60年の時を味わう

カテゴリー:③番線:時間旅行、時刻表方面 2016年11月 4日 05:32

先日、60周年を記念する琥珀色のお酒が発売された。

それは、ブラックニッカ誕生60周年を記念した数量限定の特別なウイスキー。
ネーミングも「ブラックニッカ ブレンダーズ スピリット」という、胸躍るもの。

ニッカウヰスキーの公式ホームページでは、こんな魅惑的な言葉が並んでいた。
「60年の誇りをブレンドに込めて」
「60年の軌跡のすべてをこめた、ブレンデッド」
「歴史を彩る数々の原酒を、惜しみなく」
etc

時間旅行を愛好する「タイムトラベル・コンダクター」の車掌長にとって、これらの言葉は異議なく購入への意思決定へと導いた。

発売日は売切れを想定し、幾つかの策を講じていたが、幸い無事に購入できた。

早速、車掌区で専務車掌に自慢げに話した後、スクリューキャップを捻り、グラスに注いだ。
テイスティングを語るなどということは、知識も経験も少ない車掌長にはできない。

しかしながら、実際には微量なのかもしれないが、1956年蒸留の余市モルトが含まれていることを考えると、60年間の「時」こそが、車掌長にとっては最高の「テイスティング」なのであった。

前述のHPには、甘く香る新樽熟成の余市モルトや、華やかなシェリー樽熟成の宮城峡モルトなど、ニッカの歴史を刻んできた様々なモルト原酒と、長期熟成のカフェグレーンとの調和が楽しめるという。

「ブラックニッカ」は、初代マスターブレンダ―の竹鶴政孝氏によって、この世に送り出された。
60年の時を超え、いま、ブレンダ―魂の集大成を味わえるのは、まさに至福と言える。

飲み終えて、ボトルを手にすると、その濃紺の美しさにも見とれてしまう…
光の加減によっては、瑠璃色にも見える…

すすきの交差点でお馴染みの髭のおじさん、「キング・オブ・ブレンダーズ」の瞳も、偶然だろうが、ボトルの色とマッチして誇らしげに映った。
 

コメント(2件)

希望者挙手さんからのコメント(2016年11月10日 08:56投稿)

おはようございます。
久しぶりの乗車は通勤電車となりました(笑

先月、私は40年のタイム・トラベルを堪能してきました。

私が洋楽(Rock)に目覚めたきっかけは、小6の時にヤングミュージックショーというテレビ番組で観た、KISSというロックバンドのコンサートです。

そのKISSのメンバーが所有する秘蔵品の数々を展示する、KISS EXPOというイベントが、10月に都内で開催されました。

KISSの象徴的メンバーであるベーシストのジーン・シモンズがイベント初日に来日して、本人が会場内を案内してくれるプレミアム内覧会に招待してもらえる抽選があることを知人から教えてもらい、応募したところ、なんと!当選者2名という狭き門をくぐり抜けて、奇跡的にもプレミアム初日内覧会のチケットを手に入れることができました!

これには流石に、一生分の運を使ったなと感じてしまいました(笑

2時間あまりの内覧会は、ジーン・シモンズと直接話ができたり、通常は手を触れることのできない愛用の楽器や小道具などの展示物を直接手に持たせてくれたりと、これまで味わったことのない至福の時間でした。

私が小6の時に観たヤングミュージックショーの台本を見せてもらったときは、感慨深いものが込み上げてきました。

これまで着用してきたKISSのTシャツにサインをもらい、これはもう着られないな、と嬉しい悩みもできてしまいましたが(笑

40年前に私をRockの世界へ誘い、これまで映像や遠いステージの上でしか見たことのない憧れのロックスターとの対面は、想像を絶する興奮と感動に満ちたものでした。

部屋に飾ったジーン・シモンズとのツーショット写真は、11歳の自分が重なって見えるような気がします。

車掌長さんからのコメント(2016年11月11日 05:00投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車いただきありがとうございます。

KISS EXPOでのプレミアム初日内覧会、スゴイ強運ですネ!
希望者挙手さんにとって、まさに夢のようなひとときを過ごされたこと、想像いたしました。

一生分の運を使ったと思われるほど、ラッキーでハッピーな「時」と出逢えたことは、また同様の「時」との出逢いがあると思いますヨ。

それは、そうした「時」に出逢えた歓びや感謝の「感性」や「心持ち」を磨くことによって、向こうから近づいてくるような、そんな気がいたします。

投稿いただいた乗務日誌を拝見し、素敵なタイムトラベルを楽しまれたご様子も、追体験させていただきました。

希望者挙手さんが、小6の頃から観ていた「ヤングミュージックショー」という番組は知りませんでしたが、調べてみましたら、世界一流のロックミュージシャンを紹介するNHKの番組だとわかりました。

そして、ご覧になった放送が1977年5月7日(土)だったと思われます。

希望者挙手さんが小6、車掌長は小4です。

何か記憶の糸を手繰(たぐ)るような、タイムトラベルの醍醐味を共有させていただきました。

40年という尺度のタイムトラベルを楽しめたということは、言い換えますと、それだけ私どもも歳をとった、ということを改めて実感いたしますネ。

余談で申し訳ありませんが、KISSと言うと、車掌長は昭和レトロのゲームだった「ピンボール」を、すぐに思い出しました。
それこそ、小学・中学時代に、ゲームセンターでよく遊びました。

傾斜した盤面を転がる球を、フリッパーと呼ばれる可動式のレバーで弾き返す遊びですが、その盤面やスコアボードに描かれたKISSメンバーの強烈なメイクやイデタチが蘇りました。

ジーンシモンズ氏とのツーショット写真や、サイン入りTシャツを眺めたとき、希望者挙手さんは11歳のご自身に対し、こう呟(つぶや)かれたことでしょう。

「40年後にビッグサプライズがあるよ!」、と…

素敵なタイムトラベル・ストーリーを、ありがとうございました。




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メダカ

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2016年10月24日 05:23

いま、当車掌区ではメダカを飼っている。

先月、車掌見習のお友達宅から、産卵で増えたというメダカをお裾分けしていただいた。
初めは小さめのプラスチックの水槽に、赤ちゃんメダカが泳ぐ姿を見て楽しんでいた。

水が濁りはじめた頃、水槽が小さすぎて水替えがしづらいことに気が付いた。
いっそ、ミニミニ水族館をこしらえてあげようか…と思い立ち、皆で近所のホームセンターへ出かけた。

20年ほど前、アクアリウムブームがあった。
車掌長も当時、専門ショップで見かけたその美しさに魅了され、経験も知識もないまま、大掛かりなセットをその場で買ってしまったことがある。

いきなり90㎝幅、60㎝高の水槽と、濾過装置、ヒーター、照明、底砂などに、熱帯魚数種と水草などを揃えたが、日々の水質や温度管理、定期的な苔取り、水替えetcの大変さに閉口したものだった。

その反省もあり、今回はメダカ専用としてコンパクトなものにした。
いまや、ホームセンターでも充実した品揃えで、初心者向けのお得な水槽セットも多数あった。
それらの中で50㎝幅、30㎝高の水槽をメインとした、スターターセットを4,000円程で買えた。

今回のイメージは、「白」。
水槽のフレーム、濾過装置、底砂は全て白物で統一。

水草も丈夫なものを数種選び、いざ車掌区に戻り、早速設置に取り掛かった。
水槽や底砂を水洗いし、カルキ抜きをした水を投入。

均等な厚みになるよう白砂を敷き詰め、濾過器を稼働開始。
この状態ではまだ、水は白く濁ったままだが、セットに入っていた濁り取りなるものや、バクテリアを入れると、次第に透明感が出てきた。

頃合いを見計らい、メダカを入れた。
新居に移ったメダカたちは、ノビノビと泳ぎ始め、水草をつついたり、葉の間に隠れたり…

しばらく、そんなメダカたちの泳ぎや水草に戯れる姿を見て、専務車掌が背後で一言。
「お父さんが一番楽しんでるネ!」と。

先週は仕事帰りに、ヤマトヌマエビやミナミヌマエビなども数匹購入し、メダカとの混泳を楽しめるようにした。
自らも凝り性なことはわかっているので、この辺で自制しようと思った。

いまは、車掌見習が朝夕の餌係で、車掌長が掃除係を任務。
朝起きて暗い部屋の中、まず水槽の照明をONにし、メダカやエビたちに「オハヨウ」などと声をかけてしまう。

そして、照明に映える水草を愛でながら、水の濁りや苔の出具合、排泄物の後始末をするのが日課になってしまった。
自分の意志で飼い始めたわけでもないメダカだが、いざやってみると、自身がハマってしまったことを自認した。

次第に遅くなった日の出時刻だが、ようやく今日の太陽が顔を出し始めた。
水槽の照明をOFFにし、仕事に向けての気持ちをONにしよう。

 

秋一番

カテゴリー:⑤番線:feel the season方面 2016年10月11日 05:29

今朝は冷えたな…と、目覚めの感想。

「秋一番だな」、などと心の中で呟いてみる。
昨晩、専務車掌が明日は冷えるからと、厚手の寝巻にするよう促されたのが幸いだった。

新聞休刊日なので、TVで朝のニュースを見ると、天気予報の気温分布図も冬バージョンに変わっていた。
北海道辺りは一桁台の最低気温が並び、初冠雪の便りが届いてるようだ。

つい先週、10月に真夏日を記録し、季節感がないな…と思っていたが、日本も夏か冬かの極端な気候になりつつあるように思う。

その中間にあった春や秋が年々短く、否、春や秋を感じられる日が無くなってしまった。

穏やかな天候や気候をもたらすその二季は、人々の気持ちも和ませてくれていたように思う。

いまは、季節も世相を反映してか、0か1か、黒か白か…と、ハッキリしつつある。
それは、季節に限らず、世の人々の言動や思考にも表れているようだ。

それらは、ときに、仕事でも私生活でも、合理的でありラクだったりする。
どちらかハッキリさせた方が、物事を進めやすいことも否めない。

しかしながら、春や秋のように、両極端な季節の中間となる、緩衝的な心持ちのある人は、人間としての厚みや生きてきた年輪の大きさ、面白さを感じてしまう…

そんな人に稀に出逢うと、自分もそうでありたいなぁ…と自省してしまう。

地球的異常気象や激変の世界情勢の時代を生きつつも、春や秋のような感受性や心持ちを大切にしていたい、と思った今朝の冷え込みであった。

ごくごく限られた人はご存知だが、車掌長も今年の6月から仕事のスタイルが激変し、心の余裕をどこかに置き忘れてきた感があった。

それは、乗務日誌を綴る回数に如実に現れている…

最近、ようやくそのリズムに、体も心も慣れてきたように思う。

そういえば、今年はオリンピックがあったにも関わらず、冬に大風邪をひかなかった。
4年に一度、きまってオリンピック開催年の冬に、40度を超すような熱を出す風邪を患い、「あぁ、オリンピックが来るな…」などと、自分にしかない独特な感慨を、20年近く持ち合わせていた。

言い換えれば、それ以外は滅多に風邪をひかない体だった。

今年は4年に1度のイベント的大熱を出していないのも、異常気象ならぬ、異常体調の現れか…

末筆ながら、今年は久しぶりに10月10日が「体育の日」だった。
昭和が体に沁みこんだ人間にとっては、なんとなく落ち着く祝日であった。

 

 

4歳になった君へ

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2016年9月21日 20:52

今日は君の4歳の誕生日

昨日までは、せっかくの誕生日が台風で大雨かな…と思っていました。
けれど、起きてみたら台風は消え、薄日も射すような空でした。

きっと、お日様が台風をなくしてくれたのかもしれません。
いつもニコニコしている子が、お日様も好きなのかもしれません。

もしくは、いつもメソメソしている子を、明るくするために応援してくれるのかもしれませんね。

ちょうど、1年前、君への想いや願いを書いたものが、飛行機の機内誌に載りました。
もう、この場で公開しても良い時期かと思うので、ここで紹介します。

もうすぐ3歳になる君へ

先日、学生時代の友人の結婚を祝う会があり、ANAで佐賀へ。
2歳の息子には席は不要だが、ふとその成長に気づくと、膝上は窮屈に感じた。
そして、いつもながら「泣いて周りにご迷惑をかけませんように…」と祈る。
すでに何度か飛行機に乗せていて、毎回いろいろな工夫を試みていた。
飛ぶ時間帯を普段の昼寝に合わせ、離着陸時は耳抜き対策として授乳や飲物を与え、オムツ替えに備えて席もなるべく最後部付近を選ぶ。
また、混雑した機内では「ご迷惑をおかけします」と近くの方々に一言声をかける。
これは父である私の役目と心得た。
しかし、さまざまな事態に備えて万全と思っていても、泣く時は泣くものだ。
そんな時、私ども夫婦にとって安堵できたのは、CAの方々の息子への声かけや微笑み、眼差しなどの対応であった。

飛行機が大好きな息子も、次回の搭乗時は、自分の席が必要な3歳になる。
そんなお兄ちゃんになる君に、父から一つお願いがある。
もし、周りで泣いている子がいたら「大丈夫だよ!」と、そしてCAの皆さんに何かをしていただいたら、「ありがとう」と言ってほしい。

発語の遅れている息子だが、いつかそんな言葉が彼の口から出る日を願いつつ、空の上を飛んだ。
雨の予報だった佐賀は、晴れ間も覗く天候で、友人を祝福しているように、眼下に広がる水田も輝いていた。

(ANA機内誌「翼の王国」2015年12月号、読者投稿欄『郵便飛行』より抜粋)

あれから1年、いや、今春の幼稚園入園から約半年の君の成長は、めざましいものがありました。
まだまだ、私ども以外の人が聞けば、伝わらない言葉も多いけれど、自分の意志や気持ちを伝えられるようになりましたね。

きっと、来年のいまごろは、もっとたくさんの言葉が喋れるようになっていると思います。

お日様はきっと、いつも君を温かく見守ってくれていると思います。
そして、私どもは、いまは一緒に横に並び、手を取り、ともに歩んでいますが、いずれ、君の影になり、自分で自分の道を切り拓く姿を、後ろから応援したいと思っています。

いつの日か、そんな私どもの存在を気にもしなくなれば、一人前だと思えます。
そんな日が、やがて訪れることを知っています。

だからこそ、いまの一日一日を精一杯生きる君との時間を、大切にし向き合おうと思います。

今日できなかったことが、明日はできるかもしれない。
明日できなくても、いつかできる日がくる…

そんな心持ちでいると、1年はあっという間です。

君に合った環境や設備といった、整った「ハード」を用意したり探すのは、時間的にも、金銭的にも限界があります。
だけど、君の心に合わせる「ハート」は、いつも持ち合わせていたいと思います。

いつの日か、君が文章も読めるようになり、この乗務日誌を目にするとき、こんな想いを私どもが抱いていたことを知るときが、きっと来るのでしょう…

そんなときに呑むお酒は、きっと美味しいのだと思います。

今日は4歳の誕生日、こころからおめでとう。

乾杯!

 

回転展望台(哲×鉄車掌区慰安旅行②)

カテゴリー:③番線:時間旅行、時刻表方面 2016年9月12日 04:47

慰安旅行2日目、目覚めると快晴の青空。

昨日までの土砂降りの雨が、嘘のような天候に目を疑った。
心は弾み、まだ寝ている専務車掌と車掌見習を部屋に残し、独り露天風呂へと向かう。

風がヒンヤリして、熱めの男鹿温泉の湯がとても心地良かった。
台風に伴う前線は抜け去り、台風一過で空気がガラッと入れ替わったようだ。

朝食後、8:30出発。一路入道崎を目指した。

入道崎を訪れるのは2回目。
日本海に突き出た白黒の縞模様の灯台が印象的。

荒々しい断崖の上に、不釣合いに穏やかな草原が広がる。
青空と蒼い海、緑の草原、白黒模様の灯台が、なんともファンタジーな光景…
そして、そこを車掌見習が嬉しそうに小走りする様子は、ポエム的でもあった。

草地の上には北緯40度を示すモニュメントもあった。
緯度1度の距離は、おおよそ111㎞とわかりやすい数字。

ちなみに東京は約35度であるから、その距離感は大体把握できる。

満足するまで滞在し車に戻ると、およそ1時間以上遊んだことになる。
広大な駐車場には観光バスが到着し始めたが、大体30分ほどでここを立ち去るようだ。

次の行程をこなすためには仕方ないのだろうが、一通り写真を撮って、土産屋を覗き、トイレを済ませるだけの所業は、なぜか、「そこに行きました」というアリバイだけを残す、非常に勿体無い旅だと思ってしまう…

各観光箇所で、このようなパターンを繰り返すと、どこも均一的な想い出に陥ってしまうだろう。
その点、観光バスに依存しない欧米系の外国人観光客は「自由」だ。
やはり、心と時間(休暇)に余裕があるのだと察する…

車を走らせ、男鹿半島西海岸を南下。
断崖上を道がうねるように続き、蒼い海を右手に見ながら走る。

こんな道はオートバイであれば、もっと爽快な気分であろう。
伊豆西海岸にも似た風景だが、俗化していない素朴な美しさに心が洗われる想いがした。
きっと、水平線に沈む夕陽も見事であろう…

男鹿市内に入り、昨日に引き続き「昭和レトロ自販機」を訪問。
男鹿水産という海産物の加工販売店の軒先に、お目当ての1台は佇んでいた。

昨日の雲沢ドライブインと同じ機種だったが、メニューは「天ぷらうどん」と「天ぷらそば」。
うどんをチョイスし、25秒のカウントダウン表示に見入った。

受取口から出された容器は、湯が溢れるほど注がれていた。
機械の調子が悪いのかもしれないが、老体の機械に敬意を払いつつ汁をすすった。

次は寒風山へ向かった。"かんぷうざん"と読む。
子どもの頃から時刻表の地図を見て気になっていた地名だ。

なんとも寒そうな山の名前だが、日本有数の芝生で覆われた山であり、この日目にした山容はとても女性的な曲線が印象的だった。

山頂には回転展望台があり、1周13分ほどで、360度の大パノラマを座りながら満喫した。
回転展望台や回転展望レストランも、昭和の時代には結構存在していたと思うが、今や貴重な名所だと思う。

ちなみに、車掌長が大好きな回転展望レストランは、有楽町にある東京交通会館15階の"銀座スカイラウンジ"。
飲食単価も高く、なかなか訪れることはできないが、眼下を行き交う新幹線や、「東京」を実感できるパノラマが何よりのご馳走だと思う。

この日は、回転こそしないが、展望台下にあるレストランで、秋田市街を遠望しつつランチとした。

男鹿半島をのんびり観光した後は、今日の宿泊地である「あいのり温泉」を目指した。
 

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