線:feel the season方面 2012年7月 1日 05:36

文月の由来は、7月7日の七夕に詩歌を献じたり、書物を夜風に曝(さら)す風習があったからだそうだ。
夏の夜風ほど気持ち良いものはなく、車掌長も大好きな時間だ。
清少納言も枕草子でズバリ「夏は夜」と申している。

7月は、変革の月であったとも言える。
アメリカの独立記念日、フランスの革命記念日がそうだ。
日本では多くの国民の意志に背いて、原発再稼働の「負の変革」の月となりそうだ。

変革と言えば、面白い会社が1つある。
明日7/2から、社内での公用語を完全に「英語」にする会社だ。
「英語公用語化」を表明して2年、いよいよ完全実施とのこと…

この会社の経営者の弁では「日本の大企業は英語ができず、世界のリーダーになれなかった」であった。

私見だが、これは当たっているようで、当たっていない。
今は単に、世界的に使用人口の多い言語が「英語」であって、経済のグローバル化やネット人口の拡大で、たまたま多くの人が使っているにすぎない。

「数が制する」という趣旨で、他社よりも手っ取り早くシェアを確保したいという私欲なら、「英語」を公用化するのも一理あろう。(使用言語の自由を奪われる社員の苦労は計り知れない…)

だが、車掌長とは考え方が違う。
車掌長は日本語ができる外国人を育てる方が、長い目で見たとき、日本の財産になると考える。

例えば、フランスは母語人口は約7,000万人だが、使用人口は約2.2億人とのこと。
日本は母語人口、使用人口とも約1.2億人だ。

この違いに着目したい。
フランスでは随分前から、移民やフランスで働く外国人に対し、仏語習得に国を挙げてバックアップをしているそうだ。
それは仏語がフランス社会にとって、重要な道具だと広く深く認識されているからだろう。

今後40年間で人口が倍増するアフリカで仏語が使われ続けたら、使用人口は6億人になるらしい…

使用人口が増えれば、そこに多くの技術や優秀な人財が集まり、経済が活性化するのは言うまでもない。

日本もぜひ、母語である「日本語」を大切にし、世界中から学びたいと思われる言語になってほしい…
それは日本でしか学べない技術や文化、自然の美しさ、人の魅力、職場があってこそだ。

ところで、日本人は時間をかけて「育むこと」や「教えること」、「楽しむこと」を、いつの間にか忘れたり、ないがしろにするようになってしまったと思う。

そして、世の中が「即戦力」や「即効性」ばかりを求めた結果、自前で「育てる」「教える」力を自ら失い、働く者も本来はもっと他のことに時間を費やすべきだったり、楽しむべきだった「自分の時間」を犠牲にし、翻弄されている。

人間が一人前になるまでの時間や労力を惜しめば、結果的には一会社のことに留まらず、社会全体の損失になるだろう。これは学校教育にも言えることだ。

確かに日本の文化や国民性として、「順応性」は長(た)けているし、それが美徳とされる。
だが、それは見方を変えると「不自由」なことかもしれない。

己を黙して(殺して)、会社組織や集団に合わせようとする真面目さは、言い方を変えると「横並び」からの脱却という、個の意識変革が大切だと痛感する。

ときに、今日の働き盛りの世代が、メンタルヘルスで病んでいる状況を心から憂う。
きっととてつもない仕事のプレッシャーや、無理難題を抱えているのだろう。

気の持ちようで、色々な生き方があることを、旅に出て知ってもらえたらと願う。
時刻表片手に自由な旅出よう!
 

コメント(2件)

たくちゃんさんからのコメント(2012年7月 2日 06:31投稿)

車掌長の考えに激しく同感です。

様々な考えがあることは理解します。
グローバリズムなんていう言葉があることもわかります。

ベースになる考え方が、どこかにいってやしないかと
思うのは私だけでしょうか。
それは「ナショナリズム」

自国があってこその「世界」
外国に旅をする、ということを突き詰めて考えた場合、
自分が属する国があってこその「外国」であって
人類みな兄弟という考え方があったとしても
自分の生まれ育った国のことを
悪く思う人はいないと思うんですがね。

卑下することなく、驕ることなく
日本人であることを、
噛みしめるように
誇りに思うことは、大切なことだと思うんです。

車掌長さんからのコメント(2012年7月 2日 21:07投稿)

たくちゃん様

毎度ご乗車ありがとうございます。

たくちゃんさんのご意見、車掌長も共感します。
自国あっての海外…
まさにその通りです。

車掌長もこの日本が大好きです。
そして、だからこそこの乗務日誌で、昨今の日本の姿を嘆き、疑問を抱き、このままでは…と、憂うのです。

日本は本来、世界に誇れる国だと信じています。
ただ、「経済優先」で走り続けた弊害が、目に見えてあちこちで支障を来しています。

また、世界的な実態の掴(つか)めない経済の暴走に巻き込まれたまま活力を失い、採算性ばかりを追いかけ「効率的」「画一的」「平面的」な生産及び消費活動へと後退しています。

最近の商品やサービスは、相手が金持ちであることが露骨にわかり、「夢」がありません…

経済あっての生活とよく言われますが、順番がおかしくないでしょうか?
車掌長は1人1人の生活あっての経済活動だと考えます。

そうでなければ、働いても働いても生活が楽にならない矛盾がまかり通ってしまいます。

まして、働けるだけマシなどと思い始めたら、気づかぬうちに自分自身が職を失うトラップに陥るかもしれません。

大切なことは、自分自身や自分の国を大切にして、物欲的な豊かさではなく、少しでも精神的な充足を実感できることだと思うのです。

それは、人と過ごす「時間」であったり、大切な人に会うまでの「時間」などに、喜びや価値を見出すこととも言えます。

そして、その仕掛けや調味料的な役割を果たすのが、旅であったり移動の手段や方法だと思うのです。

なお、その教科書は言うまでもなく「時刻表」です。


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東北新幹線開業30周年

カテゴリー:①番線:鉄道(JR・私鉄)方面 2012年6月23日 04:26

 本日、東北新幹線が開業30周年を迎えた。

1982年6月23日、大宮~盛岡間が暫定開業。
上野~大宮間は185系車両による「新幹線リレー号」が走っていた。

当時、車掌長は中学3年。
その時購入した記念切符が手元にある。
大宮駅から新白河駅までの各駅付近を、航空写真で俯瞰したデザインだ。

これは国鉄の東京北鉄道管理局が発売したものだが、今と比較するととても面白い。

大宮駅西口は、今は商業施設が林立しているが、当時は駅前まで住宅が見受けられる。
小山、宇都宮両駅も東口が再開発され、今とは全く違う。
那須塩原、新白河両駅にいたっては、駅前が新しい駐車場と田んぼしかない、という長閑(のどか)さだ。

さて、いよいよ手元にある開業時のJTB時刻表(通巻第676号)を開いてみよう。
開業当時の列車は速達版が「やまびこ」、各駅停車版が「あおば」であった。
車両は東海道新幹線0系をベースに耐寒耐雪設備を施し、出力もパワーアップした200系だ。
(この車両もそろそろ引退が近いだろう)

そして特筆すべきは、本数の少なさ。
上下合わせた全ての列車が、時刻表見開きの右側1ページに収まっている!
しかも、仙台以北については、定期列車は1日4本。
これは、ローカル線の「秘境駅」にも引けを取らない運転間隔(本数)である。

一方、ダイヤはどうか。
上野6:33発「新幹線リレー1号」で大宮から「やまびこ11号」へ乗り継ぎ、仙台9:14着、盛岡10:32着。
開業前の在来線特急「やまびこ」と比較すると、上野6:33発、仙台10:48着、盛岡13:01着。
大宮乗継の不便さはあっても、やはり「新幹線」は速かったといえる。

あれから時は流れ30年…

今や上野6:28発の「はやて11号」に乗れば、仙台8:11着、盛岡8:58着、新青森10:01着。
最高速度も大幅に引き上げられ、車両も逐次高性能化され進化を続けている。

移動時間が短くなったことは、きっと多くの人が喜び支持することは間違いない。
特に仕事や急用の場合は「急ぐ」ことが目的だから、新幹線は有用だ。

だが、その時間短縮によって生まれた時間で、人々は何を享受し、何を失ったのかここで一考する価値はあるだろう。

「移動時間」とは、普段過ごす土地や時間から旅先までの「日常」を離れる期待感や高揚感の醸造、或いは現地で見た風景や過ごした人との時間を消化する(整理する)ための貴重な「時間」だと車掌長は考える。

つまり、移動時間が短いということは、意識が日常の続きのまま旅先に着いたり、消化不良のまま日常生活に戻ってしまっていないだろうか?
せっかくの旅の「印象」や「余韻」という、生涯の「想い出」として形成される時間が足りないのではないか…と思ってしまう。
だから、旅から帰って単に「疲れた」という想い出しか残らないような気がしてしまう。

本来「旅」とは、行く前の自分と帰ってからの自分がどこか違うし、元気になるものだと思う。
そこを理解して「新幹線」や「航空機」を使わないと、せっかくの旅の効能が半減するだろう…

車掌長は今日貴重な存在となった夜行(寝台)列車の旅や、在来線特急、鈍行の旅をぜひオススメしたい。(今は急行列車というものが、ほぼ消滅したのが残念でならない…)

きっと、自分が所有する「自分の時間」が、どのようなものかを考える機会になるだろう。

東北新幹線開業30周年を迎え、祝意とともに、そんなことを考えた朝だ。

 

コメント(2件)

希望者挙手さんからのコメント(2012年6月25日 00:20投稿)

「青春18きっぷ」も発売から30年を迎えましたね。
しかし、その販売数は減少傾向にあるようです。

最近は特定の目的地を観光することだけが旅であるかのように、経済効率優先の移動手段が持て囃されているように思えてなりません。

私も車掌長同様、移動時間は旅の重要な要素だと思っています。
日頃の仕事や経済活動などに縛られた生活から抜け出したくて旅に出たはずが、まるで出張のような移動手段ばかりでは、日常生活を引きずったままの旅になってしまうのではないでしょうか。

徐々に日常生活から切り離されていく自分を実感し、旅を通じて変わってゆく自分とゆっくり向き合える「青春18きっぷ」の旅で、「自分の時間」を考えてみるのもいいかなと思いました。

車掌長さんからのコメント(2012年6月25日 05:12投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます。

希望者挙手さんに全く同感です。
最近の旅は提供する旅行会社も親切すぎて、本来一番楽しい部分であるはずの「プランニング」や「気まま」な部分をお客さんから奪い取っています。

例えば完全に出来上がったバスツアーなどは、バスに乗っていれば何の不自由なく、見たいものや食べるものが経験でき便利なようですが、行程をこなす「運動会」のように忙しいです。

旅行会社も安価にどれだけのことを盛り込めるかを競い合い、一体何がその旅の「目的」なのか、不明瞭なものが多いです。

また、何かトラブルや不都合があれば旅行会社や添乗員に文句を言う、歪(ゆが)んだものになっています。
旅にトラブルは付き物…
それも自分で考えて解決することが、旅の醍醐味です。

旅行業界もお仕着せの商品内容から、客が自分で創造できる旅づくりの手伝いやアプローチ、啓蒙ができないと、「ネット完結型」「旅行会社不要論」の道へ誘われる恐れがあります。

しかしながら、それは日本人の国民性とも言えます。
休みは「与えられるもの」という感覚があるから、その楽しみ方も出来合えのものが便利だし、そもそも主体的に関わる「時間」
がないのだと思います。

余暇を「余った暇」と書きますが、車掌長は"Vacation"の「空っぽになる」という捉え方が大好きです。
休みは仕事や日常生活の溜まったストレスを、「空っぽにする」からまた頑張れるのだと考えます。

いまや「青春18きっぷ」で旅ができる自由な発想の人々は、「お金持ち」などという古い概念ではなく、「時間持ち」という新たな価値の持ち主だと思います。

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ポニョの港町

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2012年6月22日 04:57

 今日の朝刊で良い知らせがあった。
鞆の浦(広島県)で長年膠着(こうちゃく)状態にあった、埋め立て・架橋計画が撤回となった。

鞆の浦は風光明媚な景勝地で、宮崎駿監督が映画「崖の上のポニョ」の構想を練ったことでも知られる。
いにしえの歌人たちも、その美しさを詠み今に残している。
また、「潮待ちの港」として坂本竜馬や多く旅人が滞在し、賑わった痕跡が今なお残されている。

特に、江戸時代の港湾施設であった「常夜燈」、「雁木」、「波止場」、「焚場」、「船番所」の全てが揃っているのは、全国でもこの鞆の浦だけだという。

車掌長もこの地を訪れたが、いつまでも残したい町の風情を実感した。

そんな美しい港町の住民を長年に渡って二分してきたのが、港湾の「埋め立て・架橋計画」だった。
確かに、入り組んだ町の細い道路では、車が離合するのも困難であったり、生活道路では人と車の接触の危険性もある。

だが、このたび広島県知事が、広島地裁の「原告住民の景観利益」を認めた工事差し止め判決を受け、中止の英断を下したのは素晴らしい。

もともと、埋め立てや架橋などせず、トンネルで市街地を迂回する代替案もあったようだが、一旦動きだした巨大プロジェクトは、鞆の浦に限らずどこでも、引き戻せないメンツや利害関係があるようだ。

だが、今後の日本は人口も物流も加速度的に減少するのが目に見えている。
新たな構造物を作るより、これまで40年近くかけて全国に散々作ってきた橋や道路、建物等が一斉に寿命を迎える対策が必要だ。(そんなお金がどこにあるのかも不明だが…)

今朝は雨模様だが、後世に残したい景観を損ねずに済んだ朗報を知り清々しい気分だ。

 

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