2019春 JRダイヤ改正に思うこと

カテゴリー:①番線:鉄道(JR・私鉄)方面 2019年3月12日 05:15

春はJRダイヤ改正の季節でもある。

10年ほど前は、毎年1本ずつブルートレインが姿を消す寂しさを味わった。
しかしながら、2016年春、北海道新幹線開業と引き換えに「カシオペア」「はまなす」が廃止され、世の中から通常の「切符」で乗れる寝台列車は、「サンライズ出雲・瀬戸」を除き全廃され、皮肉にもその寂しさを感じる列車自体が無くなった。

今春のダイヤ改正もそうだが、新幹線をはじめ、特急列車の速達化や接続の改善が図られ、利便性が向上するという。

車掌長が子どもの頃から、その傾向や謳い文句は変わらず、鉄道の使命は「高速化」一筋の感が否めないが、世の中の移動手段を鉄道が担っていた時代ならともかく、いまや、速く行くなら「飛行機」、安く行くなら「高速バス」がもはや定石であり、それらに比較して新幹線は中途半端に速くなく、安いわけでもない。

日々の通勤ならともかく、鉄道が旅行や長距離の移動手段として「選ばれる」存在かといえば、車掌長は、いまの鉄道の姿を見ていると、首を縦に振れない。

いくら北海道新幹線が乾いた雑巾を力いっぱい振り絞って、数分の時間短縮を図り、「4時間の壁」をクリアしたところで、グランクラスはともかく、何の面白みも仕掛けもない車両や編成に4時間拘束されるのは苦痛だ。

むしろ、無理して4時間など切らなくても、あえて「選択される」ための別の価値観を創造してもらいたいものだ。

「北斗星」や「カシオペア」は、その4倍以上の時間をかけて首都圏と道都を結んでいたが、鉄道でしか味わえない「移動時間」の豊かさや、非日常的な時間に心の充足感を味わえ、盛況であったし、「あの列車で北海道へ行こう!」という動機付けにも一役も二役も勝手出る訴求力が、抜群に高かった。

いまは残念ながら、「北海道新幹線で北海道へ行こう!」という魅力は、サラサラ感じられないであろう。

某統計が雄弁に物語るように、マヤカシや、幻想であっても、一応「豊かになった」と言わされ、聞かされる時代に、人々が鉄道の旅に求めるのは、日常の忙(せわ)しない窮屈な時間・空間から、「自ら逸脱する、したい」欲求にあるように思う。

そのような中で、JTB時刻表3月号をパラパラと眺めていたら、626・627頁で指先が止まった。

そこには、3月23日に全線開業で生まれ変わる「三陸鉄道リアス線」のダイヤが掲載されていた。
JR山田線が三陸鉄道へ移管・譲渡され、盛~久慈間163.0㎞を結ぶ列車が走ることを誌面上で目にし、じわじわ…と、何とも言えぬ喜びやワクワク感に身を包まれた。

同区間を直通する列車も2~3本あり、所要時間はおよそ4時間半…

目的地こそ違うが、単に乗車時間だけの比較で言えば、上述の北海道新幹線よりも、こちらに「乗りたい」と思う…

また、三陸鉄道は今夏、イベントではあるが、この区間に夜行列車を走らせる計画があるという。
定期の最終列車が出た後、夜行列車を走らせ、翌朝久慈駅に着くそうだ。

これはぜひ、「乗ってみたい!」。
そう、心が叫ぶのが聴こえた。

車掌見習の鉄道デート

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2019年3月11日 04:29

昨日、車掌見習の或る記念日となった。

それは、車掌見習が初めて自分で時刻表を見ながら立てた計画を、実行できたこと。
もちろん、まだ一人旅ではないが、専務車掌とふたりで行き、本人曰く、これは「鉄道デート」とのこと。

なかなか妬ける話だが、それは冗談として純粋にとても嬉しい出来事であった。
旅の目的は、今春のJRダイヤ改正で引退となる、中央本線を走る特急車両257系のお別れ乗車。

車掌見習は、1週間ほど前から時刻表と睨(にら)めっこしながら、お絵かき帳を広げ、絵ならぬ駅名や列車名、時刻を拙いひらがなと数字で書きながら、イメージを膨らませていた。

257系かいじ号の新宿出発時刻を調べ、専務車掌にどの時間がいいか聞きながら、自宅最寄バス停から新宿駅に出て、257系に1区間だけ乗り、立川で降りてランチ。

その後、八王子まで中央線で向かい、帰路は353系「スーパーあずさ」で新宿に戻ってくるというものだが、「スーパーあずさ」という名称も無くなる前に乗っておきたかったようだ。

新宿からは往路と同じく、バスで自宅最寄の停留所まで乗る…そんな計画であったが、1つ1つの乗り物の時刻を調べ、紙に書いた計画書は、なかなか緻密であった。

旅の計画は、その規模にかかわらず、イメージが必須だ。

その全体像や具体像を描けないと、実際の行動を決める計画はなかなか立案できない。
そう思うと、まだ幼いと思っていた車掌見習にも、そのような力が付き始めたと思え、車掌長は無性に嬉しかった。

専務車掌曰く、ちょうど2年前から車掌長が始めた「鉄道ふたり旅」がベースになっているとのこと。
それは、或る鉄道バラエティ番組「鉄道ひとり旅」を真似して始めた、車掌見習とのちいさな旅。

そして、出掛ける前に必ず車掌長が1つ1つ乗る電車やバスの画像を取り込み、PCで紙に印刷し、行程を車掌見習に渡していた。

その小さな旅も直近が昨年12月で、計13回に及んでいた。
そんな体験がベースにあり、今度はボクが専務車掌を連れてゆきたいと思ったようだ。

ちなみに、帰路のスーパーあずさでは、このダイヤ改正を機に廃止・縮小される車内販売もラスト体験したようで、短い乗車時間ながらアイスクリームを食したようだった。

車掌長は意識していたわけではないが、日頃一緒に時刻表を見ながら車内販売が無くなることをボヤいていたことが、車掌見習にも伝わっていたようだ。

車掌長の仕事も超繁忙期となり、ふたり旅にも出られなくなるが、昨日はそんな嬉しい出来事があったことを記憶に留めたく綴ってみた。

 

次々と廃れる鉄道旅行の魅力

カテゴリー:①番線:鉄道(JR・私鉄)方面 2019年2月28日 04:58

先週だったろうか…
複数の新聞にJR各社の新幹線や特急の多くが、車内販売を廃止・縮小するとの記事。

その対象列車から車内販売の姿が消えるのは、多くは今春3月16日のダイヤ改正を機にしているが、JR北海道は本日を以って、廃止するとのこと。

最大の理由は「売上の低迷」のようだが、そんなことが理由であれば、JR各社は依然として国鉄感覚が抜け出れていないのだなぁ…と感じてしまう。

「民営化」という言葉を、都合の良い場面では賞賛するものの、ベースとなる考え方は旧態依然とした「発想力」の無さやピンチをチャンスに変える「転換力」の無さが露呈したとも言えよう。

また、「臭いものにはフタをしろ」という、工夫もせずに「儲からないものたち」を手当たり次第に切り捨てるのも常套化し、思考力や組織の力が機能停止しているようだ。

と…、手厳しい物言いを述べ申し訳ないが、誤解を恐れず補足すれば、それも鉄道旅行を愛するがゆえの「エール」なのだと受け止めていただければ有難い。

車内販売の売上が低迷した理由に、乗車前に駅構内や自販機で飲料水や弁当の購入をする人が増えたとあったが、それらの場所で買える「同じもの」を車内でも同様に扱っていたら、そのような状況に陥るのは当然であろう。

いつ自分の席まで来るかわからない車内販売を待つのは、乗車してすぐに飲み食べしたい衝動を抑えるにも、侘しいものがあるのも否めない。

逆に、車内販売でしか手に入れることができない、飲物や弁当、物品があればどうだろうか…と想像すると、車内販売の姿を待ち遠しくなるのではないだろうか。

列車の高速化で乗車時間の短縮も売上が低迷した理由の1つに挙げられていたが、それは飛行機や私鉄有料特急を考えれば、都合の良い理由に過ぎない。

飛行機や私鉄特急は、搭乗・乗車時間が1~2時間ほどであっても、ワゴンをひいたり、機内・車内での物品販売に勤しんでいるし、そうした姿やサービスの提供を受ける時間の有無が、実は日常的でない空間や時間の醍醐味なのだと思う。

列車と飛行機の利用が分かれる移動所要時間の目安に「4時間」というものがある。
鉄道において4時間という時間を無味乾燥なものにするか、或いは、積極的に列車を選択したくなる判断材料に、列車でしか味わえないサービスや魅力があって欲しいと願う。

短絡的な移動時間競争ではなく、その移動時間に求めるのは、創造性のヒントや、殺伐とした日常で疲弊した心の癒しを得られるような体験ができるか否かに、占うのも面白いかもしれない。

きっと、飛行機や高速バスには提供できないような、列車にしかできない、味わえない空間の優位性を活かしたサービスや魅力があるはずだ。

日常の延長のような、自販機やコンビニのような売店で買ったものを車内にも持ち込んで、なんら日常と変わらない思考や行動を繰り広げるしか選択肢がないのであれば、各席にコンセントを付けておけば、利用客は満足するだろう的な発想になるのも致し方ないし、面倒くさくないのかもしれない。

車掌長自身は、車内販売を積極的に利用しているが、2~3年前からは、とくに車掌見習に車内販売の魅力を体験させている。

それは、車内販売員の方々とのコミュニケーション。
ジュースひとつ買うにも、人と言葉を交わし、手を介し、お金を払い物を得るという、一連のやりとりを、「旅育」の一貫として大切にしている。

自販機に無言でICカードをタッチし求めるものを手にする、そんな僅か数秒では味わえない「人」とのコミュニケーションを体験させることの方が、同じ飲料物の対価を払うにも、数倍以上の見えない価値があり、その蓄積は後々、知らず知らずの間に、大人になってからではお金を払っても学べない人間力を得られるように思う。

長い話しになってしまったが、いずれにせよ、車内販売廃止は残念でならないし、また鉄道旅行の魅力が廃れる侘しさ、虚しさを感じてしまった。
 

51歳を迎え

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2019年2月19日 05:01

本日、51歳を迎えた。

これに先立ち、先週金曜から当車掌区でアニバーサリー・ツアーを実施した。
行先は山陰の三朝温泉に泊まり、サンライズ出雲に乗ることを目的とした。

先週末、山陰地方は芳しくない天気予報であったが、いざ朝一番の飛行機で米子空港に降り立つと、薄日が射し寒くもない穏やかな天候であった。

レンタカーで境水道大橋を渡り、島根県入り。
島根半島東端の美保関(みほのせき)を目指した。

美保関灯台の袂(たもと)に立つと、遥か遠方に薄っすらと隠岐の島影を確認できた。

来た道を引き換えし、次は美保神社へ。
ここは全国各地にあるゑびす様の総本宮として知られ、社殿も「美保造」と呼ばれる大社造りのお社が2つ並ぶ独特かつ壮麗な構えで、常々参拝したいと思っていた。

参拝後、神社を出て左側にある「青石畳通り」を散策。
狭い道幅の両脇に老舗が並び、多くの旅人を迎えた宿の趣きに昔の賑わいを眼に浮かべながら、タイムトリップを楽しめた。

とくに、詩人・西條八十(さいじょうやそ)も泊まったという老舗旅館に興味を抱いた。
彼を知ったのは、森村誠一「人間の証明」で引用された”ぼくの帽子”のフレーズだった。

「母さん、僕のあの帽子どうしたでしょうね…」
車掌長が小学校3、4年だった頃、ジョー山中の曲「人間の証明のテーマ」とともに、脳裏に焼き付いたフレーズだった。

あの何か不思議な、別の時空へ誘われるような…そんな気持ちになる詩であった。
余談だが、この曲の出だしは、最近知った「ボヘミアン・ラプソディ」を彷彿させた。

今度はぜひ、この旅館に泊まってみたいと、後ろ髪を引かれる想いで境港へ車を走らせた。

境港からはJR境線の「鬼太郎列車」で米子へ向かうが、少し時間が余ったので、水木しげるロードを散策した。幾つかの店を見ながら、所々に置かれた妖怪のブロンズ像と写真を撮ったりしたが、外国人旅行者の多さにも驚いた。

鬼太郎列車と在来線特急を乗り継ぎ、倉吉駅下車。
ここで再びレンタカーを借り、白壁土蔵群をのんびり歩き、三朝温泉を目指した。

三朝は「みささ」と読み、世界屈指のラドン含有量を誇るラジウム温泉として知られ、「放射能泉」に分類される。
車掌長も好きな温泉地であり、今回で2回目となる。

今回の宿は、徒歩で温泉街散策に便利な立地を考え、三朝橋が目の前のホテルとした。
この橋を渡れば、河原の湯や狭い路地の店が連なる温泉街にすぐ行ける。

15時のチェックイン時間を待てず、14時半に宿に着いたら、快く出迎えてもらえた。

お抹茶を戴きながら宿帳に記帳すると、仲居さんから封筒に入ったメッセージを渡され、見ると今回の旅を手配してもらった旅行会社の担当者から、心温まるメッセージが入っていた。

また、夕食時には、更に嬉しいサプライズもあった。

普段、「サプライズ」というものは、車掌長が誰かにすることがほとんどで、またそれ自体が車掌長自身の悦びでもあるのだが、今回は、想定外に車掌長自身が「される」側となった。

夕食を終え、デザートが運ばれた際、仲居さんが「電気を消してもよろしいでしょうか」と一言あり、すぐにロウソクの火が灯った可愛らしいケーキが運ばれてきた。

最初、もしかして専務車掌がしてくれたのかな!?と、専務車掌の顔を見たら、首と手を横に振り、逆に専務車掌が車掌長を指差すので、「まさか自分で自分のサプライズなんかしないよ!」と、互いに笑ってしまった。

そして、仲居さんに「どなたからでしょうか…」と聞いたところ、旅行会社の○○様からですと。
○○様とは、前述の旅行会社営業所の所長さんであった。

普段、サプライズされることなど思いもしていないので、純粋に嬉しさが込み上げた。
そして、ピンポイントの誕生日ではなかったが、少し早めに車掌見習と専務車掌に祝ってもらった。

翌朝、倉吉駅で車を返却し、観光列車「あめつち」に乗車。
天候はあいにくの小雨であったが、昨夏デビューの新しい車両の乗り心地を楽しみながら、松江を目指した。

松江から3度目のレンタカーを借り、宍道湖の北側を通って出雲大社へ。
この頃が一番雨脚も強かったが、不思議なことに、出雲大社に近づくと青空が広がった。

この好天にはビックリしたが、清々しい思いで参拝をすることができた。

1泊3日の小旅行ではあったが、最後は「サンライズ出雲」で締めくくった。
希少なサンライズツインに3名で一夜を過ごし、車掌見習にとっても、楽しい想い出になれば幸いだと思った。
 

コメント(2件)

希望者挙手さんからのコメント(2019年2月19日 23:06投稿)

お誕生日おめでとうございます。

時々、「こんな年齢なってまで誕生日を祝ってもらうなんて」などと言ってる人が居たりしますが、私は幾つになっても、いや、むしろ年齢を重ねるほどに、誕生日を大切に過ごすべきではないかと考えています。

毎年、素敵な誕生日をご家族と過ごされている車掌長は、充実した年齢を重ねてらっしゃいますね。
これまで、お互いに山あり谷ありと、大変な時期もありましたが(笑)

私は大阪在任4年目、次の夏に山陰地方の家族旅行を計画していた矢先に、東京へ戻ることになり、その計画は未だに実行できていないので、いつかは実現したいなと思っています。

一足先に人生のB面に突入した私からは、クイーンのレコード「オペラ座の夜」のB面に「ボヘミアン・ラプソディー」が、「ジャズ」のB面に「ドント・ストップ・ミー・ナウ」が収録されているように、人生もまた、B面ならではの面白さがあると思うので、これからもお互いに人生のB面をエンジョイしていきましょう!というメッセージを51回目の佳き日に贈らせて頂きます。

車掌長さんからのコメント(2019年2月20日 05:24投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます
また、お忙しい時期にお祝いのコメントをいただき、重ねて御礼申し上げます。

希望者挙手さんが仰るとおり、50歳を過ぎても誕生日祝いを喜んだり、重んじたりすることに共感いたします。

年単位の節目には、元日である1月1日や、年度開始の4月1日がポピュラーですが、それは世の中のオフィシャルな区切りであり、共通ルールとして人や物事が動く基準になっています。

一方、自分自身の年単位の節目を「誕生日」を軸に考えると、1年間の流れも位置づけも、パーソナリティ感が高まります。

つまり、自身の新たな歳を迎えた日が、その歳の「元日」「年初」となるわけです。

こうのように位置づけますと、自分の人生の主役はやはり「自分自身」なのだ…と、思えます。

車掌長自身は、子どもの頃や大人になっても或る時期、「自分」が嫌いで仕方ないことがありました。

それは、多分に自分でどうしようもできない外部環境や状況の中で、もがいていた時期、心が病んでいた頃とも符合するように思います。

そんな時、その淵から抜け出る一助となったのは、生涯の中で誰よりも一番長く共にする「自分」との付き合い方であり、「自分を大切にする」生き方でした。

誤解を恐れず申し上げれば、自身が健全である基盤があって、初めて、家族を含む他者を思い、慈しんだり、その人のために…と、ときには、自身を犠牲に出来るような物事に臨めるような気がするのです。

犠牲などと、大袈裟な言い方をしましたが、時間やエネルギー、想いを費やすという意味合いの方が近いかもしれません。

長くなりましたが、そんな「自己肯定感」を援護してくれたのが、時刻表であったり、旅であり、旅の中で知った歴史上の人物が遺した言葉、詩人が紡いだ言の葉でした。

そして、音楽好きな希望者挙手さんには、車掌長自身が最近ハマってしまったクィーンにあやかった、メッセージ性の強い曲々をご紹介いただき、とっても嬉しく思っております。

さらに、希望者挙手さんが中学時代にこうした曲たちに出逢った頃をトレースして、自身の想像を膨らませ楽しんでおります。

ぜひ、これからもお互いに「ドント・ストップ・ミー・ナウ」で、まだ始まったばかりの人生のB面を、楽しみましょう!

末筆ながら、今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。

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せとうち

カテゴリー:①番線:鉄道(JR・私鉄)方面 2019年2月 2日 05:50

1月晦日、「せとうち」というお店で食事。

同店は、鉄道好きには殊に知られた存在で、いつか訪れてみたかった。
その機会を、当乗務日誌ご常連の希望者挙手さんの計らいで、実現した。

当初は昨年の望年会で…という話だった。
しかしながら、希望者挙手さん曰く、「なかなか予約が取れない店…」とのこと。

結果、空き状況に合わせて二人の予定を調整した次第で、年明けてこの日と相成った。

千駄木駅にほど近い「せとうち」には、車掌長が一足先に着いた。
希望者挙手さんを待つ間、お店外観に見惚れ、2階へ上がる階段には「本日貸切」の札。

そう、ここは「一日一組」の客しか受けないため、予約が取りづらいことを理解した。

程なくして合流。鉄道関連の品がディスプレイされた階段を上がると胸がトキメキ、店内に入った瞬間、そのボルテージは最大値となった。

店内には、国鉄時代の車両や駅、設備等の看板類や部品、書籍等が無造作に置かれ、昭和時代へタイムトリップする、独特な雰囲気を醸し出していた。

それは、ミュージアムのような整然と並べたり解説を施すような「見せる」ためものではなく、故創業者が収集した膨大なモノたちのひとつひとつが、まさに「遺産」として静かに時を重ね、雄弁に歴史を語っているように感じた。

お店の創業は、実に東海道新幹線開業年(1964)とのこと。
今でこそ、鉄道をテーマにした飲食店は多数あるが、草分け的存在と言える。
店舗の建て替えこそあったものの、55年の歳月を感じとった。

お店の方にピアノの天板を利用したテーブルに案内され、希望者挙手さんが車掌長にアサインして下さった席は、0系グリーン車で使用されていた座席であった。

同座席は0系でも使用されていたが、「R31」と呼ばれるこの重厚感溢れる座席、車掌長にとっては、東北新幹線開業時の200系で使用されていたイメージが強く、0系はむしろ「R25」という、初代0系の方が固定観念として強い…だが、そんな細かい話は隅に置いて、座り心地を満喫させていただいた。

コース料理のように出される「おまかせ」料理は、大変美味しく、会話を邪魔しない程度に流れるBGMの列車走行音も、旅情を掻きたてるもので素晴らしかった。

希望者挙手さんとは、昔の話を懐かしんだり、互いの近況を報告し合ったりしたが、最近車掌長がハマってしまったクィーンの映画や音楽について、熱っぽく語ってくださる様子が、とても新鮮だった。

やはり、ご自身が好きな事やものをお聞きするのは、何歳になっても興味深く、車掌長自身の未知な世界を広げていただき、とても楽しいひとときだった。

末筆ながら、希望者挙手さんには、このたびの御計らい心よりお礼申し上げます。
また、東京駅丸の内にあるエノテカ限定「SHINKANSEN CAVA」まで戴き、サプライズでした。

如月(きさらぎ)は、車掌長の誕生月でもあり、その日に開けさせていただきます!
本当にありがとうございました

 

コメント(2件)

希望者挙手さんからのコメント(2019年2月 3日 22:59投稿)

こんばんは
喜んで頂けて、よかったです。
私も久しぶりの楽しい時間を堪能させて頂きました。

見るもの、触るもののすべてが刺激的な、想像以上に鉄分の濃いお店でしたね(笑)
お店の見た目、雰囲気ばかりでなく、料理は本当に美味しく、ボリュームたっぷりで、満足度はとても高かったですね。

新幹線CAVAを知った時は、ぜひ車掌長に飲んで頂きたいと思いましたが、車掌長のことなので、もしかしたら既に飲まれているかも?とも思え、一瞬迷いましたが、私自身も飲んでみて、これなら被ってしまったとしても良いなと思える美味しさでした。
新幹線CAVAはラベルだけ貼り替えているのではなく、中身も専用に作られているということです。
ぜひ、お誕生日に専務車掌と祝杯を上げてください。

次回は、クイーンを歌いましょう(笑)

車掌長さんからのコメント(2019年2月 4日 04:53投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます

確かに「せとうち」の鉄分は濃すぎて、ディスプレイの品々も飽和状態な感が否めません。

されど、訪れる人々が店内に残してゆく想いの丈(たけ)は、まだまだ店内の雰囲気に溶け込める不飽和状態であり、今後ますます、その重厚さは増してゆくことでしょう。

車掌長自身は、既に廃止となって久しい清水港線にあった駅の1つ、「しみずふとう」と書かれた駅名板がとても懐かしかったです。

新幹線CAVAもありがとうございました。
speciality感が高まるラベルが良いですネ!

僭越ながら、近々迎える51歳誕生日の祝杯に、栓を抜くのが楽しみです。

クィーンの歌で思い出しましたが、希望者挙手さんもかなり、高音が出せますよね!

専門学校教員時代、ご一緒したカラオケでユーミンの「埠頭を渡る風」を熱唱され、感動したことを思い出しました。

そうそう!
翌日行かれた別ジャンルの酔狂なお店の話、またぜひ次回聞かせてください。

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