自転車で東京から鹿児島へ

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2017年12月23日 05:12

おつかれさまでした、そして、どうもありがとう…

普段、なかなか口に出して言うのは苦手だ。
今日は、この場を借りて専務車掌に心からお礼を綴りたい。

昨日、車掌見習が通っている某療育施設への通所回数が300回目を迎えた。
2歳を過ぎて間もなく通い始め、週2~3回を3年余り、当車掌区から施設まで、往復6㎞近くを専務車掌とふたりで自転車に乗り通っている。

大雨の日はバスに乗ったり、車掌長がたまたま休みだった時は、車で行ったことも何回かあった。
それらを差し引いても、その距離の積み重ねは、気が付けば相当な長さになっている。

往復6㎞×300回、バス等で通った日をマイナスしても、1600㎞くらいになるだろう。
その距離で車掌長がピンとくるのは、かつて日本最長距離を走っていた寝台特急「富士」だ。

東京から東海道、山陽、日豊本線を経由し西鹿児島(現鹿児島中央)までの1574.2㎞を、24時間以上かけて結んでいた。

電動アシスト付ではあるが、親子二人で自転車で東京から鹿児島まで行ったのとほぼ等しい。

言葉で綴るのは容易だが、その1回1回は平易な日ばかりではなかったはずだ。
猛暑の夏、風が痛いような寒さの冬、突然の雷雨、日暮の早い季節はライトを点け、パンクやスポークが折れるなど、色々な日々を通ってくれた苦労に想いを馳せる…

また、専務車掌自身の体調が芳しくない時もあった。
しかしながら、どんなときも、車掌見習が療育で過ごす1回1回の時間に、少しでも発達障害の症状が改善したり、ゆっくりではあるが、できなかったことが、できるようになる喜びを励みにしてきたことだろう。

そして、頭が下がるのは、その1回1回の内容をノートに記録し、訓練した内容や所感、先生からのアドバイス等を綴っていることだ。そのノートもいまや何冊目になったのだろうか…

それは、間違いなく当車掌区の「宝物」だ。

いつの日か読み返したときに、さまざまな成長の足跡や、苦労、喜びが思い起こされるだろう。
発語や話し方、所作や動作、生活習慣の1つ1つ…

ふつうの子であれば、その成長過程でいつの間にかできて、あっという間に過ぎ去ってしまうことを、車掌見習は鈍行列車のように、ゆっくりゆっくり、できたり、できなかったりを繰り返しながら、「成長」という旅を進めている。

それは、ふと気づくと、鈍行旅での風景同様に、「成長」という列車の車窓をのんびり、たっぷり楽しんでいるとも言える。

これからも、先を急がず、結果や成果を求めることだけに焦らず、日々の車掌見習と向き合いながら、忙しく過ごしている「いま」が、実は幸せな時間なのかもしれない。

もちろん、これから小学校就学やその先のことも考えると、その時点時点で最良の選択をしてあげたいと願う。

だが、大切なことは、本人にとって生きやすかったり、自己肯定力を高めたり、ひいては自分の力で生きてゆける道筋を見通してあげることだろう。

決して親の心配や不安の源泉が、世間や外部一般から見てどうこうというものに、左右されてはいけないし、支配を受けてはいけないことだろう。

興味があることも偏っているが、それも続けたり深めれば、「専門家」になった人も存在する。
制止や抑制ではなく、ノビノビと好きなことを存分にやればいいと思う。

療育通いが300回になったことを記念に、色々書いてしまったが、ふといま気付くと、毎日通っている幼稚園の送り迎えも含めると、東京から鹿児島どころの距離ではないなと思った。
距離計算を始めると、また長くなるのでやめておくことにしよう。

末筆ながら、あらためて専務車掌にお礼を伝えたい。
本当に、どうもありがとう

 

 

温泉達人会 会報vol.11

カテゴリー:⑥番線:温泉方面 2017年11月27日 04:39

 今年も皆さんと元気な顔を合わせることができた。

年に一度、そんなことを繰り返し21年が経過。
まさに、光陰矢の如し…

今年の温泉達人会総会・納会は、猿ヶ京温泉奥の一軒宿、川古(かわふる)温泉で執り行われた。
参加者は三十名弱で例年よりも若干少なかったが、飯出代表推薦の新会員4名の入会が承認され、新鮮味のある賑やかさが感じられた。

温泉達人会の会員数は設立当初は十数名だったが、その後は三十名前後で推移してきている。
大体これほどの人数が、互いの顔が見える、わかる規模だと個人的には思っている。

この人数でも、一日限りの納会で全員と話すことは、車掌長には不可能だ。
ただ、話はできずとも、元気そうな顔ぶれを拝見するだけで、或いは年に一度発行している会報を通して、こんな湯めぐりをされた一年だったんだなぁ…と思いを馳せるだけでも佳き交流になっていると感じている。

今年で会報発行も11回目となった。
各会員の温泉への想いは十人十色で、それらを読むことで疑似体験できることも楽しい。

また、巻頭カラー頁で特集された「明日にでももう一度行きたい温泉」は、まさにその湯に行きたい願望や妄想が膨らみ、大変面白くユニークな企画であった。

車掌長も会員としての活動の証として、毎年寄稿しているが、「子連れ貸切温泉」をテーマにしてから、はや5回目、つまり車掌見習と同い歳の連載となった。

テーマにしていると書けば仰々しいが、年に1回のことであり、個人的な記憶の記録と言い換えた方が正確だ。
巷に溢れている子連れ○○的な情報提供には足下にも及ばない、全く違うスタンスであることをご承知いただき、読まれた御方に何か一言でも参考になることがあったなら幸いだと思う。

貴重な1泊1泊の温泉での想い出を、時を経ても温め続けられることは、車掌長にとって温泉という恵みの「真の効能」と考えている。

無論、温泉を治療・療養目的で通っている方々もおられ、各人で効能の受け止め方は違うもの。
それぞれに温泉の効能と感じるものを得ることが、温泉との接し方なのであろう。

それにしても、今回お世話になった川古温泉のぬる湯は最高であった。
4回で計3時間以上入り、仕事で痛めた腰も幾分良くなった気がした。

気のせいかもしれないが、そう思えるのも効能としては有効なのであろう…
今度はぜひ、哲×鉄車掌区で訪れ、車掌見習にもこのぬる湯を楽しませてあげたいと思った。

 

最新版広辞苑を予約

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2017年11月 3日 05:37

今朝の新聞で、広辞苑第七版の予約開始を謳う広告が目に入った。

最近、多くの新聞で来年1月に岩波書店が出版する広辞苑が、10年ぶりに改訂されることを伝えていたのは記憶していたが、今日がその予約開始日だと知った。

車掌長は時刻表はもちろんだが、辞書も大好きだ。

辞書との出逢いは、小学4、5年生くらいの時に授業で辞書の使い方を習ったとき、たまたま図書館にいた上級生の図書係の子からも、辞書の引き方を実演で教わったことだった。

そして、その子が「じゃ、○○という言葉の意味を調べたかったら、こうして…」と、無作為の如く辞書を二つに開いたと思ったら、ズバリ、その調べたい言葉が載っている頁を指さした。
その動作に感動しカッコイイと思ったことが、辞書との出逢いであった。

そして、時をおいて車掌長自身が辞書と深く関わるようになったのは中学2年の時。
父が勤める会社の創業35周年記念に、会社から全社員へ「広辞林」を贈呈品として配ったものを父がそのまま車掌長に譲ってくれた。

父の真意は未だ不明だが、時刻表ばかり見てないでこういうものも見ろ、と言いたかったのであろう…

車掌長は、それまで家にあった小さな国語辞典よりも、大きく、分厚く、重い辞書に、大いなる興味を抱き、思い付いた語句を引いては納得し、疑問を持った言葉もなるべく早く調べる癖が付くようになった。

その広辞林は、高校進学時も使い続け、大学生になっても進学先の愛知県に引っ越す際、梱包物にしのばせておいた。
そして、時刻表同様に、暇な時はランダムに色々な言葉を調べ時間を潰すことが多かった。

そんな辞書との出逢いや付き合い方をしてきたが、最近は「辞書を引く」ということから、いささか離れていたように思う…

今回、広辞苑改訂の報に触れ、かつ、ちょうど50歳を迎える節目の年に出版されることも重なり、手に入れたいなぁ…と言う想いが、湧くのを感じた。

よし、高価な買い物だが、価値ある想い出にしよう、と予約することを決めた。

言葉の海に溺れ、言葉の森を彷徨(さまよ)い、道なき広い平原に己の針路を見定める道具になり得るよう、人生後半の「佳き友」として付き合ってゆきたい。

これは車掌長自身の経験則だが、結局、人間の思考や言動の発端は、「言葉」によって脳がそれらを司っているように感じてしまう。

人と同じことをやるにしても、そこに至るアプローチの方法や工夫、面白さは、語彙の差が行動や結果に如実に現れる。

また、「感情」という厄介なものも、言葉の力で制御、自制できるようになったと、この歳になって気付くようになった。

"ことばは、自由だ。"

上述の目にした広告にあったフレーズだが、スマホ全盛の時代、大体のことは掌(てのひら)で済んでしまう便利過ぎる世の中…
ややもすれば、スマホという薄っぺらい物体に、自分自身の時間や行動というものを、無意識のうちに束縛、支配、順応させられている懸念もある。

もちろん、IT社会の今日、それ抜きでは仕事が成り立たない御方が大勢いることも承知している。

ただ、一見不便そうで、面倒くさそうで、武骨な…そんな世相に抗(あらが)うような、アナログ的な楽しみや悦びが、意外にも、自身が主体となって、自身の人生や生活を自由にプランできる時間的な或いは精神的な「のりしろ」として、有用なのかもしれない…と思うのである。

 

日本は島国

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2017年11月 2日 05:20

 昨日、休暇を取った。

理由は、5年に一度、小型船舶操縦士免状の更新手続きをするためだ。
国から免状更新講習代行を認可された、麹町にある某事務所で簡単な身体検査や講習を受けた。

この免状は、25年前に広島県尾道市で取得した。
動機は、旅行会社勤務時代に公私ともにお世話になった先輩友人と、「ボートで日本を一週しよう!」という軽いノリだった。

船舶免状は船の総トン数によって区分され、車掌長が所有する「小型2級」の場合、岸から5海里(約9㎞)以内の海面において航行が可能だ。

つまり、この5海里以内であれば、日本は島国だからグルっと一周が可能となる。

そんな夢を抱きながら取得した船舶免状だが、実際には免状取得の実技試験で操船したのが最後で、取得以降は自動車で言うペーパードライバー状態であった。

理由は、当時ボートを所有したり係留等の維持費が言うまでもなく高価であり、またレンタルするにしても手続きが煩雑であったり、高額であった。

しかしながら、昨日受講した事務所にあったレンタルボートの宣伝パンフレットを見ると、小型であればレンタカーと同程度で借りられることを知った。

もちろん、いきなりは無謀だが、再度操船講習等を受講し、海洋リゾート地などで数時間レンタルしたりして操船経験を積み、ちょっとずつ航行距離を延ばすのもいいなぁ…などと、50歳を節目に新たなことにチャレンジしてみたくもなった。

とくに最近は、要所要所のマリーナに、「海の駅」というものが整備されているそうだ。
この海の駅を海に沿って伝っていくのもオツだ。

まぁ、まだまだ妄想の範囲なので、日頃色々なご心配をかけている専務車掌には、安心していただきたいことを、念のため申し上げておこう。
 

卵かけご飯の日

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2017年10月30日 05:19

 今日は「卵かけご飯の日」だそうだ。

島根県雲南市が制定した記念日で、2005年10月30日、たまごかけごはん専用醤油「おたまはん」のふるさとである同市でシンポジウムを開催したことに因むという。

雲南市というと、車掌長は中国の雲南省を連想してしまう。
やはり時刻表好きな者としては、三段式スイッチバックのあるJR木次線(きすきせん)沿線の旧町名、木次町や大東町と言われた方が、ピンとくる。

それはさておき、車掌長も卵かけご飯は好物。
とくに、学生時代は学生食堂で大変お世話になった。

大学が夜間だったため、昼間は17時まで働き、夜間1限目は18時15分からの講義であった。
仕事を終え車で10分の下宿に戻って着替え、更に車で20分ほどかけ大学へ。 

すると、大学に着くのは18時近くになった。
そこで、今でいう「ファーストフード」のごとく、白飯(大)・味噌汁・生卵の3品を素早くトレ―に載せ、レジで180円を払った。

当時はまだ消費税がなかったので、200円以内、5分以内で食べられるこのメニューは、車掌長の夕飯の定番であった。

現在も、卵かけご飯は急に食べたくなる時があり、休日の家での昼食時は専務車掌や車掌見習が別のものを食べているのに、わざわざ「卵かけご飯」を独り食べることがある。

上述の卵かけご飯専用醤油のような、そんな洒落たものは我が家にないが、ちょっと醤油を多めに垂らしてアツアツご飯と食べるのが至福だったりする。

そんな記念日があったのか…と懐かしくなり、珍しく乗務してみた。
今日は台風一過で好天のようだ。

仕事先のどこかで卵かけご飯を食べてみようかと思う。
 

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