いい日旅立ち・Twilight Express(第4章)

カテゴリー:①番線:鉄道(JR・私鉄)方面 2014年12月25日 05:47

札幌駅4番線ホームは、トワイライトEXPの入線を待ち侘びる人々で活気づいていた。

グループ客においては、互いに笑顔で写真を撮り合う様子や談笑の姿が見受けられた。
一方、一人旅らしき面々には、各人の想いや喜びを噛みしめているように映った。

こうした在来線長距離列車に特有の旅情や風情も、まもなく見納め。
旅立ちの高揚感、始まる旅への期待や憧れが交錯するホームの情景が、来春には失われてしまう…

急がぬことを承認し、乗車中という範囲で「急がなくてよいこと」を担保された夢の移動時間。
それは、安心してその身や時間を列車に委ね、咎(とが)めのない自由に過ごせる空間…

トワイライトEXPには、日常は時間に束縛された現代人や、これから自分の時間を悩み考えて未来を担う子供たちにこそ、乗って感じてほしい格別の魅力があると思う。

新幹線であっという間に目的地へ着いてしまう旅では味わうことが難しい、「自己との対峙」や「人との出逢い」を楽しめる、旅本来の醍醐味が残されている。

それはもしかしたら、車窓に流れる風景の速度や単調なレールの響きが、生理的に気持ちの余裕を生み出すのかもしれない。

そんな感慨に耽(ふけ)っていたら、重連のディーゼル機関車に牽引され、深緑に黄色の帯をまとった寝台特急が、気高くも気品に満ちた編成で入線してきた。

Twilight Express…
なんと美しい列車名だろう…

「北斗星」や「カシオペア」も素敵だが、両者以外にも、かつての寝台列車には「天体」に因(ちな)んだ愛称が多かったことを懐かしく思う。
「金星」「彗星」「明星」「月光」「北星」「銀河」「新星」「天の川」…

「トワイライトエクスプレス」は、横文字の造語でありながら、なぜか「乗車することが目的」となり得る誘惑に満ちた妖艶さがある…

それは「綺麗」や「可憐」とも違う、なにか夜の帳(とばり)が下りる前の、シルキーな時間との出逢いを約束してくれそうな…そんな憧れを抱かせてくれる。

やがて、列車は僅かにブレーキ音を響かせ停車、今宵の住まいとなる8号車乗降口の扉が開いた。

寝台券に印字された1番上・下段、2番上・下段を確認し、乗り込む。
取り急ぎ荷物だけを置き、4号車の「サロン・デュ・ノール」へ向かった。

この車両は、屋根上まで達する大きな曲面窓が5枚連続しており、独特なその外観は大変優雅。
そして、その1枚ずつのガラス窓に2人掛けの席が配され、出発の喜びをここで噛みしめたかった。

14時05分。
トワイライトEXPは、定刻に札幌駅を発車。

まもなく、序章の冒頭に記した"いい日旅立ち"のメロディが流れ、アナウンスが始まった。

思えば1ヵ月前…寝台券が取れた時の驚きと感動を味わった。
また、それと同時に、もう1枚の目には見えない切符を手に入れたのだと思う…

それは、「トワイライトエクスプレス乗車」という、有効期間1ヵ月の「未来への切符」であり、その日から乗車を待ちわびる夢のような時間が始まった。

楽しみに向かう「未来の時間」について、車掌長はこう考える。
それは、見聞した情報や知識、今までの人生経験に基づいて、夢を見たり、想像を膨らませる醍醐味だと。

しかしながら、いざ、その「未来」の時間が現実となった「今」、それは瞬く間に「過去」となってゆく…
あくまで感覚的だが、未来を待つ時間よりも、過ぎ去る時間の方が遥かに速い。

待った時間の密度が高ければ高いほど、叶った現実を、瞬時に1秒、1分と過去にする力も大。

そして、その刹那(せつな)こそが、「時間」という誰にも止めることのできない厄介者の悪戯であり、あたかも潔(いさぎよ)く生きるように諭されている気がしてならない…

だから、人は時間を大切にし、その一瞬一瞬を胸に刻み込むような生き方をしなければならないのでは…と車掌長は思ってしまう。

気が付けば、列車は最初の停車駅である南千歳に近づいていた。
 

いい日旅立ち・Twilight Express(第3章)

カテゴリー:①番線:鉄道(JR・私鉄)方面 2014年12月23日 05:25

宿泊はフランス資本のホテルチェーンであったが、ホスピタリティの良さは一筆残しておきたい。

と言うのは、夜中に車掌見習がお粗相をしてしまい、急遽洗濯したい事態となった。
部屋のホテル案内を見たところ、館内にコインランドリーは無さそう…

朝食前に念のためフロントで尋ねると、やはり館内には無いとのお詫び。
その直後、近所のコインランドリーであれば…と案内してくれた。

お願いするとすぐに、住宅地図のような路地までわかる詳細な地図の複写に所在を印してくれた。
そして、この時間でしたら、もう営業しています、と教えてくれた。

地図を片手に部屋のランドリーバッグをぶら下げて、不慣れな町を歩いた。
4~5分の距離ですと言われたが、歩道は雪で凍っており、なかなかスタスタとはいかなかった。

しかしながら、このような時間がなんとも「旅」らしくて良かった…
思いもしない出来事で、自分の頭の中になかった行動をしていることが愉快であった。

そして、詳細な地図を良いことに、面白がって車の通らないような路地裏の道を選択して目的地を探した。
やがて、某マンションの駐車場の裏から、目指すコインランドリーを発見し到着!

最新の機械で指示通り従い操作してゆくと、最後に携帯番号の入力を勧められた。
これは、出来上がったら自動音声で知らせてくれるという。すごいなぁ…と感嘆。

帰りは地図をポケットにしまい、来た道を戻った。
そろそろ出勤や通学の時間帯で、スーツ姿や学生服の人々が家々から出始めた。

朝食はバイキングスタイルで、種類も豊富で楽しかった。
特に、札幌が発祥のスープカレーが美味で、ついつい3杯も食してしまった。
車掌見習は、最近食べられるようになった納豆ごはんを頬張り、口の周りをネバネバ。

そうこうしていると、携帯が振動して洗濯が終わったことを知らせてくれた。

このホテルのチェックアウトは11時。
トワイライトEXPの出発は14時過ぎ、特に観光もしないのでなるべくホテルで過ごしていたい。
フロントで尋ねたら、1時間くらいでよろしければ無償でチェックアウトを延長しますとのこと。

子連れで荷物も多い一行にとっては、大変ありがたい返答であった。

タクシーを呼んでもらい、札幌駅へと向かう。
通り道だったので、時計台に立ち寄ってもらった。

時計台は行ってみるとガッカリさせられる…とよく聞く…
実際、タクシーの運転手も「えっ!?時計台ですか?!」と聞き返された。

しかしながら、札幌といえば「時計台」。
札幌市民憲章の前章にも「わたしたちは、時計台の鐘が鳴る札幌の市民です」とあるほどだ。

記念撮影をしようと車から降りると、ちょうど鐘が鳴り始めた。
時計台の針が正午を指し、札幌農学校時代と変わらぬ歴史の音を響き渡らせた。

その重厚な鐘の音は、周囲の味気ないビルを見ないように目を閉じれば、ヨーロッパの街並みにいる錯覚に誘われる…

偶然にも鐘の音を聴け、良い気分で札幌駅に到着。
どこかで昼食でも…と考えたが、駅ビル内の飲食店はどこも人で溢れ落ち着かなかったので、予定を変えて38階のJRタワー展望台に昇ってみた。

下界の喧騒は皆無で、ほとんど人がいない天空の空間は、まさに別天地。
薄曇りであったが視界は良好で、遠くは日本海沿いに小樽方面まで見渡せた。

喫茶スペースもあったので、ここで車掌見習は持参のランチ。
しばらく、静かな時間を過ごし、トワイライトEXPとの出逢いに心の準備を整えた。

13時過ぎ、再び下界へ降り昼食を調達。
改札の出発案内を見上げると、「寝台特急トワイライトエクスプレス 14:05 大阪」の文字が、ひときわ輝いて目に映った。

この瞬間、本当に憧れの列車に乗れる確証を得た心持ちになれた。

逸(はや)る心を抑え、出発ホームとなる4番線へと上がった…
 

いい日旅立ち・Twilight Express(第2章)

カテゴリー:①番線:鉄道(JR・私鉄)方面 2014年12月21日 05:18

この時期、札幌の街はイルミネーションで彩られる。

札幌の「ホワイト・イルミネーション」は、今年で34回目にもなるそうだ。
また、仙台の「光のページェント」も調べたら、今回で28年目と札幌に次ぐ積み重ねがあった。

車掌長がイルミネーションと聞いてイメージするのは、神戸のルミナリエ…
阪神・淡路大震災の起きた年に、犠牲になった方々への鎮魂と追悼、街々の復興を願い、激減した観光客を呼び戻す目的で開催され、いまに至っている。

いまやLEDの普及と省電力の恩恵で、各地で隆盛を誇るイルミネーションだが、あまりに商業的で大規模過ぎてケバケバしさを感じるのは、車掌長ぐらいかもしれない。

まさに経済優先思考で、人が集まりカネが儲かるなら、どこもかしこも「バスに乗り遅れるな」とばかりに、有名デザイナーに頼む人任せのワンパターン。

札幌や仙台、神戸のように歴史や趣旨が明確な「光のイベント」であれば、年ごとに訪れる人が増え、それに比例して電球の数も増えてゆくなら好ましいが、山奥の丘をいきなり電飾の海に変えてしまうような節操の無さには閉口してしまう。

この手のメッキ的なイベントは一過性で終わり、長続きさせて人々の心を癒し、愛されながら歴史を積んでゆけるような施設や場所はごく僅かだと予想する。

しかしながら、言い方を変えれば、その「一過性」なモノを消費者が望んでいるのも否めない。
大規模な敷地を埋め尽くすほどの数千万もの電球を用い、見た目の派手さを競い会わないと集客できないのは、見る側の感度や感性も鈍ったり曇ったりして、表面的かつ打ち上げ花火的な驚きにしか反応できないのかもしれない。

イルミネーションブームに水を差す気はサラサラないが、原発事故とそこで決意したはずの節電意識は、被災された方々以外の人々には、もはや忘却の彼方の出来事になったと認めざるを得ない…

繁華街を避けた中島公園の傍らで宿泊し、「トワイライトエクスプレス・イブ」は静かに更けていった…
 

いい日旅立ち・Twilight Express(第1章)

カテゴリー:①番線:鉄道(JR・私鉄)方面 2014年12月19日 05:26

切符が手に入ったからと言って、トワイライトエクスプレスに必ず乗車できる保証はない、

それは、「運休」への恐れと、車掌見習の体調への不安…
まず運休については、夏は台風、冬は暴風雪など、天候に大きく左右されるのが、トワイライトEXPに乗車する誰もが抱く悩みだ。

こればかりは、どんなにお金持ちでも権力者でも覆すことはできない。
まして、一市民がオークションで正規料金の3倍以上の高額な対価を払った際のダメージは計り知れない。
この辺りが「寝台券」という、乗車できて初めて購入の目的や満足が得られるモノの儚(はかな)さであり、オークションというシステムに出回る品としての妥当性にも抵触すると思ってしまう。

もちろん、オークションやツアー参加に限らず、正規購入した場合のいずれであっても、憧れの列車が「運休」になることは極まりない悲愴に違いはない。

次に車掌見習の体調。
風邪に始まってインフルエンザや思わぬ怪我など、2歳児ならではの心配は尽きない…

ゆえに、そんな事態となれば出発当日でも「中止」を決断せねばならないことは、常に頭の中にあった。

そんな不安要素は幾つかありながらも、切符が取れてしばらくは、乗車への夢と期待の方が大きかった。

そんな11月下旬、車掌見習が突発性発疹になった。
元気だった或る日、突如熱が39度近くまで上昇し、原因がわかるまで不安であった。
3日間ほど高熱が続き、座薬で熱を下げても再び上がることを繰り返した。

食欲も細くなり、機嫌も悪い…
医者にもかかったが他になす術(すべ)もなく、ただ辛抱強く回復を待つのみ。治るのに1週間程度を要した。
だが、これが出発直前でなくて本当に良かったと胸を撫で下ろした。

やがて12月に入り、本格的な寒気が列島を包んだ。
四国の山間部が大雪に見舞われ、トワイライトEXPも運休となった日がついに現れ始めた。

乗車1週間前からは、週間天気予報を見つめる日々…
トワイライトEXPの運行区間は、一道二府八県にまたがるので、チェックする範囲も広範だ。

乗車2日前、天候は問題なさそう。

このタイミングで乗車券を購入。
今回はレール&レンタカーという企画切符を利用し、札幌から大阪への乗車券を2割引きとした。

通常だと大人16,630円の運賃が13,300円になるので、随分おトクだ。
しかも、今回は4名分の切符を買ってコンパートメントを個室化したので、この2割引きは大きい。

12月10日、正午前後の便で空路札幌へ。
トワイライトEXP乗車に万全を期すため、札幌前泊とした。

最近は子連れの搭乗もだいぶ慣れ、毎回最後部の座席を指定することにしている。

14時前、ランディングした北の大地は、純白のヴェールに覆われていた。
 

いい日旅立ち・Twilight Express(序章)

カテゴリー:①番線:鉄道(JR・私鉄)方面 2014年12月14日 05:46

♪いい日旅立ちのイントロが車内に流れ響く
次第に胸が高まり、熱い想いが込み上げる…

「今日はトワイライトエクスプレスにご乗車いただきましてありがとうございます。皆様の夢を乗せまして、トワイライトエクスプレス、札幌駅を発車いたしました。」と、旅情たっぷりな素敵なアナウンス。

憧れの名列車、臨時寝台特急「トワイライトエクスプレス」の旅立ちは、いとも劇的であった。
それは、来春廃止されるという感傷的な心持ちも後押ししただろう…

また、乗車に必要な切符入手の困難さこそが、乗車の正夢の実感を増幅させたことは否めない。
この名列車は、まず乗車手段の確保からドラマが始まるのであった。

トワイライトエクスプレスは、1989年の運行開始から25年を経ても、寝台券が手に入らない列車として有名であったが、廃止が発表されてから、その困難さは異常なほど過熱していた。

そんな憧れの寝台列車に、車掌長は哲×鉄車掌区で是非乗っておきたい…と、夏の終わり頃からその対策を練っていた。

旅行会社のツアーに申し込んだり、オークションで競り落とせば、比較的簡単に乗車の夢は叶うが、なにぶんにもそれは、高額であったり、本意ではないので、正規購入にこだわった。

ここで述べる正規購入とは、JR駅のみどりの窓口で発売1ヵ月前の10時ジャストに、希望する列車の予約を端末で叩いてもらうことだ。

よく2日前にキャンセルが出やすいと言われるが、その時点で車掌長の本来の仕事や、専務車掌のスケジュールなどを調整するのは100%不可能なので、1ヵ月前に賭けるしか方法はなかった。

11月に入り、仕事のいとまが取れそうな日を確認し、その1ヵ月前に駅へ通う日々が始まった…
と言っても、1ヵ月前の10時は仕事の真っ最中なので、事前申し込みが可能な駅に並ぶ。

某駅では7時に窓口が開く際、先着順で10時発売に対応してくれるので、毎回5時半頃に並んだ。
6時では先客がいるのを事前にリサーチした結果だが、幸いにもいつも「1番」を確保できた。

最初は個室確保を希望していたが、全くダメ。
勤め帰りに淡い期待を抱き、窓口脇にその日の予約結果が○×で示された表を見ては落胆した。

仕事が立て込み、事前対応の先着順に並ぶこともしばらくできなくなる日、或ることを試みた。

それは、個室ではない4名用のB寝台コンパートメントを取り、実質的に個室化すること。
4名分取れれば、通路と寝台区画とはガラス戸や、カーテンもあり簡易個室となる仕様であった。

そして、人気の高い下り(大阪発)と、下りよりは取りやすいと言われる上り(札幌発)の双方が運転される日の札幌発に、一縷(いちる)の望みを賭けてみた。

その日は急な仕事も入り帰宅が遅くなり、わざわざダメな結果を見に駅まで行くのも躊躇したが、しばらく並びに行けないので、けじめをつける想いで残念な結果を確かめに駅に行ってみた。

中に入らず、外から窓越しに表を見て目を疑った…
1番の欄に〇印!

慌てて、引換券と財布を取りに戻り、再び窓口へ向かった。

窓口の人に、その人が予約を取ってくれたわけでもないだろうが、二度三度、お礼を言った。
そして、端末から発券された4名分の寝台券を手にした時、あたかも床から数センチ浮上したような、リニアな不思議な気分になった。

トワイライトエクスプレスに乗るための大障壁を乗り越えた、大感動の瞬間であった…
 

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