アチョ~ゥ!

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2013年7月24日 05:59

先日、カーラジオで、7月20日はブルース・リーの没後40年という話を耳にした。
1973年7月20日、享年32歳とのこと。

ブルース・リーと言えば、車掌長と同年代の方であれば、学校で「ウゥゥゥアチョォ~!!」という物真似を見受けたり、ご自身が演じたという想い出があるだろう。

特に、ラロ・シフリン作曲の「燃えよドラゴン」のテーマ曲は、40年を経た今も名曲だと思う。

ところで、日本のサラリーマン社会ではこんな雄叫び、嘲笑、罵声が響いている
「モォォゥ~カチョウゥッ!!」

上からも下からも板挟みの辛いお立場…
ご自身で解決できる決済力も与えられない日本独特な職位に、たった1つしかない心身を蝕まれないよう、ご自愛願いたい。

生きることに大切なことは、そんな閉塞的な空間ではないことを、心身を解き放つ旅にで出て実感してみてはいかがだろうか。
そんな時、きっと「燃えよドラゴン」は勇気を与えてくれるだろう。

しかしながら、曲の勢いに乗じて、何かを破壊するようなことは気を付けなければならない。
 

世界記憶遺産

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2013年6月22日 06:49

本日午後にも、富士山が世界遺産に正式登録される。

そのこと自体は喜ばしいことであるが、真に世界に誇れるためには、山麓の広範囲にわたるゴミ問題や、稚拙なリゾート開発などを戒め、今まで以上に富士山を「守る」「崇める」姿勢が求められる。
ただ単に、観光客が増えて地元の経済が潤えば良いということでは、ユネスコ本来の遺産保護の趣旨から外れてしまう。

ところで、そんな富士山に注目が集まる中、先日もう1つの世界遺産が登録された。
世界記憶遺産だ。
今回は、鎖国前に伊達家が欧州へ送った使節団の「慶長遣欧使節関係資料」と、藤原道長の自筆日記「御堂関白記」であった。

世界記憶遺産は2年に1回登録の発表があるが、前回は炭鉱記録画家である山本作兵衛の作品が、日本で初めて登録された。

車掌長はそれをぜひ見たいと思い、登録間もない頃に福岡県田川市の博物館を訪れた。
筑豊炭鉱で働く人々の仕事や生活ぶりが、つぶさに描写され、展示だけではもの足りず全作品が収録された画集も買ってしまった。

そして、その作品を見たからこそ、昨年大晦日の三輪明宏さんの"ヨイトマケの唄"が、より深く心に沁みた。

今回登録された中で、「慶長遣欧使節関係資料」は興味深いと思った。
内容物は、鎖国前に仙台藩主である伊達政宗の命によって、支倉常長(はせくらつねなが)がスペインとローマに派遣された際に持ち帰った「ローマ市公民権証書」や、肖像画である「支倉常長像」、「ローマ教皇パウロ五世象」の3点。

折しも今年は、常長一行が旅立った1613年から400周年にあたる。
その時建造された木造洋式帆船「サン・ファン・バウティスタ」は、石巻に復原船がある。
東日本大震災で被災したが、今年11月に修復が完了するという。

車掌長は震災の前年に金華山を訪れた際、このサンファン号をぜひ見たかったが、時間の都合で「石ノ森萬画館」を優先させた。

今度はぜひ、サンファン館を訪れたい。

余談だが、仙台南部に「金山温泉 支倉旅館」がある。
支倉常長の末裔が営んでいるそうだが、数年前に温泉達人会の飯出代表とI氏の3名で訪れた。
ここのお湯は絶品であった。

堕落しそうなほど「ヌル湯」で、いつまでも入っていたいと思わされる。
しかしながら、そんな同胞が多いのであろう、「入浴は1時間まで」との貼り紙がある。
浴槽も狭いので、譲り合うマナーが必要だ。

入って数分、無数の気泡が体に纏(まつ)わりつく。
その忘れがたい感触が、再訪の想いを誘った。
 

旅の日に想う

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2013年5月16日 19:25

今日は「旅の日」。

なぜ?という方もおられるかと思うので、手短に説明する。
5月16日は、1689年に俳聖「松尾芭蕉」が奥の細道に旅立った日。
これを日本旅のペンクラブが、1988年に記念日として制定した。

松尾芭蕉は車掌長が尊敬する人物の一人。
中学時代の国語の教科書で習って以来、師の旅を通じての人生観に魅了され続けている。
特にその足跡を辿って訪れた山寺や松島、平泉、最上川などは想い出深い土地だ。

車掌長が芭蕉から学んだことは「変わらぬ本質」と「変わりゆく人の心」…
変わらぬ本質とは、言うなればどんな時代にあってもブレない「不変の法則」や「普遍の原理」など。
変わりゆく人の心とは、世の中の利害やしがらみでブレる心の流動性など。

芭蕉はそれらを僅か17文字で、季節や風景の美しさの中で表現してきたと思う。

この忙(せわ)しない今の世の中、「旅」の本質に目を向けて見るのも意味深いことだ。
ガイドブックに載っていたことを見たり、食べることを通してナゾルのも、一つの旅の味わいであろう。

しかしながら、車掌長の描く「旅」とは、自分と向き合うイメージだ。

偶然だが、松尾芭蕉が奥の細道に旅立ったのは45歳。
そう、いまの車掌長と同じ年齢…

奥の細道の冒頭は、こんな書き出しで始まる。
「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也」

月日というのは、永遠に旅を続ける旅人のようなもの。来ては去り、去っては来る年もまた旅人である、という趣旨だ。

漂泊の想いを胸に、これからの人生を淡々と歩んでゆきたいと思った。
 

身の丈に合った視点

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2013年5月 5日 06:31

今日は子どもの日
複数の新聞一面を飾った記事は、子どもの「32年連続減少」だ。

世界最速で進む日本の少子超高齢化社会。
世界は日本の行方を見守っている。
見守っているというと優しい言い方だが、国が衰退してゆく「実験」を眺めているという方が正しいのかもしれない。

当たり前の話だが、生まれてくる人間よりも亡くなる人間が多ければ人口は減ってゆく。
また、医療技術の進歩は寿命を延ばし続け超高齢化を促し、人口ピラミッドは逆三角形という歪(いびつ)な形になりつつある。

このことから、社会保障の分野でよく形容されることだが、大勢が高齢者を担いでいた「御神輿型」から、少数で支える「騎馬戦型」へと変化し、近々1人で担ぐ「肩車型」になるのは間違いないそうだ。

ところで、日本の「インフラ」は人口1億2000万人程度を目安とし、全国津々浦々に整備・維持されてきたという。
インフラとは、人々の日常生活や経済活動を支える生産等の基盤となる社会資本。
具体的には、学校や病院、公園、福祉施設、鉄道、道路、ガス、水道、発電施設、ダム、港湾設備、通信施設、etc…

今日、高度経済成長期に全国各地で作られた道路や橋、トンネルなどの構造物が寿命を迎えている。
当時は人口や交通量など必要性のあった事情が、どれもが今も必要な事情を満たしているのか精査が必要であろう。
その点において、鉄道は早くから合理化を理由に「廃線」となり、その社会的使命を絶たれてきた。

現政権は、財源の乏しい膨大な借金の上に更に借金をして、需要の少なくなった上述の構造物を修復しようとしている。
もちろん、今でも需要の多い道路やそれに付随するトンネル・橋脚のメンテナンスは火急の案件だ。

しかしながら、1億2000万人時代は終焉したのだから、何でもかんでもやみくもに全てのインフラを維持するのは無理な話だと思う。

日本はもはや、「人口減少」という身の丈にあった視点で物事を見て語らないといけない。
これまでの規模で生産活動をしても、それを購買消費する相手が国内にはいなくなるのだから…

それを見込んでなら合点がゆくが、首相はこのGWの外遊で日本のセールスを積極的に行ってきた。
その中には「原発輸出」も含まれていた。
未曾有の事故を起こした欠陥品を、日本と同じ地震国のトルコに自信を持って売り込む精神が理解できない。

商売相手は海外にいくらでもいると言い、グローバル化を声高に叫んでも、自国の衰退を見て見ぬふりをするのは間違っている。

やはり、人口減少の解決は、目先の経済活動よりも優先して人口増加へ舵を切ることだと考える。
そして、そのために必要なインフラこそ、積極的に整備・増強すべきだ。

子どもを安心して産めて、育てられる社会が、実は持続可能な経済活動を支えられるのだろう。
いま、保育所が足りないというが、そんな中で新たなオフィスビルを建てる敷地はしっかり確保されている。

要は、目先のお金にはならないが、やがて「社会の財産になる」という共通認識があるかないかなのだと思う。

オフイスビルを建てて、スポット的にサラリーマン人口が増えるよりも、将来の日本を担う子どもの人口が増える方が、長い目でみればその地域の活性化につながるのだろうと、わが街を見ても抱く感慨だ。

来年の子どもの日に、少しは明るい話をこの乗務日誌で綴れればと願う。
そして、毎年の定点観測的に、この日は子どもから将来を見るテーマで世の中を見つめてゆきたい。
 

脱・就活レース

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2013年4月21日 06:45

先日、経団連が首相の要請に応じ、企業による大学・大学院生の採用活動の開始時期を遅らせることを正式表明した。

これに伴い、現行の倫理憲章を改め、会社説明会は大学3年の12月から4年の4月開始、筆記試験や面接等の選考活動は同4月から8月へ変更となるそうだ。

学生や大学側はいつも翻弄される印象を抱くが、そもそも大学4年間の中で約1年半も「就活」関連に時間を割かれていたことがおかしい。
車掌長は1年間でも「就活」に時間を費やすのは無駄であり、4年の10月からで十分だと思う。

毎度車掌長の話で恐縮だが、車掌長が就活をしたのは4年の11月。
内定をもらったのは同12月だった。

もちろん、今日の就職難という過酷な時代ではなかったが、さすがにどの会社も一通りの採用活動が終わっており、「さて、どうしよう?」という就活スタートのタイミングであった。
周囲の友人はみんな行先も決まっていた。

車掌長は「よーいドン!」的に、一斉スタートで物事を進めるのが苦手だ。
全員が同時にスタートすれば、どう考えても無駄が多かったり、自分でもよくわからないまま動くのが好きではなかった。

本来、内定を得て卒業直前に行くのが普通の「卒業旅行」を、車掌長は4年の晩夏に終えてしまった。
それはどうしても、「夏のスイス」をのんびり旅したかったからだ。
働き始めればまず不可能な3週間という「時間」をたっぷり、初の海外旅行となる憧れのスイスに費やしたかったのが理由だ。

結局、この時にお世話になった旅行会社の丁寧な対応や、当時は旅行業の中でも未開の分野だった「海外個人旅行」に魅力を抱き、その会社に就職する縁となった。
実際、自分で体験したスタッフとの対応や、手配でやりとりした時間が「就活」だったことになる。

的外れな物言いであるし、そのことに責任は負えないが、他人や社会の流れから外れてみるのも1つの「選択」だと思う。

激動の時代、濁流とも言える世の中という川の流れの中にも、必ず流れが淀んでいたり、淵のように静かな場所がある。
そこに身をおいて、本流を眺めていると、きっと自分の将来や今後を考える時間が得られると思う。

やみくもに本流に乗って流されているうちは、訳がわからないほど忙しく、そうしていることで「安心」だと感じるのは理解できる。

しかしながら、どこへ流されるかもわからないリスクや不安は、かなり流されないと気付けないのも事実。

これから、就活をする人々には、せっかくの学生時代の貴重な「時間」を、本当の意味で「自分のため」に費やしてほしいと願う。

考えてみれば、皆が皆、同じ道具を使って就職活動しているのも、滑稽なこと。
スマホ片手に同じ服装で、同じような志望動機を持って、疲れた表情で会社へ臨んでいる…
車掌長が会社の採用担当になることは100%ないが、そういう人間に魅力は抱かない。

そもそも、本来の勉強や重要で価値ある情報というのは、端末の指先では得られないと思う。
時間をかけて本を調べたり、信頼できる人物に直接聞くなど、答えを得るための「過程」が大切なのに、その過程が欠落しているのが残念だ。

車の運転もカーナビゲーションを使えば便利だが、道を覚えることは苦手になるだろう。
今後、人生の「ナビゲーション」も発明されるかもしれないが、その指示通り進む人生とは一体どんなものだろうか?

なにはともあれ、建前上は学生時代に就活に割く時間は短くなったわけだから、そこで担保された自分の貴重な「学生」という身分を有意義に使ってもらいたい。

経済社会の仕組みに順応になるためだけに、自分のかけがえのない時間を使いきるのはモッタイナイ。
そして、そんな「つくられた自分」は、働き始めてからのミスマッチで長続きしないだろう。
 

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