海の想い出

カテゴリー:③番線:時間旅行、時刻表方面 2017年7月17日 04:36

今日夜中2時前、車掌見習が急な熱発。その対応で起きた。

色々動いたら目が覚めてしまい、ゴミを出したついでにポストを覗いたら既に朝刊が届いていた。
日常3時半から4時の間に新聞を取りに行っているが、2時半過ぎに配達されていたとは知らなかった。

今日は「海の日」で、それに因んだ記事も見受けられた。
この休日も出来た当初は、7/20だったが、いつの間にか7月第3週月曜、いわゆる「ハッピーマンデー」の一員になってしまった。

だが、この「海の日」が制定された当初は、もともとあった「海の記念日」(7/20)に由来していたはず…だ。
何でも3連休にしてしまうのは、何事も消費活動を「是」とする経済性第一の悪しき発想で、本来の意義を軽視する一貫性の無い国柄だなぁ…と思ってしまう。

また何より、月曜ばかりに偏って休みになると、病院の外来体制や大学等の講義でも、それに該当する先生方の調整や、影響を受ける患者、学生も迷惑だったり大変だろう…と想像してしまう。

ところで、車掌長も「海の日」に因み、海の想い出の記憶を手繰(たぐ)ってみた。

車掌長自身が「海」を好きになったのは、小学2年生の夏であった。

その頃、車掌長は親の都合でよくあちこちの親戚宅に預けられていた。
そしてその夏は、母方の兵庫県の親戚宅で3週間ほど暮らしていたが、その際、親戚総出の旅行に連れられ、同県の城崎(きのさき)温泉へ行ったのであった。

外湯の「一の湯」に程近い定宿に3泊したが、そこを拠点に毎日、全但交通のバスで40分ほど揺られて到着する"竹野浜"という海水浴場に出掛けた。
このバスは海岸線の断崖に沿った道を走るのだが、その車窓がまた素晴らしかった。

砂浜はサラサラの白砂で、西側には独特な形が印象深い猫崎半島があり、それまで見たことのない、とても綺麗な海水浴場だった。
大人たちは海の家で座敷を陣取り、ビールを飲んだり、談笑したり、寝ていたりしてほとんど海に入らずにいた。

当時は子ども心で、せっかくこんな綺麗な海に来たのにもったいないなぁ…などと感じたものだが、いま車掌長自身がオジサンの歳になると、その行動様式が非常に理解できるのであった。

一日中、年上の従兄弟たちと遊んでもらったり、黙々と砂浜で穴を掘ってみたり…
小学2年生の車掌長は真っ黒になってよく遊んだ。

しかしながら、旅館に戻り夕食を終え、ふと旅館の縁側の窓から温泉街を歩く親子連れを見ると、寂しくなって目に涙を浮かべたりしたものだった。

今にして思えば、この城崎温泉で毎朝夕と外湯を巡ったことが、温泉好きにもなった発端であった。
浴衣と下駄で旅館の玄関に置いてある外湯券をもらい、好きな湯にあちこち入り、湯上りに土産物店や射的場を徘徊する醍醐味は、海水浴に並んでエキサイティングな楽しみでもあった。

車掌長にとって、初めて綺麗だなと思った記憶のある海の想い出は、そんな竹野浜と城崎温泉であった。

そんな城崎温泉にも、久々に行ってみたくなった。
車掌見習を連れて、想い出の海水浴場と温泉地を訪ねるのも一興に想う…

 

 

15分500円のパーキング

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2017年7月12日 19:21

暑中お見舞い申し上げます…

とは、梅雨が明けてから言うべきフレーズ。
しかしながら、フライング気味に口にしたくなる今日この頃の猛暑。

今週は東京都心の再開発の槌音で賑わう某所で仕事をしているが、コインパーキングの高さに驚愕した。
しかも、最大料金のある所や、単価の安い枠は全て満車…

不本意ながら、15分500円というスペースに停めざるおえない状況に閉口した。
こんなところで引き合いに出すのも、これまた不本意だが、専務車掌の某県実家近くの私鉄終点駅前は、1日停めて600円ほどだ。

駐車料金を気にしながら、所用を1時間余りで切り上げたものの、精算額は2500円也。
もちろん、それは立替えるのみで車掌長の懐には影響しないが、何か解(げ)せない…

最近は80年代後半から90年にかけてのいわゆるバブル景気を超える景況とのこと…
人手不足が言われて久しいが、現に働く側にとっては、「どこが好景気?」と思ってしまう。

大企業の内部留保も過去最高のようだが、働く者への分配は雀の涙にも満たないのが実感だ。

働く人間など、使う側にとっては、単なる「道具」「消耗品」なのかもしれない。
安く順応に使える無抵抗な若者の方が、今の使用側には扱いやすいのだろう。

本来であれば「褒美」とは、他者や目上の者から与えられるモノだと思うが、それが乏しい、或いは期待できない今日日(きょうび)は、自分で自分にご褒美を与えるという、何とも慎ましいというが、「セルフ」時代もここまで来たか…と嘆かわしい状況になってしまった。

伸び悩む給与で、かつ、ご褒美も評価もセルフで…
どんなに「働き方改革」が叫ばれても、真剣に取り組もうとしない財界や政府にしてみれば、そんなささやかな行動を、せせら笑っているようにも思える。

上述の15分500円のパーキングも、個人で停められるものなら停めてみろ!、と見下されているようで、その街全体が虚しい空間として目に映り、長居したくない気持ちになる。

おそらく、東京オリンピックという祭りが終われば、大暴落するであろう地価やマンション、ひいてはこんなコインパーキングの異常相場も、その時になって振り返れば、何の実態も無い徒花(あだばな)だったと思えるのだろう…

今は堅実に暮らして「吉」。
そんなことを思わされた、クレイジーなコインパーキングの話…
 

 

投了

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2017年6月27日 05:27

忙殺だった6月が終わろうとしている。

6月は2、3ヶ月あったような気もするし、2、3日だったような気がしないでもない…
そんな感慨の月であった。

そんな想いに耽っていたら、将棋界で偉業を成し得た14歳のニュースが不意に飛び込んだ。
藤井四段の29連勝だ。

最年少棋士として話題に事欠かないが、人間は年齢でなく、その「人」にこそ魅力や凄さ、脆(もろ)さや弱さがあり、それらが「人間的」であることの証なのだろう…

昨今は、将棋の世界においても、コンピューターの方が人間よりも優れていることが実証された。
アナログ人間の車掌長としては、面白くない話だ。

しかしながら、将棋における人間の魅力は、自身で負けを認める「投了」にあると車掌長は思う。

競技スポーツの世界には、審判員やレフリー、行司というように、勝ち負けを判断する人間が存在する。ときに、審判も人間である以上、ジャッジに誤りもある。

だが、ルール上は審判員の判断を「是」としなければ、勝敗がつかないし、混乱も起こる。

その点、将棋の「投了」は明快だ。
自身が相手に対し、「負けました」「参りました」等の言葉を伝え、負けを自ら認めなければならない。

これは勝負の世界において、己の力の無さ、足りなさを痛感する一言だ。

車掌長は勝った藤井四段も凄いが、投了した側の諸々の感慨も想像した…

翻(ひるがえ)って、車掌長自身も日常生活において、己の力の無さを省みて「投了」を意識する謙虚な、潔い心持ちを大切にしたいと思った。

もちろん、それはわざわざ口にして言うような大袈裟なものではないが、「心持ち」として、意識していると「慢心」や「驕り」から起きる災いを回避できるのでは…と感じる。

四段ならぬ余談になってしまったが、素直に藤井四段の快挙を祝福したい。

 

 

シロツメクサ

カテゴリー:⑤番線:feel the season方面 2017年6月14日 20:28

♪シロツメクサの花が咲いたら さあ行こうラスカル
 6月の風が渡る道を ロックリバーへ遠乗りしよう

子どもの頃、「世界名作劇場」という番組があった。
ムーミン、アルプスの少女ハイジ、フランダースの犬…

車掌長が小学生だった頃、日曜夜7時半からは決まってこの番組を観ていた。

冒頭の曲の出だしは「あらいぐまラスカル」だ。
この作品の前がフランダースの犬や、母をたずねて三千里だったので、明るい作風に子どもながらに戸惑いがあったものの、これはこれで爽やかな物語であった。

子どもの頃から動物が苦手な車掌長だが、アニメで見ている限りは、こんなあらいぐまなら可愛いな…などど思っていた。

と、こんな話をしたかったのではなく、今日は久々に夕方早い時間に家に帰れたので、専務車掌と車掌見習とともに夕食を楽しんだ。

そのとき、今日公園で専務車掌と車掌見習がシロツメクサを摘んで、ブレスレットを作ったと聞き、それを見せてもらったのだった。

今月は出張でほとんど東京におらず、あっという間に半月が過ぎた感慨だが、留守中も日々こうして穏やかにノビノビと過ごしていることを知り、ふと癒される想いであった。

今更ながら、専務車掌には日頃の車掌見習とのかかわりに感謝したい。

車掌長もいまが年間を通して最も忙しい時期だが、それを裏方で支えてくれているのは専務車掌だからだ。

とくに、今年の6月はお祓(はら)いをしてもらった方がよいのでは…と思うほど、仕事上のトラブルに複数見舞われ、閉口の日々であった。

ゆえに、そんなこととは無関係に、日々を精一杯遊んでノビノビ育つ車掌見習の話を聞くと、一服の清涼剤というか、癒しというか…ほのぼのとした気分に浸れる。

専務車掌のこうした関わりは、決して金銭的な対価としての報酬がどこからかあるわけではない。

しかしながら、体力的にも、精神的にも、日々子どもと向き合う時間というものは、労働のようにキツイものだと理解している。

そうした労力は、時給や月給というカタチにはならないが、いつの日かきっと、そうしたものとは換算できないほどの喜びや報いがあるのだと思う…

なかなか照れくさくて、日々の会話の中で口に出しては言わないが、改めてお礼を言いたい。

いつもどうもありがとう

シロツメクサは、クローバー。
きっと、いつの日か、こうした同じような日々の中に、ふと四つ葉に出逢えるときがあるのだろう…


 

「夢ハウス・あずさ号」乗車

カテゴリー:①番線:鉄道(JR・私鉄)方面 2017年5月 4日 04:47

夢は叶う…そんなことを実感させてくれる体験をした。

風薫る五月、GW後半突入前日が車掌見習の通う幼稚園の開園記念日で休みだった。
ならば…と、車掌長も急遽代休を取り、以前から体験してみたかった宿の予約を取った。

その名は「夢ハウス・あずさ号」
2年ほど前、列車として泊まれる宿(施設)を探していた折、見つけた宿だった。

しかしながら、その頃はまだ車掌見習が小さすぎて、連れて行っても記憶に残らないだろう…と機会を探しながら温存しておいた。

当日は6時半に車掌区を出発、関越・上信越道を通り、9時過ぎに上田城に着けた。
昨年「真田丸」で賑わった余韻を感じながら、藤が見頃となった城跡を散策した。

上田駅で車を置き、北陸新幹線に1区間だけ乗車。
3月から車掌見習と始めた「鉄道ふたり旅」信州版ミニを、専務車掌も加え敢行した。

佐久平で小海線に乗り換え小諸へ。
ディーゼルカーの車窓からは、遠くの山々の頂には残雪が光り輝き、手前の山々では新緑が芽吹き、淡い緑や濃い目の緑がパッチワークのように混在し、まさに「山笑う」春の到来を楽しませてくれた。

小諸到着後、駅前の食堂で昼食をとり、懐古園へ向け跨線橋を渡った。
懐古園入口となる三の門は、小学6年の移動教室で来た際に集合写真を撮ったが、当時とほとんど変わらない光景に懐かしさが込み上げた。

三の門を潜(くぐ)り本来であれば、城下町よりも低い位置にある全国的にも珍しい「穴城」の城跡を見学したかったが、さきほども上田城に行き、車掌見習に我慢を強いたので、ここは車掌長が譲って隣接の児童遊園地に足を向けた。

ここは市営とあって入園料も不要で、幼児向けのアトラクション利用時のみ、のりもの券を買うシステムで、メリーゴーランドやミニSLなどがお客さん待ちの貸切状態だった。

のどかな時間が流れ楽しかったが、個人的には敷地中央に鎮座していた長野県警航空隊のヘリコプター「初代やまびこ」に目が留まった。
この機体が、日航ジャンボ機墜落事故の際に生存者発見に尽力したことを知った。

再び小諸駅に戻り、次のしなの鉄道の列車まで時間があったので、車掌長単独で駅周辺を散策。
長野新幹線開業で東京を結ぶメインルートから外れ、寂れた印象は否めないが、昔ながらの駅舎の佇まいやラッチ(有人改札)を見ると、心が和んでしまう。

また、駅前の路地裏には飲食店が肩を寄せ合うように並び、往時の活気が想像できた。
こうした路地が形成する独特な「街」の造りや空気は、アイデアや活用次第で人が訪れる仕掛けになり得るなぁ…と感じた。

そんな感慨に耽(ふけ)り115系電車で上田に戻ると、チェックインの時間が近づいた。

上田駅の駐車場で宿の住所をナビに入れてみると、3㎞弱、10分足らずと算出された。
千曲川を渡り、左方向に車を走らせると、ほどなく看板が現れ右折、宿に到着した。

宿の入口横には、「あずさ」の先頭車両がガラス越しに見えた。
胸高鳴る瞬間であった。

玄関の引戸を開け、ご挨拶をすると駅長の鈴木さんが出迎えてくれた。
そして、外観からは想像がつかない広い空間と、1両の列車が目に飛び込んできた。

家屋内にあずさ号が停車している…
ちょっと、現実と夢想とを錯覚してしまうが、今宵の宿であることを次第に認識した。

車掌長がこのように段階的に目の前の現実を受け入れる心の準備をしたのと裏腹に、車掌見習はそういう面倒な思考のプロセス無しに、本能的にあずさ号の中へと消えて行った…

その姿を見て、鈴木駅長が早速、車掌見習を運転席に案内してくれた。
マスコンキーを運転台に差し込み、幾つかの操作方法を教えて下さった。

宿泊中は、運転席に上がり放題、車内放送や鉄道唱歌のオルゴール音、自動ドア開閉も可、そして滞在のシメは翌朝の警笛を一笛鳴らせる…
このようなことを含め、1車両丸ごとを貸切で滞在できるのであった。

車内は畳敷きであるが、座席の一部はオリジナルなまま残され、走行こそしないものの、どこかの駅に停車中であるような楽しみ方はできる。

この183系の座席は車掌長も子どもの頃に乗ったときに、簡易リクライニングシートの背もたれのスライド感が、子どもながらにも不自然で好きではなかったが、それも今こうして座るとノスタルジーという味付けが加わり、なかなか良い座り心地であった。

1時間ほど、車掌見習とノンストップで遊び、お風呂をいただいた。
こちらは家庭用の大き目の風呂だが、目的が温泉ではないのだから問題無し。

そして、風呂上りの食事までに再び車両での運転ごっこや、ホームに無造作に置いてあった近江鉄道の方向幕操作に夢中になった。
とくに、車掌見習は幕回しが好きで、色々な行先を自身で自在に操れるようになった。

やがて夕食の刻を迎え、食事処へ。
アツアツの釜飯と手打ち蕎麦が美味であった。

翌朝6時過ぎ、車両にメイン電源が入ると、車掌見習が早速運転台に上がりたいとせがむので付き合った。
制帽をかぶり朝から車内放送や乗降ドアの開閉を楽しんだ。

チェックアウトの時刻が迫ると、いよいよあずさ号滞在のハイライトである警笛体験。
車掌見習は大きな音が苦手だが、今日はさほど驚かずに喜んでいた。

親子ともども、素敵な滞在を楽しませてくれた「夢ハウス・あずさ号」。
鈴木駅長がこの車両を手に入れ、民宿として営業をしていることは、多くのマスコミにも取り上げられ、ここでの詳細は省かせていただくが、その夢を叶えたエピソードには感銘を受けた。

夢は叶う…
Dreams come true…

車掌長は欲張りだから願いは幾つもあるが、もし何か1つだけ叶うとしら、車掌見習が「自分の力」で「自信を持って」生きていけるように育ってほしい。

既にカミングアウトしている通り、車掌見習には発達障害がある。
発語の遅れもあるが、幼稚園に入ってこの1年でだいぶ語彙も増えたし、発語できる言の葉も増えた。

だが、それはまだまだ親が贔屓(ひいき)目に掛け値なしで、言ったことを聴き取る努力をしていることも否めない…

他人が聞けば、まだまだ不明瞭で意思疎通が難しい場面も少なくない。

また、この障害に特有なこだわりや行動パターンもある。
それは、悪いことではないが、やはり事情を知らない他人が見れば、奇異に目に映るだろう…

しかしながら、「奇異」と「特異」は紙一重で、如何様にも見方や評価は変わる。

車掌見習の特異的なことは、記憶力だ。
一度通った道や行った場所は、いつも覚えていたり、どこで何をしたかを彼なりに記憶の引き出しから出し入れできることに、専務車掌と驚かされることも少なくない。

そんな部分的に秀でた「力」は、トコトン伸ばしてあげたい。
そして、その興味を後押しするような「体験」を惜しみなく作ってあげたい…と思う。

車掌見習は「夢ハウス・あずさ号」を後にするとき、「また来るね~」と言った。

その願いは必ず叶えてあげるし、その時にどれだけ成長しているか…
そんなことに目を細めながら、今回の旅を終えた。

末筆ながら、夢ハウス・あずさ号の皆様には大変お世話になりました。
この場を借りてお礼申し上げます。
どうもありがとうございました。
 

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