車掌見習と初の鉄道ふたり旅

カテゴリー:①番線:鉄道(JR・私鉄)方面 2017年2月26日 06:18

昨日、車掌見習と小旅行に出かけた。

その背景は、専務車掌が所用で半日出掛ける為、ならば上司・部下の男ふたり旅に出ようと考えた由。ただ懸念が一つ、車掌見習が専務車掌と離れて半日を行動できるかどうか…であった。

だが、それは杞憂に終わった。

当日未明、車掌見習のために乗る列車リストを作成した。
乗る駅と列車名をひらがなで表記し、乗る順に番号をつけ、列車の画像も入れた。
それは下記のような旅程となった(画像略)

①しんじゅく おだきゅうロマンスカー(EXE)
②ふじさわ えのでん
③えのしま しょうなんモノレール
④おおふな なりたエクスプレス(E259けい)
⑤とうきょう かいじ(E257けい)
⑥はちおうじ スーパーあずさ(E351けい)

車掌見習はひらがな、カタカナとアルファベットの最初の方は読め、JR・私鉄特急の名称や車両形式もだいぶわかるので、この用紙を見せたら小躍りして喜び、車掌長と行くことになんの支障もなく事が動いた。

専務車掌が車内で食べるお弁当を作り、いざ、車掌区最寄のバス停から新宿駅へ。

昼前に出発したロマンスカー車内で早速ランチ。
車掌見習はふだん残すようなおかずも完食、車掌長は駅売店で買った好物「深川めし」を頬張った。

最近のテレビ番組で車掌見習が好きなものは、BS12チャンネルで放映中の「鉄道ひとり旅」。
ダーリンハニーの吉川お兄さんが、淡々としたコメントを発しながら、全国各地の鉄道を乗り歩く内容で、車掌長も楽しく視聴している。

その番組をマネて降りる駅ごとに、「今日は○○駅にやってきました」と、駅前でふたりで発し合った。
一方、各駅での乗り換えでは結構歩いたり、階段を昇降した。エスカレーターがあっても、階段を使いたいというので、車掌長には良い運動にもなった。

各列車の車内では、車掌見習と鉄道クイズに興じ、すれ違う列車名や形式、通った駅名などをお題とした。
日常、「話す」訓練やコミュニケーションに励んでいるが、発語しにくいこれらのさまざまな単語を、車掌見習なりに一所懸命に言おうとしている姿は、まことに健気(けなげ)で愛しい。

しかしながら、他の乗客がそのやりとりを見れば、不思議な親子、もとい上司・部下に映ったであろう。

また、昨年暮れ頃から、JTB時刻表のピンク頁にある列車編成表に興味を示し、どの列車の何号車が自由席だ、指定席だ、グリーン車だ…などと、それぞれのマークを見て確認するのが好きなようで、今回もJR特急の先頭から最後尾までの編成を各号車を見ながらふたりで確認した。

乗る列車が残り2本となった「かいじ」で、車掌長もホッとしてビールを1本買い、車掌見習はオレンジジュースで乾杯。

ところが、その1本で急に用足しが多くなり、しょっちゅう車掌見習をトイレに同行させてしまい、厠で過ごす時間が多く、申し訳ない状況になってしまった。

最後のスーパーあずさに乗って無事に新宿着、全行程を完遂できた。
車掌区へ帰るバス乗降場に向かうと、所用を終えた専務車掌が待っていた。

車掌見習は満面の笑みで駆け寄り、専務車掌も久々に子育てから離れた時間を過ごせた充足感も相まって、感動の抱擁シーンを見せてくれた。

車掌見習と初の鉄道ふたり旅だったが、今後もシリーズ化しそうな大成功であった。
 

49歳を迎え

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2017年2月19日 20:17

齢(よわい)、49歳を迎えた。

五十歳を眼前にした感想は、「一年後、どんな風景を見ているのだろう」ということ。
車掌長が漠然と妄想する、五十歳になった時の風景は、「美ヶ原」を描いている。

高校時代の国語の教科書に出てきた、尾崎喜八の「美ヶ原溶岩台地」の詩…

登りついて不意に開けた眼前の風景に
しばらくは世界の天井が抜けたかと思ふ

この詩や光景に憧れ、「美しの塔」に立つと、その詩を刻んだ碑文は漢字とカタカナだった。

しかしながら、標高2000mを超える地に、これほど広大な草原があろうとは…
教科書の挿絵にあったその詩を連想させる写真よりも、数百倍素敵な光景だった。

五十歳など、人生の先輩に言わせれば、まだまだ若輩者であろう。
だが、車掌長にとっては、還暦よりも何か意義深いキリの良さを感じる。

それは「半世紀」、「1/2一世紀」etc…

信長は「人間五十年」の歌中で、人の世の五十年という年月は、天上界に生きる人と比べれば、ほんの瞬きほどの時間であり、人として生まれてきた者で死なない者はいない、という趣旨のくだりを好んだそうだ。

それは翻って、所詮50年しかない人生なら、決死の覚悟で物事に当たれ、という生き方に通じていたのかもしれない。

車掌長にそのような覚悟はないが、数年前に観た映画「Railways~49歳で電車の運転士になった男の物語~」を、ふと思い出した。

大手電気メーカーの本社に勤め、役員昇進も約束された一見順風漫歩のサラリーマンが、故郷の母が倒れたり、同社工場長の親友が事故で亡くなることを機に、それまでの「生き方」を自問する話だった。

そして、子どもの頃の夢だった電車の運転士を目指し、転職を決意、故郷の鉄路で夢を叶える…

転職を経験されてない方にとって、その人生の転轍器を変えるのは、とても勇気がいることだろう。
しかしながら、色々なものを天秤にかけて、自分が信じることに賭けてみるのも、たった一度きりの人生だからこそ、尊いことなのかもしれない。

いや、「尊い」などという言葉は他人事だ。
実際は、かなりリスキーであるし、スリリングだ。

車掌長は転職を7回経験しているが、上述は実感を込めた言葉のつもりだ。

だが、「自分の人生」というレールの行方を、自分の手で転轍機を切り替え、進路を幹線からローカル線へ、或いはその逆へ…と、走ってきたように思う。

今はおそらく、ローカル線の鈍行列車を単行で走っているイメージだ。

車掌見習の為にも、長く生きたい願望はあるが、寿命ばかりは誰にもわからない。
ならば、一日一日という枕木の一本一本を数えられるようなスピードで、日々の風景をゆっくりと共に味わいながら生きてゆきたい。

なにやら随分と老けた綴りになってしまったが、それほどに、ハイスピードで生きてきたゆえの、反動なのかもしれない…

自分自身のRailwaysの終着駅が、何処なのか…
齢(よわい)を幾ら重ねても、すぐに答えが見つからないところが、「人生という旅」の醍醐味なのかもしれない。
 

コメント(2件)

希望者挙手さんからのコメント(2017年2月20日 08:57投稿)

誕生日おめでとうございます。
一足先に人生半世紀を超えた私から「人生の価値は生きている間にどれだけ感動できたか」という、オヤジこと本田宗一郎氏の言葉を贈らせて頂きます。

この言葉の裏には、努力無くして感動は得られないという意味が込められています。

同じ風景を見ても、その風景を見るために積み重ねた努力が大きい程、その感動も大きくなりますよね。
日々努力を続けていれば、他人から見れば些細なことでも、そこに感動を見つけることができるのです。

「成功は失敗と反省から」
「チャレンジして失敗を怖れるより、何もしないことを怖れろ」

オヤジさんの残した言葉の数々に感銘と共感を覚え、私もまた車掌長と同じく7回の転職を経験するなど、波乱万丈の人生を送っていますが、それは私自身や家族、私と関わって下さるすべての人々と感動を分かち合おうとしてきた結果のような気がしています。

車掌長がこれからも人生鉄道の中で、一つでも多くの感動という名の駅に立ち寄れることを願って、お祝いの言葉に代えさせていただきます。

車掌長さんからのコメント(2017年2月21日 04:55投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます
また、お祝いの言葉も賜り、重ねて御礼申し上げます。

本田宗一郎氏の言葉、大変共感いたしました。

「人生の価値は生きている間にどれだけ感動できたか」…
人生の価値観とは、人それぞれであることは重々承知しておりますが、車掌長はこの言葉を支持する派です。

何か自分が能動的に動いたことによって、得られる成果や教訓。
そして、その過程や結果で味わえる感動や喜びと挫折や喪失感…

これらの繰り返しや積み重ねてを経て、人は成長してゆく、或いは心持ちが豊かになってゆくのだと思います。

自分自身の成功だけでなく、他人の成功も同じように共感できたり、失敗や悲しみについても、同じように心を痛めたり、気持ちがわかることによって、多様性や寛大さが涵養されてゆくように感じます。

もちろん、車掌長はまだまだ未熟者ですので、そのような人間に近づけるような、日々の精進が必要に思っています。

ところで、「感動」は英語で「emotion」。
motion自体は「動き」ですが、moの付く単語は「動作」に関する意味で日常的に沢山耳にします。

movement:動作
motor:モーター、動力
promote:前へ動かす、進める、昇進させる
locomotive:蒸気機関車
motivation:動機づけ

などなど、他にもたくさんあります。

そしてmotionの前にあるeは、outのように外へ出す、掻き立てる意味合いがあるそうです。
exitも出口ですネ。

まわりくどい物言いで恐縮ですが、emotionは、動きを表出すること。すなわち、感動とは「自分自身が起こす動作」なのだとわかります。

日々の動きであるmotionの1つ1つが、結果としてemotionの1コマ1コマになる…

そして、motionは自身の心や姿勢を反映します。
自身の心をコントロールすることほど、この世で難しいことはないように感じますが、それができるようになると、感動へとつながるmotionが、俄然楽しくなると考えます。

希望者挙手さんが仰ったように、同じ風景を見ても人によって、その受け止めが違ってくるのは、まさにその差であるように思うのです。

他人から見れば些細なことでも、そこに感動を見い出せるような感性を磨いてゆきたいなぁ…と思いました。

今日は長々となってしまい、申し訳ありません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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異邦人~時間旅行の始発駅~

カテゴリー:③番線:時間旅行、時刻表方面 2017年2月11日 06:45

今朝の某新聞、別刷り土曜版の特集に見入った。

毎週、80年代前後の流行歌を、曲の生い立ちやエピソード、当時の世相を紹介する欄。
今週は、1979年12月の曲として1位に輝いた「異邦人」だった。

その頃、車掌長は小学6年生。
久保田早紀さんが歌う、当時は珍しかったエキゾチックな調べに魅せられた。

また、詩も美しく、「シルクロードのテーマ」という副題が、旅心を誘った。
海外はおろか、シルクロードなど、車掌長にとっては、未知未開の土地…
ただ、その2年ほど前に、慕っていた叔母が嫁いでご主人の赴任先へ旅立った、サウジアラビアという異国を、漠然と結びつけていた。

実は、この「異邦人」、車掌長の時刻表人生にとってもエポックメイキング的な曲だった。
それは、歌中に現れるフレーズ…

♪時間旅行が 心の傷を
  なぜかしら埋めてゆく 不思議な道

曲の2番目、サビの部分へと続く前に、歌詞のとおりに不思議と、広く見晴らしの良い乾いた蒼空の下、1本の鉄路が脳裏に浮かび上った…

それは、過去と未来を繋ぐレールに、「今」という駅に立つ小さな自身の姿の投影…

そして、そんな不思議な感覚を「時間旅行」というフレーズが、車掌長の胸にズドンと落ちた。

その言葉が、それまでモヤモヤしつつも、言葉にできなかった自身の「旅」への想いを象徴する出逢いとなった。
それ以降、車掌長が時刻表と共に歩んだ道は、「時間旅行」という概念がパートナーだった。

そんなことを思い出せた今朝の記事に、昇りはじめた太陽がひときわ眩しく感じた。

流行歌には、冒頭の新聞記事も語るように、様々な人々の想い出があるものだ。
きっと、哲×鉄をご覧いただいている皆様にも、ご自身にとっての想い出の曲があるのだろう…

ちなみに、車掌長が学生時代に過ごした愛知県の某町にも、異邦人という名の店があった。
 

コメント(2件)

希望者挙手さんからのコメント(2017年2月14日 02:19投稿)

こんばんは 寝台列車への乗車です(笑

私の思い出の曲は、BOSTONというロックバンドの「Don't Look Back」です。(ちなみにヘビメタではありません…笑)

この曲に出会ったのは中学1年生だった1978年。(「異邦人」の一年前ですね)この頃は洋楽を聴き始め、まだヘビメタの境地に至ってなかったんですね(笑

アルバム・ジャケットのカッコ良さに惹かれて買った(いわゆるジャケ買いですね)レコードの1曲目に収録されていました。

ただ、この曲をヘビロテしたのは、私が高校を卒業して親元を離れて一人暮らしをしていた一時期、レコードからダビングしたカセットテープをAIWAのラジカセにセットして、AKAIのオーディオ・タイマーに接続して、毎朝この曲で目覚めていました(笑

機会があったら、ぜひ聴いてみてください。朝の目覚めだけでなく、何かを決意した時、ちょっと落ち込んだ時など、心のスイッチを入れてモチベーションを高くしたい時などには、うってつけの曲ですから。

今でもこの曲はスマホで持ち歩き、気分を切り替えたい時などに聴いてます。

車掌長さんからのコメント(2017年2月14日 05:29投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます

想い出の曲のエピソード、ありがとうございました。
「Don't look back」、ぜひ拝聴したいと思います。

コメントを拝見し、同世代を生きた人間に響く言葉が散りばめられており、懐かしさが込み上げて参りました。

ジャケ買い、レコード、ダビング、カセットテープ、ラジカセ、オーディオタイマー…
それらのどれもが、魅力的な存在でした。

買う動機、聴くまでの店から家までのワクワク感、聴くための作業・手順自体に、手間がかかりつつも、受け身でない能動的な自分の行動に様々な「甲斐」があったのだと、便利になり過ぎてそれらを失いつつある今日、より一層感じます…

車掌長もラジカセにオーディオタイマーをつなぎ、色々な曲を目覚まし時計代わりにしていました。

専ら邦楽でしたが、高校時代は「My Revolution」など、お気に入りでした。

希望者挙手さん同様に、何か決意をした時や、モチベーションを高めたいときなど、自分を高揚させる曲というものが、確かにありましたネ。

一方、高揚した心持を落ち着かせたり、癒されたいときなどに聴くバラードなども、学生くらいから好んで聴き始め、心のバランスを取っていたように思います。

余談ですが、昨夜たまたま付けたTV番組についつい見入ってしまいました。
番組名が「歌のゴールデンヒットオリコン1位の50年間誰もが知るヒット曲を聴きつくし歌いつくす1位だけ4時間SP!」と、やたら長いのですが、普段はほとんど見ないテレビを、後半の2時間を食いつくように見てしまいました(笑)

そして、こういうものを懐かしむ歳になったのだなぁ…と、ふと現実の我に返りました。

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春立つ

カテゴリー:⑤番線:feel the season方面 2017年2月 4日 04:55

 今日は立春。

「立春」という言葉は美しい。
なにか、心が洗われる想いがしたりする…

俳句をされる方にとっては、季語の衣替えとなる日だ。
冬から春へ
詠む句にも華やいだ調べを紡ぐ季節の到来…

車掌長は俳句を嗜むわけではないが、松尾芭蕉や小林一茶の俳人や詠んだ句は好きだ。
とくに、芭蕉には旅を絡めて、中学時代は詠んだ句の土地を訪ねたりした。
最近は流行った映画のロケ地を訪ねる「聖地巡り」が盛んだが、それに近い気がする。

立春は旧暦の頃は、新年を迎える時期と重なっていた。
そして、その頃詠まれる句には「春立つ」という季語が使われた。

今でも年賀状に「新春」や「迎春」とするのは、その名残だろう。

俳句は五・七・五という僅か17文字で、言わんとすることを文化・芸術へと昇華させた。
また、「世界で一番短い詩」とも言われる。

その制約の中で、いかに無駄を省き、自身の想いや感動を最大限に表現する美しさ、潔さがある。
小林一茶は、子どもや小動物など、弱い存在の者たちへの愛情や微笑ましさを多く詠んだ。

いま、140文字で世界を我が物に操りたいと、品格や品性の欠片(かけら)もない、幼稚で醜い口語体を並べる御方がいるようだ。

ぜひ一度、社会的に弱い人間への想いを、17文字で綴ってみていただきたい。

そんなことを立春のまだ明けぬ刻に思ったりした。
 

地球最後の日まで「2分30秒」

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2017年1月28日 05:18

昨日の某新聞でひときわ、引っ掛かる見出しに遭遇した。

「終末時計」という言葉をご存知だろうか。
正確には、「世界終末時計」と言うそうだ。

毎年この時期、アメリカの科学誌「Bulletin of the Atomic Scientists」が、概念的な地球最後の日までの残り時間を発表している。

1947年以降、毎年、前年1年の出来事を反映させ、残り時間を示す時計の針を進めたり、遅らせたりしており、正時(しょうじ)をもって"地球最後"と位置づけているとのこと。

ちなみに、創設時の残り時間を調べたら7分とあった。
その年、その年の核戦争の脅威や気候変動、環境破壊、生命科学分野の動きを勘案し、時計の針を調整しているという。

新聞記事によると、その終末時計の針は、今回30秒進んだそうだ。
昨年は残り時間が3分だったが、今回は2分30秒に短縮した。

同誌の判断には、米トランプ大統領誕生、同氏の核兵器や地球温暖化に対する発言も反映されているそうだ。

ところで、車掌長の年代だと、「地球最後の日」で思い出す言葉は、「人類滅亡の日まであと○○日」ではないだろうか…

これは、車掌長世代が子供の頃、「宇宙戦艦ヤマト」というSFアニメで、毎回最後に聞かされたフレーズ。

話が進むにつれ、次第に減ってゆくその日数に、子ども心ながら、人類滅亡を憂い、果敢にそれを回避する方策に立ち向かう"ヤマト諸君"を応援したものだった。

一方、終末時計とはスケールが違うが、「人生時計」という概念を、車掌長は25年ほど愛用している。(このことは、当乗務日誌2012年5月7日に綴っているので、詳細は参照願いたい。)

車掌長の実年齢は、あと半月で49歳。
これを人生時計に当てはめると、午後4時過ぎくらいだろうか…

上述の乗務日誌に記した頃が、午後2時半を過ぎた頃だったから、この5年で人生時計は1時間半ほど進んだことになる。

人生時計は終末時計と違い、針が逆戻りすることはない。
年齢を重ねるごとに、確実に時計の針は進んでゆく。

この「人生時計」もそうだが、車掌長は、生活や仕事、物事を「時」という尺度に換算して考えたり、位置づける思考が常にあるように思う…

それは、時刻表愛読から身に付いた習性のようなもの…

目的地に到着するまでの「時刻」に対し、あとどれくらいの「時間」が残っているか、「時刻」と「時間」の違いを、子どもながらに概念化し、与えられた、担保された「時間」を有意義に過ごすことは何か…?、こんなことを旅行中に考えていたように思う。

一見、鈍行列車に一日中乗っている時間など、傍(はた)から見れば、ムダな時間を過ごしているように思われても仕方ない行動は、「自分と向き合う」には最良の時間だったなぁ…と、いまつくづく感じる。

車掌長も自分なりに仮設定している終末時計がある。
その残された時間は、決して多いとは言えないだろう。

その仮設定の時間よりも長く生きられたなら、それはご褒美としたい。
いずれにしても、誰にも「終末」が訪れることに間違いはない。

沖田十三艦長は最期に、「地球か…なにもかも皆懐かしい…」と言ったが、車掌長も自身に纏(まつ)わる一切合切を、そんな言葉で締めくくれたらと思う。

 

コメント(4件)

希望者挙手さんからのコメント(2017年1月31日 08:58投稿)

おはようございます。
久しぶりの乗車は通勤列車となりました。

終末時計を私が知ったきっかけは、私の大好きなヘヴィメタルバンド、アイアン・メイデンの「2minutes to midnight 」という曲でした(笑
私の大好きなカッコいい曲ですので、機会があったらYoutubeで聴いてみてください(笑

私も人生時計が午後を回った頃から自分の最期を少しずつ考えるようになり、父親が亡くなってからはそれを考えことも多くなってきました。

以前、テレビのニュース番組に「最後の晩餐」という、著名人に、明日地球が滅びるとわかったら何を食べたいか?と質問するコーナーがありました。
スターウォーズなどで知られる映画監督のジョージ・ルーカスが「ハンバーガーを食べたい」と言っていたのを覚えています。

ある日、そのテレビを一緒に観ていた妻から「あなたなら、何を食べたい?」と聞かれました。
そこで私が即答したのは「おでんの卵!」(笑
子供の頃からの大好物です。

昨日51回目の誕生日を迎え、会社の同僚に、おでんの有名店でご馳走してもらいました(笑

「まぁまぁの人生だったな」と笑って終われる人生にしたいと考える今日この頃です。

車掌長さんからのコメント(2017年2月 2日 05:47投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます

終末時計を知ったきっかけが、ヘヴィメタルだったとのこと。
希望者挙手さんらしく、とても興味が湧きました。

早速、ご紹介いただいた曲を聴いてみました。
また、その歌詞については、和訳版で内容を理解しました。

邦題が「悪夢の最終兵器~絶滅2分前」というそうですね。
車掌長はヘヴィメタルを聴いた経験がほとんどないのですが、共感できるメッセージ性の高い想いを刺激的に訴えていることを知りました。

権力への反発や、社会の不条理さ、疑問etc…といったものを、ストレートにシンプルに爆発させるエネルギーに共鳴するものがありました。

このように文章にすると、その芸術性に対する違和感もありますが、純粋に良かったと思います。
ありがとうございました。

ところで、最後に食べたいものが「おでんの卵」とのこと。
これも妙に同感です!
季節柄、寒い日におでんを食べたくなりました。

おでんの卵が好物になったきっかけや、まつわるエピソードもありそうですネ。

車掌長も「おでんの卵」が大好きですが、卵と言えば、愛知・岐阜の喫茶店のモーニングに付いてくるゆで卵も想い出深いです。

希望者挙手さんのコメントを拝見し、車掌長だったら最後に食べたいものは何かなぁ…と、考えました。

甘系ですが、「チョコリング」は筆頭ですネ。
あとは、叶わぬ想い出になりますが、小学生の頃、コツコツ貯めた小遣いで買って食べた念願の「鰻弁当」の味です。

一人旅の中で、当時900円だったと思うのですが、それ以外の食事を切り詰めて列車の中で食べた美味しさを味わってみたいです。

きっと、今の世の中、もっと美味しい鰻がいっぱいあることは承知していますが、その目的のために我慢したり、工夫して捻出して手に入れ食べたという、プロセスの満足感が違うのだろうと思います。

末筆となり恐縮ですが、51歳の誕生日おめでとうございます!

希望者挙手さんからのコメント(2017年2月 2日 09:07投稿)

おはようございます。

アイアン・メイデンを聴いて頂き、ありがとうございます。共鳴して頂けたことは、いちファンとしても嬉しく思います。

中高生の頃に買ったレコードの音楽や歌詞カードは、私にとって教科書のようなものでした。
クイーンのシアー・ハート・アタックという曲ではDNA 、アルカトラスのヒロシマ・モナムールという曲ではTNT という火薬の化学式など、英語、社会、国語ばかりでなく理科の勉強にもなりました(笑

私の卵好きは、父親譲りですね(笑
私の父親は破天荒な人間で、実家のある町に銚子大橋が開通した日に、橋のかかる利根川河口(川幅は1キロ程あるのですが)を泳いで渡って、帰りに橋を歩いて帰ってきたといったような、今の時代ならテレビ取材を受けるのではないかと思える武勇伝(?)には事欠きません。
利根川河口は、上流からの川の流れと太平洋から川を押し戻すように寄せてくる波の間を揉まれながら泳ぐため、けっこう大変だったと話していたことを思い出します(笑

そんな父親が、我家でおでんを作る時には、必ず卵を1パック(10個)茹でて入れていました。父、私、弟が3個ずつ、母が1個といった感じです(笑
今でも、私が実家に帰る時には、母はゆで卵を作っておいてくれます。

子供心ながら家族の愛情を感じていたから好きなのかな、と思える今日この頃です。

車掌長さんからのコメント(2017年2月 3日 05:54投稿)

希望者挙手 様

度々のご乗車ありがとうございます

希望者挙手さんにとりまして、レコードの音楽や歌詞カードが教科書的存在だったとのこと、大変共感いたしました。

お互いにジャンルは違いますが、車掌長にとっても時刻表が同様の存在でしたので、大いに頷(うなづ)けました。

おそらく、「趣味」や「好きなこと」というものは、誰もが使った学校時代の教科書の副教材的な役割を果たしてくれたのだと感じます。

また、その副教材は本来教科に一見無関係のようで、実は、時を経て「人生本来の学問」に通じていたように思えます。

「人生本来の学問」とは何か、と言えば、それは「生きる力」だと思うのです。

人生は良いことばかりではなく、むしろその逆の方が多いように、経験上受け止めていますが、そんな逆境に耐えうる「力」は、エスケープ(回避)する「他の楽しみ」、すなわち「好きなこと」が大いに貢献すると感じます。

おそらく、希望者挙手さんも、車掌長自身も、そのような趣味や好きなこと、楽しみ方を心得て、「生活や仕事」と「自身の心」とのバランスを取っていられるのではないか…と思ったりします。

働くことは大切ですが、それが荷重過ぎたり、バランスを著しく欠くと、社会問題となっている「働き方」に辿り着きます。

話が大きくなり過ぎて恐縮ですが、希望者挙手さんの父上は、随分前にも数々の武勇伝をお聞きしたことがありますが、悔やまれるのは、ぜひ一度お目にかかりたかったとことです。

その豪快さのDNAを受け継がれた希望者挙手さんに、何かの折に、その片鱗を垣間見るのは、きっと、父上が降臨しておられたのかなぁ…と思ったりしております。

また、いつか愛知・岐阜あたりの喫茶店へ「モーニング」へ行きましょう!

その際は、私のゆで卵を差し上げたいと思います!

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