りんご科閉校

カテゴリー:③番線:時間旅行、時刻表方面 2012年11月24日 10:19

先日、某地方紙で全国で唯一「りんご科」を置く高校の閉校を知った。
青森県立弘前実業高校藤崎校舎だ。

高校のある藤崎町はリンゴ品種「ふじ」が誕生した土地。
「ふじ」は今や世界で一番多く栽培されている品種だという。
そんなブランド誕生の町にあり、40年もの歴史がある「りんご科」が無くなるのは残念なことだ。
閉校の理由は少子化とのこと。

子どもの頃、今時分になると親の知人宅から届くリンゴの箱が嬉しかった。
当時は宅配便など普及しておらず、国鉄の小荷物取扱駅まで取りに行った記憶がある。
そして、その箱の中身こそが「ふじ」だった。
箱を開けると籾殻がいっぱいに詰まっていて、その中からリンゴを手探りで取り出すのが楽しかった。

また、普段は仕事で忙しい母だったが、風邪をひくとすったリンゴを作ってくれた。
そして「薬よりもリンゴ」と言っていたのが、今でも脳裏に摩り込まれている。
車掌長は家族団欒の想い出が少ないので、こんな一コマが記憶の宝物だ。

りんご科の閉校から、そんな記憶が蘇った時間旅行であった。
 

1985年秋と同じ場所で...

カテゴリー:③番線:時間旅行、時刻表方面 2012年11月 2日 21:09

昨日、小型船舶免許の更新手続きを行った。
場所は麹町の海事センタービル。

免許取得は20年前、広島県の尾道海技学院での合宿コース(4日間)で取得した。
実技試験の際、憧れの尾道水道を自身の操舵で航行できたのは最高の気分であった。

以後、5年に1度この麹町で更新を行っている。
昨日も約1時間の講習や身体検査を受け帰ろうと四谷駅に向かった。
すると、駅前に「迎賓館赤坂離宮前庭公開」の案内看板が目に留まった。
これは行くしかない!と急遽、帰路を寄り道に舵を転じた。

迎賓館は1974年に開館。
旧赤坂離宮を改修したもので、戦後国際社会に復帰した日本が国際関係の緊密化に際し、国の迎賓施設の必要性から造られた。
日本における唯一のネオ・バロック様式の美しい建物だ。
この光景の中だけに居れば、一瞬日本ではないような錯覚に陥るが、前庭の立派な松を見てここは日本だと目覚めさせてくれる。
先日完全復原された東京駅丸の内駅舎とともに、日本の顔と言える施設の1つだ。

普段は入れない国宝の正門から、迎賓館本館への石畳を歩く感触は大変清々しい気持ちだった。
世界各国の国賓や公賓が訪れた際は、この両側に関係国の国旗が幾本も掲揚されるのをイメージしてゆっくり歩いてみた。

今回の特別公開は建物内には入れないが、車寄せまで入ることができた。
「国民総幸福量」を重んじる国、ブータンの国王夫妻も昨年ここに立ったと想うと感慨深かった。

四谷駅へ向かう帰り道、再び正門と迎賓館を振り返った。
ここは、正則高校の卒業アルバムで我3年G組の集合写真を撮った場所だ。
広い道の横幅いっぱいを占拠し、3年間共に過ごした34名が一列になって撮った貴重な一枚。
車掌長が卒業アルバム委員だったので、クラス写真はここで撮りたいと常々目論んでいた場所だ。

撮影は相当離れた距離から、愛用の中判カメラでブローニーフィルムを使用した。
大きなアルバムの見開きで1枚の集合写真としたが、ネガが60mm×45mmと大きいため、引き延ばしても充分な画質を保ち、9クラスある集合写真の中でも評判の1枚となった。
それにしても通学圏が1都3県に及ぶにも関わらず、みんなよく集まってくれたと思う。

家に帰って、久々にアルバムを眺めてみたら、今では迎賓館の後方に見える六本木ヒルズや東京ミッドタウンがないことに新鮮さを覚えた。
また、正門へ延びる道がアスファルトから石畳になっていることにも気が付いた。

1985年秋と同じ場所に立った今日。
歳月は流れ、中年になった己と高校3年生だった己の予期せぬ再会。
当時と変わらぬ同じ場所で、懐かしい旧友たちの顔が浮かぶ…

やんちゃな正則生だった皆も、今はオジサン街道真っ只中で何をしているのだろうか。
日が傾き、伸びる己の影にあの日の旧友の影も探した秋の黄昏…
 

昭和幻風景 ジオラマ展

カテゴリー:③番線:時間旅行、時刻表方面 2012年10月23日 22:00

先日、所用の合間に捻出した時間で「昭和幻風景 ジオラマ展」に足を運んだ。
場所は日本橋。高島屋の8階で10月30日まで行われている。

このイベントは、ジオラマ作家として有名な山本高樹氏の作品を展示。
まだこのお名前を知らなくても、NHK連続テレビ小説「梅ちゃん先生」のオープニングタイトルのジオラマ、と言えばおわかりになる方も多いことだろう。

今回、山本高樹氏がこの10年間に制作した作品およそ30点を展示。
その1つ1つのどれもが、昭和の古き佳き時間の流れを漂わせているのが素晴らしい。
もちろん、梅ちゃん先生のジオラマも大人気だった。

車掌長が初めて山本高樹氏のジオラマを拝見したのは、ふと立ち寄った青梅市にある「昭和幻燈館」。
元々は「赤塚不二夫会館」や「昭和レトロ商品博物館」の見学が目的だった。
この2館の入場料で3館全てを見られる共通券があり、正直に言うとおまけ感覚で立ち寄った。

しかしながら、蓋を開けてみればこの「昭和幻燈館」が最も印象に残り、心が温かくなる余韻を感じた。

薄暗い館内では、1つ1つのジオラマが生活感のある暖かな灯りに照らされ、あたかも本物の街角にいる錯覚に陥ってしまった。
そして、車掌長がまだ生まれてもいない頃の、「昭和」の人々の心のゆとりや好奇心の塊を疑似体験できた。

山本氏も実際にはその頃の昭和を体験していないご年齢とのことだが、「妄想」の豊かさがこのジオラマに命を与えたのだろう。
「妄想」は男のロマンであるとともに、美学だと思う。

車掌長は山本氏の作品の中で、「隠れ里の温泉」が大好きだ。
人里離れた渓流の一軒宿に、至福の表情を浮かべながら川辺の露天風呂に入るオジサンと、その少し上流に架かるかずら橋の上に浴衣姿で佇む女性のジオラマ。

その後の物語は見た人の「妄想」にお任せしたいが、この作品の山本氏のコメントがまた素晴らしかった。
「温泉は人間を堕落させます」…

車掌長も共感…

付け加えれば、そんな「ひとときの堕落」のために日常の仕事に勤(いそ)しんでいるのかもしれない。

末筆ながら、1つ1つの街に表情や人々の明るさと活気があった昭和への時間旅行をさせて下さったこのイベントに感謝したい。

いまの現実の街はどこも綺麗だが、整備され過ぎてどこも同じように目に映る。
不思議にもそこを行き交う人々の誰もが綺麗だが、魅力的というよりは「マネキン」のように見える。

それは、きっと街並みも人波も、見栄えばかりを気にし過ぎ、肝心な「心のゆとり」を置き去りにしてしまったからかもしれない。
また、人もモノも使い捨てという世相が、他者への共感や慈しみ、モノや街並みを大切に使い愛着を持つという「心の尊さ」を希薄にしたのかもしれない。

いつの日か、山本氏のジオラマの引き立て役として所有する時刻表を展示し、昭和への時間旅行に華を添えることができれば嬉しく想う…そんなイベントであった。
 

時刻表記念日

カテゴリー:③番線:時間旅行、時刻表方面 2012年10月 5日 04:01

時刻表を手にした瞬間、誰もが時のページをめくる旅人になれる。
指先1つで、日本中の旅を手中に楽しめる自由人になれる。

車掌長は、「仮想」と「空想」は違うと考える。
仮想は「仮に想定」することにより、具体的な事物を目にしたり形にでき、他者と認識の共有ができる。
一方、空想は「無心に想像」し、自分自身の中でいかようにも膨らみ、閃(ひらめ)き、移ろいでゆく…

この空想を紡ぎだす時刻表は、日常のストレスからひとときの離脱を援助してくれる。

そして、もし少しの好奇心があったなら…
あとはお金を工面し、時間を捻出して、当てのない旅に出てみよう!
パッと任意に開いたページの列車に乗ったり、知らない駅で降りてみるのもよい。
そこにはきっと、何か新しい発見や別の自分との出会いがあるだろう…

今日は時刻表記念日だ。

1894年10月5日、日本で最初となる月刊時刻表が刊行されたことに因む。
この時刻表は「汽車汽船旅行案内」と言い、福沢諭吉がイギリスの時刻表をお手本に編纂させ、手塚猛昌(てづかたけまさ)が発行したとのことだ。
手塚猛昌は後に「時刻表の父」と呼ばれ、出身地の山口県萩市の須佐駅前に顕彰碑があるという。

時刻表が誕生して118年…
デジタル化の波がどんなに押し寄せても、この紙の触感を味わえる時刻表が、いつまでも発行され続けることを心から願う。

スマートフォンやタブレット端末のような画面タッチでは、誌面から指先に感じる空想のイマジネーションが萎えてしまう。
 

大名古屋ビルヂング閉館

カテゴリー:③番線:時間旅行、時刻表方面 2012年9月30日 06:58

本日、また昭和の面影を残す建物が役目を終える。
名古屋駅前にある「大名古屋ビルヂング」だ。

子どもの頃、車掌長にとってこの建物は、旧ナゴヤ球場とともに名古屋に来たことを実感させるものであった。
そして、そのどちらにも或る共通点があった。
それは「球体」だ。

大名古屋ビルヂングの屋上には、かつて球体広告塔があった。
一方、旧ナゴヤ球場にも、スコアボードに巨大なボールが鎮座していた。
また、両者の名称に使われるカタカナ名が大好きだ。

大名古屋ビルヂングは、中央部分の竣工が1962年とのこと。
ちょうど半世紀もの間、名古屋駅やそこを行き交う人々の移り変わりを見つめてきたことだろう。

車掌長は先代の名古屋駅には想い出が沢山詰まっていた。
特に小・中学生時代の一人旅の際、駅構内にあった銭湯「早川浴場」には大変お世話になった。
石鹸とタオルが付いていたのも非常に有難かった。

早朝から夜遅くまで営業し、夜行で着いた朝や、夜行で次の目的地へ向かう際に利用した。
東京からの大垣夜行や、高山本線経由で北陸へ向かう急行夜行「のりくら」にはよく乗った。
また、今では考えられない列車運用だが、名古屋から紀勢本線経由で天王寺まで行く鈍行夜行「はやたま」も懐かしい。(列車名が付くのは、寝台車が増結される新宮~天王寺間)

最近は夜行で移動するよりも、遅くてもその日のうちに目的地に着き、安価で良質なビジネスホテルに泊まる方が、よほど快適なご時世…
当時のような駅構内の銭湯で一風呂浴びるという体験は、今やお金をいくら出しても買えない想い出だ。

また、今でも営業しているが、在来線ホーム東京方のきしめんスタンドも懐かしい。
吹きさらしの造りだったが、東京では味わえない麺の食感が子どもながらに新鮮だった。

時代の移り変わりとともに、その表情もだいぶ変わった名古屋駅周辺だが、ナナちゃん人形はいつまでも残っていてほしいと願う。
 

コメント(5件)

希望者挙手さんからのコメント(2012年10月 6日 00:03投稿)

久しぶりの乗車です。

本日も名古屋出張でした。
大名古屋ビルヂングは、ひっそりしていました。9月の出張の際に訪問しておけばよかったと、少し後悔です。

昼休みにナナちゃん人形を見に行ったら、ちょんまげ姿(!)で名古屋まつりのPRをしてましたよ。

それから今朝、新幹線ホームを歩いて行くと、私が乗車する15号車の入口前にテレビカメラマンや記者の方々が大勢スタンバイしていました。芸能人にしては、グリーン車じゃないし・・・

私が乗車する予定の「のぞみ」が入線してくるところから撮影は始まり、乗客が降車すると清掃スタッフが入れ替わり乗車・・・そう、新幹線の車内清掃の撮影取材でした。
近くにいた広報の方に聞いたところ、今週末、日曜日のミスターサンデーという情報番組で放映するそうです。
お時間があれば、ぜひ、ご覧になってください。その清掃直後の車両で、私は出張に出かけましたので(笑)

最近、新幹線では思いがけない出来事に出会うことが多く、出張の中に、わずかでも旅の醍醐味を感じています。

車掌長さんからのコメント(2012年10月 6日 05:26投稿)

希望者挙手 様

毎度ご乗車ありがとうございます

ちょんまげ姿のナナちゃん人形の写メール、ありがとうございました!
鯱ドレスに身を包み、チョンマゲ姿のナナちゃんは初めて見ました。あのような着こなしやヘアスタイルができるのも、さすがナナちゃんです。
きっと家康様もご満悦のことかと思います。(笑)

新幹線の車内清掃の取材があったとのこと。
ぜひ、その番組を見てみたいと思います。

希望者挙手さんが乗車したのが15号車ということは、N700系ですネ。(700系であれば15号車が喫煙車ですので)

15号車に取材が入ったということは、N700系に設置されている喫煙ルームの清掃シーンも、「絵」として入れたかった意図があったのでは…と勝手に推測します。

希望者挙手さんもご出張が多いようですネ。
新幹線にもよく乗られるようですが、沿線に「727」とだけ書かれた看板をご存知でしょうか?

いきなり田んぼの中にその数字だけが大きく描かれた看板。
車掌長は子供の頃から、この看板が大好きでした。

化粧品メーカーの広告とのことですが、シンプルでインパクト絶大。
高速で一瞬にして通り過ぎる乗客であっても、十分に伝わるメッセージ性があり広告の王様だと思います。

ところで、希望者挙手さんと専門学校時代の出張では、どんなに乗車時間が短くても、2階建て新幹線の食堂車でお茶をしましたネ。
ほとんど自分の席にいなかった記憶があります。

食堂車よりも座席数を増やした方が利益が出るという考えは当たり前です。

しかしながら、それと引き換えに日本人が失った心の余裕は、一体何と引き換えられたり、或いは相殺されてしまったのでしょうか…

今では味わうことのできない、格別な一杯のコーヒーにふとそんな感慨が脳裏を過(よぎ)りました。

匿名さんからのコメント(2012年10月 6日 23:25投稿)

「727」もちろん知ってますよ。
美容室専用化粧品ですよね。私は最初、旅客機の宣伝かと思ってました(笑
他にも「南天のど飴」なんていうのもありますよね。

あの田んぼに巨大広告を思いついた人は凄いですね。私もそんな発想ができるような感性を身に付けたいものです。

車掌長との出張では、単なる移動を、いかに価値ある移動にするかということを学びました。
旅行も出張も、お金や時間をかけて移動することに変わりはないのですから、だったらその移動を有意義なものにして、仕事のモチベーションを上げられたらいいですよね。
100系の食堂車で過ごした時間には、飲食を超えた価値がたくさん詰まっていましたね。

しかし、のぞみの15両目というだけでそこまで発想できるとは、さすが車掌長ですね。

希望者挙手さんからのコメント(2012年10月 6日 23:27投稿)

すみません・・・上の↑名無しの権兵衛は私です

車掌長さんからのコメント(2012年10月 7日 23:32投稿)

希望者挙手 様

このたびは、興味深い番組を教えていただきありがとうございました。
さきほど「Mr.サンデー」拝見しました。

新幹線車内の清掃がcool(カッコイイ)であるとのこと、同感です。
まず、外国には存在しない、真似のできないサービス(仕事)だと思います。

外国人が自国に居ればそれが当たり前のレベルが、日本でこのようなサービスを見た途端、その認識は覆されると思います。

車掌長が7/14付の乗務日誌に綴った新幹線の車内清掃会社は、JR東日本系列でしたが、今回はJR東海系列の会社でしたネ。
それぞれ日々の業務から改善を重ね、工夫を凝らしたマニュアルがあるのでしょう。

願わくばそんな世界に誇れる仕事を、そこで働く人々が誇りを持ち、長く働けるような雇用環境であってほしいと思います。

テレビのコメンテーターも言ってしましたが、海外では質の高いサービスを享受できるのは「有料」です。
迅速さや快適さなど、通常よりも付加価値のあるものには、それなりの料金が加算されるものです。

しかしながら、日本ではファーストフードから駅の売店まで、誰に対しても平等にその対価は無償です。
これは本来素晴らしいことですが、経営側に都合良くそのプロ意識が利用されないことを願います。

今回の新幹線で言えば、いかに折り返し時間を短縮して効率性を上げ、運転本数を増やした結果、更に利益を上げる狙いがあるのは否めません。

車掌長は世界に誇れる仕事は、それなりの報酬が伴ってしかるべきと考えます。
また、サービスは無償との考えも疑問です。
(ただ、チップの慣習がある欧米のサービス業従事者は、ベースとなる賃金が低く設定されている分、チップが生活給になっているのは、日本では馴染まないと思います。)

従って、日本であれば月給や時給といった基本給が、こうした付加価値の高い仕事に対し、一定の上乗せをするのが理想と考えます。

そうでないと、日本人は世界から「あのようにはなりたくない」と言われる、”滅私奉公労働のショーウインドウ社会”になってしまうと懸念します…

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