ラジカセ50年

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2017年8月 3日 04:51

 昨夜のNHKニュースで、ラジカセ展の話題を観た。

ラジカセが世に出て今年で50年になるという。
そこで、家電収集家の御方が都内の百貨店で「ラジカセ展」を開いているという。

50年という時の流れが、まさに車掌長と同い年であることも感慨深く愛おしい…

「ラジカセ」…車掌長世代前後の方々には、懐かしいモノの代表的な響きだろう。
スマホ全盛時代の今日、比べればなんと武骨で面倒そうな「キカイ」だと思われるだろう…

しかしながら、これがよいのだ…

車掌長が子どもの頃、若いお兄さん達は、旅行カバンと見紛(みまが)うような、大きなラジカセを持参して長距離列車に乗っていた。

ときに、ヘッドフォンなど使わず、ラジカセからそのまま音楽を聴く姿も見受けられた。
ボックスシートに座ったふたりが、本来であれば迫力ある音楽を楽しめるはずの大きなスピーカーに左右それぞれ耳を寄せ、周囲に迷惑が及ばぬよう音量ツマミを左に回し、向い合せにぶつかる脚は軽快なリズムを刻んでいた。

車掌長が想い出に残っているラジカセは、中学入学の頃にテレビCMで流れていたパイオニア「Runaway」。ふと思い出し、YouTubeで探し再会してみた。

シャネルズが歌う商品名と同じ曲が流れ、アメリカのAmtrak(アムトラック)の列車がホームに滑り込むシーンに、記憶が呼び覚まされた。

また、「おしゃれなテレコ」で一世を風靡した、サンヨーの「U4」も懐かしかった。
これはまだ、車掌長も所有している。

車掌長も高校時代の友人との鉄道旅には、必ずこれを持参していた。
今思えば、旅行の荷物も多く、いまほどスマートではなかった。

このような家電製品も、当時の価格を見ると高価な品物だった。
そして、それを買うためにお金を貯めたり、何かを我慢して節約する楽しみがあり、所有した時の無上の喜びがあったものだった。

そして、欲しいモノというのは、たやすく手に入るよりも、手に入れるまでのプロセス(時間)も愛着の深さへ繋がるドラマがあった。

それは、今日の大量消費、使い捨て文化とは対照的なモノへの愛情があった。

そんなモノたちへ車掌長も再会したくなってしまった。
そのラジカセ展へ行ってみようと思う。

 

コメント(2件)

希望者挙手さんからのコメント(2017年8月19日 00:41投稿)

こんばんは
大変ご無沙汰してしまいました。

私もラジカセ大好きで、中学生の頃は、ラジカセをはじめオーディオ機器のパンフレットをたくさん集めたものでした。
残念ながら、そのコレクションはもう残っていませんが。

私が東京で独り暮らしを始めて半年以上、テレビはなく、アイワのラジカセだけという生活でした。

ところで、パイオニアのランナウェイのCMと言えば、私は「さらばミシシッピー」ですね。柳ジョージとレイニーウッドの名曲です。
それから、ソニーのXYZと書いて「ジーゼット」。その読み方もカッコよかったですが、ビリー・ジョエルの「マイ・ライフ」というCMソングもカッコよかったですね。

ちなみに、ベルトクイズQ&Qというテレビ番組で、夏休み子供大会の賞品にあつた、ラジカセにテレビ機能がついた「ラテカセ」に憧れたものでした(笑

今、我が家にあるのは、ケンウッドのランページというMD対応のCDラジカセで、平成に購入したものです(笑
それからソニーの「リバティ」というオーディオ・コンボもあるのですが、これは昭和60年に初任給で買ったもので、修理が必要な状態ですが、これは手放すつもりはありません。

それから、FMステーションやレコパルのカセットレーベルもたくさん持ってますよ(笑

車掌長さんからのコメント(2017年8月20日 06:18投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます

同世代として「ラジカセ」にまつわるエピソード、懐かしく拝見し嬉しく思いました。

ソニーの「XYZ」は存じませんでしたが、調べてみて年上の従兄弟が持っていたものかな…と思い出しました。
中央にラジオのアンテナが2本あり「V字」に広がるところが特に…

また、「ベルトクイズQ&Q」も懐かしい番組ですネ!
車掌長も夏休みなど、これを観るのが好きでした。

今と違い、当時のクイズ番組は「視聴者」が主役でした。
そして、そこに親しみや身近さ、いつか自分も出てみたいな…という憧れがありました。

今のクイズ番組は、芸能人ばかりが回答し、車掌長にとっては全く面白くありません。
ウケ狙いの的外れな回答も、車掌長には可哀想な「やらせ」という印象です。

現存するクイズ番組で好きなのは、「パネルクイズ・アタック25」くらいとなり、寂しい限りです。

希望者挙手さんが「ラテカセ」が賞品だった旨、記しておられますが、他にも子ども大会では「白いギター」「てんとう虫レコードプレーヤー」「フラッシャー付自転車」etcがあり、当時の子どもたちが欲しかったモノに、時代感が投影されていました。

また、リバティのようなオーディオ・ミニコンポも、同世代の者には「憧れ」でしたネ。

まさに、手にしたときや聴くときの歓喜があったように思います。

1つ1つのパーツを積み重ね、システム全体が組み上がった時の「威容」は、所有するまでの苦労が報われた瞬間でもあったと思います。
価格も相当高価でしたし…

修理が必要な状態とのことですが、ぜひぜひ、修理できる方をお探しになって、ご自身の「家宝」として末永く大切になさってください。

ふと思いましたが、希望者挙手さんや車掌長にとって、「断捨離」など、無縁な概念ですネ(笑)

きっと、自身がこの世から居なくなったとき、迷惑するのは家人なのでしょうけど、これらこそ、自分が生きた「証」でることも否めません。

話が全く変わり恐縮ですが、昨日8月19日は「バイクの日」でしたね。

ふと、希望者挙手さんやバイク好きの学生時代の友人を思い出しました。

そして、新聞には二輪車専用のETC利用による「周遊プラン」の広告が掲載されておりました。

ツーリングに最適なエリアが3つ設定されており、なかなか面白いなと思いました。

2件のコメントがあります → まだまだコメントお待ちしてます!

海の想い出

カテゴリー:③番線:時間旅行、時刻表方面 2017年7月17日 04:36

今日夜中2時前、車掌見習が急な熱発。その対応で起きた。

色々動いたら目が覚めてしまい、ゴミを出したついでにポストを覗いたら既に朝刊が届いていた。
日常3時半から4時の間に新聞を取りに行っているが、2時半過ぎに配達されていたとは知らなかった。

今日は「海の日」で、それに因んだ記事も見受けられた。
この休日も出来た当初は、7/20だったが、いつの間にか7月第3週月曜、いわゆる「ハッピーマンデー」の一員になってしまった。

だが、この「海の日」が制定された当初は、もともとあった「海の記念日」(7/20)に由来していたはず…だ。
何でも3連休にしてしまうのは、何事も消費活動を「是」とする経済性第一の悪しき発想で、本来の意義を軽視する一貫性の無い国柄だなぁ…と思ってしまう。

また何より、月曜ばかりに偏って休みになると、病院の外来体制や大学等の講義でも、それに該当する先生方の調整や、影響を受ける患者、学生も迷惑だったり大変だろう…と想像してしまう。

ところで、車掌長も「海の日」に因み、海の想い出の記憶を手繰(たぐ)ってみた。

車掌長自身が「海」を好きになったのは、小学2年生の夏であった。

その頃、車掌長は親の都合でよくあちこちの親戚宅に預けられていた。
そしてその夏は、母方の兵庫県の親戚宅で3週間ほど暮らしていたが、その際、親戚総出の旅行に連れられ、同県の城崎(きのさき)温泉へ行ったのであった。

外湯の「一の湯」に程近い定宿に3泊したが、そこを拠点に毎日、全但交通のバスで40分ほど揺られて到着する"竹野浜"という海水浴場に出掛けた。
このバスは海岸線の断崖に沿った道を走るのだが、その車窓がまた素晴らしかった。

砂浜はサラサラの白砂で、西側には独特な形が印象深い猫崎半島があり、それまで見たことのない、とても綺麗な海水浴場だった。
大人たちは海の家で座敷を陣取り、ビールを飲んだり、談笑したり、寝ていたりしてほとんど海に入らずにいた。

当時は子ども心で、せっかくこんな綺麗な海に来たのにもったいないなぁ…などと感じたものだが、いま車掌長自身がオジサンの歳になると、その行動様式が非常に理解できるのであった。

一日中、年上の従兄弟たちと遊んでもらったり、黙々と砂浜で穴を掘ってみたり…
小学2年生の車掌長は真っ黒になってよく遊んだ。

しかしながら、旅館に戻り夕食を終え、ふと旅館の縁側の窓から温泉街を歩く親子連れを見ると、寂しくなって目に涙を浮かべたりしたものだった。

今にして思えば、この城崎温泉で毎朝夕と外湯を巡ったことが、温泉好きにもなった発端であった。
浴衣と下駄で旅館の玄関に置いてある外湯券をもらい、好きな湯にあちこち入り、湯上りに土産物店や射的場を徘徊する醍醐味は、海水浴に並んでエキサイティングな楽しみでもあった。

車掌長にとって、初めて綺麗だなと思った記憶のある海の想い出は、そんな竹野浜と城崎温泉であった。

そんな城崎温泉にも、久々に行ってみたくなった。
車掌見習を連れて、想い出の海水浴場と温泉地を訪ねるのも一興に想う…

 

 

15分500円のパーキング

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2017年7月12日 19:21

暑中お見舞い申し上げます…

とは、梅雨が明けてから言うべきフレーズ。
しかしながら、フライング気味に口にしたくなる今日この頃の猛暑。

今週は東京都心の再開発の槌音で賑わう某所で仕事をしているが、コインパーキングの高さに驚愕した。
しかも、最大料金のある所や、単価の安い枠は全て満車…

不本意ながら、15分500円というスペースに停めざるおえない状況に閉口した。
こんなところで引き合いに出すのも、これまた不本意だが、専務車掌の某県実家近くの私鉄終点駅前は、1日停めて600円ほどだ。

駐車料金を気にしながら、所用を1時間余りで切り上げたものの、精算額は2500円也。
もちろん、それは立替えるのみで車掌長の懐には影響しないが、何か解(げ)せない…

最近は80年代後半から90年にかけてのいわゆるバブル景気を超える景況とのこと…
人手不足が言われて久しいが、現に働く側にとっては、「どこが好景気?」と思ってしまう。

大企業の内部留保も過去最高のようだが、働く者への分配は雀の涙にも満たないのが実感だ。

働く人間など、使う側にとっては、単なる「道具」「消耗品」なのかもしれない。
安く順応に使える無抵抗な若者の方が、今の使用側には扱いやすいのだろう。

本来であれば「褒美」とは、他者や目上の者から与えられるモノだと思うが、それが乏しい、或いは期待できない今日日(きょうび)は、自分で自分にご褒美を与えるという、何とも慎ましいというが、「セルフ」時代もここまで来たか…と嘆かわしい状況になってしまった。

伸び悩む給与で、かつ、ご褒美も評価もセルフで…
どんなに「働き方改革」が叫ばれても、真剣に取り組もうとしない財界や政府にしてみれば、そんなささやかな行動を、せせら笑っているようにも思える。

上述の15分500円のパーキングも、個人で停められるものなら停めてみろ!、と見下されているようで、その街全体が虚しい空間として目に映り、長居したくない気持ちになる。

おそらく、東京オリンピックという祭りが終われば、大暴落するであろう地価やマンション、ひいてはこんなコインパーキングの異常相場も、その時になって振り返れば、何の実態も無い徒花(あだばな)だったと思えるのだろう…

今は堅実に暮らして「吉」。
そんなことを思わされた、クレイジーなコインパーキングの話…
 

 

投了

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2017年6月27日 05:27

忙殺だった6月が終わろうとしている。

6月は2、3ヶ月あったような気もするし、2、3日だったような気がしないでもない…
そんな感慨の月であった。

そんな想いに耽っていたら、将棋界で偉業を成し得た14歳のニュースが不意に飛び込んだ。
藤井四段の29連勝だ。

最年少棋士として話題に事欠かないが、人間は年齢でなく、その「人」にこそ魅力や凄さ、脆(もろ)さや弱さがあり、それらが「人間的」であることの証なのだろう…

昨今は、将棋の世界においても、コンピューターの方が人間よりも優れていることが実証された。
アナログ人間の車掌長としては、面白くない話だ。

しかしながら、将棋における人間の魅力は、自身で負けを認める「投了」にあると車掌長は思う。

競技スポーツの世界には、審判員やレフリー、行司というように、勝ち負けを判断する人間が存在する。ときに、審判も人間である以上、ジャッジに誤りもある。

だが、ルール上は審判員の判断を「是」としなければ、勝敗がつかないし、混乱も起こる。

その点、将棋の「投了」は明快だ。
自身が相手に対し、「負けました」「参りました」等の言葉を伝え、負けを自ら認めなければならない。

これは勝負の世界において、己の力の無さ、足りなさを痛感する一言だ。

車掌長は勝った藤井四段も凄いが、投了した側の諸々の感慨も想像した…

翻(ひるがえ)って、車掌長自身も日常生活において、己の力の無さを省みて「投了」を意識する謙虚な、潔い心持ちを大切にしたいと思った。

もちろん、それはわざわざ口にして言うような大袈裟なものではないが、「心持ち」として、意識していると「慢心」や「驕り」から起きる災いを回避できるのでは…と感じる。

四段ならぬ余談になってしまったが、素直に藤井四段の快挙を祝福したい。

 

 

シロツメクサ

カテゴリー:⑤番線:feel the season方面 2017年6月14日 20:28

♪シロツメクサの花が咲いたら さあ行こうラスカル
 6月の風が渡る道を ロックリバーへ遠乗りしよう

子どもの頃、「世界名作劇場」という番組があった。
ムーミン、アルプスの少女ハイジ、フランダースの犬…

車掌長が小学生だった頃、日曜夜7時半からは決まってこの番組を観ていた。

冒頭の曲の出だしは「あらいぐまラスカル」だ。
この作品の前がフランダースの犬や、母をたずねて三千里だったので、明るい作風に子どもながらに戸惑いがあったものの、これはこれで爽やかな物語であった。

子どもの頃から動物が苦手な車掌長だが、アニメで見ている限りは、こんなあらいぐまなら可愛いな…などど思っていた。

と、こんな話をしたかったのではなく、今日は久々に夕方早い時間に家に帰れたので、専務車掌と車掌見習とともに夕食を楽しんだ。

そのとき、今日公園で専務車掌と車掌見習がシロツメクサを摘んで、ブレスレットを作ったと聞き、それを見せてもらったのだった。

今月は出張でほとんど東京におらず、あっという間に半月が過ぎた感慨だが、留守中も日々こうして穏やかにノビノビと過ごしていることを知り、ふと癒される想いであった。

今更ながら、専務車掌には日頃の車掌見習とのかかわりに感謝したい。

車掌長もいまが年間を通して最も忙しい時期だが、それを裏方で支えてくれているのは専務車掌だからだ。

とくに、今年の6月はお祓(はら)いをしてもらった方がよいのでは…と思うほど、仕事上のトラブルに複数見舞われ、閉口の日々であった。

ゆえに、そんなこととは無関係に、日々を精一杯遊んでノビノビ育つ車掌見習の話を聞くと、一服の清涼剤というか、癒しというか…ほのぼのとした気分に浸れる。

専務車掌のこうした関わりは、決して金銭的な対価としての報酬がどこからかあるわけではない。

しかしながら、体力的にも、精神的にも、日々子どもと向き合う時間というものは、労働のようにキツイものだと理解している。

そうした労力は、時給や月給というカタチにはならないが、いつの日かきっと、そうしたものとは換算できないほどの喜びや報いがあるのだと思う…

なかなか照れくさくて、日々の会話の中で口に出しては言わないが、改めてお礼を言いたい。

いつもどうもありがとう

シロツメクサは、クローバー。
きっと、いつの日か、こうした同じような日々の中に、ふと四つ葉に出逢えるときがあるのだろう…


 

前の5件 1234567891011