「いつかはクラウン」に思う

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2012年12月29日 06:32

クラウンに乗る…
それは高度成長期における、日本の男社会のステータスシンボルだった。
「いつかはクラウン」というキャッチコピーは、車掌長よりも上の年代の多くの方々が、憧れ目指した名言。

かつて日本の車販売はセダンに巧みな階級を設定し、その所得や家族構成に応じた車種を豊富に取り揃えた。
トヨタを例に例えれば、カローラ→コロナ→(マークⅡ)→クラウンと、出世魚のように格を上げ、それらの車に自分自身を重ねてオーナーとなることに夢を描けた時代だ。

車掌長が自動車免許を取得した頃は、ワゴンの使い勝手の良さが認知され始めた時期。
そして、ステーションワゴンやミニバンと言った多用途な車種が支持され始めた。
車掌長も学生時代、中古の軽1boxを手に入れ、車中泊をしながら湯巡りや名跡訪問を満喫した。

ところで、先日14代目のクラウンの新車発表会があった。
度肝を抜かれたのは「ピンク・クラウン」。
渾身のデザインと若い女性の触手も動く…との読みらしいが、初日の出暴走等でお目見えする1980年代の「族車」をイメージしてしまった。
マーケティング・リサーチというものが、こういう奇抜なものを生み出すのだろうか?
はたまた、ご乱心の表れか…

トヨタのトップは新生クラウンに「日本市場の復活」や「ものづくりの死守」という言葉を使い期待を込めた。
ふと、これに似たような台詞を思い出した。
先日政権交代した政府の「日本を取り戻す」だ。

抽象的な言葉は、受け止める者によって様々な解釈を育む。
両者とも勇ましさは感じるが、虚しさを伴うのは何故だろうか…

それは、ごく普通に暮らせることを望む、圧倒的多数の国民の生活実態を与(くみ)していないからだ。
多くの真面目な庶民は、「いつかはクラウン」よりも「いつかは正社員」を切に望んでいる。
それが実現してこそ「いつかは…」という前向きな消費にもお金を費やせるのではないだろうか。

(追伸)
今年も残すところ2日となりました。
哲×鉄ご愛読の皆様には、心からこの1年の感謝を申し上げます。
ありがとうございました。

哲×鉄は何事もデジタル化する世の中にあって、アナログの魅力や価値を見出すことに主眼を置いています。
そして、その方法として過去のJTB時刻表を通して、時間軸で物事を見つめています。
単に昔を懐かしむのではなく、過去を振り返ることによって今を見つめ、今後を考えることを心掛けています。

単なる情報処理ならコンピュータに勝るものはありません。
しかしながら、情報の編集や応用は人間によるアナログの力が問われます。
そして、それができることが、今の時代を生きる力だと思うのです。
思考力、判断力、選択力、表現力、どれも人間にしかできないことです。

書店に足を運ぶと「○○力」といった本が売れているようです。
本来自分自身の中にあったはずのそうした「力」が、考えることも動くことも人任せの風潮の中で、いつの間にか衰退してしまったように思います。

人間は意外にも、アナログな生き方にあってこそ、その心持ちが豊かになれるのではないか…と感じた2012年の結びです。

末筆ながら、どうぞ良いお年をお迎えください。
そして、来年もご乗車(ご愛読)のほどよろしくお願いいたします。

 

コメント(2件)

たくちゃんさんからのコメント(2012年12月30日 05:13投稿)

マーケットリサーチ
この言葉が世に流通するようになって、ずいぶんになります。
市場を調査する
なんでこんなことをしなくてはいけないのか、
ほとほと疑問に思うワタクシです。

本当に必要な「もの」
それは、暮らしの中から出てくるものであったはず。
そして、
本当に社会や暮らしに「役に立つもの」こそが「必要なもの」であったはず。
そう思うんですなぁ。

ものづくりの死守。
現在、多数派が乗っかっているこの路線を見て、
ずいぶん奇妙な線路に乗せられているように見える
今日この頃です。

余計な機能の付け足しや、
必要以上に重きを置かれる「デザイン」。
そもそもデザインとは、工業的なものであったはずで、
それが今や、商業的な意味合いに取って代わってしまったようで。
まぁ、それを生業にしているワタクシに、
言う資格はないと言われればそれまでですが…。

あえて、言いたいんですな。
デザインとは、使い勝手の上にのみ、成り立つものだと。

仕事にプライドを持ってやっていきたいと、日々心がけ、
信じて、毎日を過ごしていきたいなと。
改めて思う、年の瀬でございます。

本年もワタクシのつたないコメントに
わざわざお返事くださった皆様、まことにありがとうございました。
最近、保線課は、開店休業状態となっております。
しかしながら、
「便りのないのはいい便り」
また、
「メンテナンスをすることなく、ずっと使い続けていただけている」
ことを、自分自身ちょっとだけうれしく思いつつ、
年の瀬のご挨拶とさせていただきます。

哲×鉄 保線課保線係 へっぽこ保線員
たくちゃんでした。

皆様、よいお年をお迎えください。

車掌長さんからのコメント(2012年12月30日 21:48投稿)

たくちゃん 様

毎度ご乗車ありがとうございます。

そして、本年も「哲×鉄」の無事の運行を支えていただきありがとうございました。

何はともあれ、完璧な保線あっての日々の車掌業務ですから…
来年はちょっとお願いしたい諸施設建設に関する「土木系」の相談もありますので、またお会いしたときに妄想を聞いてください!

さて、マーケティング・リサーチの話ですが、
市場調査も裏を返せば、効率主義の表われでしょうか。
つまり「売れないものは作らない」ということです。
売れないものはどんなものか、逆にどんなものなら売れるのか?を追及することがその目的かと察します。

しかしながら、全ての商売人にそんな勝ち戦ができるのか疑問です。
むしろ、売れないと思ったものが大ヒットしたり、売れると太鼓判を押したものが空振りに終わることもあります。
そんな時は「消費者のニーズを掴みきれなかった」の一言で終わりです。

つまるところ、占いと同じくらい不確かな手法であり、天気予報のように当たっても外れても恨みっこナシのルーチン・ワークということです。

そして、そんな不確かな占いごとのために、社員が大切なプライベートの時間を削ってまで、プレゼン準備や部署間の調整にサービス残業をして疲弊してしまうのは、どんなものでしょうか…
そのようなことに、多くの人が早く解放され、真に世の人々に必要とされるモノを自信を持って作り続けられることを願うばかりです。

そうでないと、賢い若者はきっと、そんな古い日本の会社社会に見切りをつけて、最初からヤリガイを実感できるアジア諸国へ流出するかもしれません。

たくちゃんさんが仰る通り、社会や暮らしの中で本当に役に立つものが「必要なもの」であり、それが「売れるもの」なのです。

そう考えると、巷にはいかに不要な物があふれ、それを買わせるために表面的な「流行」をつくり、無理に購買意欲を掻き立てている構図が見えてきます。
そして、流行で買われたものは多くが飽きるのも早く、廃棄され全くエコではありません。

また、デザインは人間工学そのもの。
人の動作や習性、感情を研究して、使いやすさの上に成り立つものだと車掌長も考えます。

そう考えると、旅や人生も「デザインする」という概念が、広義的には成り立つのでしょう。
自らデザインする「行き方」と「生き方」で、旅も人生も楽しみたいものです。
(車掌長もそう思えるまで、かなりの遠回りをしましたが…)

それでは、どうぞ良いお年をお迎えください!

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パーフェクション

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2012年12月22日 07:04

子どもの頃「パーフェクション」という玩具があり、よく遊んだ。
形状の異なる30個近い駒を、その形通りの穴に収容する単純なゲームだが、制限時間60秒以内に達成しなければならない。

不覚にもコンプリートできなかった場合、全ての穴が勢いよく持ち上がり、星一徹のちゃぶ台返しの有様となる。
いかにもアナログで昭和の遊びだが、とてもスリリングであり、複数名で囲んで遊べる共有感があった。
趣向は異なるが、黒髭危機一髪ゲームも誰の刀剣で黒髭の海賊が飛び跳ねるかが、無性に楽しかった。

さて、そんなパーフェクションの60秒なら、失敗しても笑える話だが、某ハンバーガーチェーンが先日発表した「60秒」には辛辣な心苦しさを感じた。
それは会計を済ませて60秒以内に注文した品が揃わなければ、次回使用できるハンバーガー無料券が貰えるというサービス。

そんなことをしなくても、今でさえ十分な速さで注文した品を出してもらえていると思うが、わざわざ時間制限を導入したのは、他社との差別化か、一時の話題性を狙ったのか…

来月4日から31日までの期間限定とはいえ、こうした過剰なサービスは後々標準化する懸念がある。
また、そのサービスを遂行するスタッフのストレスも相当なものであろうし、できない者は職場から排除されないか心配だ。

標準化と言えば、ふと別のシーンが頭を過(よぎ)った。
自動車の運転で車線変更する際や右左折時に相手が譲ってくれた場合、ハザードランプを点滅させることがある。
車掌長の記憶だが、25年以上前の学生時代には、これができると「ちょっと気の利く人」的なお礼の意思表示であった。

しかしながら、今や標準化され、これができないと「気の利かない奴」「無礼者」と受け止められてしまうようだ。
最近は街中を走る教習車でさえ、車線変更の際にハザードランプを点滅させたから、教習項目にもなっているのだろうか…

初めは「気の利く」サービスや仕草が、いつの間にかそれが標準化してしまう。
本来であれば、注文の商品をきちんと提供する、或いは運転の基本操作に専念すれば良いことを、制限時間への過度なプレッシャーや軽微な気遣いのために、ミスや事故を誘発すれば本末転倒だ。

また、そうしたことができないスタッフや運転者も、社会で働くし公道を走っていることを忘れてはならない。
もし、そのような人々は「働くな」「運転するな」といった排除論になれば、非常に悲しい社会だ。

前述の話に戻るが、もしも時間通りに商品が揃わず、ハンバーガーの無料券を渡されても
「No problem」と言って、心優しくお返しできるような人が一人でも多くいると、世の中とてもHappyな気分になれると思う。
また、そうした仕草や心持ちは「カッコイイ」「クール」なことだと思う。

 

コメント(3件)

たくちゃんさんからのコメント(2012年12月23日 05:31投稿)

僕もそのニュースを、ネットか何かで見ました。
サービスの標準化、という言葉に、以前あったことを思い出しました。

以前、人からの紹介で、初めてお仕事をさせていただいたお客様のことです。
まだ仕事になる前、つまりは見積もり段階で、
詳細な見積もりを出して、お持ちしたところ、
「で、おたくはこれからいくら引いてくれるの?」

仕事もしていないうちから、値引き交渉です。

こちらが何も提供していないうちから
サービスを求めるあつかましさ。
何より、こちらの技量も何も知らないのに
「こちらの要求どおり、やっておけばいいんだ」的な要求。
知り合いからの紹介でしたから、その場は適当な返事をしておきましたが、
それからそのお客様とは、お仕事をしていません。
いくつか引き合いはあったのですが、
あえてとんでもなく高い見積もりを吹っかけて
自然消滅させました。

商習慣といってしまえばそれまでですし、
それが駆け引きという方もいるとおもいます。
ですが、相手との信頼関係が成り立たないうちから
そのようなことをしてくるっていうのは
どうなんでしょうかねぇ。

ハンバーガーチェーンのトップの方々も
自分たちのスタッフが以下に優秀かを理解できていたら、
自分たちの提供する商品に誇りを持てているなら、
そんなことを軽々しくできるものではないと
思うんですがねぇ…

たくちゃんさんからのコメント(2012年12月23日 05:35投稿)

自分たちのスタッフが以下に優秀かを
→自分たちのスタッフが如何に優秀かを

…文章の確認をせずに投稿すると
このようなことになります。
まったく、プロとして恥ずかしいことで。

皆さんも、自分の発言にはくれぐれもお気をつけください。
インターネットは「メディア」です。
発言者には、責任がついてくるものです。
匿名性が高いからといって、
「ばれないからいいだろう」っていうのは
どうかと思いますねぇ…。

車掌長さんからのコメント(2012年12月23日 07:34投稿)

たくちゃん 様

毎度ご乗車ありがとうございます。

たくちゃんさんのエピソード、共感しました。
仕事とは、上下関係で位置づけられるものではなく、お互いの信頼関係で成り立つものだと考えます。

また、言い方を変えれば「パートナーシップ」とも言えます。
これは両者が対等の立場で同じ方向性を確認し共有することです。
そしてその信頼によって、双方に良い果実が実り、収穫ができるとイメージします。

車掌長の好きではない言葉に「下請け」というのがあります。
いかにも日本独特かつ固有な、マイナス志向の商習慣用語です。

この言葉を使い続けているうちは、日本は経済的にも精神的にも豊かにはなれないと思うのです。

リーディングカンパニーと呼ばれる、どの業種や分野にも君臨してきた大企業と、その傘下にいれば安住と思えた裾野の下請け業者が、今や壊滅状態です。

高度経済成長期なら成り立ったその親子関係も、いまはその親に体力がありませんから、子や孫はおろかグループ企業という、親類縁者まで、その親の介護や援助になけなしのお金や体力を消耗しています。

グローバル経済とは、大企業の傘下に長居すればするほど、或いは依存すればするほど、体力も情熱もストローのように吸い上げられ、弱体化を招いたように思います。

つまり、大企業が風邪をひいたり病気になれば、その親分を支えている中小零細企業は、もっとひどい症状を患い、見舞いに来てもらえるどころか、もっと忠誠を示せと言わんばかりの仕打ちを受けているように見えます。

結果、製品のクオリティを維持できず、リコールを頻発するような商品しか世に送り出せない有様です。
また、世界的なニーズに合わない不必要な高機能ばかりを開発することによって、エンジニアを疲弊させ、優秀な人材を国外へ流出させています。

しかしながら、今の世の中を肯定的に捉えれば、これまでは難しかった個人や中小零細企業の素晴らしい技術や魅力を、容易に自ら日本国内や世界に発信できることは良いことです。

某ハンバーガーチェーンの話に戻りますが、60秒以内に出すためには、常時全商品を一定数以上ストックしておかなければなりません。
つまり、作り置きです。

回転の良い集客規模の高い店舗ならまだしも、そうでない店舗ではアツアツのポテトは食べられないのでは…と気になります。

時間が経ってカラカラに乾いた固いポテトなら品質は落ちますし、作り立てをキープするために在庫を廃棄するなら、リーディングカンパニーとして、全くエコではないことをしていることになりますネ。

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新宿御苑大温室

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2012年12月17日 06:02

一昨日の寒い曇天から一転し、小春日和となった昨日、当車掌区全員で新宿御苑へ出かけた。
のんびり散策できることが目的だったが、もうひとつお目当てがあった。
先月リニューアルオープンした大温室だ。

車掌長は温室が大好きだ。
特に冬に訪れるのがいい。
寒い外気から隔離された空間は天国のような居心地…
そんな環境の中、日常は見られない熱帯の植物をのんびり観賞した。

外のカラカラ空気とは対照的な、高湿度の温室内は鼻腔にも優しく感じられ癒される。
また温室独特な甘ったるいような草花の匂いも好きだ。

ところで、温室と言えば井の頭自然文化園にある「熱帯鳥温室」に久しく訪れていない。
外観はJR中央線からよく見かけているが、近年は蔦の覆われ方に貫録が出てきて自然に還った感じさえする。
一瞬、天空の城ラピュタの世界をも想像させる。
調べたら1962年にできた施設とのことで、まさに半世紀の風格と言える。

また天気の良い穏やかな日に、専務車掌と車掌見習と一緒にぶらりと出かけてみようと思う。
 

バスと赤ちゃん

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2012年11月28日 05:50

小さな子供を連れて電車やバス、飛行機に乗るのは大変なことだ。
泣かないようにと乗るまでの万全の準備や心構えと神頼み、乗って大泣きした際の動揺や周囲への気遣い…
これらを考えると、乗り物など乗りたくないと思うが、現実にはそうもいかない。

先日、ある雑誌のコラムが話題となった。
そのコラムを書いた或る漫画家が、国内線の機中で着陸寸前に泣き叫んだ赤ちゃんに嫌気が刺し、その親や客室乗務員にクレームを言い、着陸準備中の機内を出口に向かって走り始めた。
そしてそれでも収まらず、降りた後に航空会社へ対策や姿勢を問い質(ただ)したそうだ。

世知辛い世の中だなと思っていたら、こんなエピソードを新聞で知った。
「バスと赤ちゃん」の話だ。
道徳の副読本にもなっているそうなので、子どもさんのいる方は知っているかもしれない。
話の概要はこうだ。

混雑したバス車内で、若い母親が抱いた赤ちゃんが泣きだした。
皆の迷惑になると思った母親が、目的地の手前の停留所で降りようとした。
すると、運転手がここから歩くのは大変と言って車内にマイクでこう呼びかけた。
「子どもは泣くのが仕事。どうぞ皆さん、少しの時間、一緒に乗せて行ってください」と。

数秒して車内の乗客全員が拍手で応えた…
その母親は「今でも思い出すと目頭が熱くなる。とても大切な、心に沁みる思い出」と結ぶ。

これは時代こそ30年ほど前になるが、都心の路線バスで実際にあった話だ。

今は少子化で、かつ個人の快適な空間や環境を誰もが求める時代。
それは自分の家の中だけに留まらず、不特定多数の様々な生活環境や事情を持つ人々が往き交う「社会」という空間においても、その快適さを求め、阻害されれば苛立つ人々。

もちろん、公共施設や車内で子どもが遊びで騒いだり、走り回ることには叱る必要はある。
また、大人が大声で喋ったり大音量で聞く音楽はマナー違反であり、自ら制止すべきである。

しかしながら、赤ちゃんの泣き声だけはどんな時代になっても、コントロールすることは困難だ。
また、そのためにハード面で解決しようとすれば、膨大なコストがかかり遅々として進まない。

せめて先述のバス運転手のような善意や、そこに居合わせた乗客の温かな心持ちが世の中に広がることを切に願う…
 

 

コメント(2件)

たくちゃんさんからのコメント(2012年11月28日 13:10投稿)

僕もその話をネットのニュースで知りました。

遊びでふざけたり、騒いだりしている子供を叱ることは、すごく大切です。
大人なら、そうしないといけないと思います。
「遊びで騒ぐ」なんてことを知らない子供がする、悪意のない生理的行動に
そんな事言われましてもねぇ。

ずいぶん大人気ない方だと思いましたんですよ。
そういう方がテレビやラジオでもてはやされ
それなりに社会的な地位も築いていると。

まぁ、どうなってるんでしょうかね。

最近見たテレビの話で恐縮ですが、
マレーシアという国で、
日本の「蚊取り線香」を製造・販売している会社の社長さんが、
その国で外国人に対して与えられる最高位の称号
「タン・スリ」を与えられているとの事です。

もちろん、マラリヤや伝染病を媒介する「蚊」から
マレーシア国民を救ったことは、大きな理由のひとつでしょうが、
彼は、そこで得た利益を、積極的に
貧しい人々や子供たちの為に寄付をしたり、
学校や施設を建てたりと
そういった活動を行っておられるようです。
そういう行動含めて、すべてが「タン・スリ」に値すると。

久しぶりに「本当のお金持ち」を
見たような気がしました。

いくら地位やお金があったからといって、
乳児のする生理的な行動に、いちいち目くじらを立てるような
お金持ちにはなりたくないものですな。

そんなことを考えてしまいましたですよ。

車掌長さんからのコメント(2012年11月29日 04:46投稿)

たくちゃん 様

毎度ご乗車ありがとうございます。

そして、素敵なお話をありがとうございました。
重ねてお礼を申し上げます。

「タン・スリ」のことは初めて知りました。
そのような心意気のある日本人の社長もいてホッとしました。

たくちゃんさんのお話で思ったことがあります。
今のご時世、誰もが自分のことで精一杯なことはよくわかります。
しかし、あまりにお金を中心にモノ事を考えすぎではないか…と。

特に富裕層と呼ばれる方々や、そうした方々を「お客様」と崇(あが)めている商魂に対して、日本のビジネスの貧困さを感じます。
また、その商売やサービスを支えているのは、病気をしても何の保障もない非正規の人々かもしれません。

経済の活性化とは、中間層を中心とした裾野の広い消費に支えられてこそ言えることであり、人々が日々の生活に不安を覚えずに、安心してお金が使える世の中だとイメージします。

また、これからの時代は「お金持ち」よりも「時間持ち」の人の方が気持ちが裕福であると思います。
更には「心持ち」のある人こそ、自分の人生を豊かに過ごせるのではないかと考えます。

少しのお金で豊かな気持ちになれる人もいれば、沢山のモノに囲まれていても心が満たされない人は大勢います。

どんな国で生まれ育っても、物事を前向きに捉え、何か問題に直面しても解決に向け努力できること、夢が持てること。

それこそが、実は「真の豊かさ」ではないか…と思うのです。

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今年のボージョレに思う

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2012年11月16日 05:46

昨日、毎年恒例のボージョレ・ヌーボーが解禁となった。

今年は産地での天候不順が災いし、生産量が落ち込んだとのことだった。
しかしながら、お得意様である日本への輸出枠は担保されるばかりか、昨年よりも輸出量が拡大し値段も安くなっているという。

その価格マジックに大きく貢献したのがペットボトルだ。
大手のスーパーやワイン業者が、価格競争で販売を拡大するために、軽くて輸送費を抑えるために貢献した。

たしかに、瓶でもペットボトルでも味や品質に変わりはない。
また、値段が安くなることで、今まで飲まなかった人が価格的に飲んでみようか、と思うキッカケになるのも確かだろう。
合理的であるし、経済効率もいい。

だが、車掌長はこうした風潮を残念に思う。
世の中不況で安いに越したことはないし、気軽に楽しめることは大切なことだが、モノに対する価値や敬い、ありがたみ、味わうシチュエーションがあまりにないがしろになっていないかと…

先日、お面白い話を聞いた。
1回の飲む機会が5,000円以上か未満かで、その時間の価値が大きく変わるというものだ。

つまり、安ければ安いほど、選ぶ店やそこで交わされる話がマイナス志向になり、5000円以上だと店の雰囲気も良く、話す話題も前向きなことが多いという。

前者は仕事の愚痴やそこにいない人の陰口が多く、物事の解決に辿りつく前に飲み過ぎて終わったり、新たなトラブルの引き金を引いてしまったり…
なるほど、車掌長にも経験があるなぁ…と。

後者は、そもそもきちんとした予定として、相手に合った場所をイメージし、予約を入れる場合が多い。
そのため、話題も前向きだったり、夢があったり、料理も美味しかったり、店の雰囲気も個性があったり。

2~3回の安い消費を少し我慢して、いつもと違うこだわった消費を1回楽しむ方が、時間の使い方も心の豊かさも随分変わってくると思った。

車掌長はまだ今年のボージョレを楽しんでいないが、ぜひ「瓶」でちょっとこだわりのありそうなもので味わい今年の恵みに感謝したい。
 

コメント(4件)

希望者挙手さんからのコメント(2012年11月17日 01:18投稿)

今夜もスキンブルシャンクスに会えそうな夜行列車です。

こだわりのボジョレーでしたら、ブルゴーニュ地方で唯一の日本人醸造家である仲田晃司氏が作っている「ルー・デュモン」など、いかがでしょうか。

私も味わったことはないのですが、きっと日本人好みのワインではないかと想像します。

世界で活躍する日本人の技に舌鼓を打たれてみるのも、よろしいかと。

かく言う私も今年のボジョレーをまだ楽しめてませんが。

車掌長さんからのコメント(2012年11月17日 09:50投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます。

「ルー・デュモン」のご紹介、ありがとうございます。
希望者挙手さんの多方面に渡る、見識の広さにまたまた敬服です。

早速、このボージョレを調べましたが、車掌長の琴線に触れるこだわりや仲田氏の人柄に好感を抱きました。

特に、温故知新とも言うべき、伝統の醸造方法の中にこそ、ワイン造りの本質があるとの信念に共感です。

「変わる時代」と「変わらぬ基本」…
車掌長が大切にしたいと願うこの心持ちを、ルー・デュモンと共に祝いたく、早速取り寄せてしまいました!

改めて、希望者挙手さんに感謝です。
ありがとうございました。


たくちゃんさんからのコメント(2012年11月19日 07:15投稿)

ほほぉ… お取り寄せになったと。
ルー・デュモン… おいしそうなお酒ですねぇ…

え~、業務連絡でございます。

> 専務車掌様

車掌長がお酒をお取り寄せになったそうでございます。
お酒、だそうです。

代金と同額もしくは相当額の領収書は
経費としてご承認いただけそうな雰囲気です。

業務連絡でした(笑)。

車掌長さんからのコメント(2012年11月24日 07:48投稿)

たくちゃん 様

毎度ご乗車ありがとうございます。

業務連絡は回線をOFFにしてあったため、専務車掌には伝わりませんでした(笑)

ルー・デュモン、美味しゅうございました。
近々たくちゃんご一行様が愛車と共にいらっしゃると思い、もう1本取り寄せてありますので、ぜひご一緒できればと!


希望者挙手 様

この度は美味しいボージョレ・ヌーボーのご紹介、ありがとうございました。

驚いたのは、車掌見習が哲×鉄車掌区に配属になった日と、ほぼ同じ日に収穫した葡萄と知ったことです。
月並みですが、11月22日の語呂の良い日に祝杯し、想いも一入(ひとしお)でした。

まさに「天・地・人」への感謝の1本!
重厚な瓶の感触と「パント」と呼ばれる瓶の底の窪みの大きさも、車掌長のイメージ通りでした。

何よりも作り手である仲田氏のこだわりに共感しました。

重ねてお礼申し上げます。
ありがとうございました。

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