新年度

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2012年4月 1日 06:07

4月1日、今日から新たな年度がスタートする。

日本ではこの日を境に、社会制度が変わったり、人の異動や会計等の節目とすることが多い。
また、東大の秋入学が話題になっているが、幼稚園から大学まで学業の節目も4月だ。

「新年度」というと、すぐにこの4月を連想するが、日本には農作物や風土と関わる様々な「年度」が存在する。
米穀年度は11月~翌年10月、生糸年度は6月から翌年5月、他にはいも年度、酒造年度などなど…
その当事者にとって、最も大切な「収穫」や「飼育」、「成育(生育)」といった生産サイクルと深く関わっている。

通常の暦で新年は1月1日を起点とするが、それとは別にこの「年度」という区分を設けているのは、世界的にも日本はその種類が多いようだ。
アメリカの会計年度は10月、入学は9月というケースもあるが、多くは1月1日を起点にしている国や地域が多い。

今日、何でも「グローバル化」という言葉で経済活動や思考、価値観を一まとめにしてしまうが、その国の風土や文化に即した考え方を理解、共感することも大切なように思う。
いくら言葉でグローバル化と言っても、世界中どこも同じ風土や気候、地形、文化、言語、通貨にできるわけではないのだから…
どこかの大国の都合に合わせた「スタンダード」を作ることは、「真のグローバル化」とは言えないだろう。

何はともあれ、新年・新年度のいずれにせよ、人々はそこで新たな目標や誓いを定め、奮起することが多い。
ビジネスにおいても、今期こそ良い業績を上げて…と願い、策略や妙案を練る経営者ばかりであろう。

時に、車掌長は独自の年度を設けてそれを軸に1年間というスパンを過ごしている。
「哲年度」、つまり自分の年齢である。
これは多くの人が既にやっているものだと思う。

起点はもちろん誕生日であり、その節目に「〇〇歳はこんなことをしてみよう」、「これをやりきろう」、「ここを自分なりに直そう」…なとど発起している。
また、あった出来事を思いだすのも「〇〇歳の時」が多かったり、基準となっている。

これはこれで世の中が1月や4月に一斉に気合が入るタイミングとずれていて心地よい。

(追伸)
希望者挙手さん、今日は合唱の日ですネ。
今までの練習の成果が最大限発揮され、佳き一日となりますように!
 

コメント(2件)

希望者挙手さんからのコメント(2012年4月 2日 00:22投稿)

毎度の夜行乗車にて失礼します。

お陰様で、第九の合唱は無事終えることができました。隣のソプラノ・パートのお姉様から「とても良い声をしてますね」と褒められましたが、お世辞とはいえ嬉しいものです。
合唱なんて中学生の時以来で、しかもドイツ語・・・始めた当初はどうなることやらと、不安だらけでしたが何とか乗り越えることができました。
久々に感じる達成感です。上々の新年度スタートとなりました。

演奏は、長女が通う高校(女子中高一貫校)の弦楽部と吹奏楽部の生徒によるオーケストラですが、中学生・高校生がこの壮大な交響曲を高いレベルで演奏する姿には感動しました。それを指導する先生も凄い方ですが。
ちなみにウチの娘はなぜか「バトン部」です。(マイ・トロンボーンを持っており、吹奏楽部に入れと言ったのですが・・・)

今回の合唱で、初めて演奏する側から指揮者を見ましたが、指揮者の重要性とその凄さがよく理解できました。
国や行政、会社などにも優秀な指揮者が必要ですね。

私の勤務先もグローバル化が進められていますが、外国かぶれ=グローバル化?と疑問を持つこともしばしばです。
車掌長の仰る通り、他国を受け入れながら、自国を主張するという調和を取ることが必要ではないかと思います。

私は最近、仕事以外で1年間を区切ることがなく、気が付くとこんな年になっていた(汗)、なんて感じで過ごしていました。
反省です。

車掌長さんからのコメント(2012年4月 2日 05:59投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます。

達成感のある第九合唱へのチャレンジ、素晴らしいことです。
それも娘さんの通う高校の先生から声がかかったと聞き、希望者挙手さんのお人柄ゆえと納得しました。

きっと、この練習の中で新たに知り合えた仲間もできたことと思います。
職場以外にそうした人のつながりが生まれることも宝物ですネ!
仕事抜きの人間関係は、年齢を超えて共有できる「何か」が沢山あると思います。

車掌長も、このオジサンは会社では相当偉い人なんだろうな…と思う御方も、鉄道や温泉の話では、一少年のように共通のネタで盛り上がったり、大笑いできるのは珠玉の時間と言えます。

そうした方々と過ごしていると、例えば今抱えている仕事上の悩みや困難は、楽観的に「何とかできる」などと不思議な気楽さが生まれます。
その現実の実務はうんざりするようなことでも、そのように気楽に思えるかどうかは、精神的な負荷がかなり違います。

話は変わりますが娘さんの「バトントワリング」も素敵ですネ!
スポーツとしての競技性や表情など自己表現の余地も多く、ハマりそうな要素を察します。

そして、あのバトンの重さが絶妙に心地よい感触だと思います。
シャフトと両端にあるボールのバランスの重心を考えながら、自在に操ることは楽しそうです。
ましてやマーチングでその先頭に立って演舞することは、さぞ清々しいことでしょう。

では、私どもは「マーキング」でもやりましょうか!

(つまらぬシメで大変失礼しました…)

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美しの塔

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2012年3月 8日 06:34

長野県美ヶ原高原にそびえる「美しの塔」にこんな詩が刻まれている。

「登リツイテ 不意ニ開ケタ眼前ノ風景ニ シバラクハ世界ノ天井ガ抜ケタカト思ウ」

これは山岳詩人・尾崎喜八が詠んだ「美ヶ原熔岩台地」の一節。
今でこそ立派な観光道路が通じ、誰もが簡単に行ける場所となったが、当時は自力で辿り着く以外に術(すべ)はなく、詩人が目にした光景は想像以上の感慨であったと思う。

もちろん、今でも簡単に行けるとはいえ、そこに足を踏み入れた感動は十分に味わえる。
松本駅や上田駅から路線バスで山本小屋へ行き、未舗装の遊歩道を進む。
(マイカーやバイクなら霧ケ峰方面から、無料になって久しいビーナスラインのワインディングを楽しみ、山本小屋に愛車を置くのも良い。)

標高2000mもの高地であるが、一帯はどこまでも広い空とのどかな放牧地。
「世界ノ天井ガ抜ケタ」という表現の素晴らしさを実感し、詩人の感性に近づきたくなる。

時間を忘れてのんびり歩くと、美しの塔が見えてくる。
霧で視界が悪い時に、登山者の道標となる霧鐘塔として建てられたものだ。
この形がなんとも好きだ。

話は現実に戻るが、経済と政治が低迷し、先の見通しが立たない世の中と言われる。
そんな時、声高に叫ぶ者が霧鐘塔になれるかと言えば、それも疑問だ。

大切なことは、一人一人が自ら考え、物事を見抜く視点や、複数の意見を耳にし、そのメリットとデメリットを聴き分けること。
そうすれば、自ずと道が見えてくるのではないだろうか。

もちろん、時には独善的な選択となり、失敗もある。
車掌長もそんな失敗が幾つもある。
しかしながら、自ら選んだ道の先には、結果として「世界ノ天井ガ抜ケタカト思ウ」ような実感や時間が得られると思う。

美しの塔は、そんな想いに至ったことを思い出させるモニュメントである。
 

スバル軽自動車・ラインオフ

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2012年2月29日 20:52

今日は鉄道から離れて車の話。
富士重工業(スバル)が軽自動車を生産するラインを止めた。

同社は1958年、名車「スバル360」を世に送り出し、軽自動車の規格で本格乗用車の製造ができることを証明した。
車掌長も子どもの頃のかすかな記憶だが、父はスバル360の後継車「R-2」で、東京から母の実家の宝塚までを何度か家族4人で行き来したのを覚えている。

軽自動車は、日本でガラパゴス的に発達した国際的にもユニークな存在だ。
いまはTPPのやり玉にあがっているらしいが、世界に誇る規格としてもっともっと国内や世界で売ってほしいと思っていたところに、この撤退は非常に残念なニュースだった。

たしかに、どのメーカーも幅広い車種を総花的に作って売る時代ではないし、軽自動車は利益率の低さや付加価値がつけずらい中途半端なポジションなのかもしれない。

だが、スバルには運送の赤帽で大活躍している「サンバー」が実証しているように、RR(リアエンジン・リアドライブ)で走りと耐久性に優れた技術を持っているだけに残念でならない。
丈夫な車を長く使うことほど、ECOなことはないはずなのだが…

車掌長も学生時代にホンダ「アクティ・ストリート」の中古を手にし、あちこちへ旅に出たが、MR(ミッドシップエンジン・リアドライブ)の走りは楽しかったし、車内泊の楽しみも自由自在だった。

また、以前からどうしても乗ってみたい軽自動車があり、そのレンタカーが岡山県にあると知り、わざわざ乗りに行ったことがある。
ダイハツの「コペン」である。
予想以上に狭い車内だったが、想像を上回る運転の楽しさを満喫できた。

小さな規格内で、魅力ある空間や装備、走りを追及できるのは日本の得意とする分野であるし、日本の国土にはぴったりのサイズだと思う。

鉄道にとってはライバルだが、そんな車づくりのできるメーカーが1つ消えたのは、日本社会の損失である。
 

コメント(8件)

希望者挙手さんからのコメント(2012年2月29日 22:25投稿)

ダイハツのサンバーと言えば、やっぱり赤帽ですよね。初めて就職した金属加工会社時代には緊急配送でよくお世話になったものです。通常のエンジンではなく、耐久性能が高い赤帽専用の特別エンジンが搭載されていて、まさに軽自動車のスーパーカーでしたね。

スバル360と言えば、トリプルファイターという特撮ヒーローの悪役である「デーモン星人」が乗っていたデーモンカーが黒いスバル360でしたね。
それから私は5歳の時にひき逃げに遭い、犯人が捕まらなかった苦い思い出があるのですが、その自動車がスバル360だったことだけは覚えています。「てんとう虫」は5歳の子供でも覚えられる個性ある自動車だったんですね。
悪いイメージばかりのようで、すみません。私にとっては、スズキのフロンテ、マツダのキャロルと並ぶ名車なんですよ。

コペンもいい車ですね。ホンダのビート、スズキのカプチーノ、マツダのAZ-1なんていうのもあり、20世紀末はスポーツ軽自動車がとても面白い時代でしたね。

しかし何と言っても、車掌長のシティ・ターボも名車でしたね。
乗り物って、男のロマンですね(笑)

車掌長さんからのコメント(2012年3月 1日 05:53投稿)

希望者挙手様

毎度ご乗車ありがとうございます。
希望者挙手さんの時間旅行もとてもユニークですネ!

普段は全く意識にもないような記憶が、ふとしたきっかけでよみがえり、その時のことを想い出すことは楽しいことですし、今の自分と比較し、今後を軌道修正する参考になります。

もちろん、思い出したくないような記憶や時期もありますが、それも含めた全てが己の人生なのだと受け止めています。

スバル360でひき逃げに遭ったのは災難でしたが、大事に至らなければ不幸中の幸いで良かったです。
それにしても、特撮ヒーローのことまでカバーするとは、またもや敬服!

特撮といえば車掌長は「ウルトラQ」が好きでしたヨ。
特に「カネゴン」!
硬貨やお札が主食の怪獣で、確か毎日3000円くらい食べないと
死んでしまいますが、なかなかシュールな話だったと記憶しています。

ところで、シティターボⅠのことを覚えていていただきとても嬉しいです。
希望者挙手さんと紅葉の湯小屋温泉、奥日光をドライブしたのが懐かしいです。
先述の切明温泉もシティターボでしたネ。

シティターボⅠは19年間愛用し、20万キロ目前でお別れをしました。
大切に乗った甲斐あって大きなトラブルもなく、誕生当時最高クラスの過給圧で生まれる加速感とサイズが大好きでした。

希望者挙手さんのおっしゃる「男のロマン」よい響きです…
お金が無くても夢を持ち、背伸びをすれば手が届くことに、様々な工夫やそれを手にするまでの時間の楽しみが生まれます。

大げさですが「男の美学」「旅の美学」もその延長にあります。

たくちゃんさんからのコメント(2012年3月 1日 06:34投稿)

私も昨日の新聞を、残念な思いで読んだ一人です。

車掌長はご存知の通り、私の愛車は15年モノ。
走行距離は現在18万キロ。
毎年のように十数万単位で修理代がかかるという
「シボレー・カマロ」でございます。

この車との出会いは、私が学生の頃まで遡ります。
当時は比較的景気がよく、YANASEのCMだと思うのですが
カマロの映像が流れていたんです。
アメ車のCMは、当時でも大変珍しく
興味を持って見るとともに、
そのフォルムに完全に魅了されてしまい、
いつか乗ってみたいという気持ちになりました。
それから数年。
まさか、本当にオーナーになる日が来るとは。

後に、この車のデザイナーが、日本人であることを知り、
更なる愛着がわき、
今もなお、乗り続けています。

エコカー全盛の時代、
エネルギーを極力消費しない車が求められているようです。
軽自動車も、その一つなのでしょう。

一つだけ、気になったことを。
エコカーは確かにエネルギー消費を抑える車です。
ただ、それは「走る時」。
巨大なバッテリーや、車体を生産する際に
消費されるエネルギーと、資源について論じられることが
少ないような気がします。

車は買い替えるもの。
それを積極的に奨励するような、減税政策。
そんな国柄にしてしまったのは
どこのどなたなのでしょうね。

いずれにせよ、日本で固有とも言える軽自動車の枠から
先駆者であるはずのスバルが撤退するというのは
悲しいものです。

車掌長さんからのコメント(2012年3月 1日 21:35投稿)

たくちゃん様

毎度ご乗車ありがとうございます。

以前「シボレー・カマロ」に乗せていただき、独特なエンジンサウンドをよく覚えています。
北海道1周もカマロで行ったと聞き、一生の想い出に残る「宝の時間」だなと思いました。

車掌長はアメ車というと、学生時代によく聞いた浜田省吾のレコードジャケットが思い浮かびます。

憧れの車や欲しかったものを手にする悦びも共感します。
そして、だからこそ大切に扱い、少なからぬ時間を共にできる相棒になりますよネ。

たくちゃんさんのおっしゃるとおり、車掌長も積極的に車を買い替えるような減税措置等には疑問を抱きます。
限りある資源で作られる車を、大切に長く愛着を持って乗るような国民性になってもらいたいものです。

以前オーストラリアに住んでいて驚きましたが、現地では20万キロ以上走った中古車の状態を「エクセレント」として高値で売られていました。
まだまだ車として立派に活躍できることを証明しています。

テレビ等の電化製品もしかり。
国策の地デジ化で、多くの家のテレビが大型化し、きれいな画質で見られるようになりましたが、そのメリットを享受したり楽しめる番組が増えたかと言えば疑問です。

あの国家的買い替え騒動で、テレビの需要を先取りし過ぎ、いまや大手メーカーがテレビ事業から撤退する有様です。

質が良く付加価値の高い技術も、すぐに汎用化され、安く叩かれ、陳腐化することを繰り返す消費社会に、虚(むな)しさが込み上げます。

車掌長はデザインには、人々の心に与える潤いや満足があると思っています。
そして、その対価は個人の価値観で買われますから、まずディスカウントはありません。

同じように、旅行も想い出を残す素晴らしい商品です。
パッケージツアーも便利ですが、可能であれば自分で計画してオリジナルな旅行を楽しめるようになると「真の悦び」が実感できます。

それは自分で「迷い」「選び」「決める」醍醐味です。

そして、そんな旅行は生涯忘れないものです。

長くなりましたが、今こそただ単に新しさや便利なモノから、心が満たされるものが商品的価値を持つ時代に転換すべきと考えます。

希望者挙手さんからのコメント(2012年3月 1日 23:16投稿)

「カネゴン」→「たくちゃん」さん→「○○ゴン」と連想してしまいました(笑)皆さんお元気でしょうか?

今ではシボレーカマロと言えば、トランスフォーマーのバンブルビーですが(モーターショーで見てきましたが、なかなかでしたよ。)、私も結婚した1995年に、妻が乗っていたゴルフを買い替えようとシボレーカマロを見て、本気で欲しいと思ったことを思い出しました。たくちゃんさんが羨ましいです。
子供が生まれるので諦めて、結局、三菱エテルナという、プラモにもミニカーにもしてもらえないほどマイナーな車になりました。しかし価格の割に充実した装備で、一昨年に買い替えるまで14年10ケ月乗りました。

ちなみに今乗っているバイク(CB400SF)は11年目です。
まだまだイケますよ!

ちなみに私はアメ車と言いますと、鈴木英人の絵を思い出します。大阪に住んでいた15年前に百貨店で原画の展示即売会があり、なけなしの貯金をはたいて学生時代に愛読していたFM STATIONの表紙絵の原画を購入してしまいました。(それを許してくれた妻にビックリですが)
私たち世代の中学校の英語の教科書(New Horizonですね)の表紙絵とすごく迷いましたが、私が使用していた教科書がNew Princeだったせいか、FM STATIONの表紙絵を最終的に選びました。
将来的な価値を考えれば、英語の教科書の表紙絵の方が良かったのでしょうが、やはり私にとってのEIZINはFM STATIONだったのですね。

車掌長さんからのコメント(2012年3月 2日 05:41投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます。
希望者挙手さんの連想、面白くて好きです。
急にとんでもない方向にリンクするのは思考が柔らかいのだと納得します。

鈴木英人の絵、一度見せていただいたことがありますネ。
確かとても高価だったと記憶していますが、金額以上の価値が、希望者挙手さんの胸の内にあると察します。

スケールが違い大変恐縮ですが、車掌長もほしい年代モノの時刻表に出逢ったりすると、欲求心と財布が大乱闘します。
でも最終的には必ず買います。
それが「縁」だからです。

今度ぜひ、良かったらまたその絵を拝見させてくださいネ。
それにしても、永谷園のカードから鈴木英人まで、スゴイです!

余談ですが、鈴木英人の絵を見るとなぜか「ハートカクテル」を思い出します。

登場人物の会話はなく、ナレーターが物語を進行させる手法が楽しかったです。
情感豊かなアニメの静止画がこまめに切り替わり、BGMもお気に入りのものが沢山ありました。

温泉おやじさんからのコメント(2012年3月 2日 10:29投稿)

やはり男にとって車や単車という道具は思い入れがある物ですね。
16才で二輪免許取得後、往年の名車カワサキFX400やスズキで400cc初の空冷4発GSX400IMPULSE、ナナハンキラーと呼ばれたヤマハRZなど乗り継ぎました。四輪免許取得後は、マツダ、ダイハツ、ニッサン、トヨタ、スズキなど国産メーカーの車を乗り継いできましたが、最近は子供達の進学費捻出の為、軽自動車に甘んじております…。
しかし、いざ軽自動車に乗り換えてみると多少長距離移動など辛い場面もありますが、乗り換え前に乗っていた3リッターサイズの4ドアセダンよりも、当たり前ですが小さな温泉地の共同湯巡りなどで小回りや駐車スペースの確保、燃費などメリットも多く、私の今の湯巡りスタイルには最適かと思っています。

今回のスバルの軽四生産からの撤退は残念至極ですが、丈夫でよく走ると言われているサンバーを次の湯巡りの足とすべく、程度の良い物を探そうかと思っています。多少見た目が悪いのが難点ですが…(笑)

いよいよ明日ですね。思っていたより濃密なスケージュールでちょっとビックリしていますが、普段味わえない鉄と温泉の旅を満喫したいと思っています。初参加なので右も左も判らず、みなさんについて行くのが精一杯だとは思いますが、2日間どうぞ宜しくお願い致します。

車掌長さんからのコメント(2012年3月 2日 21:01投稿)

温泉おやじ様

毎度ご乗車ありがとうございます。

おっしゃるとおり「男」とは面白い生きものですネ!
こだわるコトやほしいモノなど、いつまでも子どものような気がします。

この間、寅さんゆかりの柴又の駄菓子屋で、懐かしいTVゲーム「インベーダー」を見つけ、つい飛びついてしまいました。

夢中になってテーブルに埋め込まれたテレビ画面を見て、インベーダーやUFOをやっつけていたら、背後で或る親子連れの声がしました。
「おい、このオジサンすっごく上手いぞ!!!」
車掌長よりも若いお父さんが、小学校低学年と思われる子どもを呼び、しきりに感心していました。

その時、普段は意識にもありませんでしたが「オジさん」と呼ばれる歳なのだと苦笑いしてしまいました。

温泉おやじさんのバイク歴、車歴も興味深いです。
この年代は、免許が取れる年齢になるのがとっても待ち遠しかったですよね!
車掌長もオートバイが好きで乗った時期がありました。

友人がヤマハTZR250に乗っていて、2サイクルの爆発的な加速も魅力的でしたが、実際にこの手にしたのはCB250でした。
自転車屋の片隅で8万円で売っており、これなら手が届くと思い買いました。

セルがなく、右折待ちの交差点の真ん中でよくエンジンが止まりましたが、可愛くて愛着がありました。

いよいよ明日ですネ!
今回の温泉達人会の「鉄&温泉」企画は面白いですヨ。
T委員長渾身の鉄道湯巡りプランです。
豪雪の飯山線沿線の秘湯も目玉です。

それでは明朝お会いできること、心から楽しみにしています。
旨酒しましょう!

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着物デビュー

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2012年2月26日 08:02

昨晩、着物で池袋の寄席へ行った。
温泉仲間の某師匠の高座がお目当てだ。

きっかけは、やはり温泉仲間に誘われて来たのだが、何度か訪れるようになると、いつも着物で現れるHさんという方がいて、素敵だなと思っていた。

昨年の寄席の後、恒例の打ち上げで着物に興味を持ったことを話すと、着なくなったもので良ければ差し上げますとおっしゃった。
車掌長は嬉しくなり、早速Hさんに後日お会いした。
(ちなみにこのHさんは、温泉通の間ではカリスマ的な存在の御方だ。)

お父上が着用されたという着物は、深緑より深めの落ち着いた風合いで、見た瞬間に気に入ってしまった。
着付けを教えてもらい、袖を通したり、腰紐や帯を締めるごとに、気が引き締まる心地よさを実感した。

それ以降、なかなか着る機会がなかったが、浅草で雪駄や小物を揃え、今回の寄席にと楽しみにしていた。
幸い午後には雨も止み、楽しい外出となった。

師匠の落語も毎回ながら楽しかった。
恒例の打ち上げも、温泉仲間や異業種の方とも話が弾み、時間が瞬(またた)く間に過ぎ去った。
この場を借りて、着物を下さったHさんと、いつも笑わせてくださる師匠、温泉や鉄道の豊富なネタを共有及び交換できる温泉仲間に感謝したい。

皆様、あらためて昨晩はありがとうございました。
Hさん、着物という新しい楽しみと出逢え嬉しく思います。
今後も着物で出かける機会をみつけ、愛用させていただきます。
 

コメント(2件)

はーふ・せぶんさんからのコメント(2012年3月 1日 18:44投稿)

御礼が遅くなりました。
先日は御来場、誠にありがとうございました。
お楽しみいただけましたでしょうか?

御着物姿、よく似合ってらっしゃいましたよ!
私なんか、足元にも及ばないくらいに・・・。

御連れ様にもくれぐれもよろしくお伝え下さい。

車掌長さんからのコメント(2012年3月 2日 05:14投稿)

はーふ・せぶん様

毎度ご乗車ありがとうございます。
師匠から御礼をいただくなど、身に余る想いです。
こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました。

落語を寄席で聴いたのは師匠が初めてです。
飛行機に乗った際、音楽プログラムではよく楽しみましたが、生の噺は素晴らしかったです。
特に、声のハリやパッと羽織を脱ぐ仕草まで楽しめるのは寄席ならではです。
また、こんなご時世ですから、笑いの暇(いとま)は大切だと感じます。

余談ですが小学5年生の時、学期末のお楽しみ会で友人と「寿限無」をやったことを思い出しました。
あのオメデタイ長名を覚え、今でも暗唱できるのは自分でも驚きです。

いまや昨日の食事も何を食べたかなかなか思い出せませんが、子どもの頃に覚えたものや記憶は忘れないのが不思議です。

また次回を楽しみにしております。

(今回の温泉自炊部の企画は残念ながら行けませんが、師匠のお誘い文を拝読して、無性に行きたくなりました!)

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富士山の日

カテゴリー:④番線:日々雑感方面 2012年2月23日 05:39

2月23日、今日は「富士山の日」だ。

静岡県がこの日を制定したのは2009年12月。
世界遺産登録に向けた機運を高めたい、というねらいもあったことだろう。
車掌長は子供の頃から語呂合わせや並び数字が好きで、勝手にこの日を「富士山記念日」としていた。

富士山ほど、日本の象徴としてまた心のよりどころとして位置づけられる山はないだろう。
日本人のDNAと呼べるほど、手を手向けたくなる神々しさに、心が鎮まるような清々しさがある。

だからこそ、古(いにしえ)から絵画や和歌、文学、写真等の文化・芸術の対象とされ、多様に表現された魅力が人々の心に染み渡っている。

車掌長はそんな作品の中で、葛飾北斎の「富嶽三十六景」に描かれる富士が大好きだ。
特に「神奈川沖裏」「凱風快晴」「甲州三坂水面」はお気に入りmy三部作だ。

また、永谷園のお茶漬けを買うとオマケとして1枚付いてきた、安藤広重の「東海道五十三次」カードに魅了され、子どもながらお菓子ではなくお茶漬けの素ばかり買って親に不思議がられたのも懐かしい想い出だ。

富士の想い出と言えばもうひとつ。
小学4年の冬、一人で箱根の旧東海道を歩いた帰り、バスで三島へ下った。
三島大社でお参りして、東京へ帰る三島駅の新幹線ホームで見た富士山は圧巻であった。
真っ青な空と雪を纏(まと)った美しさに、乗ろうと思ったこだま号を2本遅らせて見入ってしまった。

思えばこれが車掌長の「INNOCENT SKY」だったように思う。

 

コメント(4件)

希望者挙手さんからのコメント(2012年2月23日 23:08投稿)

富士山といえば、昨年の7月に生まれて初めて山頂まで登山しました。それまではバイクや自動車で五合目までは何度か行ったことがある程度でしたが、職場の上司と同僚から誘われ、四十路半ばにして一念発起しての挑戦でした。

遠くから見るコニーデ型のなだらかな美しい外観とは違い、登山道はとても厳しいものでした。寒さ、眠気、薄い空気、様々な厳しい条件を乗り越えた先に見えた御来光は、人生観を少し変えてくれたような気がします。

通勤電車である千代田線で江戸川を越える時に、スカイツリーと並んで富士山が見えます。特に冬のこの時期はきれいですね。
私はいつも富士山が見える側に乗っています。

ちなみに私は永谷園のカードを東海道五十三次から日本の祭りシリーズまでの全10種類をコンプリートしています!
永谷園といえば、サブちゃんを思い出します。
北からの戻り鰹、そろそろですかね。

車掌長さんからのコメント(2012年2月24日 05:54投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます。
永谷園のおまけカード全10種類コンプリートとのこと、スゴイ!
しかも、そんなに沢山バリエーションがあったことも知りませんでした。
こんなすごい御方が身近にいたとは嬉しい限りです。
断片的な記憶では、西洋絵画シリーズがあったと思いますが、希望者挙手さんはそちらのジャンルも明るいですよネ。

次回時刻表展示会を開催する時は、ぜひコラボで永谷園カード全10種も一緒に展示しましょう!
(車掌長が一番見たいのがバレバレですが)
それにしても、希望者挙手さんの守備範囲はワイドで驚愕です。

ところで、富士山に登られたとのこと。
やはり人生観に変化がありましたか…
登った方の多くが同じように言いますので、実際この目で見なければと感じます。

確かにいつも遠くから見ていますが、あの頂に立ったという想いと、そこから眺めたご来光や俯瞰(ふかん)した下界は、他に替え難い経験になることでしょう。
車掌長も歳と体重が増えて困難になる前に計画したいと思います。その際は、色々ご教示願います。
また、哲×鉄ご愛読の皆さんの中にも富士山に登った方がいらっしゃれば、体験談等のアドバイスをいただけると嬉しいです。

余談ですが、サブちゃんさんと言えば切明温泉を思い出しました。今はどうしているのか不明です。
河原を掘って3人で入った自前露天風呂!
ビールを傍らに紅葉を愛でながら長々と入った優雅な時間が懐かしいです。
アプローチに通った雑魚川林道も素敵でした。
もう20年近く前になるんですね…

希望者挙手さんからのコメント(2012年2月26日 00:36投稿)

車掌長さんも永谷園カードのファンでしたか。
印象派や竹久夢二の絵画シリーズの他にも日本の祭りというのもありますよ。当時は、商品に封入されていたカードの角下のところが応募券になっていて、それを15枚(だったかな?)集めて送ると毎月抽選で希望のシリーズのセットが貰えるという企画でした。比較的当選しやすかった記憶がありますが、もちろんハズレもあったわけで、ということは200枚くらい送ったかも知れませんね(笑
時刻表とのコラボ面白そうですね。ぜひ機会があれば、よろしくお願いします。

私はバスツアーで富士登山に参加しました(マイカー規制がありますので)。帰りは大きな入浴施設での休憩もあり、それもよかったですよ。
ただ、山頂での渋滞は噂では聞いてましたが凄かったです。御来光は頂上まであと数百メートルの地点でした。山小屋の人が言うには、震災の影響もあってか、それでも例年より3割は少ないとのことでした。それとゴミですね。世界遺産登録が難航しているのも頷けます。
今度は一緒に行きましょうか?

富士山といえば、昨年「富士山駅」が誕生しましたが、正直これには「業平橋駅」が「とうきょうスカイツリー駅」に改名するのと同様に複雑な思いがありますね。

切明温泉なつかしいですね。優雅に3時間も温泉を掘っていたせいか、あの時に初めて湯あたりを経験しましたね。
驚愕といえば、岡ピーを思い出しました(笑

車掌長さんからのコメント(2012年2月26日 07:36投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます。
車掌長も東海道五十三次カード欲しさに、お茶漬け永谷園にはかなり貢献したと思いますが、希望者挙手さんはそれ以上ですネ。
時刻表展示会とのコラボはぜひ実現させましょう!

しかしながら、あの手のオマケという仕組みも感服します。
上手に大人にも子どもにも共通の弱いところを突いてきます。
また、「ガチャガチャ」というのも子ども心に火をつける魔性の販売機でした。

お目当てのモノが入っているカプセルが見えるのが、なんとも言えぬはがゆさがあり、「スーパーカー消しゴム」には相当入れ込みました。
(うまくカプセルに入っていないとスーパーカーが太鼓橋のように反って伸ばすのが大変でしたが)

話がかなり脱線しましたが、富士登山ぜひご同行をお願いします!また時期等についてはご相談願います。

おっしゃるとおり、「富士山駅」や「とうきょうスカイツリー駅」は興醒(きょうざ)めです。
短絡的ですし、富士急や東武の商魂もわかりますが、歴史的に意味のある地名を大切にしてほしいものです。

ちなみに富士山駅から二つ隣りの下吉田駅には、「ブルートレインテラス」という施設があります。
寝台特急「北陸」のラストランを務めた最後尾車両に、「富士」のテールマークが入っており、車内を見学できます。

方向幕も「西鹿児島」という懐かしい駅名が復元されており、子どもの頃、東京から24時間26分かけて走っていた頃を思い出します。

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